炎色パンサーの島2(ナイト)
「どうもいかんな」
エルデが汗をかきながら首を振った。
ここはくだんの森の中である。
行けども行けども同じ風景が続き、気がつけば三人はさっきと同じ処に戻っていたりしていた。
「僕ら、迷子になったのかな?」
「いや、帰り道はわかる。目的地に着けないだけだ」
エルデは肩をすくめた。
「一度村に帰って情報収集しよう」
エルデの言うとおり、帰りは本当に一瞬だった。
島自身が小さいこともあり、森を出てから村までの距離もさほどない。
「考えてみれば、あの問屋が本当のことを言ってるかどうかを俺達は確認せずに森に行ってしまった」
言いながらエルデは道行く人の全員に声をかけた。
「本来は、村人の話をちゃんと聞かなければならなかったのに」
こうなるとナイトとソーラは蚊帳の外で、エルデの奮闘を眺めるばかりである。
「よし、概ね理解した」
「すごいすごい」
ソーラが手を叩くと、エルデは上体をそらした。
「俺の情報収集能力は並ではないぞ」
エルデが言うには、炎色パンサーは確かに一年前ぐらいに木ぎれにつかまった状態で海を流れてきた。
そうして森に住み着いたが、特に人間を襲ったりはしなかったという。
だが、数週間前から頻繁に村に現れ、特にあの問屋の家の納屋あたりをうろうろすることが多いという。
「だから多分、あの納屋にこそ何かある」
「そうなの?」
「そうだ。それに武器屋の親父から聞いた話では、あの問屋はひどく評判が悪い。自分の役に立つと思えば媚びへつらうが、ひとたび思い通りにならなければ無理難題をふっかけて相手を追いつめるような奴だそうだ」
エルデは一人で頷いた。
「今夜はとりあえず宿で休んで、夜中に納屋に忍び込もう。そして、炎色パンサーが狙うものが何かを確認してから森へ行くのが段取りいいと俺は思う」
「そういうのは君に任せるよ」
ナイトとソーラはエルデの言を入れて宿を取り、食事もそこそこに寝た。
そして、その深夜。
「おい、エルデ、起きろ!」
「うーん」
「自分から誘っておいて、寝るとはどういうことだ?」
「うー」
髪の毛がばさばさのエルデをたたき起こし、ナイトは問屋の納屋に向かった。
確かにエルデの言うとおり、何か妖しい気配はある。
「鍵がかかっているな」
「大丈夫」
言いながらソーラが何かを呟くと、鍵はぱちんと開いた。
「お前、鍵外しの呪文も唱えられるのか?」
エルデの言葉にナイトは首をかしげる。
「そんな魔法があるのか?」
「初期のドラクエにもアバカムという名の魔法の記録がある。俺のように隅から隅まで宝箱を開けまくる人間には不要だが、うっかり魔法の鍵なんかを取り忘れたりする奴には重宝する魔法さ」
ソーラが立ち上がってドアを開ける。
「同じかどうかわかんないけど、足輪を外そうと思って大分研究したから」
「なら、隻眼の石像の神殿で使えばよかったのに」
「あれはこの呪文で開かなかったんだよ」
「確かにあの鍵はロータリーディスクシリンダーだった。こういう簡単なピンシリンダーにしか魔法は効かないのかもしれんな」
三人が言いながら納屋に入ってそのまま進むと、奥に降りる階段がある。
そして、地下からは奇妙な泣き声……
「あれは!」
ソーラがだっと走り、階段を下りて行くのを見て、慌てて二人は後を追う。
「おい、ソーラ! 油断するな!」
叫びながら階段を下りたナイトは、追いついたソーラの隣で立ちすくむ。
エルデの持つランプに照らされたソーラの顔に、強い怒りが浮かんでいたからだ。
「これは……」
そこにいたのは、柱に縛り付けられてぐったりした炎色パンサーの子供。
「そういうことか」
エルデが頷く。
きっとこの間からこの納屋の辺りをうろついている炎色パンサーはこの子供の親なのだ。
「ちょっと待ってて」
低いうなり声を上げて威嚇する獣の側に、ソーラは近づく。
そして、その縛めを解こうとした途端、炎色パンサーはソーラの左腕に噛みついた。
「ソーラっ!」
しかし、それに構わずソーラは炎色パンサーの首輪と鎖の側にある鍵に向かって呪文を唱える。
すると、かたりという音をたてて首輪は外れた。
「くう?」
何が起こったのかわからないというような顔で炎色パンサーはソーラを見つめ、そして慌てたようにその腕から離れた。
「大丈夫か、ソーラ?!」
エルデが駆けより、回改で傷を治す。
「全然」
言いながらソーラは炎色パンサーの子供を抱き上げる。
「拘束されるのってやだからね」
くうくう言いながら炎色パンサーはソーラの頬を舐める。
確かにソーラには獣を黙らせ……いや、懐かせるような魔力があるのかもしれない。
「とりあえず森に行こう」
ソーラは子パンサーを抱きながら階段を上がった。
エルデとナイトもその後に続く。
「森に帰さないと」
ナイトは頷く。
これで親パンサーが村を襲わなくなれば、とりあえずは島から出ることができる。
そして、その約束をパンサーと交わせる能力がありそうなのもソーラしかないだろう。
三人は村を出て森に入った。
と、子パンサーがソーラの腕からするりと抜け、独りで走り出す。
「待って!」
慌てて三人が後を追うと、
「あれ!?」
木立が立ち並ぶ中に炎色パンサーは突っ込み、そして消えた。
「こんなところに道が?」
明らかに道があるようには見えない木々の側に三人は立った。
早速エルデがかがみ込む。
「ここに抜け穴がある。入るか?」
否応もないので四つんばいになってそこを抜けると、さっと空が開け、その奥に大きなオレンジ色のパンサーがいるのが見えた。
パンサーは愛おしそうに子パンサーを舐めていたが、ソーラが近づくのを見て立ち上がり、そしてその前で跪き、頭を垂れる。
「気にしなくていいよ、お互い様だし」
ソーラは親パンサーを立たせると、大きく頷いた。
「とにかく僕らは君が村を襲わなくなれば船を出してもらえるわけだし、その約束さえしてもらえれば」
パンサーはうなずき、山葡萄を右足で潰して足の裏を黒くした後、側にあった白っぽい葉の上にぺたりと押した。
「ありがと! ゲレゲレ」
「……ゲレゲレ?」
「このパンサーの名前だよ。なんとなくわかるんだ」
ナイトは肩をすくめる。
「妄想にもほどがある。そんな妙な名前のパンサーなど世の中にいるわけがない」
「ま、いいじゃないか、とりあえずはこれで一件落着だ」
エルデが嬉しそうに足跡のついた葉を大事に袋にしまう。
「これでエルメスに行けるね」
「何にしても、問題を解決するというのは気持ちのいいもんだ」
(……そうか?)
果たしてこんなもので、問屋は納得するのだろうか?
一抹の不安がナイトの心を去来したが、ソーラもエルデも満足げな顔で抜け穴をくぐっていったので、仕方なくナイトもその場を後にする。
村に戻ると、問屋は家の前に立っていた。
その側には道具屋や武器屋のおやじもいる。
「問屋さん、もうパンサーは村を襲わないって」
ソーラが嬉しそうに報告したが、問屋はただ首を振った。
「夢みたいなことを言うんじゃない。獣がどうやって人間と約束をするんだ? ちゃんと退治して首でももってきて貰わないと」
エルデが思いきり胸を張った。
「ご心配なく。書面もあります」
そうしてパンサーの証文を問屋の前に差し出す。
が、
「確かにこれはあの獣の足跡だが、これが何だと言うんだ?」
「村を襲わないって約束してって言ったら、彼女がこれを押したんだ」
問屋はしかめっ面をした。
「信じられないね。獣に人間の言葉がわかるはずはない」
と、防具屋が首をかしげる。
「しかしだな、確かにこれはあの炎色パンサーの足跡だ。あいつがこうも素直に足に墨をつけて、ぺたっとするかな?」
すると問屋が目を光らせる。
「何かトリックがある。そうだな?」
「本当に約束したんだもん」
「走ってくる場所に、墨と葉を置いておけば、馬鹿なあいつらはそのまま突っ込んでくる。そんな風にしたんだろうが!」
武器屋が首を振る。
「いや、肩で風を切るあいつの走りを俺は見たが、多分こんな葉は、道に置いておいても奴が突っ込んで来る前にどこかに吹っ飛んじまうぜ」
「じゃあ、葉の裏に糊を貼ってだな」
「そんなんじゃあ、あの爪がこいつを切り裂いちまう」
問屋はそれでも首を振った。
「奴はまた戻ってくる。そんな葉っぱがあったところで、何の安心にもならん」
ナイトは溜息をつく。
このままではらちがあかない。
「では安心材料を提供しよう」
ナイトの声に、皆が一斉にこちらを向く。
「あの炎色パンサーがこの村に出没していたのは、そこの納屋の中にパンサーの子供が捕まっていたからだ。それを解放したらパンサーはおとなしくなった。だからもう大丈夫だろう」
「あんた、あれを逃がしちまったのか!」
問屋が血相を変えた。
「知ってるのか、炎色パンサーの子供の価格を! 十万Gだぞ、十万G!」
武器屋と道具屋がその場で一回ジャンプした。
「お前、そんなことをしていたのか?」
「そりゃ、親パンサーがたびたび来るわけだ!」
問屋はしまったという顔をしたが、それでもふてぶてしくナイトを睨む。
「勝手に人が飼っているものを逃がしてしまって、ただで済むと思っているのか? 弁償してもらおうじゃないか」
ソーラがむっとした顔をした。
「柱に縛り付けて、息もできないようにしてるのを飼ってるなんて言わないよ!」
と、問屋はじっとソーラを見る。
「どうしようがこっちの勝手だ。それより十万Gはあるんだろうな?」
ナイトは正直に首を振る。
「ない」
「なら、このお嬢さんを担保にもらうぞ」
エルデとナイトは五秒ほど固まった。
「は?」
「いや、むしろわしの妻になって、これからは苦労なく幸せに過ごしてもらおう」
今度はソーラも含めて三人が固まった。
「……は?」
「十万払えないなら、そうしてもらおう。いや、そうしよう。大体、最初に一目見たときからこうなることはわかってたんだ」
問屋は満面に笑みを浮かべてソーラの手を握る。
「断ったら、いつまで経っても船はでないぞ? お前達はこの島からずっと出られない。どうだ?」
あまりの言葉にナイトが剣の柄に手をかけたとき、武器屋が突然問屋の横面を殴った。
「いい加減にしやがれ!」
道具屋も側で跳ねる。
「前からお前さんのそういうところ、気にはなっていたが、今日こそは我慢できねえ」
「おう、そうだ、すぐに船を出しな!」
問屋はたじたじとなって後ずさる。
「な、なんで……」
「そもそも、あんたはこの人たちの親切を当てにしてパンサーの処まで行かせたわけだろ? そのいい草はないんじゃないかい?」
「……う、」
「これ以上、無茶なことを言ったら、この島に居られなくしてやるぞ!」
「ち、畜生……」
問屋は青い顔をして走り去っていく。
「よかったな、兄さん!」
武器屋がナイトの背を叩く。
「恋人をこんなことで取られでもしたら、大変だろ?」
「こっ」
ナイトは言葉を発しようとしたが、なめらかに舌が回らない。
「ち、ちがうよ!」
逆にソーラの方が両手を振って大きくそれを否定する。
「僕らは友達だから」
「へ、じゃあ、意外にもそっちの優男が?」
エルデの顔面が充血したのが傍目にもわかった。
「こ、こっちも友達だし!」
あたふたとソーラが再度否定したとき、向こうから船員が走ってきた。
「船の出る用意ができました。あとは貴方たちだけです」
救われたように、三人は走って船に戻る。
錨があがった。
こちらも一旦閉めます。次話を読んでいただける方は、エルメス王国にお進みください。




