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結界を越えて

 イシュケルは、魔界ゲートの前で黒龍石を持ったまま、固まっていた。

 今まで何度もモンスターを呼び出してはいたが、意図的に自分の呼び出したいモンスターを、呼び出したことがなかったからだ。


「俺に……ドラゴンを呼び出すことが、出来るのか……」


 イシュケルが、ドラゴンを呼び出す事に躊躇していると、嘆きの剣が言う。


〈何を、迷っている。精神を統一し意識を集中して、呼び出したいモンスターを思い浮かべればいいのだ〉


「わかった、やってみる」


 嘆きの剣の助言をもとに、イシュケルは黒龍石を魔界ゲートに掲げ、精神を統一し祈りを捧げた。

 静寂の後、黒い霧が立ち込めると魔界ゲートから、巨大なモンスターが姿を現した。


「ギャオォォォン……」


〈成功したようだな。こいつは黒龍石で呼び出せる最高ランクのモンスター。『黒龍』だ〉


「素晴らしい……」


 その名に恥じない、強靭な肉体。鋭い爪に、鋭いキバ。

そして、その巨大な翼は黒龍石の名前の由縁ともなるほど、黒く輝いていた。


「ギャオォォォン」


 黒龍は、大地を揺るがすほどの咆哮を上げた。


 黒龍は長い首を折り曲げ、イシュケルを見つめる。


「背中に乗れと言うのか?」


 イシュケルがそう言うと、黒龍はコクリと頷き、鼻先をすり寄せてきた。


〈イシュケルよ。どうやら、黒龍はお前を主と認めたようだ〉


「うむ。黒龍よ、俺からも宜しく頼む」


「ギャオォォォン」


 黒龍は再び咆哮を上げ、翼を広げた。

 イシュケルは、黒龍の喉元を愛撫した後、黒龍の背中に飛び乗った。


「黒龍よ、行くぞ! 目指すはガルラ牢獄だ」


「ギャオン……」


 黒龍はそれに答えると、魔界を見渡せる城のバルコニーから、空高く舞い上がった。


「黒龍よ、中々の乗り心地だ」


 イシュケルを乗せた黒龍は、嘆きの剣に案内され、ガルラ牢獄を目指した。

 一年中日が射さない魔界を照らすのは、クレセント(三日月)のみ。

薄暗い魔界を、黒龍は凄まじい速さで、飛び続ける。


〈イシュケルよ、あれがガルラ牢獄だ。もうすぐ、結界が我々を阻むだろう。準備はいいか?〉


 嘆きの剣は、再度結界の恐ろしさに念を押した。


「どのみち、越えなくては行けない試練だ。お前の方こそ、根を上げるなよ」


〈笑止!〉


 次の瞬間、分厚い結界がイシュケル達を襲った。


「ぐぉぉぉ……」


 全身にバチバチと、火花が散り骨を砕くほどの痛みが駆け抜ける。

イシュケルは、意識が遠退くのを我慢するのがやっとだった。


「ぬ、抜けたか……ハァ……ハァ」


 結界を抜けると、嵐が過ぎ去ったように、ガルラ牢獄周辺は穏やかだ。


「ここに、ジュラリスが眠っているのか……黒龍よ、ご苦労だった。ここで、待っていてくれ」


 イシュケルは、再度黒龍の喉元に愛撫すると、ガルラ牢獄の前に降り立った。


〈イシュケルよ、大丈夫か?〉


「あぁ、何とかな。しかし、あと五分もあの状態が続いたらヤバかったかもな」


 肩に付いた埃を振り払いながら、イシュケルは嘆きの剣にそう返した。


 多数の亡骸が、鼻につく異臭を放ち、土壌は浄化されることなく毒沼が続いている。

その先にポツンと、佇むガルラ牢獄。

 イシュケルは、その強固に守られた門を開けようとした。


「ふぬぅぅ……」


 しかし、イシュケルが全力で開門を試みるも、固く閉ざされた門はびくともしなかった。


〈待て! イシュケルよ。門の横に何か書いてあるぞ〉


 イシュケルは、門を抉じ開けるのをやめ、嘆きの剣の言った方に目をやった。

そこには、こう記されていた。


『光と闇が合わさりし時、道は開かれるであろう』


「光と闇?」


〈どうやら、光が足りぬようだな。門にあしらわれた闇を示す紋章は輝き点灯しているが、光を示す紋章は輝きを失ったままだ。闇は恐らく、イシュケル、お前を指しているのだろう。となれば、光は……」


「勇者達……ということか?」


〈そう言うことだ〉


 イシュケルは、暫し沈黙の後、重い口を開いた。


「一度、人間界に戻るぞ」


 イシュケルは、黒龍の待つ場所に、引き返した。

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