第十二章 再び西へ 其の三 (イラストあり)
『0からはじめるドラゴン』シリーズの宮出サキ様からドラゴンのイラストいただきました。
ありがとうございます<m(__)m>)
あのときケーファ師が現れたのは偶然か、それとも、監視されていたのか。
その日はケーファ師と別れて帰ったが、そのあとも幾度か、人のいない時を見計らって『学びの塔』の床に手をついて、その力を感じ取ろうとしてみる。
繰り返すにつれ、だんだんとはっきりとした力が感じられるようになってきた気がする。心臓が打つようなうねりを、最初は自分の脈かと思っていた。
そうではない。
何かがある。
力がうごめいている。
だが、何かまだ違和感がある。
まるで何かが閉じ込められて動けないままでいるような。
『学びの塔』での勉強は順調に進んでいたが、ある日の講義の後、トゥーリオ師に部屋に呼ばれた。
「ラジュエル、マルリオス師が召されている。今度は王城ではなく、こちらへいらっしゃるそうだ。失礼のないように」
「はあ」
失礼をしているつもりはないのだが、マルリオス師には嫌われている。憎まれているといってもいいぐらいだと思う。
先日の禁書の件を叱られるのかと気が重いが、トゥーリオ師に言われるまま服装を整えた。
マルリオス師は王城での仕事が終わり次第、トゥーリオ師の部屋に訪れる予定だという。
待っている間、トゥーリオ師はあのオレンジ色の飲み物を出してくれた。
「もう立ち直った? その……ダッジオ師のこと」
「立ち直ったというか……」
もう毎日泣いてはいない。が、それを口に出すのはなんとなく恥ずかしかった。
「師匠はちゃんと学べといつもおっしゃっていました。あの頃はよくわかってなかったと思いますけど、今はちゃんと勉強してます」
「うん。頑張っていると思うよ。言葉学は苦手だったみたいだけど、最近の成績はずいぶん伸びてる。このまま頑張っていけばマスターの資格を取れそうだね」
「そんなにですか。ありがとうございます。ところで獣学って、もう完全になくなっちゃったんですか? ダッジオ師の代わりに教える師匠とかいないんですか?」
「ああ、うん。獣学はねえ。ここで教えるのは問題が多いということになって。別にダッジオ師が悪かったわけじゃないんだけど、中央の方針でね」
問題か――。
それは図書館で魔物学が燃えてしまったことと関連があるんだろうか。
「僕、この前図書館で、禁書を見ようとして、中からマルリオス師が出てきて叱られたんです。その罰を受けるんでしょうか」
「ああ、聞いてる。その禁書ってさ、どこまで見たの? 内容をってことだけど」
「いえ、ほとんど見てません。本を開いた途端、マルリオス師が飛び出してきたので」
「それはご本人ではなく、禁書にかけられた魔法だね。報告はその後で行っているはずだ。仕掛け魔法って、習っただろ? あらかじめ物や場所に仕掛け魔法をかけておくと、本を開くとか、何かの動作をきっかけに魔法が発動する。例のファードル師のお命を奪った獣舎の事故も、『荒野』の仕掛け魔法だったと僕らは考えている」
「ダッジオ師はそれを疑っておられたんですね。ファードル師が火を出す前に、調べないといけないとおっしゃっていましたよ」
「そうだったのか。ダッジオ師は……。本当に惜しい方を亡くしたと思う」
「はい……」
一人でいるときにはダッジオ師の声を聞くことがある。まるでまだ生きているように感じることもあるのだが、こうして別の人から亡くなったと言われると本当に亡くなってしまったのだと悲しくなる。
もう一杯飲む? とトゥーリオ師が尋ねたとき、ざわりと空気が動いた。
「ああ、もういらっしゃるね。飲み物は後だ。こっちへ」
師は立ち上がって部屋の奥に向かって立ち、ラジュエルにもとなりに立つように言う。
そのまま奥のタペストリーに向かって立っていると、なにやらぼわぼわと空間が濃くなり、しゅん……という軽い空気の漏れるような音がして、マルリオス師が立っていた。
トゥーリオ師が恭しく頭を下げるので、慌てて倣って頭を下げた。
ふん、と軽くマルリオス師は鼻を鳴らし、
「ラジュエル。おぬし、それほど獣学に興味があるのかの」
と穏やかに尋ねた。
「……はい」
てっきり叱られるものと思っていたのに、この優しさは意外である。正直に答えてよいものか迷ったが、嘘をつく理由もない。
「これが最後の提案じゃ。わしの直属の部下になり、獣使いとしての仕事をする。どうじゃ」
マルリオス師の前に頭を下げているが、トゥーリオ師が息を呑むのが聞こえる。
名誉な提案だ、そう言われるにちがいない。
「おぬしにとっては悪くない提案じゃと思うぞ。王室づきになれば王家の図書室も利用できる。おぬしの知りたいことを学ぶ機会も増えよう。なに、獣使いといってもせいぜいが王室の魔法使いや国王陛下のために飼い慣らされた竜を扱ったりする程度じゃ。おぬしにとっては少々訓練すればすぐできるようになることばかりじゃろう」
妙に言い方が優しい。
そしてラジュエルにとって都合のよいことばかりだ。
だからかえっておかしい。
自分はマルリオス師に嫌われているはずだ。それとも甘い言葉で懐柔して反抗心を削ごうとしているのか。
返答に詰まる。
トゥーリオ師がもどかしそうにしているのがわかる。
はいと答えなさいというのだろう。
だが、どうしてもうなずく気持ちになれない。
どうすればいいんだ。
「ラジュエル」
トゥーリオ師が小声で返事をうながす。
「……いいえ」
「なんじゃと?」
マルリオス師の声が厳しくなる。
「もう一度言う。わしの直属になり、わしのもとで働け。ほかにおぬしの取るべき道はない」
「『学びの塔』にはもういられないということですか」
「そうじゃ」
おそるおそる目を上げてマルリオス師を見つめる。
師は美しい顔に笑みを浮かべているが、目は笑っていない。そしてその笑みもどこかひきつったような笑顔だ。
その顔を見て、はっきりと決意が定まった。
「それでは僕はここを去ります。今までありがとうございました」
「ラジュエル!」
叱るような、思いとどまらせようとするような声がとなりから聞こえる。
「よいか、わしを甘く見るなよ」
笑みを浮かべたままマルリオス師の姿が、だんだんと大きくふくれあがる。
このマルリオス師も実体ではないのか。それともなにかの魔法で自分の姿を大きく見せているのだろうか。
「申し訳ありません。まだ子供です。もう少し考える時間を賜ることはできませんか」
トゥーリオ師が一生懸命訴えている。
トゥーリオ師には申し訳ないが、決意をひるがえすつもりはない。
きりりと唇を結んだまま、大きくなっていくマルリオス師を見つめ返す。
かっとその目が見ひらかれたが、それは怒りのためのようにも恐怖のためのようにも見えた。
「忠告はした。これでおしまいじゃ」
マルリオス師は白く燃え上がる炎となってぱあっとまぶしいほどに輝くと、だんだんと光の明るさを落として消えていった。
「ラジュエル、なんてことを言ったんだ。すぐマルリオス師に謝りなさい。本格的に師を怒らせてしまった。今ならまだケーファ師に頼めばとりなしてれるかもしれない。君は自分の力を過信してるよ」
言われたが黙って首をふる。
どうしても従う気にはなれない。
――去るのは今、去るのは今。
声が頭の中に響く。それとも自分の心の声なのだろうか。
トゥーリオ師は眉をひそめたままため息をついた。
「意外と頑固だね、君は。しょうがないな。もう帰っていいよ。どっちみち僕にできることはもうないんだろうな」
「……すみません」
「いいさ」
トゥーリオ師はすこし寂しそうに笑みを浮かべて、ぽんとラジュエルの肩を叩いた。
部屋を出てシャボン玉で帰ろうとしたが、シャボン玉がやってこない。ここは4階で飛び降りるわけにもいかない。
「あの、縄ばしごを貸していただけませんか?」
部屋に戻って頼むと、トゥーリオ師は、ああ、と言って魔法でぱっと縄ばしごを出した。
「魔法が効かなくなったの?」
ところが、その縄ばしごをラジュエルが手に取った途端、それはぱっと黒煙を上げて消えてしまった。
「だめだね」
「マルリオス師でしょうか?」
「うん。少なくとも、魔法で君を助けてはいけないというのが師のご意向なんだろうな。でもずっとこの部屋の前にいるわけにもいかないからなあ」
仕方なく部屋の外の廊下から下を見下ろしてみる。
階段の替わりになるようなものは何もない。いうなればシャボン玉のシステムは、外部の侵入を防ぐための一種の防御策なのだった。
下を見ると、同じように手すりと廊下が各階にある。手すりにつかまって一階ずつおりればなんとかなるかもしれない。
「ええ? なんてことを考えるんだ、君は。ちょっと待ってなさい。誰かに魔法を使わない道具を持ってきてもらえば……」
「あまりこのこと、広めない方がいいと思うんです。きっと大丈夫ですよ」
トゥーリオ師が止めようとしたが、ラジュエルはぱっと手すりを乗り越えた。手すりにつかまって少しずつ体を下ろし、両腕で上の階の手すりの一番下につかまり、大きく身体を揺すって下の階の廊下に飛び込んだ。それを繰り返してホールにおりる。
「大丈夫?」
上からトゥーリオ師が呼ぶ。数人の学生が驚いたように見ている。
「大丈夫です。今までお世話になりました。ありがとうございます」
ホールを立ち去るとき、ふいに、ずん、と身体に響くような力の鼓動を感じた。
間違いない、地下からだ。
今にして思えば、この力の鼓動はずっと前から同じようにあった気がする。ただ気がつかなかっただけで。
膝をついて掌を当てる。
何かがある、この地下に。
外に出てみるとまだ日は高く、空を師匠の一人が竜に乗ってどこかに向かうところだった。
急に、気がついてはっとした。
あの竜からは生命の息吹が感じられない。まるで生きていないかのように。
それを確かめようと竜に向かって全身の力を向けて呼びかける。
「目覚めよ、古い力よ」
思った通りだ。竜はなんの反応もしない。
自分の力が至らないとはいえ、もし竜が本物の魔物だったとしたら、少しはこちらに反応を示してもおかしくはない。
あの竜は魔物ではない。少なくとも『力ある魔物』ではない。
だとすれば――。
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今週も読んでいただきありがとうございます<m(__)m>
Twitterでドラゴンイラスト披露なさっている宮出サキ様にお願いしてイラスト書いていただきました。生命の息吹が感じられないドラゴンのリクエストに応えていただきありがとうございます<m(__)m>
これからもよろしくお願いいたします(^^♪




