『引きこもりのお飾り妻』を卒業して『引きこもりの妻』になりました(ぼくの理想の唯一)
アイネはみんなを救うことにしました。報われるといいですね。
そしてフィンは衝撃の提案をする。
「アンにぼくの子を産んでもらおうかと思う」
「何ですって、アンに!?」
「彼女なら身元もしっかりしているし、健康そうだから」
あぁっ、もうっ、何を言っているの、この男! それって……代理母じゃないの。
わたしのためにと思っているんだろうけど……だからって、アンはダメ!
絶対ダメ!!
アンがマケナニー家に来たのには理由があって。
まだ十歳そこそこのとき、アンは兄に強姦されたことがあった。そのトラウマで結婚ができないの。男性恐怖症なのよ。
アンの親から相談されたわたしの母は、わたしの侍女兼コンパニオンにするという理由でアンを引き取った。だから、アンはわたしが一生守ると決めたの。
「産まれた子供はアイネとの子にして、アンは乳母になってもらおうと思う」
酷い。一見穏やかで優しいフィンは、自己中で残酷な人だ。けれど……わたしも子供は産みたくない。危険を冒したくない。
でも、可哀そうなアンを犠牲にするなんて!
「そんなことしたら、一生許さない!」
※
もう一度冷静になって考えてみて。
子供は産みたくない、だけど愛人は認めない。
フィンは跡取り息子なのだ。この世界、跡取り息子の嫁にそんな我儘が許されるわけがない。
離婚ができないなら。
――自分で産むか。
――他人に産んでもらうか。
究極の選択。
そしてわたしは決意した。
体調が戻り落ち着きを取り戻した夜、わたしは覚悟を決め、いつものネグリジェにガウンという姿でフィンの部屋へ突撃した。決して夜這いではありませんのよ、あくまでも話し合いです。
前世かかあ天下予備軍だったわたしの意地を見せてやる。
エンジ色のガウンをまとったフィンは、ソファに深く腰掛けて物思いに沈みながらブランデーを飲んでいた。そんな姿も絵になっている。
――こういう姿にコロッと騙されちゃう女がいるのよね。女の敵だわ。
この男は普段何を考えているんだろう。妻なのに、わたしはフィンの表面上の姿しか知らない。
「どうしたんだい、アイネ。ぼくの部屋に来るなんてはじめてじゃないか? 眠れないのかい?」
「あのねフィン、聞いて」
「もちろん聞くよ。何か飲む?」
「じゃあ、軽くお酒を」
「ワインの炭酸割りでいいね。あまり飲むと返って眠れなくなるから」
今まで避けてきたけれど、夫婦の話し合いをするわ。
「わたし、一人なら子供を産んでもいい」
「アイネ、いきなり何を……」
「もう決めたの」
「そんなことをしたら君が死んでしまうかもしれないじゃないか」
「……死なないかもしれないわ」
「駄目だ、妻は生きていてほしい」
フィンは……母がいないのが寂しかったのかな。
「もしわたしが子供を産むことになったら万全の体制を取ってくれる? 産婆さんもちゃんと手を消毒して、もちろん医者も呼んでくれるわよね? リネンやタオルや……何もかも清潔にして。フィンもそばにいてほしい、ちゃんと手をアルコールで消毒してから」
「そ、それは、うん。しかし……」
「それなら安心よ。わたしの母は三人子供を産んだわ。どれも安産だったって聞いている。わたしだって大丈夫だと思う」
「そんな小さくて細い身体で安産? アイネが死んでしまうかと思うと……恐ろしくてそんなことは……」
酔った勢いでフィンはわたしの前で膝をつき、両足にすがりついた。
〈え、えぇぇ~〉
だんだん崩れていくわ、このアラサークズ男。
「ただし、一人だけよ」
「当たり前だ、それ以上無理はさせられない! アイネはぼくのそばにいなければならない!」
「もちろんそばにいるわ。わたしが子供を産んだら愛人を持ってもいい。でも、アンだけはダメ」
「もう愛人はやめるよ。アイネに何かあったらと思うと……」
「それから、子供は二十歳をすぎてからにして」
「えっ……なぜ、二十歳すぎ???」
ご利用は二十歳すぎ。
それなら心の準備ができると思うし、身体も成熟すると思うから。今はまだダメ。覚悟ができていない。
「ならば、それまで触れ合う練習をしよう」
「はい……えっ?」
「いきなりはつらいだろう」
「いやいや、そういうことじゃなくて……」
「ぼくはアイネの心も身体も必ず守ると誓う。だから、アイネも覚悟してほしい」
「???」
「まず、お互い触れ合うのに慣れようか」と言ったフィンが、いきなりわたしの首筋にキスした。
「えっ……ちょ……まっ……心の準備が……」
「大丈夫、すべて任せて。目を閉じていればいいから」
いつの間にかガウンを剥がされていた。
こ、こいつ、手際がよすぎ!
わたしは、ネグリジェ姿のまま全身にキス……「ゥッヒャァ〜くしゅぐったい、チョ、チョットみゃってぇ〜〜アハハァ〜……ダメ~……」
「コラ、暴れない」
☆ ☆ ☆
二年後、わたしは無事(?)男子を出産しました。わたしに似たブルネットの可愛い子。
難産でした、少し危なかった。出産後一か月以上寝込んでしまったのです。生きているのが奇跡としか言いようがない。血が足りないから起き上がれない。
義父、ローストビーフに追加でレバーくれ、レバー。
やったね、わたし。子供を産むという奇跡をなしとげたよね!
わたしがベッドに伏しているあいだ実家から母が来て、首都のライリー屋敷に滞在してくれた。それだけでも嬉しかった。わたしが元気を取り戻すとアンを連れて首都観光を楽しんでいたけどね。
ありがとうお母さん、わたしを産んでくれて。出産がこんなに大変だとは思わなかったわ。
「あぁ、よく頑張ったね! アイネがいなくなっらどうしようかと……」
わたしが起き上がれるようになると、ベッドサイドでフィンが泣いていた。
フィンって……クズな女殺しかもしれないけれど、本当に情が深い人なんだわ。無自覚なのが犯罪的。一歩間違うと犯罪者養成男になるから(もうなっている)、妻のわたしが厳しく監視しないと。
「フィン……わたし、子供を産めたわ。それに生きている」
「ぼくに息子を与えてくれてありがとう、アイネ」
「ごめんなさい、次はたぶん無理」
「そんなことは気にしなくていいから」
ご利用は二十歳からという願いは叶えられなかったけれど、フィン・ライリーが絶倫男ということは分かった。あの二人が受けた欲望をわたしひとりで受けたのだ。今後は労わってほしい。
――これでわたしの役割は終わり。あとは子育てしながら次期ライリー伯爵夫人としてそれなりに振る舞えばいい――といっても、あまり外に出る気はないから、また絵を描いたりピアノを弾いたりするわ。息子も一緒にね。
ひと安心。
アンも喜んでわたしの子のお守りをしてくれるし、義父もわたしに対して嫌味を言わなくなった。それどころか初孫誕生のプレゼントで子供部屋が一杯になった。
そしてわたしは今、幸福に包まれています。
子供を産んでよかった。
☆ ☆ ☆
その頃社交界では、『ライリー様にお子様誕生』という話題が奥様・お嬢様方の間に上り、絶望するご令嬢があちこちで見られるのであった。同時に愛人志願者が次から次へと湧き、その中にセリア・アハーンがいたとかいなかったとか。
※前世の価値観を持たなければ夫に従うお飾り妻のままだったと思います。
※通常でしたらここでストーリーは終わりハッピーエンドになるのでしょうが、これでフィンが落ち着くとは思えませんので、もう一捻りすることにしました。優秀で仕事も社交もソツなくこなす愛妻家のフィン・ライリー(デキる妄執拗らせクズ、新たな理想郷を築くかもしれない)は、今後も社交界に君臨(話題提供)する予定です。
※次回で最終回です。予定よりも長くなってしまいました。義父(裏ボス)をまじえた攻防戦がこれからはじまります。




