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そこにフルタはいません (下)  作者: 美祢林太郎
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8 ストロング・タロー

8 ストロング・タロー


 タローはプロレス界にも進出した。

テレビでプロレス中継を見ていると、ミル・マスカラスのようなシェープアップされた肉体を持つ謎の覆面レスラーがマントを翻して花道を駆け抜けていった。客席からどよめきが起こった。颯爽とリングに登場し、コーナーポストの上に飛び乗って、被っていた豹の覆面を脱ぎ捨てると、テレビの画面にタローの顔が現れた。きっとテレビを見ていた人は全員、およそ格闘家らしくないヌーボーとした顔に唖然としたはずである。フルタもその一人である。

実際に現場にいた観客は、そのレスラーの素顔を見たのか、それとももう一枚の覆面を見たのか、テレビの画面からはどちらともわからなかった。テレビではまぎれもないスーパーインポーズされたタローの顔だった。茫洋としたタローの顔の下は、筋骨隆々とした肉体があり、自慢げに胸の筋肉をぴくぴくと動かしていた。フルタは自分の貧弱な肉体とのギャップに、一瞬思考が停止するほどだった。

リングアナウンサーが「ストロング・タロー」とコールした。名前はそれなりにプロレスラーらしかったが、顔に緊張感がない。どう見ても戦う男の表情をしていない。弱そうなのだ。すっとぼけているのだ。プロレスのリングに決して立ってはいけない顔をしているのだ。

タローの顔を見るとフルタは我ながらなさけなかった。このような情けなさは、コタローやザ・タローで感じたことがない感情だった。しかし、顔を別にすると、胸の筋肉は盛り上がっている。足も腕も仁王様のようだ。フルタは思わず自分の胸をつかんで見たが、ペロッとしてつかめなかった。

戦いが始まった。対戦相手はダイナマイト・キッドだ。小柄ながら全身から殺気が漲っている。プロレスラーの鏡のような男だ。ストロング・タローの動きも俊敏だ。動くと顔は目立たない。ドロップキックをした。自分の体も一瞬ふわっと浮き上がるようで爽快だった。相手の熱い胸をドロップキックで蹴ると、キッドは吹っ飛んでいった。そのまま攻めて行こうと思ったが、キッドに捕まり、体を垂直に持ち上げられ、そのまま背中から落とされた。ブレーンバスターだ。呼吸が止まるようだった。このまま寝かせていてくれればいいのに、首を持って起こされ、ラリアートをくらった。もう首がちぎれそうだった。それでもタローは起き上がり、キッドの左顔面にハイキックを入れた。これは手ごたえ、いや足ごたえがあった。フルタも同じように足を上げていたが、それは床から1メートルも上がっていなかった。キッドがコーナーポストに登り、ダイビングヘッドバッドを狙ってきた。タローはそれを追ってコーナーに登り、サマーソルトキックを打った。観客の歓声が聞こえた。それから二人でリングの外に出ると、キッドから鉄柵にたたきつけられた。

フルタの我慢もここまでだった。バーチャルな痛みに耐えかねたのだ。フルタはテレビのチャンネルを変えた。しばらく首が回らなくなっていた。もうストロング・タローの出るプロレス中継を見ることはないだろうと思った。でも、あれからの展開を見てみたい気もした。

ストロング・タローは新しいプロレスのスターになったのだろうか。心配だ。明日東スポを買ってこよう。


                            つづく

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