第十四章 本物の竜に乗る 其の四
「……はい」
「前におまえと手合わせしたことがあった。剣術に関してはど素人だな」
「剣を持ったことは一度もありません」
それは家を出るとき父にも言われていたことなので仕方ない。ただ面と向かって言われるとちょっと悔しい気はした。
「本格的に剣術を今から学ぶのには時間が足りないが、心得だけでも知っておけ。冬になる前には着きたいだろう。夏には出発せねばならん。食事を終えたら稽古をつけるぞ」
「あ、はい」
大股で歩いて行ってしまう彼に急いでついて行く。
「ほう、首領が剣術の稽古を」
ふいに長老の声がした。いつのまにか食事の場のとなりにきていた。
「はい。以前、あの人と打ち合ったことがありました。あのときは本当に殺されると思いました」
「うん。首領はほんとになんでもできるなあ。しかし、おまえさん、褒められとったじゃないか。上出来だって」
「ええ? 褒められたんですか? 僕はてっきりからかわれたんだと」
ふぉふぉと長老は抜けた歯の間から息を漏らして笑った。
「首領はああいう性格じゃからの。味方も多いが敵も作る。おまえさん、気に入られとるよ」
ぽんぽんと肩を叩かれるが、あのときは馬鹿にされて嗤われたのだとばかり思っていた。
ともかくも急いで食事を終えると、チェルザードに言われトネリコの杖を持って森の奥に向かう。
しばらく行くと木々が開けているところについた。集落の広場よりもずっとこぶりで、ちょうど『学びの塔』の講義室ほどの大きさだ。人は誰もいない。
「さっきも言ったが時間はあまりない。まずは剣の持ち方と基本の構えだ。といっても、おまえの行くところは長剣を持って戦うようなところじゃない。戦うとすれば盗賊ぐらいだが、ここから西には普通の盗賊もあまりいないだろう。旅人なんて滅多に通らないから、奴らももっと獲物の多い地域を狙うだろうからな」
「じゃあ、なんのための剣術なんですか?」
「魔法使いと魔物対策だ」
チェルザードは脇に刺した長剣をすらりと抜いた。
「前も思ったんですけど、杖と剣では丈夫さがちがうんじゃないですか? あの時はあまり長く戦わなかったけど、もし相手が大きな剣を持ってきて、僕がこの杖で戦い続けないといけないんだったら杖がボロボロになっちゃいますよね」
ふふんとチェルザードは笑う。
「気づいたか。あの時も、俺がその気になれば杖なんぞは真っ二つにできた。それなのにおまえが戦い続けられたのは何故だと思う」
「手加減してくれたから?」
「ちがうな。ほら、構えろ」
チェルザードの構えを見ながら真似してみる。
「重心をちゃんと据えろ。そんな姿勢では打ち込まれたときあっという間に崩れるぞ」
手を添えて姿勢や持ち方をすこし直される。慣れないので変なところに力が入ってしまう。
「握りしめるんじゃない。手に力が入りすぎると身体がこわばる。相手の動きを見て柔軟に対応できるように、集中はしても力は入れすぎないようにしておくんだ」
言われてもなかなかうまくはできない。
チェルザードはとなりに並んだまま尋ねた。
「あのときおまえはどう感じていた」
「戦わなければ殺されると思ってました」
「その通りだ。おまえがいい加減な覚悟で魔法を使おうとしているなら本当に殺すつもりだった。俺が受けつぐはずだった狼を己の欲望のために使おうとしてるんだったらな」
ぶんと音を立ててチェルザードは剣を振るう。剣術のことはよくわからないが、相当な腕だと思う。真似してトネリコの杖を振ってみるが、我ながら情けない動きだと思う。
「僕は自分の欲から『谷間の風のはじまるところ』に行こうとしているんではないと思ってます」
「ああ」
うなずいてチェルザードはなおも素振りを続け、ラジュエルも見よう見まねで真似をする。
一通り素振りが終わると息が切れて喉が渇いていた。水が飲みたいなと思った頃、チェルザードは剣を鞘に収め、木筒に入った水を差しだす。
「ありがとうございます」
「無駄な動きが多いな」
「自分でもそう思います」
ちょっとがっかりしながら、チェルザードが草の上に腰をおろしたのでとなりに座る。
「おまえはなんのために行くと思っているんだ。『谷間の風のはじまるところ』に」
なんのためか。そういえばしっかり考えたことはなかった。
導きだといろんな人に言われた。幾度もその言葉が頭の中にくり返しよみがえってきた。でも、言われてみれば、そこに行って何をするのだろう。行けば何になるのだろう。危険だ危険だと言われているのに、なぜこんなにも行きたいのだろう。
「実はよくわかりません」
ふっとチェルザードは笑う。
「正直だな」
「そこに行けば願いが叶うとか、何者かになれるとか、そういうことではないらしいですよね。そうじゃなければ何なのか。『学びの塔』にいるときに、魔力の源はそこから吹いてくる風なんだと聞いたことがあります」
「そう言われている。真実は誰も知らない。風が止んだことは今まで一度もないからな。ただ、たしかに風の吹く領域にいるものは魔力が強い。今は国の辺境にいる魔物たちもかつてはこの領域から生まれたものだと聞く。ここに都があるわけも」
「それ、ミリュウからちょっと聞きました」
ああ、とチェルザードはすこし微笑んだ。ミリュウの話が出るとこの人は穏やかな顔になる。
「ずっと昔、まだ魔物たちが世にたくさん生息していた頃、魔物から人々を護って王となったのが初代の王バオス1世……というぐらいの歴史は知ってるだろう。今の都がその最初の居住地だったと」
「はあ」
そういえばどこかで聞いた気がする。故郷に来た旅の語り部の物語だっただろうか。
「バオス1世は彼自身も偉大な魔法使いだった。王の血統と魔法使いが別のものになったのはもっと後の時代のことだ。今の王家には魔法の力はおそらくわずかしか残されていない。だから王室づき魔法使いなるものが必要になってきた。マルリオスみたいなのがのし上がる機会も出てきたということだ」
「マルリオス師はのし上がり組なんですか」
「父親は魔法騎士団の魔法使いだ。母の生まれは卑しかったと聞く。本人は隠しているんだろう、そのあたりのことは。ともかくもあいつには才能だけはあった。生まれ持った才能も、それを生かす知恵や能力も。だから今は頂点にいる。能力があるものが上に行けること自体は否定しない。だが、マルリオスのやり方は間違っている」
どこが、とは言えないが、都で見ていて彼の態度には反感をおぼえた。たしかに能力の高い魔法使いではあるのだろうが、他人に対する冷たさや高慢な処遇には許せないと感じるものがあった。
「あなたはマルリオス師のやっていることを止めさせるために、師を殺そうとしているんですか?」
「殺すことを目的としているわけではないが、魔力の行使は止めさせなければならん。結果としてあいつが死ぬかどうかは運命次第だ」
『学びの塔』の地下に閉じ込められたとき、悪い魔法使いは力が奪われてしまうと生きていることもできないと誰かが言った。しかし、マルリオス師は悪い魔法使いではないはずだ。悪い魔法使いなら『喜びの門』をくぐって、『学びの塔』に自由に出入りできるはずがない。
死ぬかどうかわからないというのは、言い訳のようにも思えた。
「それで、わかったか。さっきのトネリコの杖の答えは」
トネリコは重く、硬く、強い。そしてなによりもしなやかで折れにくい。だからよく杖に使われる。しかも、これはただの樹木ではなく村を護るといわれた御神樹だ。
「ただの樹である以上の力を、この杖が持っているから? 村の御神樹で、神官様や婆様や村の人々に祝福された樹だから」
「そうだ」
向かい合っている彼の顔がさわやかに晴れた。
「祈りや祝福、大いなる方の御加護というのは、おまえが思っている以上に強い力を持っている。だからおまえは護られていると言ったんだ。長老にも、愛されておると言われただろう。おまえは一人であって一人じゃない。崖に取り残されたときも、誰かがフクロウを遣わしてくれた。それは、おまえが自分一人のためだけに力を欲しているのではないからだ」
「あのフクロウは、本当に『荒野』の誰かが遣わしてくれたんじゃなかったんですか」
「俺の仲間で、俺に逆らってまでおまえを助けるやつがいると思うか? 考えられるとすれば長老ぐらいだが、長老も俺がやったことの意味はわかっている。助けたんではおまえを試すことにならないと」
「じゃあ、いったい誰が」
さあな、とチェルザードは水を一口飲んだ。
「そのうちわかるかもしれないし、わからないかもしれない。フクロウが自分で助けてくれたのかもしれないしな」
「狼が僕を助けてくれたように? 『力あるもの』は自分の意志で、魔法使いに協力することがあるってことですか?」
「そうだ。『力あるもの』と呼ばれる獣が、普通の獣と一番ちがうのはそこだ。彼らは獣と魔法使いの中間ぐらいの位置にある。獣使いが普通の人間より獣に近いのと同じように。そして彼らの使う力と、我々が古代魔法と呼ぶ力は全く同じではないが似ている。どちらも太古の昔から世界に流れている力だ。その力の源となるなにかが、この風には含まれている」
「『谷間の風のはじまるところ』はその出所ってわけですね」
「おそらくは」
さて、とチェルザードはまた立ち上がり剣を取る。
「今度は手合わせをしよう。かかってこい」
かかってこいと言われても相手は本物の剣でこちらはただの木の杖だ。さっき、祝福を受けた杖には特別な力があると言われはしたが、やはりこちらから攻撃をしかけるとなるとためらう。
これは訓練だ、ダッジオ師が見えない石つぶてをぶつけてきたときのように、訓練で命まで奪われることはないだろうと覚悟を決めて杖を握りしめる。
「さっそくできてないぞ。身体がガチガチだ。基本は軽く握るんだ。打ち込むときだけ力を込める。いいか。手の薬指と小指をしっかり使え」
「えいやっ!」
打ち込む杖がかきんと簡単になぎはらわれる。
「腕だけじゃない、足も踏み込め」
「とりゃっ!」
緊張して変なかけ声になる。チェルザードが笑いをこらえた顔をした一瞬に、杖を横にはらってみた。
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剣術についての描写は漫画家の荒木隆在氏にご指導いただきました。ありがとうございますm(__)m




