第九章 『荒野』の魔法使い 其の一(イラストあり)
(iwajun様がミリュウのイラストをくださいました。感謝いたしますm(_ _)m )
第九章 『荒野』の魔法使い
クマを森に連れて行ってから『白い火柱の儀式』まで半月ほどの間があった。
ラジュエル自身は、儀式の最中に地下に閉じ込められることを、さほど心配はしていなかった。魔物が出て以来、毎回地下には行っているが、これまで困ったことはなかったからだ。
もちろん暗い地下に一人で籠もって、しゃべることも歌うことも禁止されているのは気が滅入る。
口に出さないよう頭の中で歌を口ずさんだり、故郷の家族のこと、友達のことを考えたりして過ごしていた。
そしてミリュウのこと。
ミリュウとは、嬉しいことに話す機会は増えてきていた。
言葉学、音学、薬物学、植物学と、履修する科目が重なっている。
言葉学と植物学についてミリュウは優等生だった。
ほかの学生たちもなんとか彼女と話したがっている様子だが、ミリュウ自身は興味がないようで、返事をするかしないかのうちにすぐ彼らからすっと離れてしまう。
それが、ラジュエルを見ると向こうから
「縄ばしご必要なんでしょ? やってあげる」
と率先して手伝ってくれる。
「ありがとう」
あんまり喜ぶと男子学生たちの視線がこわい。
「なんでラジュエルだけミリュウに優しくしてもらえるんですかあ」
と恨めしそうにスティーノに言われたりする。
「いや、彼女親切なんだと思う。僕が困ってるって言ったから」
「そのうちトゥーリオ師みたいに、『学びの塔』から出て行けー帰ってくるなーって言われますよ」
「僕はトゥーリオ師みたいにもててるわけじゃないよ」
スティーノが集めた話によると、男子学生といい感じになっていた女子学生がトゥーリオ師に夢中になったために喧嘩になったとか、ふられたという話がたくさん出てくる。
「まったく、ああいう人は早くこわーい奥さんでももらってくれればいいのに」
「もてるよねえ。本当は結構お腹が出て……あ、いや、なんでもない」
たぶん、ばらしてはいけないことなのだろう。
ある日の講義と講義の間も、すこし時間が余ったので、街中をミリュウと散歩する時間ができた。
風がずいぶん冷たくなってきている。
「都はやっぱり寒いのね」
「僕の故郷のビルディラ州はもっと寒いから、都は暖かいと思ったよ」
「そうなの。ナラスタ州は暖かかったの。都は風が強いわ。『谷間の風』が吹いてくるからなのね」
「『谷間の風』? それって『谷間の風のはじまるところ』に関係する言葉?」
「そうよ。知らなかった? ここに都があるのは偶然じゃないの。強い魔力をはらんだ『谷間の風』がここに吹くから、ここに魔法使いを集めた『学びの塔』を作って王城もここに定めたのよ。魔力によって王城と都は外敵から強力に守られるけど、同時に魔物の危険にもさらされることになったの。その魔物を制圧したのが、バオス歴582年の魔法大戦……って知ってるでしょ?」
「うん。ここに来てから初めて知った。村では魔法使いたちのことなんか、ぜんぜん話題になったことなかったし」
「そうなの」
あきれられるかと思ったがミリュウは親切に話してくれた。
「魔物を完全に制圧することによってこの国は外敵からも魔物からも護られて、最強になったはずだった。でも本当は魔物は姿を見せなくなっただけで国のあちこちに潜んでいる。何人の人が本当のことを知ってるのかしら。都の人たちですら、もう魔物なんていない、魔物に見えるのはただの幻覚だって信じ込まされているみたい」
「うん。君たちはやっぱり魔物はいるって知ってたの?」
「ええ。だって、私がここに来る途中に襲ってきたのも魔物だもの。それに……私の知識は叔父からのものが多いの。叔父はいつも言ってた。『学びの塔』の魔法使いは真実を告げていないって」
真実を告げていない。
ダッジオもそう言いたげなときがある。
『学びの塔』の魔法使いたちは立派で偉いのだ、彼らの言うことはいつも正しいのだと思っていた。
だが今のラジュエルには判断する材料が何もない。
「魔物には見えるものと見えないものがいて、見えないものの方がより危険だって聞いたことがある」
「そう。見える魔物はせいぜい獣みたいなものよ。近づかないように気をつけて、ちょっと魔力があれば防ぐことができる。でも見えないものは一筋縄ではいかないの。見えないから戦い方もわからないってのもあるし、そもそも一度戦って全滅させたと思ったのに、それでも生き残ってるんだから、より強く凶暴になっている。『魔傷』があるんでしょう?」
「うん」
「古い魔物たちの魔力は強大だわ。『魔傷』があるだけで、そこからじわじわと魔力が入りこんでその人を滅ぼしてしまうこともある。でも、あなたは不思議よね。こんなに長く『魔傷』があるのに強さをぜんぜん失っていないんだもの。『学びの塔』で護られているからかしら。それともあなた自身になにかみんなの知らない力が秘められているのかも。だからアルダムド師はあなたに狼を託したのかもしれないわ」
「アルダムド師に会ったとき、僕はただの羊飼いだったんだよ。強いて言えば雪の中で死にかけていたことぐらい」
ミリュウは立ち止まり、こちらを見上げて、すっと片手をラジュエルの額の方にかざした。
「『死の淵をのぞいたものはその生命を大いなる方に捧ぐ』。ナジュリル経典の第26章にある言葉よ。あなたは死にかけたときに狼に助けられたって言ってたでしょ。そのときのあなたの選択が明暗を分けたんだわ、きっと。あなたはもう昔のあなたじゃない。その瞬間から魔法使いになる定めを進み始めたのよ」
「……予言者みたいだね、君は」
ううん、とミリュウはすこし恥ずかしそうに首を振った。
「ごめんなさい。予言者みたいな言い方をしてみたかっただけ。私なんて何も知らないわ。経典の言葉は本当だけど」
「君も魔法使いになりたいと思ってた?」
「憧れたことはあったけど、まさか本当に『学びの塔』で学べるなんて思わなかった。本当はね、身寄りはないけど村にいられなかったわけじゃないの。粉屋の息子が、自分と結婚すれば一生生活の面倒はみてやるって。でも、なんていうか」
「粉屋ってたいてい金持ちだよね。でも結婚はしたくなかったの?」
ミリュウがそこで受け入れてくれなくてよかったと思いながら尋ねた。




