13 中国陰謀説
13 中国陰謀説
警察官のミツオがフルタのアパートに来た。
「お久しぶりです」
「ご無沙汰しておりました」
「まだ、クララさんは帰ってきていませんが」
「クララさんに用事があるわけではありませんから。クララさんがいると話がややこしくなるので、いない方がいいくらいです」
「最近はどうして来なかったんですか」
「さすがに用事がなければ、一般市民の家を訪問できないでしょう」
「それじゃあ、もう防犯カメラには私の姿は写らなくなったんですね」
「そんなことはありません。インターネットを見てないんですか? 日増しにタローが増殖していているでしょう。全国の防犯カメラも同じようにタローで飽和してますよ」
「タローと私とは違いますから。私はフルタですから」
「タローとフルタが違おうが同じだろうがどうでもいいことです。とにかく数が多くて防犯カメラが無意味になってきました」
「なにかひどいこと言っているんじゃないですか。まるで私とタローはひっくるめてなんぼみたいな言い方じゃないですか」
「そう聞こえましたか。言い得て妙かもしれませんね。もはやタローもあなたもまとめてなんぼの世界ですよ」
「タローの群れの中に私はいないのですけどね」
「だれが仕組んだかはわかりませんが、タローは明らかにインフレです。過剰です。希少価値がなくなりました。インターネットの中の人はみんなタローになってしまいましたからね。タローはもはや探す価値のないものです」
「そうなんですよね。この頃では、インターネットの中でタローじゃない人間を探すのが至難の業になりましたからね。あのタローはゾンビみたいなもんですね。みんなに毛嫌いされるようになりました」
「ゾンビというよりもウイルスと言った方が適切なのかもしれませんね。どうしてこんなに増えたんでしょうか。近頃では、タローのせいでみんなインターネットの動画を見なくなりましたよ」
「そりゃあ、そうでしょうね。動画をアップしたら、数分後にはタローの顔になっているんですからね。インターネットにアップすると、たちまちタローに汚染されてしまうのですから」
「警察にも毎日何万と苦情の電話がかかってくるんですよ。電話がパンクするので、最近は電話を切っています」
「まだ対処方法が見つかっていないのですか」
「もう少し時間がかかるそうです。あなたが何かかかわっているんじゃありませんか」
「とんでもない。私はメカに疎いんです」
「メカじゃありません。ソフトですよ」
「とにかくソフトでもハードでも難しいことはとんとダメなもんで」
「まあ、そうでしょう。この件についてはあなたを疑っているわけじゃありません。どちらかと言えばあなたは被害者の側ですからね」
「どちらかと言わなくても被害者でしょう」
「でも、あなたの凄いのはあなたにそっくりなタローがこれだけ増えてもあなたは動じることなく、ずっと変わらない生活を送られていることです。勤務先も変わらないし、ボロアパートも引っ越さないですし」
「ボロアパートは余計でしょ。変化がないと言われましたが、クララさんと暮らせるようになったり、仕事がうまくいくようになったり、それなりにいいことがありましたけどね」
「タローの出現によって、何か被害はなかったのですか」
「あなたに犯罪者扱いされたことくらいですかね。アリバイを証明しろって」
「根に持つタイプですね。これからはいくらあなたが防犯カメラに写っていたって、アリバイを証明しろとはいいませんから。あなたの場合、ビデオにどれだけ写っていたって無意味ですから。空気が写っているようなものです」
「空気になってしまいましたか。それにしても、「タローを探せ」はもう誰もしていないのですか」
「するわけないでしょう。どこにでもタローはいるんですから。苦労して探す必要はないでしょう。苦労のないところ、ゲームは成立しないのですよ」
「それもそうですね。流行るのも早かったですが、飽きられるのはそれ以上に早かったですね」
「仕掛け人は、どうして全員の顔をタローにしたのですかね。それとも、初めの仕掛け人から誰かが乗っ取ったとか。はたまた、仕掛け人のコントロールを外れて、ウイルスが勝手に増殖し始めたのですかね」
「いつからかタローウイルスが勝手に自己増殖を始めたんじゃないですか。仕掛け人がこんな面白くないことをするはずがないじゃないですか。他の人間だって同じですよ。こうなったらもう制御不能ですよ」
「そうですね。タローを探せだけでなく、女性たちもがタローに汚染されて、アダルトビデオも急速に下火になってきたそうですね。いえ、これは友人から教えてもらったことです。タローとタローがもだえるシーンなんて見たくもないですからね。それにインターネットのスポーツやドラマも見られなくなったそうですね。観客だけじゃなく、選手や役者がみんなタローですからね」
「そうなんです。テレビ局が仕掛けたんじゃないかという話がもっぱらですよ。テレビ局が仕掛けたテロかもしれません」
「テロですか。恐ろしい話ですね」
「一部ではアメリカのテレビ局が仕掛けたという噂もあるんです。日本のテレビ局ではこれほどの力はありませんからね」
「それじゃ、テレビとインターネットの新旧の戦いですか。それはそれで面白いですね」
「いずれにしても、タローウイルスはもうじき解決されるでしょうけどね。長くても3年くらいあれば解決するんじゃないですかね」
「3年もかかるのですか」
「変異種が次々に生まれていますからね。どうしても感染を防ぐためのワクチンの開発とイタチごっこになるんですよ」
「ああ、それから、アメリカの一部市民からは「タローを探せ」は中国の陰謀だという説がまことしやかに流れていることはご存じですか?」
「いえ、初耳です。中国陰謀説ですか」
「顔がアジア人でしょう。タローは元々あなたなのですが、タローが日本人か中国人なのか、そんなことアメリカ人には判別できっこありません。かれらはタローを中国人だと思い込んでいるんです。それで中国人はタローを使って世界を征服しようとしているという物語になっているそうなんです」
「おお、話のスケールが大きくなってきましたね」
「フルタさん、しばらくアメリカに行かない方がいいですよ。見つかったらCIAに捕まりますよ」
「アメリカに行く予定はありませんから別にいいですけど、なんかやばい状況になっているんじゃありませんか」
「アメリカではアジア人に対して暴力が振るわれていますからね。かれらはアジア人をみたらみんなタローに見えるそうです。我々が白人の区別をするのが難しいのと同じです」
「タローは増殖して迷惑をかけているかもしれませんが、暴力はふるっていませんよ。中国共産党は何か声明を出していないのですか」
「当然、中国もスポークスマンが公式に遺憾の意を表明していますが、それがまた火に油を注いでしまったのです」
「と言うと?」
「インターネットに流れたスポークスマンの顔がタローになっていたんです。そりゃあ、アメリカ人も怒りますよね。挑発しているように思ったのです」
「もう、インターネットは使えないのですか?」
「音声だけならいいですよ。でも、音声だけ聴く時代じゃありませんからね」
「たしかに」
「タローウイルスへの対処方法はワクチン以外何かないのですか?」
「タローの顔の上に元の顔を張りつけるという治療法も開発されつつあるそうですよ」
「顔の上で顔の攻防がなされているんですね」
「もはや、顔を捨ててしまおうという議論もあるくらいなんです」
「なんですか、顔を捨ててしまうというのは」
「顔はどうでもいいから、他のところで個性を発揮しようじゃないかという運動です」
「服ですか」
「それもあります」
「筋肉に走る人もいますね」
「筋トレをして腹筋を鍛えているんですか」
「手や足だけのパーツモデルの中には、自分の時代が来たと考える人もいるそうなんです」
「主流の一つは、初めから首から下だけで動画を撮る方法なんですね。これならタローに顔は乗っ取られませんから」
「個人情報保護法ができた時に、急に首から下だけのテレビ映像になった時のようですね。あれは不気味でしたよ」
「そうなんです。なんとか顔を載せたい人には不評なんですね」
「そもそも無名の人間がインターネットで発信したいというのが、間違っているんじゃないですか?」
「それを言ったら元も子もないでしょう。SNS革命は大衆革命なんですから。無名の子がSNSに載って一夜のうちに世界中で有名人になれる時代になったのは、このインターネットのおかげですからね」
「「タローを探せ」の初期は無邪気で、あんなに人気があって、楽しい遊びだったのですけどね。アメリカ人もあんなに楽しんでいたじゃありませんか。オハイオ州なんかもっとタローの出現頻度を上げるように、誘致まで行われたというじゃありませんか。フロリダ州では、ミッキーマウスがいつタローに変わるのか楽しみに待っていたそうですよ」
「今では、ミッキーマウスだけでなく、ドナルドダックも白雪姫もみんなタローの顔に変わってしまいましたからね。ディズニーランドはかんかんですよ」
「そりゃあ、そうでしょうね」
つづく




