第28話 解体作業は大変だった
朝から掃除の続きを始めて午前中にはあらかたの掃除が終わった。
それと部屋の準備も終わったから、ルジェナにはステファナの隣の部屋を与えた。
ちなみに、2階にある僕の部屋は勉強用の部屋で、机と本棚ぐらいしか置いてなかったんだけど、領都で買ったり作ったりした物を入れたら、ちょっとした研究室のような雰囲気になった。
母さんとステファナには呆れられたけど、ルジェナだけは『良い雰囲気です』と褒めてくれた。
午後は、領都に行く前に少しだけ蒔いておいた野菜と麦畑の土の状態を確認するために、母さんたちは畑に向かった。
1ヵ月以上も放置していたから野菜はそんなに採れないだろうし、雑草がどれだけ生えているか想像すると、げんなりする。
そして僕はこれから1人で蜘蛛の腹部を解体する。
解体作業は母さんに『家の中も倉庫も駄目』と言われたから庭の隅で行う。
……正直、僕もやりたくない。
解体と言うより解剖だから見た目がグロくなるのは、始める前から分かっているんだから。
だけど、これは必要な勉強だ、蜘蛛の構造なんて知らないんだから、研究の一歩目として、避けて通れない。
自分に言い訳をしないと挫けそうだけど、気を取り直して道具の準備をする。
まず作業台として木箱を逆さまにしただけのものを2つ並べた。
解体するには刃物が必要なんだけど、僕は刃物を持ってないからルジェナが持っている一番小さいナイフを借りた。
他には保管用のガラス瓶を錬金術で作っておく。
錬成陣は成形に加熱を2枚接続して、素材は自分用に作ったガラスのインゴットを使う。形状は寸胴型で蓋もガラスで作る。
「インゴットから作るのは手間がなくていいね」
純化を抜いただけなんだけど、珪砂から作るよりもインゴットから作る方が早くて魔力の消費量も少なくて済んだ。
道具の準備が完了したら解体を始める。
と言っても、その様子は脳内でモザイクがかかっているから、結果だけを簡潔に言うと、蜘蛛の腹部の中には糸を作る器官があった。名前が分からないから仮で糸袋と呼ぶことにしたんだけど、その糸袋が幾つかあってそれぞれの形が違う。
これは、性質が違う糸を作るために器官が別になっているんだろう。
もっと単純な構造をしてると思っていたから『開けてびっくり』だった。
器官が別になっているということは、内容物も別物だろうから、保管用のガラス瓶を追加で作って、糸袋の種類ごとに分けてガラス瓶に保管した。
「終わったです?」
「ん? ルジェナ、そっちこそもう終わったの?」
「……『もう』って、今が何時なのか、分かってるです?」
そう言われて、空を見るともう少しで日が落ちる間際だった。
昼食後から始めたから5時間ぐらい解体作業をしていたことになる。
「……コホン、必要な物は採取したから、残りは焼却処分してほしいんだけど、お願いできる?」
「はぁ、いいですよ」
糸の出口から糸の元を作る糸袋までの全てを採取してある。
そして、解体した残りはルジェナに焼いてもらう。
「焼くです。フレイム・ドロップ」
ルジェナが使った魔法は、物を焼くために火の塊を落とすだけの初級魔法だ。
魔法については母さんが教えてくれないから詳しくないんだけど、魔法には初級、中級、上級があることぐらいは知っている。
「アルテュール様は糸が欲しかったですよね? それが糸です?」
「これは糸の元になる物だよ(……多分)」
解体するときに糸の出口から追えば良いと思ってたんだけど、糸の出口が幾つもあって別々の場所で作られてるとは思わなかった。
色が乳白色で糸のような色だからこれで良いと思うんだけど、実物を見たことがないから、確証が持てないんだよね。
「結構大きかったですが、取れたのはこれだけです?」
「これでも糸袋に残ってた液体を限界まで絞って集めたんだけどね」
集まったのは一番量が多かったのが500mlぐらいで、少ないのは100mlぐらいしか取れなかった。
それに、蜘蛛の糸は『空気に触れることで液体から固体になる』と思っていたのに、採集したあとも液体の状態なのが気になる。
「それより鉄はどうするです? おのは鍛冶場に行きたいです」
興味が無いのは仕方がないけど『それより』とは、酷い言い草だ。
「鍛冶場を使うには村長さんに話を通す必要があるでしょ?」
鍛冶場の使用許可は貰ったけど、鍛冶場を使うには村長さんにそのことを伝える必要がある。
それと、鍛冶場が稼働すれば村の人たちが注文してくる可能性が高いんだけど、ルジェナは僕の護衛でもあるから鍛冶仕事は余裕がある時しかできない。
「頑張るですよ?」
「それにも限度があるし、鉄も燃料も足りないでしょ?」
帰って来るときに鉄と燃料も購入して来たけど、量が少ないからすぐに足りなくなる。
「あ! アルテュール様がいれば『やらないよ!?』……ダメです?」
「僕は炉じゃないんだから、そんなことはしないよ?」
ルジェナは僕に加熱を使わせて、炉の代わりに鉄を溶かさせるつもりなんだろうけど、そんなことに付き合う時間はない。
鉄のことも研究したいけど、鍛冶場のことはルジェナに任せて、僕は糸の研究を優先したい。採取した糸の元がダメになってしまう前に研究を始めたい。
「鍛冶場は母さんに話してから決めよう」
「はいです」
「じゃあ、戻ろうか」
「……そのまま家に上がったら怒られるですよ?」
「ん?」
そう言われて、自分の姿を見たら体中に蜘蛛の体液が付いている。
「じゃあ僕は体を洗ってくるから、着替えをお願い。ああ、ついでにその瓶も僕の部屋にしまっておいてね」
「はいです、行ってくるです」
そう返事をすると、ルジェナは糸の元が入ったガラス瓶を持って家に入って行った。
僕の方は水浴び場に着いてから服を脱ぎ、水をかぶってから石鹸の代わりに灰を混ぜた水を使って体を洗う。
何度か擦ってみたけど、蜘蛛の体液は粘り気が強くてタオルで拭うと体液が伸びてしまって、落としづらい。
仕方がないから少し横着しよう。
領域球にバケツ1杯分の水を入れて加熱するんだけど、ここで注目するのは、領域球生成図式は通常の大きさで描いて、加熱の技法図式を小さく描くことだ。
そうすると、領域球の大きさに対して加熱の出力が不足して最高温度が下がる。
つまり、図式の大きさに差をつけることで、お風呂に最適な温度のお湯を沸かすことがでできるということだ。
お湯が沸いたらタライに注いで、お湯に浸かりながら体を洗う。
温度が上がったことで体液の粘りが弱くなって簡単に落とせた。
「はぁ~、お風呂はいいな~」
冬は寒いからお湯を使うけど、まだ秋の手前のこの時期だと、わざわざお湯を沸かしたりはしない。
「何してるです?」
「――ふぁっ?!」
お湯に浸かっていたら、いつの間にか舟を漕いでいたみたいで、ルジェナの声に驚いて声が出た。
「ぁぁ、ルジェナ、ごめん、お湯で洗ってたら、眠くて」
「そのまま寝て良いです。あとはおのがするです」
「うん、……お願い」
……ダメだ、もう、眠い。
目が覚めたらベッドにいてビックリしたけど、夕食を食べないで寝てしまったことを思い出したら、『キュルー』とお腹が鳴った。
「アル、おはよう」
「おはよう、母さん」
「すぐに朝ごはんを用意するわ」
隣で寝ていた母さんは着替えてから部屋を出て行った。
空は白んできたけど、夜が明けるにはまだ少し早い時間だ。
朝食は手の込んだものは作らないから、そんなに時間はかからないはずだ。
それにしても、お風呂で寝てしまうとは思わなかった。
蜘蛛の解体は細かい作業だし、ピンセットとかの細かい作業に使う道具を物質化で再現しながら作業をしていたから、体力と集中力に加えて魔力も使って限界だったみたいだ。
「最後のお湯がトドメだったかな?」
子どもの体には無茶だったらしい。
目が覚めた時に母さんが心配そうに僕を見ていたのが心苦しい。




