プロローグその二 わたし毒を飲まされたみたいです(なんで?)
服毒事件後のアイネ視点です。
気が付くと、わたしはベッドに寝かされていた。体中が重く、手も足も動かすことができない。喉が詰まっている気がする。気持ち悪い。苦しくて声を出せない。
〈ウ〜ン……(誰か……助けて……)〉
確か、ランチは軽くリンゴとイチジクのコンポートにしてもらって……。
あれ以来わたしは自室に監禁状態だ。話し相手がいなくて暇だから風景画の続きを描いて……喉が渇いたので何か飲もうとした。
アンは昨日から外出しているから、呼び鈴を鳴らして飲み物を頼んだら……アリッサとかいう使用人が、ジャムを挟んだスポンジケーキと、ミルクとシュガー入りカモミールティーを持ってきて……。
そういえば昨日もアリッサがアフタヌーンティーの用意をした。アンがいないから、代わりに持って来たって言ってた。
『奥様、お飲み物にはダイエットシュガーというお砂糖をたっぷりお入れしました。昨今の流行とのことでございます』と、アリッサが得意げに言ってたっけ。
ダイエットシュガーだとしても、たっぷり入れたらカロリーは同じじゃない。ダイエットするならお砂糖は少なめに、それか入れなければいい……と思いながら飲んだら、とても甘くてほんのり苦かった……いくらなんでもシュガーを入れすぎだよと、あとで注意しようと思って……それから……。
そう、急に動悸が激しくなって、息をするのがつらくなった。
目の前が歪んで、体が重くて動かなくて……。
苦しくて苦しくて、呼び鈴を鳴らそうと思ったけれど、紐に手が届かなくて……もう、ダメだと思った。
終わった……と思った。
次に転生するときは二十一世紀の日本、そこそこ都会そこそこ田舎にしてほしいとマジで思った。何でも揃っている巨大ショッピングモールがあるところ。気軽にお一人様カフェへ行けるところ。
そして意識が遠のいた。
でも、今は息をしているし、確かに生きている。
瞼に力を入れたら、辛うじて薄目を開けることができた。
あれっ、ウ〜ン何だろう、この、
伯爵家全員集合!
みたいなシチュエーション??
〈ウ〜ン……ハァァァァ……(誰か何とかしてぇ、だりいの、ぐるじいの、ドクター、薬!)〉
「アイネ!」
「アイネ様!」
「生きてらしたのですか!?」
三者三様の反応。
最後の反応はたぶん、最近不愛想に睨んでくるメイド長。
「生きていて、申し訳、ありません……」
(生きていて、悪うござんしたぁ!)
きっとわたし、毒殺されかけたんだわ。
でも死ねなかったみたい。
医療がそこまで発達していないガッデム世界なのに、奇跡だわ。
でも、誰が? 何のために?
わたしを毒殺してもどうにもならないじゃない。謎だわ。
ただひとりアンだけが泣いている。フィンも泣きそうだけど……。
皆さんごめんなさい、どうしてこんなことになったのか見当もつかない。
周りに恨まれるようなことをしでかしたっけ?
あぁ、そういえば最近わたし、悪妻になろうとして……それから……。
もしもわたしが死んだらアンはどうなるの? アンは一生わたしが守るって決めたのに。
☆ ☆ ☆
「少しは話せるかな、アイネ」
使用人と医者がわたしの寝室から出たあと、アンとフィンが残った。
ゆるやかに波打つ金髪に、愁いを帯びたブルーアイのイケメン旦那フィンがベッドサイドに座り、わたしの髪の毛をもてあそびながら話し掛けた。髪の毛を触られているだけなのに何だかくすぐったい。
「……ハイ」
「まさかとは思うけれど、その……毒を……飲んだのかい?」
「飲んだ……たぶん……でも、自分から飲んだわけじゃない。毒なんて持ってない」
「何があったのか話せるかな?」
「はい……アンがいないから、今日の午後はひとりで絵を描いていて……喉が渇いたからアリッサというメイドに……ダイエットシュガーとミルク入りカモミールティーを……ゴホゴホ……」
「アン、もっと水……いや、温かい水を持って来て」
「はい、ご主人様」
「……カモミールティーを飲んだら、動悸が激しくなって、息ができなくて……」
「では、アリッサが?」
「呼び鈴を鳴らそうとしたけれど、紐に手が届かなくて……その先は記憶が無いので分かりません」
「警官を呼んで使用人全員に聞き取りをしようと思う」
「いいんですか、警官なんかを呼んで?」
「構わない。その上で処罰を決めよう」
「そういえば、アリッサという使用人は今まで見たことがないような……あるような……?」
「彼女は……普段別の仕事をしている。なぜアイネの世話をしたかは分からない。まずそこからだな。アンをこの部屋で待機させるから、安心して眠りなさい」
「ハイ……」
心配そうなフィンが部屋から出ようとした。これはチャンスだと思い、わたしは勇気を出して自分の願いを口にした。
「この屋敷で暮らすのは辛いんです。わたしと離婚してください」
「何を言っているんだアイネ、犯人は必ず見つけるから。もうこんなことは起こさないから安心して。そうだ、もう一人侍女を付けよう」
「犯人とかそういうことではないんです」
「どういうことかな? また変な内容の三文小説を読んだのか?」
「どうしてそうなるんです?」
「アイネはぼくの妻なのだから、そのつもりでと何度も言っただろう。もう子供じゃないんだから、くだらない小説に影響されないように。今度そんなことを言ったら小説を禁止するよ」
「……」
フィンはそのまま部屋を出た。
――何を言っても無駄なんだな。
のれんに腕押し、糠に釘、馬の耳に念仏。
あと何かあったっけ?
※三話は二人の出会い(?)からです。




