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Our Story  作者: NeRix
水の章 第一部
41/481

第三十八話 お兄ちゃん【アリシア】

 ニルスは今どこにいるんだろう。

ケルトとは、何を話したんだろう・・・。


 あの子が出て行ってから一年と半年が経つ。

笑えているのかな?

泣いていないかな・・・。



 「もう・・・お前の匂いが無くなってしまったよ・・・」

私はニルスのベッドに顔を埋めた。

 ルージュには「書斎」だと言っている部屋、本当のことは何も教えられない・・・。


 『ちゃんとケルトさんの家に送り届けたからね』

セイラが戻った時に聞いた。

 ケルトとニルスがどうなったのかは気になるが、なにもできずに過ごしている。


 『ずっとだよ・・・。かわいそうだった』

あの日ニルスは、泣いていたらしい・・・。

何年分も溜めていたようだったと聞いた。


 『わたしでも考え直させるのは無理だった。・・・お姉ちゃんのせいだからね』

わかってる・・・わかってるよ・・・。


 『明日から一緒に訓練場に行こうってさ・・・。とんでもないこと言ったんだね。せめてアカデミーでの一番の思い出は?とか、面白かった教官はいた?とか無かったの?』

無かったよ・・・。

一人で舞い上がって、あの子が冷めているのにも気づかなかった。


 『耐えきれなかったら会いに行くようにっては伝えたから・・・』

会いたいな・・・ニルス。


 ・・・そろそろ戻ろう。

ルージュが目を覚まして、私がいなければ不安になってしまう・・・。


 

 「おはようルージュ、愛しているよ」

「おはよう・・・お母さん・・・」

ルージュが半開きの目で私に抱きついてきた。

毎朝、毎晩の日課だ。


 「いいお天気みたいだね」

「そうだな。でもまだ寒いから暖かい恰好をしないとダメだぞ」

「お母さんがあったかいからくっついてれば平気だよ」

ルージュが話せるようになったのは、あの子が出て行った十日後・・・。

私が勇気を出して引き留めていれば・・・。


 『おさかな・・・』

何の前触れも無く、ルージュが雲を指さしながら言った。

 『ルージュ・・・』

『くも・・・おさかな・・・』

それから、驚くほどの早さでお喋りができるようになって・・・。


 「お母さん、もう一回ぎゅっとして。そしたら起きる。おせんたくもお手伝いする」

今では、こんなことまで言ってくれる。

 「約束だぞ。ルージュ・・・愛しているよ」

「えへへ・・・」

これは、あの子にはしてあげられなかったこと。そして、かけてあげられなかった言葉・・・。

この子には毎日欠かさずに・・・。

 


 家のことを終わらせて、昼も済ませた。

今日は、訓練場には行かずにルージュと一緒にいる日だ。


 「お母さん、早くセレシュのおうちにつれてって」

ルージュが支度を済ませて私の服を引っ張った。

・・・いつも通り元気だな。


 「もう出るよ。今日は何をして遊ぶんだ?」

「お人形であそぶの」

「今日もか・・・そんなに楽しいのか?」

「うん」

ニルス・・・ルージュはもう四つになった。

ちゃんと毎日話を聞いてあげて、悲しい思いをさせないようにしているよ。


 お前にも・・・できていれば・・・。



 「あ・・・そうだ。ねえ、うちに男の人がいたことあった?」

手を繋いで家を出たところで、ルージュが突然聞いてきた。


 なんだ・・・どうしたんだ・・・。

まさかバレたのか?誰かがルージュに話した?・・・いや、そんなはずはない。

 じゃあ私が寝言でなにか口走ってしまったのだろうか・・・。

たくさんの可能性が浮かんできた。


 いや待て・・・ここは様子を見よう。


 「・・・急にどうした?お父さんは病気で死んでしまっているし、ルージュと母さんの二人だけだよ」

「じゃあ夢かな・・・。もっとちっちゃいときにね、男の人がずっとわたしに話しかけてくれてたような気がするの」

私は奥歯を力いっぱい噛みしめた。


 ・・・それは夢じゃない。

ぼんやりのようだが、一番愛してくれていた人を憶えているんだ。

私のせいで・・・。



 セレシュの家に着いた。

最近は、訓練場の次に顔を出す回数が多い場所だ。


 「おうルージュ、よく来たな。セレシュは部屋で待ってるぞ」

ウォルターさんが出迎えてくれた。


 「おじさんもいっしょにあそぼうよ」

「俺はいいよ。早く行ってやれ」

「はーい」

ルージュとセレシュは、歳も同じで仲もいい。

私にとってのルル、そういう存在なんだろうな。


 『あんたに親の資格はない!!!』

思い出すと苦しい・・・。

 だが、あそこまで言ってくれたことに感謝している。だからあれ以上ニルスを傷付けずに済んだ。


 「わざわざ来てもらって悪いな。セレシュはルージュといると楽しいってさ」

肩を叩かれた。

そうだ・・・ここはウォルターさんの家・・・。

 「いえ、ルージュもセレシュと遊びたいといつも言っています。まあ・・・ちょっと声が小さいとも言っていますが・・・」

「どっちに似たのか、かなり恥ずかしがりなんだよな・・・」

「初めて会った時のあなたは無口だったけど」

「・・・うるせー」

セレシュはとても内気で、親であるウォルターさんやエイミィさんにもあまり話をしないらしい。

でもルージュといる時は、笑い声が聞こえて安心すると言っていた。



 「うん、今日も楽しそうだ」

「どうしてルージュと一緒だとちゃんと喋るのかしら・・・」

いつものが始まった。


 「ちょっとあなた・・・床軋ませないで」

「気をつけてるよ・・・」

ウォルターさんとエイミィさんは、扉の前で聞き耳を立てている。

その間私は放っておかれる・・・。


 「あの・・・あまりそういうことはしない方が・・・」

我が子だとしてもよくない気がするから声をかけてみた。


 「・・・お前はルージュが何を話してるか気にならないのか?セレシュは、ルージュには欲しい物とか言ってるから参考になるんだよ」

あの子が何を・・・。

 そういえば、ニルスに対してそう思ったことは少なかったな。・・・ダメな親だ。

 「静かにしてちょうだい・・・気付かれちゃうでしょ」

エイミィさんに怒られてしまった。


 ・・・ルージュも私には言えないことがあるのかな?そうならないように接しているつもりだったが・・・。

私も気になってきた。


 「お、興味湧いてきたか?」

「・・・ルージュのことが知りたいだけです」

からかいを小声で流して、私も扉に耳を近付けた。


 「ルージュは・・・髪の毛がきれいでいいなあ。お母さんも・・・きれいだよね」

「お母さんが洗ってくれるんだよ。でも洗い方はルルさんに教わったんだって」

「私も・・・教えてほしいな・・・」

普通の会話だ。

 「・・・」「・・・」

それだけでもウォルターさんたちは幸せそうに聞いている。

 

 「ねえセレシュ、今度二人だけで大通りに行ってみようよ」

「え・・・二人だけで・・・。人がいっぱいいるから・・・迷子になっちゃうよ。それに・・・お父さんかお母さんが一緒じゃないと・・・きっと叱られる・・・」

「平気だよ。わたしが連れてったってことにすれば、セレシュは怒られないと思う」

内緒の相談が始まった。

まあ二人が何を計画しようと、子どもだけで行かせるわけにはいかないな。

 

 「私・・・行くんなら大通りじゃなくて・・・王様のいるお城を見に行きたい・・・」

「いいよ、お城も行こう」

「いつ・・・行くの?」

「今行こうよ。窓から出て、夕方までに戻れば大丈夫」

こんなことをいつも話しているのかな・・・。


 「・・・」

ウォルターさんがエイミィさんに目配せした。

 「・・・大丈夫よ」

エイミィさんもすぐに意図を理解して外に出て行く。

夫婦の合図か・・・いいな。



 「あら二人とも、窓からそんなに乗り出すと危ないわよ。それとも庭のお手入れを手伝ってくれるの?」

「外が・・・見たかっただけ・・・」

子どもたちのお出かけは阻止された。


 たしかに、ルージュは決めたらすぐに動くところがある。

セレシュも一緒に遊んでいるからか行動力はあるみたいだ。

まあ、抜け出されたとしても子どもの足だからすぐに見つかっただろう。


 「・・・失敗したね」

「おばさんはいつ庭に出たのかな?」

「外に出るのは・・・また今度にしよう・・・」

部屋からルージュたちの残念そうな声が聞こえてきた。

子どもだけでの外出はまだ許せないな。


 「ニルスがいれば任せられたんだけどな。あ・・・悪かった」

「いえ、大丈夫です。そうですね・・・あの子がいれば・・・」

何気ない言葉だったが、私の後悔がまた増えてしまった。


 その通りだ。ニルスがいれば、二人を連れて出かけることもあっただろう。あの子が付いていれば、安心して大通りでも城でも行かせられる。

きっと二人も楽しい思いができたはずだ。


 「おい・・・いいのか?」

「・・・はい」

私は娘たちの盗み聞きを切り上げ、座って待つことにした。

楽しかっただろう「今」も奪ってしまったのかな・・・。



 「なんか飲むか?」

ウォルターさんもテーブルに来てくれた。

私に気を遣って、今日は一緒に待ってくれることにしたらしい。


 「桃でも切るか?」

・・・なにも欲しくない。

 「答えろよ・・・」

聞いてていいんだけどな・・・。


 「お前、ルージュの前以外で笑わなくなったな」

ウォルターさんが真面目な声を出した。

私が・・・。

 「どういうことですか・・・」

「ニルスみたいになってる。戦うの・・・楽しくなくなったか?」

「そんなことは・・・」

あるのかもしれない。


 『オレは・・・あなたから戦場を奪うつもりは無い。だから・・・勝ち続けて、終わらせてほしい・・・』

でも、やらなければいけないんだ・・・。

そばにいなくても、裏切りたくない。


 「その顔・・・一緒なんだよ。やらされてるって感じだ。前は違ったぞ」

「私は・・・戦場を終わらせるとあの子と約束しました」

「原因はそれだろ・・・。自分のためじゃなくなったからだ」

当たっている気がする。

現に、あの子がいなくなってからは気持ちよくない・・・。


 「殖の月、一回休んでみてもいいと思うよ。まだふた月あるから考えてみろ」

「・・・出ます」

「あっそ・・・」

ウォルターさんは呆れた顔をした。

これでいい・・・。


 「・・・火山から手紙とかは来てないのか?」

「いえ・・・なにもありません」

「会いはしたんだろ?・・・便りがないのは変だな」

「おそらく・・・私に呆れたのでしょう・・・」

きっとそうだと思う。

ニルスの話を聞いて、今まで話してきたことが違っていたことに気付いたんだ・・・。


 「・・・会いに行ってみたらどうだ?ニルスはルージュのことを話してるはずだ。さすがに旅立ってるとは思うけど・・・」

「ケルトに合わせる顔がありません・・・」

「ルージュは・・・関係ないだろ?子育て、本当は夫婦で協力するもんだ」

「あ・・・」

たしかにそうだ。ニルスのことも解決できなかったんだから・・・。


 「実は父親が生きてた・・・喜ぶだろ。ケルトって奴の気持ちはわかんなくはないけど、子どもがどう思ってるのかも考えた方がいい」

「・・・はい、考えてみます」

「早い方がいいぞ」

そうするべきなのだろうか・・・。



 「最初から前線に志願した奴がいる。聞いてるか?」

ウォルターさんが話題を変えてくれた。

気を遣わせてばかりだな・・・。


 「ああ・・・聞いたと思います。強いらしいですね」

「お前握手してただろ・・・」

そうだったかな?・・・憶えてない。

どうせ・・・あの子以上はいないんだから・・・。


 「べモンドさんもよく認めましたね・・・」

「実力があったからだ。バートンと張れてたんだぜ」

ああ、なら強いな。

 「功労者狙ってるってさ。べモンドはけっこう止めたらしいけど・・・」

「でも強いのでしょう?それなら歓迎です」

勝てば、終わりに近付くからな。

 

 「ゴーシュってとこの衛兵団にいたらしい。そこの精鋭だったんだってさ」

「ゴーシュ・・・」

「ああ・・・わかんねーか。北部だ」

「どこかの街・・・」

ニルスが今いる所かもしれないな・・・。



 夕方の鐘が鳴った。

・・・次で晩鐘。そろそろ帰って、夕食の支度をしなければいけないな。


 「ルージュ、もう帰るよ」

私は二人のいる部屋の扉を開けた。

今晩はなにを作ってあげようか・・・。

 

 「セレシュ、ルージュと遊んでくれてありがとう」

「・・・」

セレシュは声を出さずに頷いた。

おとなしいが、ちゃんと反応はくれる。


 「じゃあ行こうか。歩きながら何を食べるか決めよう」

「ねえお母さん、今日はルルさんの所に行かない?」

ルージュが部屋からは出ずに真剣な顔で言った。

ルルの・・・酒場か。


 「どうしてだ?」

「えっとね、セレシュもルルさんのお店に行ってみたいんだって。おじさんにはまだ早いって言われてるみたいで・・・ダメ?」

セレシュを見ると「お願い」と言った顔をしている。

 たしかに酒場は子どもが行く所ではないが、ルルの店は別にいいと思う。

ルージュは何度も行ってるし、ニルスも赤ん坊の頃から入っていたからな。


 「わかった。お父さんに頼んでみるよ」

私は扉を閉めた。

 セレシュまで連れて行くことは自分だけで決められない。

さっきの会話を聞く限り、ルージュが「頼んであげる」と自信満々に約束したんだろう。

期待する友達の前で、娘を嘘つきにするわけにはいかないな。



 「ウォルターさん、夕食はルルの所で取りませんか?」

早速話をさせてもらった。

無理でも通さないといけない・・・。


 「・・・お前から誘うのは珍しいな」

「セレシュがどんなところか行ってみたいと話したそうです」

「あの子を連れて・・・いや酒場なんてダメだ。品のないバカが多いからよ」

ウォルターさんが連れて行きたくないのはそういうことか。

同じ戦士たちに「バカ」は言い過ぎだが、たしかにその通りではある・・・。


 「でも・・・まだ夕方なので大丈夫だと思います。騒がしくなる前に帰るようにしましょう」

「んー・・・」

「あなた、連れて行ってもいいんじゃない?あれはダメこれもダメってやりすぎると、大きくなった時にお父さん嫌いとか言われちゃうかもよ」

「・・・わかった。みんなで行こう」

よし、すぐに二人へ伝えに戻ろう。

気持ちはわかる・・・嫌われたくないんだ。



 「セレシュ、よかったね」

「あの・・・ありがとう・・・」

セレシュが声を出してくれた。


 「おいしい料理を出してもらおう」

「はい・・・」

私に話してくれたのは久しぶりだ。

そして笑顔を見たのは初めてかもしれない。



 夕方の街は、仕事から帰る者や買い物に急ぐ者たちで騒がしくなっていた。

すれ違う人たちは、みんな何を考えているんだろうな・・・。


 「お兄ちゃん、手繋いで」

「いいよ、今日の夜はお魚だって」

ルージュたちよりはずっと年上だが、仲のよさそうな兄妹とすれ違った。

これから帰って、家族で夕食なんだろう。


 「お兄ちゃんかあ・・・」

ルージュはそれを羨ましそうに見ていた。

 ・・・とても切ない。

私がしっかりしていれば、ルージュがあの兄妹を見て羨むことはなかったかもしれないのに・・・。


 「・・・気にすんな。いたらいたで鬱陶しいときもあったりする。まだいい部分しか見えてないだけ・・・そしてすぐ忘れる」

ウォルターさんがわけのわからない慰めをくれた。

 「ほら、見てみろ」

「そうなの?うーん、たぶん大丈夫だよ。わたしが頼んであげる」

ルージュは、また見栄を張ってなにかを引き受けたみたいだ。

 たしかに羨ましいと思ったのは一瞬のことで、別な話にすぐ飛びつく。

子どもはそういうものか・・・。


 じゃあ・・・ニルスは?・・・どうだったんだろう。



 「わあ、母さんよりうまく描けてるわね。ちゃんと夕焼け色ができてるよ」

「本当?でも僕よりもお母さんの方がうまいよ」

通りかかっただけの広場で、一組の親子が目に入った。

休日に絵を描く母と息子、ルージュたちと同じくらいだろうか。


 「うーん・・・たしかにうまく描けてるな」

「そうでしょ?色の使い方も濃淡がわかってるみたいなの。光の見方がわかるんだよ。・・・画家の目を持ってるわ」

「あはは、よかったな」

見守っていた父親はとても幸せそうだ。


 「お母さん、明日も教えてね」

「もちろんだよ。あなたはきっと才能があるから、将来は絵描きさんになった方がいいと思う」

「お母さんそれ毎日言ってるね」

「だって本当のことだもの」

母親は息子を愛おしい目で見ている。

・・・私は、どんな顔であの子を見ていたんだろう。


 「母さんが言うなら間違いないな。・・・なんか寒くなってきた。風邪かな?」

「大丈夫?お仕事溜めてる罰ね」

「芸術家は溜めるんだよ。・・・寒い」

「じゃあ僕が手を暖めてあげる」

身震いした夫に寄り添う妻と子。

そうだな、普通の家族はああいうものであるべきなんだ・・・。


 今の母親は、息子の絵を褒めていた。

褒められた息子も嬉しそうだったな。

 ニルスも小さい頃は、戦いの才能を褒めた時に喜んでいた。

いつから笑わなくなったんだろう・・・まだ思い出せない・・・。


 「どうしたアリシア、行くぞ」

「あ・・・はい」

立ち止まっていたみたいだ。

ケルト・・・私もそうした方がいいのかな・・・。



 「あら、みんなで来たの?・・・あ、セレシュじゃない。やっとうちに来てくれたね」

ルルは私たちを笑顔で迎えてくれた。

相変わらず戦士の客が多いからか、そうじゃない者が来ると嬉しいらしい。


 「すまないルル、子どもたち用になにか作ってくれないか?」

「いいよ。じゃあ奥の方がいいわね。えっと・・・そっちのテーブルで待っててね」

「ああ、わかった」

「ねえ、お母さん・・・」

移動しようとした時に、ルージュが私の尻をつついてきた。

 「どうした?」

「あのね、セレシュはカウンターがいいんだって」

・・・なるほど、さっき頼まれていたのはこれか。

 

 「ああ、いいだろう。ルージュ、セレシュと一緒にいてあげなさい」

「うん」

「ウォルターさん、いいですね?」

「まあ、見てはいるからな」

私たちは、二人をカウンターに残してテーブルに座った。

近くにルルや女給もいるから大丈夫だろう。



 「貝の蒸し焼きよ。とってもおいしいから食べてみて」

「わあ・・・いい匂い」

「本当はお酒と一緒にが一番おいしいの。大人になったら試してみてね」

「これだけでいいよ。ねーセレシュ」

子どもたちには女給が付いてくれた。

酒場の雰囲気を楽しんでもらうために、ルルがそうしてあげたんだろう。


 「あなた、私も飲んでいい?」

「セレシュをおぶって帰るから歩けなくなるまではやめてくれよ」

「大丈夫よ。ていうか、セレシュができる前までは一人で飲んで帰ってきてたでしょ。あれ・・・嫌だったんだよね」

「・・・悪かったよ」

こっちはこっちで楽しい雰囲気だ。

エイミィさんも、たまには吐き出したいんだな。


 「アリシアさん、ニルスのこと・・・黙ってるの苦しくない?」

エイミィさんが小声で聞いてきた。

ルージュが近くにいないからか・・・。


 「・・・苦しいですが、原因は私にあります。あの子が望んだことはしてあげたい。協力してくれているみんなには感謝しています」

「協力・・・ニルスのお願いだからね」

ニルスは旅立つ前、自分を知っている者たちの所を周っていた。

 そこで「ルージュに自分がいたことを知られないようにしてほしい」と、私に話してくれたのと同じことを言っていたそうだ。


 みんなあの子を好いてくれていたから、誰もその話はしない。

だからルージュが兄の存在を知ることは無い・・・。


 「ニルスはいい子だからきっと帰ってきてくれるわ。だからアリシアさんは、ルージュちゃんをしっかり育てないとね」

「・・・はい」

これもニルスに誓った。

必ずルージュを幸せにしてやるんだ。


 「でも、一人じゃよくないと思う。ニルスのことでわかったでしょ?」

「それは・・・」

「この人と二人で話してたの。絶対ケルトさんに会いに行った方がいい」

「・・・もうさっき言った。アリシア、よく考えろよ」

この二人は、私とルージュのことを真剣に気にかけてくれているみたいだ。

やっぱり、そうするべきなのか・・・。



 外がだいぶ暗くなってきた。

いつ帰れるのかな・・・。


 「ねえ、アリシアさんって来月で三十一でしょ?・・・なんで十代みたいな顔してんの?」

エイミィさんがグラスの酒を飲み干した。

 私にわかるわけがない、人によって歳の取り方は違うのだから仕方がないだろ・・・。

 「そうよ、あたしと同い年のくせにずるい」

新しい酒を持ってきたルルまで加わった。

知るか・・・。


 「戦ってると違うのかしら?」

「そうかもしれません、ジーナさんも年齢より若く見えますし。それか内緒で変な薬を使ってるとか・・・」

「ジーナはそういうんじゃないな。エディの精気を吸ってるようにも見える」

三人が盛り上がりだした。

はあ・・・こうなったらあとは黙ってやり過ごせばいいな。


 「エディさんって、容姿もいいし頭もいいらしいですよ。・・・あの人の子どもだったら、とっても利口に育ちそう」

「ルルちゃんはああいうのがいいのか?」

「どうですかね・・・。あの人たまにジーナさんと来るんですけど、よくわかんない感じで・・・」

エディはたしかに謎が多いな。

そういえば、どこから来たのかも聞いたことが無い。


 「容姿端麗、頭脳明晰・・・そういう家系って聞いたぞ」

ウォルターさんは少しだけ知っているみたいだ。

 「あなた、詳しく聞いたことがあるの?」

「詳しくは話してくれない。たぶん知ってんのはジーナだけだな」

ニルスの顔が浮かんだ。

 あの子にとってのルルが、エディにとってのジーナさんということなんだろう。


 「けど、酔ったジーナがぽろっと言ったことがある」

「なんて言ってたんですか?」

口には出せないが、私も気になる。

 「エディは種だけのために生まれたって。・・・なんか色々想像できる話だよな」

「ジーナさんのってことですか?」

「どうだろうな、その辺りも想像するしかない。実は世界中に子どもがいたりとか・・・」

「そうかしら・・・。買い物で会ったら話すけど、セレシュにもよくしてくれるよ」

エディはルージュにも話しかけてくれる。

たまにお菓子もくれるな・・・。


 「そんな感じだから、自分の子どもだったらもっとかわいがるだろうし、絶対離れたりしないと思うわ」

「・・・エイミィ」「エイミィさん・・・」

「あ・・・ごめんなさい」

三人が気まずい顔で私を見てきた。

気を遣わなくていいのに・・・。



 セレシュがカウンターで眠ってしまい、私たちは帰ることにした。


 「お母さん・・・あのね・・・」

にぎやかな通りを過ぎたあたりで、ルージュが話しかけてきた。

なにかをお願いしたい時の顔だ。


 「どうしたルージュ、眠いなら母さんがおぶってあげるよ」

「ちがうの。・・・わたしね、お兄ちゃんがほしい」

「え・・・」

目の前が一瞬でぼやけた。


 「かっこよくって、背も高くて、そんなお兄ちゃんと手を繋いで歩きたいの。そうなったら、わたし幸せだと思う」

目の奥が熱い・・・。だが耐えなければダメだ・・・。

 この子が思う幸せは、私が消してしまった。

身勝手な理想で・・・奪ってしまったんだから・・・。


 「お母さん?」

「・・・大丈夫だよ。でも・・・お兄ちゃんか・・・」

「あ・・・ごめんなさい。無理なのは・・・わかってるよ。言ってみただけ・・・」

ルージュ、無理じゃなかったんだ。

 私がしっかりしていれば、ニルスがここにいたかもしれない。

もしくは旅の合間に、お前におみやげを持ってきてくれるようにできた・・・。


 「ルージュは・・・謝らなくていいんだ。母さんが・・・先に男の子を産んでいればよかったな」

この子に嘘をつくのはとても苦しい。

自分に後ろめたさがあるから、余計にくるものがあった。

 「もう大丈夫だよ。じゃあ、わたしにお兄ちゃんがいたらどんな人か一緒に考えて。お人形でお話をつくってあそぶんだ」

お兄ちゃんの話か・・・けなげな子だ。


 「きっとルージュのことを世界で一番大切にしてくれるだろうな」

「一番・・・うん、嬉しい。お兄ちゃんはお母さんみたいに強い?」

「ああ、世界で一番強い男だ」

「髪の毛は?」

「もちろん私たちと同じ色だな」

ニルス、私は放っておいて構わない。だけど・・・せめて、妹には会いに来てほしい・・・。


 ルージュが眠ったら、今夜もあの子の部屋に行こう。

日記をまた読ませてもらうよ・・・ニルス。


 そして・・・次の戦場が終わったら、ケルトの所へ・・・そうしよう。

ルージュにも嘘をついていたことを謝って、お父さんに抱いてもらわないとな・・・。

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