崩壊したモテクズ夫の理想郷/ハァ?
「わっ、わたしは子供を産みたいわけじゃない。でも本当は、夜は一人ぼっちで寂しかった……夫婦なのに……隣で微笑んでいればいいとか言って、結局はわたしを放っておいただけじゃない! しかも監禁までして! 酷い!」
「アイネ……申し訳なかった……まさかあの二人があんなことをするとは思わなかったんだ……」
すっかり毒が抜けてベッドから起きられるようになったわたしは、フィンの前で泣き続けた。
子供を産まなくていいとは言われたけれど、本当は相手にされていなかったみたいで悲しかった。強情なわたしが強がっていただけ。
どうしてわたしは悪妻になって離婚しようとしたんだろう。フィンにわたしの気持ちを気付いてほしかったから?
駄々をこねている子供みたい。
バカみたい。
だって、何を言っても笑ってかわすだけで、わたしの言い分を少しも聞いてくれないんだもの。夫に言われるまま生きるしかないわたしは『お飾りの妻』でさえない、ただの女除け防虫剤。
毒を盛られて心身ともに疲れ果てたというのもあるんだろう、将来が不安で不安で仕方ない。離婚できない、何も出来ないまま、こんな形で死ぬまでズルズル生きていくなんて。
フィンはそんなわたしを抱きしめて優しく背中を撫でたけれど――えっ、何か嫌なんですけどぉ!
「やめて、わたしに触らないで!」
「どうして?」
「だ、だって、気持ち悪いから」
「気持ち悪い……?」
「だって、こうやってあの二人を抱いたんでしょう? 気持ち悪い」
「そんな……ショックだ……悲しいよ……ぼくはアイネのために……」
「わたしのため?」
そういえば、こんな風にフィンに抱きしめられたのは初めてだっけ。
二人も愛人がいることを黙っていた『汚らわしいビッチ野郎』だから、てっきり気持ち悪いと思っていたのに。
不覚にも気持ちいいと思ってしまった、このままこうしていたいと思ってしまった!
「あの二人は去年没落した男爵家の従姉妹同士だった。婚約者も行き場も失っていたから保護した。二人にはぼくの子供を産んでほしかっただけで、好きとか愛しているとか、そういう気持ちはなかったんだ」
「は? 子供を産んでほしかったから保護したんですか? 好きでも愛してもいないのにそんなことを?」
「そういう下心はあった。跡継ぎのためだと思って」
「は……あ……何と言っていいか分かりません」
その思考回路が理解不能だよ!
「アイネを抱くことはできない。そんなことをしたら子供を産まざるを得なくなって、死んでしまうかもしれないから……」
「エッ、エエッ??」
こんな世界だから出産で死ぬことはあるんだろうけど。だから出産は妻ではない女性に?
「母の最初の子は死産だった。その後ぼくを出産して間もなく死んだ」
「お義父様もそんなことをおっしゃっていましたね」
「その後、ぼくの育児ともう一人子供を産ませるためだけに父は後妻を娶った」
ま、まぁ、そういう人もいるかもしれないわね?
こんな時代だしね?
何だか酷い気がするけれど?
「結局その後妻に子供はできず離婚、次の後妻も……今の後妻はぼくと同じ年齢だ」
貴族って難儀ね……。
「だから妻にはそんな無理はさせたくないし、アイネはずっと隣で微笑んでいてほしかった。子供が産まれたら、ぼくとアイネの子にしようと……」
庶子を跡継ぎに?
確かにそんな小説があったわね。
フィンの母親は彼を出産して間もなく亡くなった。だからフィンは、子供を産むというリスクを妻に負わせたくなかったと言うのだ。
わたしも子供を産まなくて済むんだなんて喜んでいたけれど……それにはダフネやミケーレのように、『子供を産むためだけの愛人』という犠牲が必要だった。
つまり、美味しい話には裏があったわけで。
貴族がそう簡単に離婚なんてできるはずもなく。
「ぼくの妻は一生涯アイネだけだ。お願いだから僕に微笑みかけてくれ」
妻は妻。愛人は子供を産むだけの存在。
ハァ……。
とんでもない世界に転生してしまったわ。
この優しくて残酷なモテクズ夫をどうすればいいの……。
★フィンは庶子を養子にしようと思っていました。この世界では庶子→養子→跡継ぎが可能という日本的な設定にしました。妾を持てと言ったフィンの父は離婚再婚を選んだわけです。
★妻は隣で微笑んでいなければならないという謎の妄執を持つフィンは、アイネを閉じ込めてでも離婚はしないでしょう。いついかなるときでも微笑むことができるというアイネの特技が仇になってしまいました。
★フィンがこんな性格になった原因を特定することは作者の傲慢だと思いますので、敢えてしませんでした。




