第三十八話 お兄ちゃん【アリシア】
ニルスは今どこにいるんだろう。
ケルトとは、何を話したんだろう・・・。
あの子が出て行ってから一年と半年が経つ。
笑えているのかな?
泣いていないかな・・・。
◆
「もう・・・お前の匂いが無くなってしまったよ・・・」
私はニルスのベッドに顔を埋めた。
ルージュには「書斎」だと言っている部屋、本当のことは何も教えられない・・・。
『ちゃんとケルトさんの家に送り届けたからね』
セイラが戻った時に聞いた。
ケルトとニルスがどうなったのかは気になるが、なにもできずに過ごしている。
『ずっとだよ・・・。かわいそうだった』
あの日ニルスは、泣いていたらしい・・・。
何年分も溜めていたようだったと聞いた。
『わたしでも考え直させるのは無理だった。・・・お姉ちゃんのせいだからね』
わかってる・・・わかってるよ・・・。
『明日から一緒に訓練場に行こうってさ・・・。とんでもないこと言ったんだね。せめてアカデミーでの一番の思い出は?とか、面白かった教官はいた?とか無かったの?』
無かったよ・・・。
一人で舞い上がって、あの子が冷めているのにも気づかなかった。
『耐えきれなかったら会いに行くようにっては伝えたから・・・』
会いたいな・・・ニルス。
・・・そろそろ戻ろう。
ルージュが目を覚まして、私がいなければ不安になってしまう・・・。
◆
「おはようルージュ、愛しているよ」
「おはよう・・・お母さん・・・」
ルージュが半開きの目で私に抱きついてきた。
毎朝、毎晩の日課だ。
「いいお天気みたいだね」
「そうだな。でもまだ寒いから暖かい恰好をしないとダメだぞ」
「お母さんがあったかいからくっついてれば平気だよ」
ルージュが話せるようになったのは、あの子が出て行った十日後・・・。
私が勇気を出して引き留めていれば・・・。
『おさかな・・・』
何の前触れも無く、ルージュが雲を指さしながら言った。
『ルージュ・・・』
『くも・・・おさかな・・・』
それから、驚くほどの早さでお喋りができるようになって・・・。
「お母さん、もう一回ぎゅっとして。そしたら起きる。おせんたくもお手伝いする」
今では、こんなことまで言ってくれる。
「約束だぞ。ルージュ・・・愛しているよ」
「えへへ・・・」
これは、あの子にはしてあげられなかったこと。そして、かけてあげられなかった言葉・・・。
この子には毎日欠かさずに・・・。
◆
家のことを終わらせて、昼も済ませた。
今日は、訓練場には行かずにルージュと一緒にいる日だ。
「お母さん、早くセレシュのおうちにつれてって」
ルージュが支度を済ませて私の服を引っ張った。
・・・いつも通り元気だな。
「もう出るよ。今日は何をして遊ぶんだ?」
「お人形であそぶの」
「今日もか・・・そんなに楽しいのか?」
「うん」
ニルス・・・ルージュはもう四つになった。
ちゃんと毎日話を聞いてあげて、悲しい思いをさせないようにしているよ。
お前にも・・・できていれば・・・。
◆
「あ・・・そうだ。ねえ、うちに男の人がいたことあった?」
手を繋いで家を出たところで、ルージュが突然聞いてきた。
なんだ・・・どうしたんだ・・・。
まさかバレたのか?誰かがルージュに話した?・・・いや、そんなはずはない。
じゃあ私が寝言でなにか口走ってしまったのだろうか・・・。
たくさんの可能性が浮かんできた。
いや待て・・・ここは様子を見よう。
「・・・急にどうした?お父さんは病気で死んでしまっているし、ルージュと母さんの二人だけだよ」
「じゃあ夢かな・・・。もっとちっちゃいときにね、男の人がずっとわたしに話しかけてくれてたような気がするの」
私は奥歯を力いっぱい噛みしめた。
・・・それは夢じゃない。
ぼんやりのようだが、一番愛してくれていた人を憶えているんだ。
私のせいで・・・。
◆
セレシュの家に着いた。
最近は、訓練場の次に顔を出す回数が多い場所だ。
「おうルージュ、よく来たな。セレシュは部屋で待ってるぞ」
ウォルターさんが出迎えてくれた。
「おじさんもいっしょにあそぼうよ」
「俺はいいよ。早く行ってやれ」
「はーい」
ルージュとセレシュは、歳も同じで仲もいい。
私にとってのルル、そういう存在なんだろうな。
『あんたに親の資格はない!!!』
思い出すと苦しい・・・。
だが、あそこまで言ってくれたことに感謝している。だからあれ以上ニルスを傷付けずに済んだ。
「わざわざ来てもらって悪いな。セレシュはルージュといると楽しいってさ」
肩を叩かれた。
そうだ・・・ここはウォルターさんの家・・・。
「いえ、ルージュもセレシュと遊びたいといつも言っています。まあ・・・ちょっと声が小さいとも言っていますが・・・」
「どっちに似たのか、かなり恥ずかしがりなんだよな・・・」
「初めて会った時のあなたは無口だったけど」
「・・・うるせー」
セレシュはとても内気で、親であるウォルターさんやエイミィさんにもあまり話をしないらしい。
でもルージュといる時は、笑い声が聞こえて安心すると言っていた。
◆
「うん、今日も楽しそうだ」
「どうしてルージュと一緒だとちゃんと喋るのかしら・・・」
いつものが始まった。
「ちょっとあなた・・・床軋ませないで」
「気をつけてるよ・・・」
ウォルターさんとエイミィさんは、扉の前で聞き耳を立てている。
その間私は放っておかれる・・・。
「あの・・・あまりそういうことはしない方が・・・」
我が子だとしてもよくない気がするから声をかけてみた。
「・・・お前はルージュが何を話してるか気にならないのか?セレシュは、ルージュには欲しい物とか言ってるから参考になるんだよ」
あの子が何を・・・。
そういえば、ニルスに対してそう思ったことは少なかったな。・・・ダメな親だ。
「静かにしてちょうだい・・・気付かれちゃうでしょ」
エイミィさんに怒られてしまった。
・・・ルージュも私には言えないことがあるのかな?そうならないように接しているつもりだったが・・・。
私も気になってきた。
「お、興味湧いてきたか?」
「・・・ルージュのことが知りたいだけです」
からかいを小声で流して、私も扉に耳を近付けた。
「ルージュは・・・髪の毛がきれいでいいなあ。お母さんも・・・きれいだよね」
「お母さんが洗ってくれるんだよ。でも洗い方はルルさんに教わったんだって」
「私も・・・教えてほしいな・・・」
普通の会話だ。
「・・・」「・・・」
それだけでもウォルターさんたちは幸せそうに聞いている。
「ねえセレシュ、今度二人だけで大通りに行ってみようよ」
「え・・・二人だけで・・・。人がいっぱいいるから・・・迷子になっちゃうよ。それに・・・お父さんかお母さんが一緒じゃないと・・・きっと叱られる・・・」
「平気だよ。わたしが連れてったってことにすれば、セレシュは怒られないと思う」
内緒の相談が始まった。
まあ二人が何を計画しようと、子どもだけで行かせるわけにはいかないな。
「私・・・行くんなら大通りじゃなくて・・・王様のいるお城を見に行きたい・・・」
「いいよ、お城も行こう」
「いつ・・・行くの?」
「今行こうよ。窓から出て、夕方までに戻れば大丈夫」
こんなことをいつも話しているのかな・・・。
「・・・」
ウォルターさんがエイミィさんに目配せした。
「・・・大丈夫よ」
エイミィさんもすぐに意図を理解して外に出て行く。
夫婦の合図か・・・いいな。
◆
「あら二人とも、窓からそんなに乗り出すと危ないわよ。それとも庭のお手入れを手伝ってくれるの?」
「外が・・・見たかっただけ・・・」
子どもたちのお出かけは阻止された。
たしかに、ルージュは決めたらすぐに動くところがある。
セレシュも一緒に遊んでいるからか行動力はあるみたいだ。
まあ、抜け出されたとしても子どもの足だからすぐに見つかっただろう。
「・・・失敗したね」
「おばさんはいつ庭に出たのかな?」
「外に出るのは・・・また今度にしよう・・・」
部屋からルージュたちの残念そうな声が聞こえてきた。
子どもだけでの外出はまだ許せないな。
「ニルスがいれば任せられたんだけどな。あ・・・悪かった」
「いえ、大丈夫です。そうですね・・・あの子がいれば・・・」
何気ない言葉だったが、私の後悔がまた増えてしまった。
その通りだ。ニルスがいれば、二人を連れて出かけることもあっただろう。あの子が付いていれば、安心して大通りでも城でも行かせられる。
きっと二人も楽しい思いができたはずだ。
「おい・・・いいのか?」
「・・・はい」
私は娘たちの盗み聞きを切り上げ、座って待つことにした。
楽しかっただろう「今」も奪ってしまったのかな・・・。
◆
「なんか飲むか?」
ウォルターさんもテーブルに来てくれた。
私に気を遣って、今日は一緒に待ってくれることにしたらしい。
「桃でも切るか?」
・・・なにも欲しくない。
「答えろよ・・・」
聞いてていいんだけどな・・・。
「お前、ルージュの前以外で笑わなくなったな」
ウォルターさんが真面目な声を出した。
私が・・・。
「どういうことですか・・・」
「ニルスみたいになってる。戦うの・・・楽しくなくなったか?」
「そんなことは・・・」
あるのかもしれない。
『オレは・・・あなたから戦場を奪うつもりは無い。だから・・・勝ち続けて、終わらせてほしい・・・』
でも、やらなければいけないんだ・・・。
そばにいなくても、裏切りたくない。
「その顔・・・一緒なんだよ。やらされてるって感じだ。前は違ったぞ」
「私は・・・戦場を終わらせるとあの子と約束しました」
「原因はそれだろ・・・。自分のためじゃなくなったからだ」
当たっている気がする。
現に、あの子がいなくなってからは気持ちよくない・・・。
「殖の月、一回休んでみてもいいと思うよ。まだふた月あるから考えてみろ」
「・・・出ます」
「あっそ・・・」
ウォルターさんは呆れた顔をした。
これでいい・・・。
「・・・火山から手紙とかは来てないのか?」
「いえ・・・なにもありません」
「会いはしたんだろ?・・・便りがないのは変だな」
「おそらく・・・私に呆れたのでしょう・・・」
きっとそうだと思う。
ニルスの話を聞いて、今まで話してきたことが違っていたことに気付いたんだ・・・。
「・・・会いに行ってみたらどうだ?ニルスはルージュのことを話してるはずだ。さすがに旅立ってるとは思うけど・・・」
「ケルトに合わせる顔がありません・・・」
「ルージュは・・・関係ないだろ?子育て、本当は夫婦で協力するもんだ」
「あ・・・」
たしかにそうだ。ニルスのことも解決できなかったんだから・・・。
「実は父親が生きてた・・・喜ぶだろ。ケルトって奴の気持ちはわかんなくはないけど、子どもがどう思ってるのかも考えた方がいい」
「・・・はい、考えてみます」
「早い方がいいぞ」
そうするべきなのだろうか・・・。
◆
「最初から前線に志願した奴がいる。聞いてるか?」
ウォルターさんが話題を変えてくれた。
気を遣わせてばかりだな・・・。
「ああ・・・聞いたと思います。強いらしいですね」
「お前握手してただろ・・・」
そうだったかな?・・・憶えてない。
どうせ・・・あの子以上はいないんだから・・・。
「べモンドさんもよく認めましたね・・・」
「実力があったからだ。バートンと張れてたんだぜ」
ああ、なら強いな。
「功労者狙ってるってさ。べモンドはけっこう止めたらしいけど・・・」
「でも強いのでしょう?それなら歓迎です」
勝てば、終わりに近付くからな。
「ゴーシュってとこの衛兵団にいたらしい。そこの精鋭だったんだってさ」
「ゴーシュ・・・」
「ああ・・・わかんねーか。北部だ」
「どこかの街・・・」
ニルスが今いる所かもしれないな・・・。
◆
夕方の鐘が鳴った。
・・・次で晩鐘。そろそろ帰って、夕食の支度をしなければいけないな。
「ルージュ、もう帰るよ」
私は二人のいる部屋の扉を開けた。
今晩はなにを作ってあげようか・・・。
「セレシュ、ルージュと遊んでくれてありがとう」
「・・・」
セレシュは声を出さずに頷いた。
おとなしいが、ちゃんと反応はくれる。
「じゃあ行こうか。歩きながら何を食べるか決めよう」
「ねえお母さん、今日はルルさんの所に行かない?」
ルージュが部屋からは出ずに真剣な顔で言った。
ルルの・・・酒場か。
「どうしてだ?」
「えっとね、セレシュもルルさんのお店に行ってみたいんだって。おじさんにはまだ早いって言われてるみたいで・・・ダメ?」
セレシュを見ると「お願い」と言った顔をしている。
たしかに酒場は子どもが行く所ではないが、ルルの店は別にいいと思う。
ルージュは何度も行ってるし、ニルスも赤ん坊の頃から入っていたからな。
「わかった。お父さんに頼んでみるよ」
私は扉を閉めた。
セレシュまで連れて行くことは自分だけで決められない。
さっきの会話を聞く限り、ルージュが「頼んであげる」と自信満々に約束したんだろう。
期待する友達の前で、娘を嘘つきにするわけにはいかないな。
◆
「ウォルターさん、夕食はルルの所で取りませんか?」
早速話をさせてもらった。
無理でも通さないといけない・・・。
「・・・お前から誘うのは珍しいな」
「セレシュがどんなところか行ってみたいと話したそうです」
「あの子を連れて・・・いや酒場なんてダメだ。品のないバカが多いからよ」
ウォルターさんが連れて行きたくないのはそういうことか。
同じ戦士たちに「バカ」は言い過ぎだが、たしかにその通りではある・・・。
「でも・・・まだ夕方なので大丈夫だと思います。騒がしくなる前に帰るようにしましょう」
「んー・・・」
「あなた、連れて行ってもいいんじゃない?あれはダメこれもダメってやりすぎると、大きくなった時にお父さん嫌いとか言われちゃうかもよ」
「・・・わかった。みんなで行こう」
よし、すぐに二人へ伝えに戻ろう。
気持ちはわかる・・・嫌われたくないんだ。
◆
「セレシュ、よかったね」
「あの・・・ありがとう・・・」
セレシュが声を出してくれた。
「おいしい料理を出してもらおう」
「はい・・・」
私に話してくれたのは久しぶりだ。
そして笑顔を見たのは初めてかもしれない。
◆
夕方の街は、仕事から帰る者や買い物に急ぐ者たちで騒がしくなっていた。
すれ違う人たちは、みんな何を考えているんだろうな・・・。
「お兄ちゃん、手繋いで」
「いいよ、今日の夜はお魚だって」
ルージュたちよりはずっと年上だが、仲のよさそうな兄妹とすれ違った。
これから帰って、家族で夕食なんだろう。
「お兄ちゃんかあ・・・」
ルージュはそれを羨ましそうに見ていた。
・・・とても切ない。
私がしっかりしていれば、ルージュがあの兄妹を見て羨むことはなかったかもしれないのに・・・。
「・・・気にすんな。いたらいたで鬱陶しいときもあったりする。まだいい部分しか見えてないだけ・・・そしてすぐ忘れる」
ウォルターさんがわけのわからない慰めをくれた。
「ほら、見てみろ」
「そうなの?うーん、たぶん大丈夫だよ。わたしが頼んであげる」
ルージュは、また見栄を張ってなにかを引き受けたみたいだ。
たしかに羨ましいと思ったのは一瞬のことで、別な話にすぐ飛びつく。
子どもはそういうものか・・・。
じゃあ・・・ニルスは?・・・どうだったんだろう。
◆
「わあ、母さんよりうまく描けてるわね。ちゃんと夕焼け色ができてるよ」
「本当?でも僕よりもお母さんの方がうまいよ」
通りかかっただけの広場で、一組の親子が目に入った。
休日に絵を描く母と息子、ルージュたちと同じくらいだろうか。
「うーん・・・たしかにうまく描けてるな」
「そうでしょ?色の使い方も濃淡がわかってるみたいなの。光の見方がわかるんだよ。・・・画家の目を持ってるわ」
「あはは、よかったな」
見守っていた父親はとても幸せそうだ。
「お母さん、明日も教えてね」
「もちろんだよ。あなたはきっと才能があるから、将来は絵描きさんになった方がいいと思う」
「お母さんそれ毎日言ってるね」
「だって本当のことだもの」
母親は息子を愛おしい目で見ている。
・・・私は、どんな顔であの子を見ていたんだろう。
「母さんが言うなら間違いないな。・・・なんか寒くなってきた。風邪かな?」
「大丈夫?お仕事溜めてる罰ね」
「芸術家は溜めるんだよ。・・・寒い」
「じゃあ僕が手を暖めてあげる」
身震いした夫に寄り添う妻と子。
そうだな、普通の家族はああいうものであるべきなんだ・・・。
今の母親は、息子の絵を褒めていた。
褒められた息子も嬉しそうだったな。
ニルスも小さい頃は、戦いの才能を褒めた時に喜んでいた。
いつから笑わなくなったんだろう・・・まだ思い出せない・・・。
「どうしたアリシア、行くぞ」
「あ・・・はい」
立ち止まっていたみたいだ。
ケルト・・・私もそうした方がいいのかな・・・。
◆
「あら、みんなで来たの?・・・あ、セレシュじゃない。やっとうちに来てくれたね」
ルルは私たちを笑顔で迎えてくれた。
相変わらず戦士の客が多いからか、そうじゃない者が来ると嬉しいらしい。
「すまないルル、子どもたち用になにか作ってくれないか?」
「いいよ。じゃあ奥の方がいいわね。えっと・・・そっちのテーブルで待っててね」
「ああ、わかった」
「ねえ、お母さん・・・」
移動しようとした時に、ルージュが私の尻をつついてきた。
「どうした?」
「あのね、セレシュはカウンターがいいんだって」
・・・なるほど、さっき頼まれていたのはこれか。
「ああ、いいだろう。ルージュ、セレシュと一緒にいてあげなさい」
「うん」
「ウォルターさん、いいですね?」
「まあ、見てはいるからな」
私たちは、二人をカウンターに残してテーブルに座った。
近くにルルや女給もいるから大丈夫だろう。
◆
「貝の蒸し焼きよ。とってもおいしいから食べてみて」
「わあ・・・いい匂い」
「本当はお酒と一緒にが一番おいしいの。大人になったら試してみてね」
「これだけでいいよ。ねーセレシュ」
子どもたちには女給が付いてくれた。
酒場の雰囲気を楽しんでもらうために、ルルがそうしてあげたんだろう。
「あなた、私も飲んでいい?」
「セレシュをおぶって帰るから歩けなくなるまではやめてくれよ」
「大丈夫よ。ていうか、セレシュができる前までは一人で飲んで帰ってきてたでしょ。あれ・・・嫌だったんだよね」
「・・・悪かったよ」
こっちはこっちで楽しい雰囲気だ。
エイミィさんも、たまには吐き出したいんだな。
「アリシアさん、ニルスのこと・・・黙ってるの苦しくない?」
エイミィさんが小声で聞いてきた。
ルージュが近くにいないからか・・・。
「・・・苦しいですが、原因は私にあります。あの子が望んだことはしてあげたい。協力してくれているみんなには感謝しています」
「協力・・・ニルスのお願いだからね」
ニルスは旅立つ前、自分を知っている者たちの所を周っていた。
そこで「ルージュに自分がいたことを知られないようにしてほしい」と、私に話してくれたのと同じことを言っていたそうだ。
みんなあの子を好いてくれていたから、誰もその話はしない。
だからルージュが兄の存在を知ることは無い・・・。
「ニルスはいい子だからきっと帰ってきてくれるわ。だからアリシアさんは、ルージュちゃんをしっかり育てないとね」
「・・・はい」
これもニルスに誓った。
必ずルージュを幸せにしてやるんだ。
「でも、一人じゃよくないと思う。ニルスのことでわかったでしょ?」
「それは・・・」
「この人と二人で話してたの。絶対ケルトさんに会いに行った方がいい」
「・・・もうさっき言った。アリシア、よく考えろよ」
この二人は、私とルージュのことを真剣に気にかけてくれているみたいだ。
やっぱり、そうするべきなのか・・・。
◆
外がだいぶ暗くなってきた。
いつ帰れるのかな・・・。
「ねえ、アリシアさんって来月で三十一でしょ?・・・なんで十代みたいな顔してんの?」
エイミィさんがグラスの酒を飲み干した。
私にわかるわけがない、人によって歳の取り方は違うのだから仕方がないだろ・・・。
「そうよ、あたしと同い年のくせにずるい」
新しい酒を持ってきたルルまで加わった。
知るか・・・。
「戦ってると違うのかしら?」
「そうかもしれません、ジーナさんも年齢より若く見えますし。それか内緒で変な薬を使ってるとか・・・」
「ジーナはそういうんじゃないな。エディの精気を吸ってるようにも見える」
三人が盛り上がりだした。
はあ・・・こうなったらあとは黙ってやり過ごせばいいな。
「エディさんって、容姿もいいし頭もいいらしいですよ。・・・あの人の子どもだったら、とっても利口に育ちそう」
「ルルちゃんはああいうのがいいのか?」
「どうですかね・・・。あの人たまにジーナさんと来るんですけど、よくわかんない感じで・・・」
エディはたしかに謎が多いな。
そういえば、どこから来たのかも聞いたことが無い。
「容姿端麗、頭脳明晰・・・そういう家系って聞いたぞ」
ウォルターさんは少しだけ知っているみたいだ。
「あなた、詳しく聞いたことがあるの?」
「詳しくは話してくれない。たぶん知ってんのはジーナだけだな」
ニルスの顔が浮かんだ。
あの子にとってのルルが、エディにとってのジーナさんということなんだろう。
「けど、酔ったジーナがぽろっと言ったことがある」
「なんて言ってたんですか?」
口には出せないが、私も気になる。
「エディは種だけのために生まれたって。・・・なんか色々想像できる話だよな」
「ジーナさんのってことですか?」
「どうだろうな、その辺りも想像するしかない。実は世界中に子どもがいたりとか・・・」
「そうかしら・・・。買い物で会ったら話すけど、セレシュにもよくしてくれるよ」
エディはルージュにも話しかけてくれる。
たまにお菓子もくれるな・・・。
「そんな感じだから、自分の子どもだったらもっとかわいがるだろうし、絶対離れたりしないと思うわ」
「・・・エイミィ」「エイミィさん・・・」
「あ・・・ごめんなさい」
三人が気まずい顔で私を見てきた。
気を遣わなくていいのに・・・。
◆
セレシュがカウンターで眠ってしまい、私たちは帰ることにした。
「お母さん・・・あのね・・・」
にぎやかな通りを過ぎたあたりで、ルージュが話しかけてきた。
なにかをお願いしたい時の顔だ。
「どうしたルージュ、眠いなら母さんがおぶってあげるよ」
「ちがうの。・・・わたしね、お兄ちゃんがほしい」
「え・・・」
目の前が一瞬でぼやけた。
「かっこよくって、背も高くて、そんなお兄ちゃんと手を繋いで歩きたいの。そうなったら、わたし幸せだと思う」
目の奥が熱い・・・。だが耐えなければダメだ・・・。
この子が思う幸せは、私が消してしまった。
身勝手な理想で・・・奪ってしまったんだから・・・。
「お母さん?」
「・・・大丈夫だよ。でも・・・お兄ちゃんか・・・」
「あ・・・ごめんなさい。無理なのは・・・わかってるよ。言ってみただけ・・・」
ルージュ、無理じゃなかったんだ。
私がしっかりしていれば、ニルスがここにいたかもしれない。
もしくは旅の合間に、お前におみやげを持ってきてくれるようにできた・・・。
「ルージュは・・・謝らなくていいんだ。母さんが・・・先に男の子を産んでいればよかったな」
この子に嘘をつくのはとても苦しい。
自分に後ろめたさがあるから、余計にくるものがあった。
「もう大丈夫だよ。じゃあ、わたしにお兄ちゃんがいたらどんな人か一緒に考えて。お人形でお話をつくってあそぶんだ」
お兄ちゃんの話か・・・けなげな子だ。
「きっとルージュのことを世界で一番大切にしてくれるだろうな」
「一番・・・うん、嬉しい。お兄ちゃんはお母さんみたいに強い?」
「ああ、世界で一番強い男だ」
「髪の毛は?」
「もちろん私たちと同じ色だな」
ニルス、私は放っておいて構わない。だけど・・・せめて、妹には会いに来てほしい・・・。
ルージュが眠ったら、今夜もあの子の部屋に行こう。
日記をまた読ませてもらうよ・・・ニルス。
そして・・・次の戦場が終わったら、ケルトの所へ・・・そうしよう。
ルージュにも嘘をついていたことを謝って、お父さんに抱いてもらわないとな・・・。




