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ミタマタケハヤ 〜神になった者たち〜  作者: 三河筆刀齋
【巻ノ壱】足軽大将、漆崎燈真
3/3

第二節 評定

 火湖国はその中心部に巨大な「蓮ノ火湖(はすのひうみ)」という湖を持つ。太古、火の大蛇を討伐した女河童――今現在、蓮ノ浄毘売(はすのきよひめ)として祀られている英雄神――が、大蛇退治の際に穿ったとされる湖である。

 その湖を中心に円環状の街道を持っているのがこの国の特徴であった。

 この街道には西回り(反時計回り)に数えて一から八十八の宿場町があり、一定の間隔で城と、城同士をつなぐ連絡用の砦が築かれている。脇往還も多くあり、この国は「道」と「流れ」によって支配されており、その「流通」を牛耳ることで、稲葉家は絶対的な支配力を我が物としていた。


 円環街道と城砦、脇往還。

 しかしこの構造は湖という「輸送力」なしには成り立たない。

 極論、街道という性質上、宿場の一つが落とされれば流通は止まりかねない。それこそ、脇往還と街道の中継となるような土地を押さえられたら命取りになる。そうなれば兵も兵糧も行き来できないのだ。

 各地で分断と孤立が発生し、あっけなく国の戦力は瓦解するだろう。


 しかし、湖国故に必ずもっている組織がある。

 精強な水軍だ。

 これがあるおかげで、宿場がいくつか潰れても、常に兵と物資を流動させ、状況を立て直せるだけの可能性を抱き込んでいる――そういう仕組みであった。反撃の札を常に握りしめているわけである。

 だから、国守の稲葉火湖守芯鉄齋《いなばひうみのかみしんてつさい》の居城は、それぞれの宿場の城を転々と流動していた。敵に居場所を掴ませないためであった。

 短ければ半年、ながければ数年の間隔。


 今は北西の八十神《やそがみ》城におり、そこが燈真たち「漆崎隊」が勤める城でもあった。

 稲葉火湖守がここにやってきて、かれこれ十四ヶ月。神出鬼没様とまで言われる稲葉火湖守が、いつ次の居城へ向かわれるのか、その居城がどこになるのかは、ごく僅かな者にしか知らされていない。


 玄靂四年 六月二十一日

 時刻は朝五つの先頃(午前七時頃)


 ――舶来の時法も、七曜という考えもまだない。

 ただ、一年を十二の月と、三十前後の日付で割ると都合が良いことは経験則で知っていた。先人たちが導き出した暦を続けているのだ。奇しくもそれは西方の太陽暦にも似ている。


 城内は、喧騒に満ちている。

 戦に備えているというのもそうだが、城の機能はそれだけではない。罪人の処分もそう。公事《くじ》(訴訟や裁判のこと)の処理もここで行われ、罪人の首を刎ねる(という名目の試し切り)が行われるお白洲もまた、城にあるのだ。

 年貢や兵糧米の勘定、武具の点検、訓練など。牛馬の飼育。

 とにかく、ありとあらゆる「まつりごと」がここで行われている。


「俺が知っている城とは作りがずいぶん違う」

 燈真はなんの気なしに、ドがつくほど広い縄張り内を歩きながら、隣の椿姫に言った。

 周囲には見回りの足軽、各々の配下に命令を下す徒侍(小頭《こがしら》級であろう)がいる。

 この時代、薬事法なんてものはない。薬は自前で作るものである。

 調合場に指定されている離れの蔵では、薬師の指導の元、手先の器用なものが薬草やら炒った根、乾燥させたキノコやら、熊の胆嚢なんかを潰したり混ぜたりしている。


 遠いところには味噌蔵もあるし、離れたところには納豆を作る蔵もあった。

 酒蔵まであるのが、いっそ、可笑しみを覚える。


「あんたが知ってる城って言うと、裡辺城と隠し砦くらいじゃないの?」

「ああ。実戦本位の城しか知らん」


 実戦本位の城――すなわち、敵勢が移動しにくく、遮蔽となるものを徹底的に引き抜いた土饅頭のような禿山と、そこにぽつんと立つ山城である。

 当然天守などというものはない。実用本位の、地味で見栄えのよくないものだ。

 だが、燈真のような雪国ド田舎の侍には、それが一番「ふつう」であった。

 この国の名だたる城というのは、いささか、華美である。


「天下泰平ともなれば、こういう〝権威を示す城〟が普通になるって言われてるわ」

「その泰平が遠いっての。だのにこんな城をボンボン立てて、いいもんかね」

「さあ? 貧乏寄騎の私にはさっぱり」


 椿姫の口調は幾ばくも砕けていた。ふつう、主君に向かってこんな口ぶりをしていれば、厳しい主ならば折檻もやむなしだろう。下手したら仕置ものだ。

 しかし燈真にとって椿姫は、「家臣」というよりむしろ「師匠」に近い存在であった。幼い頃から文武を叩き込んでくれた大恩ある妖狐である。

 厳しすぎる、無体と言えるような鍛え方をされたおかげで、燈真は大抵のことでは音を上げなくなった。


(にしても今年は茹だる)

 燈真は口には出さずそう思った。

 椿姫の五本の尻尾も、心なしか、普段より小ぶりに変化《へんげ》させられている。この蒸し暑い中、もこもこの尻尾を腰から生やす――考えたくもない。灼熱の思いだろう。


 ドン、ダダン、ダン!

 そのとき、砲術訓練場から鉄砲の音が響いた。

「この国は技術の国というくらいだから、鉄砲も盛んだな」

「ええ。とはいえ、雨天や、湿り気の強い土地なんかだと不発が連続で、弓矢は欠かせないのが現状ね」

「ここいらは比較的空気が乾燥してるから使いやすいってのも、盛んな理由だろうな」


 火湖国は国土の大半が湖と川である。その周囲をぐるりと囲むすり鉢状の山からは、砂鉄《こがね》(いわゆる酸化鉄)が出る。それを精製、精錬する(酸化鉄から酸素を取り除く工程である)たたら製鉄をはじめ、この土地は鉄と技術の国として知られるに至った。

 鉄を食らう「火の大蛇」の伝説もまた、そうした歴史的背景から生じたものであろう。


 燈真たちはいくつかの曲輪を通過する。その間、彼らの顔と服装が身分を示す。なにより、一鉄齋という鍛冶が打った刀もまた身分証となった。

 一鉄齋が打つ刀は、一鉄齋と提携する鞘師や細工師が、狐を模した飾りをすることで知られている。いわゆる、「一鉄齋一派の刀剣の証」であった。


 刀は、刀鍛冶一人で作ることはまずありえない。

 作刀、研ぎ、鞘づくり、細々とした細工物。

 それぞれが徹底した分業制である。一つ一つ、徹底的な職人技を持つからこそ、この土地の刀は他に類を見ない「狂気的な切れ味」と「艶めかしい美貌」を併せ持つのだ。


 そして一派の刀剣類に共通するのは、鍔には狐の尾を象った飾りがあり、鞘の蒔絵には狐が雪原を走るかの如き絵図が描かれていること。

 燈真の大小差しは無論、椿姫の大太刀もまた、一鉄齋という刀鍛冶の作刀であった。


 城主居館は本丸の南、居館曲輪にある。

 取次役が稲葉火湖守から「直に話を聞きたいとのこと、早急に支度されよ」と、燈真たちは評定《ひょうじょう》に加わることになった。

 しばらく待つこととなったが、昼四つ(午前十時前後)、評定の場に加わった。足軽大将の外様家臣と、その筆頭寄騎であるから、末席であった。

 縮こまるようにして場の会話を聞く。聞くことに専念している。そうすることで、おおよその趨勢を図るのだ。


 ――西から南に隣接する狩多国《かりたのくに》、甲禍国《こうかのくに》、威牙国《いがのくに》に表立った動きはない。しかし、水面下でなにやら忍びがコソコソしているらしき気配あり。

 ――桜坂《おうさか》地域は政局不安とみてよろしい。

 ――しかし最も厄介なのは澄鉄《ちょうてつ》国。

 ――先の裡辺侵攻以来、沈黙を守っているが、かえって不気味なり。

 ――兵の集結、武器の調達、その動きの兆しあり。


 稲葉火湖守芯鉄齋の戦傷の走った顔が、わずかにシワをこくした。

 四十三歳、武将としては最高に脂が乗った頃である。火湖守芯鉄齋(以降、芯鉄齋)は、この中で最も裡辺を知るものに目を向ける。

 すなわち、燈真だ。

「漆崎、言上することがあると聞いた。なんぞ、申してみるがよい」

「はっ」

 燈真は一度平伏、それから口を開く。


「漆峯山にて踏鉄国の動きあり。我が手勢に忍びが数多くあれば、事の次第を知るにいたり。いわく、山賊野盗に扮した踏鉄の者共が乱暴狼藉を働き、周辺の村々、鉱山にまで略奪を行っているとの報が挙げられておりまする」


 座がどよめく。

「なぜそれを今の今まで黙っておったか!」と吠えるのは河童の男である。

(言えば言ったで外様が何をほざくか、ってのがお前らの常套句だろうが)

 燈真は内心そう思ったが黙って耐えた。


 外様がしゃしゃれば生意気だ、図に乗るなと言われ、出る杭は打たれる。であれば、多少ずるくとも、場と空気を読んで当たり障りなく振る舞うしかない。

 しかし、下手に燈真を叩いて追い出すわけにもいかぬというのが、火湖国の難しいところである。燈真はそれをわかっている。が、下手に笠に着る真似をすれば、のちのちの禍根となる。

 面倒な腹芸を強いられているのだ。


 火湖国にとっての燈真とは、ただの外様家臣ではない。

 いわば、澄鉄国と大手を振って戦をするために必要な「旗印」であり、「旗頭」なのだ。

「裡辺国奪還の旗頭」である燈真がいないことには、澄鉄国へ戦を仕掛けるための大義名分を失う。それが火湖国の実情だ。

 むろん攻め込まれればそれを理由に「国防」の名目を建てられる。しかし、一度の攻勢で国の一割でも持っていかれたらたまったものではない。

 澄鉄国は裡辺攻めにおいて、一度の攻勢を持って、国を陥落せしめた。


 この時代、一度のしくじりは、すなわち国家滅亡を意味する。

 火湖国にとって、そこにすまう武将にとって、あってはならぬしくじりだ。


 とにかく――神前で戦の必勝祈願をするにせよ、本音は鉄鋼資源の利権争いであっても、なんにしろ「名分」なしには戦えない。


 理由もなく「お前いいもん持ってんな、よこせよ」と喧嘩をふっかけたら、そんなのは山賊外道と同じ。家臣も民もついてこない。

 そしてみな、大名の「身も蓋もない事情」を察しつつも、大義名分という「隠れ蓑」にすがることで、己の残虐性から目を背けている。

 それだけは、多分、この和深大陸が今後何百何千年と続いていっても、変わらぬこと――ヒトという種の限界であろう。


(いやなもんだぜ、人妖《ひと》の世ってのは)

 と思いつつ、燈真は言葉を慎重に選ぶ。

「されど手前は外様の分際、差し出がましいことは言うに憚られた次第。必要な場で必要な詮議を経るべきかと存じ上げた次第で候」

 それらしいことを言っておく。

 さて、どう転がるだろうか。


 一人、優男風の烏天狗の武将が口を開く。

「漆崎が申されること、それがし、無視するべきではないと存じまする」

「松尾殿……」

 天狗武将の名は松尾次郎四郎金丸《まつおじろうしろうかなまる》。燈真に仕える松尾兄弟の長兄である。

 母親が漆崎裡辺守燈路《しのざきうちべのかみとうじ》の遠縁であり、燈真とも遠い親戚である。そういう縁だから、松尾家と漆崎家は古く昵懇《じっこん》の仲……とてつもなく仲の良い間柄であった。


 上座で扇子を広げ、顎のあたりをあおっていた芯鉄齋が口を開く。

「具体的には」

「それがしの天狗衆の中には、在野の天狗とも懇意のものが多いのです。そうした方方の天狗、あるいは禽獣から、確かに漆峯が胡乱げだという話を耳にしております。ここ、二、三日のことでありますが」

 妖怪の武器は、妖術や強靭な肉体だけではない。土地の鳥、獣、あるいは虫たちを情報網にできてしまう能力だ。


 芯鉄齋は人間である。先祖は狐であったとも言われる。あるいは芯鉄齋の母は妖狐だった、という噂もある。それゆえに、妖怪が持つ不思議な能力にも理解が深い。

 つややかな黒い髪。月代はそらずに、髷を結っている。芯鉄齋は、なにか考えるように畳んだ扇子で眉間を何度か叩く。


 半妖は若くみえ、非常に長寿だ。だが芯鉄齋は苦労が多いゆえに、いかにもな強面である。

 その強面に、引き攣れのような凄まじい傷が走っていた。

 右頬、口を割くような凄まじいものだ。それが威厳となる時代ゆえ、家臣は彼を侮ったりしない。

 その間、家臣団は黙して語らない。こういうところにお国柄が出る。


 漆崎家臣団ならば、今頃喧嘩寸前の評定となっていた。

 だいたい最後には椿姫あたりが「お下がり! 殿の御前である!」と怒鳴りつけて丸く収める。

 漆崎のやり方は「徹底的に吐き出させ、鬱憤とわだかまりを抜いておく」というものだ。

 稲葉家では少々勝手が異なる。わだかまりを生みかねないような物言いは控える。そういうやり方であった。


「漆崎、松尾に付いて行動せよ。松尾、お主に漆峯山の調査、場合によって山賊討伐を命じる。配下の兵で済ませられるならば良し、必要ならば兵を借り受けて事を成せ」

「ははっ」

 皆が頭を深く垂れる。

 評定はその後、宿場と街道整備、警備の配分やらのいつも通りの流れで静かにまとまっていった。


 燈真はひとまず、いらぬ波風を立てずに済んだことに胸をなでおろした。

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