炎色パンサーの島1(ナイト)
「食料補給のため、しばらくこの島に停船します」
船は小さな島に停泊した。
「出航の際はお声をかけますので、この島唯一の村でしばらくくつろいでいてください」
船員の言葉に三人は船を降りた。
と、
「いきなり出迎えかっ!」
現れたキメラはいきなり呪文封じで三人の魔法を封じた。
「くそっ!」
エルデはそう叫んだが、ナイトは一切魔法が使えないので封じられたところで実害はない。
むしろ相手の攻撃ターンが一回減るという点では得した気分だ。
二羽を一度に切り倒す。
と、もう一羽いたのが、真っ直ぐにソーラに向かった。
しかし、ソーラは軽やかにそれをかわすと、レイビアの柄で鳥の後頭部を突く。
「ぎゃっ!」
キメラは倒れた。
「なかなかいい羽だ。一枚35Gにはなるな」
「魔法が使えるタイプのキメラはいつも決まって35Gだね」
「ソフト上、レベルが同じモンスターは同じ金額という設定になっているからな」
言いながらエルデがそちらに歩みかけたときだった。突然キメラがむくりと起きあがる。
そして、じっとソーラの方を物言いたげに見つめた。
「…………」
しばらくソーラとキメラはにらめっこをしていたが、やがて諦めたようにモンスターはどこかに去っていった。
(……何なんだ、一体?)
ソーラと一緒にいると、たまに見る光景だ。
「どうしてお前はいつもモンスターとにらめっこをする?」
ナイトが言うと、ソーラはふるふると首を振った。
「にらめっこしてるつもりはないんだけど、何かこう、つぶらな瞳で見られると見つめ返しちゃって……」
「……うーむ」
エルデが手に持った革表紙の本を見ながらうなる。
「どうやら間違いなさそうだな」
ナイトとソーラは同時にエルデを見た。
「何が?」
「ソーラの隠された力のことさ」
きょとんとしたソーラに、エルデは頷く。
「大昔にはそういう人間がいたと聞く」
「だから何が?」
「やたらモンスターに好かれる目をしている人間だ」
「モンスターに好かれる?」
ナイトは心の内で頷く。
そういえば確かに、ツノ兎をはじめとしてソーラはモンスターと意気投合することがままあった。
「それってなんかの役にたつかな?」
「好い質問だ」
エルデは本のページを繰った。
「どこかの町にいる『モンスターじいさん』と呼ばれる男に話しかけると、今みたいな状態になったモンスターは、俺達の仲間になるんだ」
「え、すごいや」
確かにそうなったら戦力倍増だし、ソーラが前にでて危険な戦闘に加わる必要もなくなる。
「だが、そうなったらストーリー上ひどく煩雑なことになるし、それぞれのモンスターに対するちゃんとした説明が必要になって大変だから、この物語には『モンスターじいさん』は恐らく登場しない」
ナイトはエルデの頭を後ろからこづいた。
「なら、そんな話は時間の無駄だ。行くぞ」
ナイトは村に向かって歩き出す。
特に港があるわけでもなかったので、停船したところから少し北に進まねば村には着かない。
「ところでさ、エルデ」
ソーラがエルデの革表紙の本をじっと見た。
「その本って、ほんとにいろんなことが書いてあるのに、とっても薄いんだね」
それは常々ナイトも不思議に思っていたことだ。
「この本自体に何かが書かれているわけではない」
「……ってどういうこと?」
「この本は、偉大な魔法で大地の図書館のすべての本とつながっている。だから、読みたい本が欲しいときは、書籍名あるいは著者、トピックなどを念じてページを繰れば、自然に必要な書籍が読み込まれる」
ナイトは驚いた。
「そんなすごい本に、お前は時々書き込みをしているが問題はないのか?」
「大丈夫だ。書籍検索だけでなく、メモ帳機能もあるから、何かメモを取りたいときにはそのアプリを開ければいいだけのことだ」
大地の城が魔術技術革新をしていると、かつて彼の故郷で聞いたことがあったが、そこまでとは想像だにしなかった。
「理屈はよくわかんないけど、とにかく凄いね」
ソーラが端的にまとめたとき、視野に村が見えてきた。
「何かおもしろいものあるかな?」
エルデは誇らしげに本を開いた。
「この村の特産品である超激辛チーズはマーズチーズコンテストのきわもの部門第二位を取ったそうだ」
「そうなんだっ!」
ソーラは嬉しそうな顔で村に向かって走り出した。
宿屋と教会、それによろず屋があるだけの本当に小さな村で、畑を耕す農夫、牛の世話をする農夫などが構成員のようだ。
「ソーラはよろず屋に入ったようだ」
エルデがわかりきったことを横で呟く。
「ナイト、早く行かないと血圧が上がるぞ」
「なぜだ?」
同時に、満面に笑みを浮かべたソーラが大きな包みを抱えてこちらにくるのが視野に入った。
「味見したら最高だったから買っちゃった。切り売りはなくってホールでしか買えなかったけど」
ソーラは120度の角度を持つ三つの赤い扇形の塊を袋から取りだした。
「こないだのチーズは君たちが遠慮して僕ばっかり食べてたみたいだから、今日は3つに切ってもらった。これって3年経ってもカビ一つ生えないぐらい長持ちするチーズらしいよ」
「一体どうやって発酵させたんだ?」
エルデの言葉にナイトは身震いをした。
(……そもそもカビすら怖がるほどのチーズを食べ物と言っていいのか?)
側に寄っただけでカプサイシンの強烈な辛みを感じるような赤い物体を見て、ナイトはげんなりする。
「お店の人にお金は君が払うって言っといたから、よろしくね」
(……困った姫君だ)
苦笑しながらよろず屋に入ったナイトは女将にチーズの代金を払う旨を伝えた。が、
「2400Gになります」
聞き間違いかと思って、再度確認したが、
「2400Gになります」
後ろでエルデが咳払いをする。
「諦めろ、ナイト。それは事実だ」
「そんな馬鹿な!」
ナイトは腰に手を当てる。
「2400Gものアイテムを後払いで売るよろず屋などいないだろう!」
すると女将はほっほと笑った。
「お連れ様が来るまで待っていて、万が一高いから買わない、とおっしゃるリスクより、黙ってお渡しした方が、結果的にはいいことの方が多いものなので」
ソーラが不安そうな顔でナイトを見あげる。
「お金のことだったら、マーズ港で金塊を拾ったから、それで何とかなるかな……と」
金塊を拾ったというのは初耳だったが、ナイトは腰に手を当てた。
「何かあるかもしれない明日のために、常に必要な分しか使ってはならんのです」
ソーラは少しがっかりしたような顔でチーズを女将に渡そうとしたが、
「駄目ですよ、三等分しちゃったら返品不可」
「え!」
手持ち現金のないナイトは仕方なくソーラから金塊を受取りそれを売った。
「金塊は5000Gになります。そこから2400Gを差し引いて、2600Gの返金です」
「……ごめんなさい」
ソーラは本気で済まなさそうな表情だ。
「僕、この辺りでモンスター狩りしてお金貯めるよ」
「それは却って迷惑です」
店を出ながらナイトは言い放つ。
「責任持って全部一人で食べるというなら、もう是非は問いませんからそういうことをおっしゃらないでください」
「それはないでしょ? それだったら僕、得するばっかりだもの」
ナイトは再び両手を腰に当てた。
この際はっきり言っておかないと、自分の生命が危うい。
「そのチーズは貴方以外食べることは出来ません」
ソーラはきょとんとした。
「どうして?」
「普通の人には喜びよりはむしろ拷問となるのです」
「は?」
エルデも頷く。
「それは別名真大火球チーズと言って、食べたら口から激しい炎が出て、辺り一面火の海になる」
「別に何ともなさそうだけど」
エルデは首を振った。
「ソーラだけがそれに耐性がある。きっと、それもお前の隠された力なのだろう」
「ええっ!」
実際火球の一つや二つ、口から吐きそうなほどの辛み臭気が辺りを漂っている。
(間違いない、たとえ一口でも食べたらただではすまない)
ソーラはとぼとぼと歩き出す。
「そっか……」
自分が最高に美味いと思った食材を、食えない代物だと言われて落ち込んだのだろう。
(……ちょっと可哀想なことを言ったか)
ナイトがわずかに反省したそのときだった。
遠くで悲鳴が聞こえたので、三人は驚いてそちらに向かう。
「何だ?」
他の家に比べて大きな家の横にある納屋の前に、壮年の男がしりもちをついている。
そして、ヒョウのような、しかしそれより骨太で牙の鋭い獣が男の前で身体を低くしていた。
「いかん!」
明らかに男に対して殺意があったので、ナイトは剣を抜いて獣と男の間に入る。
と、
「グルル……」
獣はソーラやエルデを見渡して分が悪いと悟ったのか、その場から納屋の屋根に飛び上がる。
そして、オレンジのつむじ風が巻き起こったかと思うほどの速さでどこかに走っていってしまった。
「あ、あ、ありがとうございます!」
男は這いつくばったままでナイトに頭を下げる。
恥ずかしいので立たせようとすると、腰を抜かしていたので、しかたなく背負って男の家に入り、ベッドに寝かせた。
「あのモンスターは一年前からこの島で見るようになりました」
自分の名も名乗らずに、男は話し始めた。
「見るからに凶暴そうだと思っていましたが、やはりこの数週間で本性を現し、村の中まで入ってきて、私たち人間を襲うようになったのです」
ナイトは眉をひそめる。
結界のある村の中までモンスターが入ってくることは通常ありえない。
「貴方たちからは強いオーラを感じます。どうか、あの化け物を退治してくださいませんか?」
ナイトは首を振る。
「何分、急ぐ旅であり、船が出航してしまうと困るので、他をあたってもらいたい」
男は嬉しそうな顔をした。
「そういうことでしたらご安心ください。私はこの村の問屋。村中の農産物は私の許可なく売れません。つまり、貴方達が化け物を退治するまで、船を留め置くことが可能なんです」
ナイトは押し黙った。
要するに脅迫ではないか。
と、エルデが代わりに頷く。
「わかりました。それではこの村にあの獣が入ってこなくなるよう、こらしめてあげましょう」
「ありがとうございます、旅のお方! 化け物の住処はこの村の北にある森の中です」
是非もなくエルデが依頼を受けてしまったので、仕方なくナイトはドアの方に向かう。
だが、当の本人は来ず、ついてきたのがソーラだけだったので、さすがのナイトもエルデを怒鳴りつけようと振り向く、が、
「……!」
エルデが見入っている絵を見た途端、ナイトも思わず息を呑む。
蜂蜜色の髪、そして意志の強さを表す強い瞳。
壁に掛けられた古い油絵に描かれた少年は、黒い石が見せる幻影に現れる少年と瓜二つだ。
「ナイト、これ、何となくソーラに似てると思わないか?」
エルデがノートにメモを取りながら言うと、ソーラが横で肩をすくめた。
「似てないよ。似てるのは髪と目の色だけじゃない」
椅子に座った上半身は右を向いているが、視線は画家に注がれている。
やや内向きのカーブを描く肩までのストレートの髪、真珠のように白い肌。
(……間違いない)
これは確かにあの少年だ。
だが、なぜ……
「その絵、いい絵でしょう?」
問屋の主人がベッドに寝たまま、こちらに向かって自慢げに言った。
「大昔、この村に滞在した有名な画家が描いたものを、私の祖先が買い取ったんです」
「ではこの少年は貴方のご先祖で?」
エルデが言うと、問屋は首を振る。
「いえ、その少年は旅の途中にこの島に立ち寄っただけと聞いてます。何でも天候不順で船が出ない間だけということで、画家のモデルになったとか」
ナイトは眉間にしわをよせた。
(……旅の途中?)
「伝わってる話では、何でも憎い敵を追い続けて旅をしていると少年は言っていたそうです」
「憎い敵、とはどんな人物かは伝わっていますか?」
エルデが尋ねると、問屋はわずかに首を振った。
「詳しいことはわかりません。ただ、この島にその男が来たかどうかを彼が尋ねた言葉が残っています。黒い髪に黒い目、そして黒い剣を持つ美しい男を捜していると」
ソーラが驚いたように問屋を見る。
「……え?」
そして、今度は真剣に絵を眺めはじめた。