第十三章 彼らは仲間になるのか 其の二
きらりと『学びの塔』の方、東の空に光るものがある。
それはぐんぐんと近づいてきて見る間に竜の形になった。師匠たちの乗っている、あの作り物のような竜だ。
「そうだ。こっちへ来るんだ」
獣たちを従えるときのように命ずる。
ところがその命令には竜は反応しない。
「そうか。やっぱり魔道具なんだな……。ウォルフェス・ドラクーン・マジョリス!」
ぐい、と竜は首をこちらへ向け時計台に近づいてくる。そして、いつかアンジェニカ師と乗ったときのように、尾を窓の方に向けて止まった。
目の前の空に竜の尾がゆらゆら揺れている。あのときはアンジェニカ師が魔法で支えてくれたから勇気を出して歩き出すことができた。どうやって支えられたのかわからないが、地面を歩くようにやすやすと歩いて行けたことを覚えている。自分でもあんな風に歩いて行けるのだろうか。
下を見るとはるか遠く、ここから落ちたら死ぬ。『谷間の風のはじまるところ』に行く前にこんなところで死んだら情けない。
「そうだ。ダッジオ師……」
胸にカディオルのお守りと共に魔法の羽を下げていたことを思い出した。万一落ちてもこれで飛べるはず。
魔道具というものはこの羽しか扱ったことがない。必要なのは呪文と練習。失敗すればまっ逆さまだ。本当は野原のもっと低い所など、落ちてもダメージが少ないところで練習を始めるべきだった。しかし、今となっては他に手段がない。
「止まれ、ドラクーン」
命じて窓枠に足をかけ、窓枠の柱につかまって両足で窓に乗る。
あのときのアンジェニカ師を思い出して思い切って一歩踏み出した。
同じだ。
まるで地面に置いた板の上を歩いているように、竜の尾は安定して足を受け止めてくれる。これなら確かに魔法を使えない王侯貴族でも乗りこなせるのだろう。
すぐに竜の丸い背にたどりつき、上に座る。あのときはあまり覚えていなかったが、背の部分は少しやわらかくなっており、座ると身体が安定する。
「ほんとに、これは魔物じゃないな」
裸馬に乗ったときのことを思うと、生き物特有の身体の弾力が感じられない。まるでクッションに座っているようだ。
そのまま竜はすうっと飛び立つ。翼をはためかせることもなく、装飾のある船が水面を滑るように飛んでいく。
これは竜の獣性によるものではなく魔力で飛んでいるのだろう。その魔力の出所はどこなのだろう。ラジュエル自身の魔力なのか、魔道具として備えられたものなのか。
竜は青い空をよどみなく飛んでいく。このまま都の壁を越えてしまえれば――。
うまくいく、心に灯りが見えた瞬間に、急に変化は起こった。
目の前の晴天が暗くなる。今まで白い雲がわずかに浮いているだけだったのに、みるみるうちに黒雲が周囲からわきおこり雷の轟きまで聞こえてくる。風もないのに。
「待て! ラジュエル。どこへ行くつもりじゃ!」
雷の大音量に負けないほどの大きさでマルリオス師の声が響きわたる。後ろからだ。
ちらりと振り向くと、今乗っているものよりずっと立派で強そうな竜に乗って師が追ってくる。その距離はぐんぐん縮まってくるのがわかる。
マルリオス師の姿は竜よりも小さいはずなのに、なぜか怒りが吹き出すその顔だけが飛んでいる竜よりも大きく見える気がする。
「すみません、都を出たら竜は返しますから!」
叫び返すが、そういう問題ではないのだろう。
ぐわっと師の鋭い爪の生えた手が肩をかすめる。竜に乗っているはずなのに、乗ったまま手だけ伸びてくるというのはどういうことなのか。
考える間もなく身を伏せて師の手をかわす。いい具合にラジュエルの乗る竜はふっと高度を下げ都の高い建物すれすれを飛ぶ。
「うまいぞ!」
障害物が多い方が追っ手をかわしやすい。建物の破壊を避けるため思い切った攻撃ができないからだ。
問題は障害物でこちらの動きも制限されることだ。ラジュエルが操縦しているわけでもないのに竜は勝手に障害物を避けて飛ぶ。つまりジグザグと細かに動く。ずり落ちそうになるのを必死で支えた。
マルリオス師はさっきのように追ってこない。困っているのかなと思いちらりと振り向くと、高度を下げず高いところからじっと観察しているようだ。
見逃すまいと思っているのだなと考える。都を出れば障害物はなくなる。そこを一気に攻めおりるつもりなのかもしれない。
ビュウビュウと風の音が強くなり雲はますます暗くなる。
周りにさっきより竜の数が増えているのに気がついた。援軍だ――。
囲まれるのか。
囲まれて追い詰められる前に都の上空から逃げられるのか。
この竜は魔物ではないし、竜自体に力があるのかどうかわからない。少なくとも狼に力を感じるようには力を感じない。
もしこれが純然たる魔道具だとすれば、ラジュエルの竜とマルリオス師や魔法騎士団の乗る竜の力の差は、乗っている魔法使い自身の力の差ということになるのだろうか。
どこまで逃げ切れるか。
つかまったらどうなるのだろう。
「デュカス、導いてくれ」
つぶやきながら頭を下げ身体をぴったりと竜の背につけて顔だけ前を向き、ひたすらに都の外を目ざす。どこへ向かえばいいのか。おそらく西だろう。
都のはずれに来た。
まもなく城壁の上を飛ぶ。
障害物が途切れる。
マルリオス師が攻めてくるとしたらこの機をおいてないだろう。
高度をさらに下げ、民家を越えて草原の地面すれすれに飛んでいるので襲いかかっては来ないが、追っ手の竜の吐く熱い息がすぐ近くの草に吹きつけるのがわかる。
早く森に入ってしまいたい。障害物が多ければ大きな竜は入ってこられない。
しかし森までまだだいぶ距離がある。
そのとき、前方からまた別の竜の群れがやって来るのが見えた。
回り込まれたのか。
挟み撃ちされて逃げ道を経たれれば捕まってしまう。
ここまでか。
「デュカス……」
頼みになるのは狼だけだ。
狼は自分が呼んでいるのを知っているのだろうかと、ふと不安になった。
獣たちの面倒を見るのに忙しくて、気がついていないのだろうか。
前方の先頭を飛ぶ黒い竜がぐうんと近づいてきて目の前に迫る。
「ラジュエル!」
聞き覚えのある声が前方の竜から飛んできた。
「ここは俺に任せろ。西の森のはずれに行け!」
チェルザード?
前方から来た黒い竜がラジュエルの乗る竜のすぐ上をかすめて飛ぶ。
身を伏せながらちらりと振りかえると小ぶりなその竜は、マルリオス師の大きな白い竜が口を開いて吹く火を機敏にかわし、後ろに回り込む。
「ちっ……この期に及んで……。やはりラジュエル、裏切りおったな」
マルリオス師の声が風に乗って途切れ途切れに聞こえる。
裏切った————。
やはり自分は『学びの塔』の師匠たちを裏切ったとみなされるのか。
そしてなぜここに都合よく『荒野』がやってくるのだろう。これではまるで、自分が『荒野』と呼応して竜を盗み逃亡しようとしているようだ。もう申し開きはできない。どのみちもう『学びの塔』には帰れないのだろう。
こうなったらもう肚を決めるしかない。
西の森のはずれというのは、先日『荒野』たちが現れ、チェルザードが襲いかかってきたあの場所か。
追っ手は来ない。チェルザードの率いる竜の軍団が、マルリオス師に従う竜の群れに正面から当たる。
竜たちの動きがちがう。
魔法騎士団の竜は翼をはためかせない。首もほとんど動かさず、ただ乗りやすい姿勢を保ったまますうっと滑るように飛ぶだけだった。
チェルザードの率いてきた竜は、きちんとこれから動く方に首を向けるし翼を広げたりばさりと羽ばたいたりする。つまり、あの竜には、はっきりとした獣性がある。
本物だ――。
本物の竜に乗る魔法使いがいるのだ。
チェルザードの竜は首をめぐらせ果敢に牙をむき、自分より大きな竜に向かって火を吹きつける。そのたびに大きな竜は一瞬ひるんだ様子を見せるが、竜そのものが怖れているというより乗り手が敵を避けて動かしているように見える。
形成は明らかに後から来た竜の群れの方が優勢だ。
ほっとしてそのまま西に向かって飛び続けていると、急にまた雷鳴がとどろいた。
「待て! 小僧!」
マルリオス師の声がまた後ろから響き渡った。ぎゃあぎゃあと竜が叫ぶ声がとどろく。ガチャガチャと金属の音が鳴る。魔法騎士団の武具の音か。
「逃がさんぞ!」
ひゅう、とラジュエルの両側から白く長い布のようなものが飛んできた。
絡め取られる――!
「飛んで逃げろ!」
命ずる声はまたチェルザードのものだ。
飛ぶ?
「あ、そうか」
伏せた身体のすぐ上を白く長い布が、ひゅんとかすめる。布自体がひとりでに動きラジュエルを捕らえようとしているかのようだ。
ぐっと胸元の魔道具の羽を握りしめる。
「ウォルフェス・ペナンタ・マジョリス!」
布をかわした直後、竜の上に立ち上がって叫んだ。
同時に竜の背を蹴って飛び立つ。
空へ――。
ぱっと背中に羽が生え、ぐいと身体が宙をすべる。練習しておいてよかった。
竜よりも低く、野原ギリギリの高さを魔法の羽でラジュエルは滑空する。
しかし、魔道具の羽では竜の飛ぶ速さには及ばない。
ぶん、と飛んできた槍が身体の脇をかすめて地面に突き立つ。脇腹が切れたようだ。痛いというよりじんとした熱さが走る。
次の瞬間、ぱあっとまぶしい光が視界を包み、ふわりとやわらかいものに身体が包まれた。
「何をする! チェルザード、この裏切り者」
マルリオス師が上空から叫ぶ。
まぶしさで一度見えなくなった視界が戻ると、草原を飛んでいるのはそのままだったが、自分の周りを虹色のシャボン玉のようなものが取りまいているのがわかった。
チェルザードが発動した防御魔法だろうか。
ふん、とチェルザードが鼻を鳴らす。
「その名はもはや俺には力を持たない」
「ぬしに用はないわ。あの小僧をなぜかばい立てする。あやつがわしらを裏切ってぬしらに力を売り渡したのか」
「答える必要はない。おまえにはよくわかっていることだ」
チェルザードの声はどこか楽しそうに響いた。
身体を下に向けて飛びながら頭をひねって上空の合戦の様子を見ると、今はマルリオス師は竜に乗ってはおらず、いつか獣舎の上で見たように白い炎の形となってチェルザードの竜とぶつかったり離れたりして戦っている。
――何をぼうっとしとる。
とつぜん、ダッジオ師の声が聞こえた気がして、はっと身を起こした。
そうだ。ここでぼうっと戦いを見学してはいけない。西へ行くのだ。
「ウォルフェス・ペナンタ・マジョリス!」
魔道具の羽に呪文を唱えると、背中の羽はまた元気になったようにばさりと羽ばたく。
追っ手がなければこの速さで飛んでいても西の森のはずれにたどり着けるだろう。少なくとも足で走るよりはずっと速い。
森が近づいてきた。
人影が見える。何人も。
獣舎が爆発したときに出会った『荒野』の連中だ。
彼らは敵か味方か。
『学びの塔』の魔法使いたちを裏切った自分に彼らは仲間になってくれるのか
それとも命を奪われ、狼を奪われるのだろうか?
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読んでいただきありがとうございます<m(__)m>
個人的事情でなかなか筆が進まずぎりぎり更新になってしまいましたが、一応文章チェックはしたと思います。
来週もよろしくお願いいたします(^^♪




