護身術と逃走術の授業
ブレン・ヴァルシェムの言葉に、二人の息子は言葉を失った。
「カズキ……。お前を見つけたのは、あの神殿だったんだ。まだ赤ん坊だった頃にな」
カズキは幼い頃から、自分が養子であることを知っていた。
それは家族の中で隠されていたことではなかった。
それに彼は、半獣人の家族の中で唯一の人間だった。
だが、自分が本当はどこから来たのかだけは、一度も聞かされたことがなかった。
そして今、その答えが思いもよらない形で明かされた。
ブレンは数秒沈黙した後、再び話し始めた。
「もう何年も前の話だ。その時、お前の母さんはリンを身ごもっていた」
兄弟は真剣に耳を傾けた。
「あの夜、俺たちは神殿の近くにいた。入るつもりはなかったんだが……赤ん坊の泣き声が聞こえた」
ブレンは目を伏せた。
「あの場所一帯はマナで満たされていた。それでも俺たちは調べることにした」
カズキの背筋に寒気が走った。
「中に入ると、お前がいた」
部屋が静まり返る。
ブレンは息子の目を見つめた。
「お前は布に包まれていた。それ以外には何もなかった」
ブレンは短く間を置いた。
「ただ一つだけ、言葉が書かれていた」
カズキは唾を飲み込んだ。
「何て?」
「カズキだ」
ブレンは一度言葉を切った。
「その布には、お前の名前だけが書かれていた」
兄弟は二人とも何も言えなかった。
その時、買い物から帰ってきたブリナが家に入ってきた。
答えのない疑問で満たされていた重苦しい空気が、一瞬だけ途切れる。
ブレンが事情を説明すると、母親はすぐに反応した。
「……神殿に行ったの?」
その表情は怒りよりも心配の色が強かった。
ブリナはすぐに二人を強く抱きしめた。
「もう二度とそんなことしないで!」
カズキは母の声が震えていることに気づいた。
それはどんな叱責よりも不安になるものだった。
話が終わる前に、ブレンは腕を組んだ。
「お前たち二人への罰は、まだ考えないとな」
リンは諦めたように頭を下げた。
カズキはため息をつくだけだった。
「それに、この件は教官たちにも報告しなければならない」
それだけ言うと、ブレンは家を出て行った。
兄弟はしばらく黙っていた。
やがてカズキが口を開く。
「何を話すのか知る必要がある」
リンが顔を上げた。
「え?」
「後をつける」
「カズキ……」
「聞くだけだ。それだけ」
リンは、彼と議論しても無駄だと知っていた。
数分後、二人は母に気づかれないよう家を抜け出し、村の中を進んだ。
すでに夜になっており、外にはあまり人がいなかった。
やがて二人は訓練場の近くで父親を見つけた。
ブレンは主任教官の一人と話していた。
夜は暗かった。
三つの月のうち二つは雲に隠れており、一つだけが村をかすかに照らしていた。
冷たい風が二人の薄い服を突き抜ける。
急いで出てきたため、上着を持ってくる暇もなかった。
その時、怒鳴り声が響いた。
「何だと!? あいつらが何をしたって!?」
教官の声は辺り一帯に響き渡った。
その男は背が高く、全身に傷跡があった。
その傷のせいで実際以上に危険そうに見える。
「すみません」
ブレンが答えた。
「謝らせます。本人たちの話では、遠くから見ただけですぐ戻ったそうです」
教官は考え込んだ。
「それでも警戒は必要だ」
数秒黙る。
「この件は村長には報告しない」
ブレンは少し安心したようだった。
「あの場所に関する話を聞くと、あの人がどうなるか知っているでしょう」
男は続けた。
「明日は訓練を倍にする」
教官は暗闇を見つめた。
「それと何人かを派遣して周辺を調査させる」
表情が真剣になる。
「警戒を続けろ」
「奴らの動きが気に入らない」
カズキは眉をひそめた。
(奴らの動き?)
考え続けようとしたその時。
パキッ。
リンが枝を踏んだ。
二人は凍り付く。
大人たちはすぐに振り向いた。
「誰だ!?」
カズキは心臓が止まりそうになった。
だが教官は首を振る。
「たぶんネズミか何かだろう」
兄弟はそれ以上待たなかった。
「リン、このバカ……」
カズキは小声で呟く。
二人はできる限り素早く、そして静かにその場を離れた。
十分に距離を取ってから歩く速度を落とす。
「聞いたか?」
カズキが尋ねる。
「ああ」
「何に警戒しろって言うんだ?」
リンは首を横に振った。
「分からない」
数秒間、二人は黙った。
「神殿と関係あると思うか?」
「そうは思えない」
リンは、神殿の話を聞いた時のブレンの表情を思い出した。
「入ってないって言った時、父さん安心してた」
カズキは納得できなかったが、他に答えもなかった。
結局、二人は家へ戻った。
その夜、家の空気はどこかおかしかった。
二人とも食欲がなく、夕食は食べなかった。
ブレンが帰宅すると、ブリナと小声で話し始めた。
カズキはすでに自室にいた。
家の中をうろついていたリンだけが、その会話の一部を聞くことができた。
「教官長とは話した」
「それで?」
「明日、調査隊を出すらしい」
短い沈黙。
「あの子たちは本当に無茶をした」
ブリナはため息をついた。
「あまり厳しくしないでくれるといいんだけど」
その言葉だけで、リンは嫌な予感を覚えた。
眠りにつくのはいつもより少し難しかった。
翌朝、授業は早くから始まった。
最初の課題は、記憶だけで地図を描くことだった。
村の地図。
近くの道の地図。
前日に習った経路の地図。
作業中、一人の生徒が手を挙げた。
「北は?」
別の生徒も続く。
「西には何があるんですか?」
教官は即座に答えた。
「重要じゃない」
生徒たちは顔を見合わせた。
カイル・キラークが手を挙げる。
「せめて何があるのかくらい教えてくれませんか?」
教官は彼の机まで歩き、木の机を強く叩いた。
全員がびくりとする。
「カイル・キラーク」
教官の視線は冷たかった。
「東に集中しろ」
教室は静まり返った。
数秒後、彼は付け加えた。
「北と西は魔獣に支配されている」
そして元の場所へ戻る。
「それ以上は話さない」
カズキは教官をじっと見つめた。
あの反応はあまりにも大げさだった。
(魔獣?)
(それって、どういう意味だ?)
考え続けようとした時、一つの声が沈黙を破った。
「ただの質問なのに、なんでそんな反応するんですか?」
全員が振り向く。
ヒヤッタ・アルジェンナだった。
思ったことをそのまま口にすることで有名な、少し変わった半獣人の少女だ。
「何を隠そうとしてるんです?」
教官は答えなかった。
初めて返答に困っているように見えた。
しかし何か言う前に、別の教官が扉を開けた。
「カズキ・ヴァルシェム、リン・ヴァルシェム」
二人は顔を上げる。
「今すぐ私について来い」
クラス中の視線が二人に集まった。
兄弟は互いに顔を見合わせる。
何の話かは分かっていた。
外へ出た瞬間、二人とも頭を叩かれた。
「いてっ!」
カズキが抗議する。
文句を言おうとしたが、目の前にいる人物を見て口を閉じた。
ブレンが腕を組んで立っていた。
その隣には別の教官もいる。
「お前たち」
男は厳しい口調で言った。
「神殿の近くで何をしたのか。そして何を見たのか。正確に説明しろ」
カズキとリンは顔を見合わせてから話し始めた。
夜明けに村を出て西へ向かったこと。
森を抜けた先で、小さな草原を見つけたこと。
そしてそこには巨大な建造物の廃墟があり、それが神殿のように見えたこと。
さらに、その場所はマナで満たされていて居心地が悪かったことも話した。
「中には入ってません」
リンが慌てて付け加える。
「遠くから見ただけですぐ戻りました」
カズキも説明した。
教官は一瞬黙った。
二人の説明を完全には信じていないようだった。
一度だけブレンの方を見る。
「二度とするな」
その声は強かった。
「あそこは危険だ。お前たちだけじゃない。村にとってもな」
兄弟は頷いた。
その後まもなく授業へ戻された。
去り際、ブレンはまだ教官と話を続けていた。
カズキは二人が村の出口の方へ向かうのを見た。
その後、二時間目が始まった。
護身術の授業だった。
基本的な訓練だが、アーデンで生きるには役立つものだった。
狩人たちは武器の正しい持ち方や、相手を無力化するための攻撃箇所、戦闘時の立ち位置を教えていた。
その日は木剣を使った。
毎日の訓練で少し傷んでいたが、まだ十分使えた。
最初に呼ばれたのはカズキとリンだった。
誰もが罰だと理解していた。
村の外へ出たことへの罰が始まったのだ。
最初に相手をしたのはリンだった。
剣はあまり得意ではなかったが、最初はよく耐えた。
何度も攻撃を防ぎ、何度も後退する。
だが経験の差は大きすぎた。
次第に防ぐだけで精一杯になる。
そしてついに教官はリンの剣を弾き飛ばした。
そのまま木剣で追加の一撃を何発も叩き込む。
「これは大人の許可なく村を出た分だ」
どこからか笑い声が聞こえた。
次はカズキの番だった。
リンと違い、彼は先手を取ろうとした。
試合開始と同時に攻撃をかわし、教官の足へ素早く一撃を放つ。
その一撃に何人かの生徒が驚いた。
教官は笑う。
「悪くない」
その瞬間から動きが速くなった。
カズキは何度か打ち合いに耐えたが、結局は兄と同じように押し負ける。
倒された後、彼も追加で何発か叩かれた。
「これはルールがお前には関係ないと思った分だ」
生徒たちの笑い声が響く。
皆に伝わった。
規則を破れば代償があるということが。
休憩時間になると、すぐに何人もの同級生が集まってきた。
「境界の向こうには何があったんだ?」
「魔物はいたのか?」
「何を見た?」
カズキとリンは答えを避けた。
「大したものじゃない」
カズキはそう言った。
だが自分でもその言葉を信じきれていなかった。
頭から神殿のことが離れなかったからだ。
授業が終わると兄弟は口論になった。
リンは不満そうだった。
「昨日、村を出るべきじゃなかった」
彼は続ける。
「父さんを怒らせたし、訓練でも一番ひどい目に遭った」
「だからって何もかも普通だってふりを続けるのか?」
カズキは言い返した。
「みんな何かを隠してる」
「だからって問題を起こしていい理由にはならない」
「お前は大人しすぎる」
リンは眉をひそめた。
「兄さんは頑固すぎる」
結局、どちらも相手を説得できなかった。
二人とも不満を残したまま別れた。
カズキは苛立ちながらその場を離れる。
しばらくして村の中央付近でカイルと会った。
二人は教官たちに散々やられたことを思い出し、笑い合った。
そこへ新しい声が加わる。
「境界の外を探索したのって、あんたたちだったんだ」
ヒヤッタ・アルジェンナだった。
「何を見つけたの?」
「……大したものじゃない」
カズキは答える。
「本当に?」
ヒヤッタは疑わしそうな顔をした。
「大人たちが隠してるようなもの、何もなかったなんて信じられない」
カズキは彼女の性格を知っていた。
絶対に諦めない。
何度も聞かれ続けた末に答えた。
「ただの廃墟だよ。壊れた神殿みたいだった」
ヒヤッタは考え込んだ。
「私の家族、ここからかなり遠い村の出身なんだ」
二人は耳を傾ける。
「そこでもアーデンと似たような規則があったらしい。でも子供たちには別の話をしてたんだって」
カイルが眉を上げた。
「どんな?」
「許可なく村を出ると、“呪われし者”に見つかって二度と帰れなくなるって」
短い沈黙が流れる。
「呪われし者?」
カイルが聞き返す。
「それって何だ?」
ヒヤッタは肩をすくめた。
「さあ。親は子供を逃がさないための作り話だって言ってた」
話し終えると、彼女は家へ帰っていった。
カズキは考え込む。
その後、二人はリンを探しに行った。
三人はヒヤッタの話について話し合い、神殿のことをローワンとセドリックに話すべきかどうかまで議論した。
話し終える頃には太陽が沈み始めていた。
カイルは別れを告げて帰っていく。
カズキとリンも帰路についた。
空はますます濃い色へ染まっていた。
炎のような鮮やかな橙色だった。
普段ならこの辺りはもっと人がいて、賑やかなはずだった。
だが今日は違う。
不気味なほど静かだった。
鳥の声も聞こえない。
近くに虫の音すらない。
カズキは嫌な予感を覚えたが、考えないことにした。
二人が歩き続けていると、リンがふと空を見上げた。
遠くに煙が上がっている。
西の方角だった。
カズキもそれに気づく。
背骨を一つずつなぞるように寒気が走った。
「見えるか?」
リンが尋ねる。
カズキは頷いた。
二人とも何も言えなかった。
空はさらに濃い橙色へ染まっていく。
それなのに胸騒ぎは消えなかった。
家へ向かって歩いていたその時だった。
突如として。
夕暮れの静寂を引き裂くように鐘の音が響いた。
ゴォォォン!!
ゴォォォン!!
二人は凍り付く。
ゴォォォン!!
ゴォォォン!!
ゴォォォン!!
ゴォォォン!!
村の鐘は爆発のような勢いで鳴り続ける。
二人は以前、両親から聞かされた言葉を思い出した。
『もし村の鐘が止まらず鳴り続けたら――』
ゴォォォン!!
ゴォォォン!!
『すぐに逃げて身を隠しなさい――』
ゴォォォン!!
ゴォォォン!!
『あの鐘は侵略を意味するのだから――』
ガァァァン!!




