第三十七話 一つだけ【ミランダ】
運よく空いていた部屋、もうなにも心配はいらないと思ってたけど・・・。
「ベッドが一つしかない・・・」
「でも大きいから二人で寝ても余るよ。しかも寝心地よさそう。・・・体を綺麗にしてからにしようね」
ニルスがあたしに微笑んだ。
ここ、夫婦が泊まる部屋だよね・・・。大丈夫かな?
「じゃあ早く着替えて行こうよ。晩鐘が鳴ると混むんでしょ?」
ニルスはあたしがいるのも構わず、湯浴みに着替えようとしている。
もう上半身は裸だ。
なにあれ・・・腕もお腹もガチガチじゃん。・・・あたし大丈夫じゃないんじゃない?
ニルスとはしばらく一緒にいたい。だからそういう感じにはなりたくないんだけどな・・・。
「ニルスくんさ、あたしの目の前で脱ぐのは見せつけようってこと?」
「え・・・あ、ごめん。楽しくて」
ニルスは顔を赤くした。
よかった・・・ていうかあたしが勝手に意識してただけか。
「じゃあお互いにいいよって言うまで背中を向けてるようにしよっか」
「わかった。ミランダも見ないでね」
ニルスの裸に興味が無いわけじゃない。逆にあそこまで鍛えられた体はじっくり見てみたくはあるのよね。
「ねえねえ、あ・・・見てないよ」
「なによ?」
「これで温泉に入ったら、濡れて動きづらくならない?」
「大丈夫よ。二、三歩ですぐに乾くの」
名前は知らないけど、そういう素材が使われている。
「でも濡れてたら透けるから大事なとこは乾くまで隠すんだよ」
「・・・わかった」
ちょっと振り向いてみてもいいかな・・・やめとこ、あたしも裸だ。
「うーん・・・裸にこれだけってなんか恥ずかしいかも」
「みんな同じなんだから平気よ」
「あ・・・そっか」
けど・・・見たいな・・・。
◆
好奇心を抑えながら湯浴みに着替えた。
背中を向け合う時間は、これで終わりだ。
「財布とかどうするの?」
「これに入れていくのよ。・・・おしゃれね」
「オレに持たせて」
「子どもか・・・」
部屋には手提げが置いてあって、それに持ち歩く物を入れる。
どの宿もそうだけど、ここのは質がいい生地を使っていた。
「財布と石鹸と・・・あ、ねえねえ、温泉にも刃物は仕込んでいくの?」
ニルスがどうでもいいことを思い出してくれた。
「んなことしないよ。それに、ニルスの近くにいれば大丈夫そうだし」
全部外してベッドに置いた。
また付けるのは、部屋に戻ってきて寝る前かな。
あ・・・先に決めないといけないことがある。
「ニルス、ちょっと真面目な話」
「なに?」
大事なこと・・・。
「ベッドなんだけど、半分からこっちはあたしの・・・そっちはニルスの陣地ね。侵入してきたら迷わず刺すから」
「・・・刺されたくないから気を付けるよ。でも、寝返りは許して」
「気配で決める」
きのうの晩は寝てないって言ってたから心配ないだろうけど、一応釘は刺しておかないとね。
「でもさ、この小さいのだと相手に致命傷は難しいと思うよ。正確に急所を突かないとダメだね」
ニルスがあたしの刃を勝手に触った。
あ、わかってないな。それができるんだって・・・。
「強いあんたにはわかんないだろうけど、あたしみたいなのは押さえ付けられたら抵抗できないの」
「そしたらそれも使えないよ?」
「使えないのに仕込むわけないでしょ。動けなくさせられたら、言うことを聞くふりをするの。服も脱ぐ、その時に背中と胸の脇に仕込んだのを目の前で外して見せるんだ」
これは娼館のお姉さんが、旅に出る前に教えてくれたことだ。
「なるほど、外すの見せられたら油断する・・・かな?」
「まあ嫌だけど股を開くくらいはするよ。手で隠しながらね」
「わかった、脚の付け根のはその時に抜くんだ。相手も油断してるから急所も突けるね」
「そういうこと。まあ、殺したらさすがに捕まっちゃうから深くはいかないけどね。男が治癒かけてる隙に逃げるんだよ」
説明して思ったけど、メルダの言ってた「なんでもやれ」ってこういうことなのかな?
「ミランダの話は勉強になるね。女の子一人で旅するのも大変なんだな・・・」
あれ・・・どういう時に使うかニルスに教えちゃダメじゃん。なんでペラペラ話しちゃったんだろ・・・。
「でも、これからはオレが守るから安心してね」
違う・・・なんか大丈夫な気がしてたんだろうな。
・・・とは言っても警戒はしておくけど。
「とにかく半分からこっちには来ないこと」
「別になにもしないよ」
む・・・それはそれで失礼。だけど・・・その感じでいい。
全員がってわけじゃないけど男と女は違う。
男は発散できればいい場合が多いらしいけど、女はそっちの相性が良ければ好きになっちゃうこともある。
・・・そうなりたくない。ニルスとは「男」とか「女」とかじゃなくて「仲間」がいい。
もしそうなってニルスから「愛してる」なんて言われたら・・・終わるかもしれない。
「ねえねえ早く行こうよ。夜は何食べる?」
アリシア様の子どもだし、しかもいい奴・・・。このまま「仲間」として付き合っていけたらいいな。
「あたし肉がいい。めちゃくちゃ分厚いやつ」
「じゃあそういう店を探そう」
「待って、その前に洗濯出したい。えっと・・・あ、この籠だね。あんたも突っ込んで」
部屋の扉の横に「お洗濯物、晩鐘までに出していただければ翌日朝の仕上がり」って張ってあった。
こういうのは使わないともったいない。
「宿って洗濯もしてくれるの?」
「宿による。ここはしてくれるみたいだよ」
「じゃあ詰める」
「待って、あんたのはあたしのを入れてから」
こういうこともちょっとずつ教えていかないとな・・・。
◆
「これお願い。綺麗にしてね」
「お願いします」
受付に戻って洗濯物を出した。
「かしこまりました。では、明日の朝にこの札と引き換えになります」
「ちょっと聞きたいんだけどさ。洗ってくれんのは女?」
「ご安心ください。女性が担当しています。そして魔法で洗って乾かすので仕上がりが早いのです」
「よかった・・・」
なら釘刺すことないか。
「なんで女の人じゃなきゃダメなの?」
ニルスは不思議そうな顔をした。
・・・教えてやるか。
「あたしはまだやられたこと無いけど、担当が男だと下着が消えることあんのよ」
「その人が盗んでるんじゃないの?」
「証拠が無いとなにも言えないのよ。まあ、失くしたってことでお金はくれるけど気持ち悪いよね」
「程度の低い宿だとありえますね。温泉付きのお部屋が空きますが・・・明日もお泊まりになられますか?」
・・・ここでする話じゃなかったな。
「ていうか宿泊証明は?あれないと温泉通りでお金取られちゃうじゃん」
「・・・お部屋のテーブルにございませんでしたか?」
ああ・・・そういうとこもあんのね。
「宿泊証明ってなに?」
ニルスがあたしの耳に口を近付けてきた。
そういやこれも教えてなかったな。
「ロレッタの宿は、泊まる客に宿泊証明をくれるの。それが無いと温泉入る時に別料金がかかる」
「なるほど・・・宿代に含まれてるって感じだね」
「そういうこと・・・じゃあ戻るよ」
部屋にあるなら最初に説明しとけ・・・。
『こちらがお部屋の鍵です』
『ニルス、急ぐよ。晩鐘が鳴ったらどの料理店も混むからね』
『わかった』
『走んのよ!』
もしかして、そのつもりだったけど言えなかった?
・・・もういいや。
◆
「うまい・・・幸せ・・・」
晩鐘が鳴る直前に、肉料理のお店を見つけて入れた。
味は・・・文句無しだ。
「ほんとにおいしいね」
「ニルスと一緒に食べてるからってのもあるよ」
「あはは・・・」
ニルスは幸せそうに笑った。
お金払ってもらうから、ずっといい気分でいさせてあげたい。
それに、嘘はついてないし。
「朝はりんごだけだったし、足りないならもっと頼んでいいよ」
「この分厚いのもう一枚はキツいかも。あ・・・じゃあ半分こしない?分かち合いだよ」
「うん、そうしたい。スープとパンは?」
「・・・ほしい」
欲を言えばお酒も・・・でも、今日は我慢しよう。
夜・・・ちょっと警戒しないといけないしね。
◆
「わあ、広い・・・。それに色んなのがあるんだね」
あたしたちは「温泉通り」に入った。
街の一番奥、ここを楽しまないとロレッタに来た意味が無い。
「全部自由に入っていいんだよ」
目の前には大きな温泉があって一番人が多い。
他にも色の綺麗な温泉とか、香りを付けたものが数えきれないくらいある。
「ほんとに全部入っていいの?」
「ひと晩じゃ入りきれないと思うよ」
「たしかに・・・それくらい広いね。それに、全身ふやけてシワシワになっちゃうかも」
「あはは、たしかにそうだね」
ニルスは初めてだし、今日はあたしが案内してやるか。
「あたしは人のいないところで静かに浸かってるのが好きなんだ。上の方にあって、景色もいいんだよ」
「行ってみたい」
「でも・・・まずは体を洗わないとね」
もう「汗くさい」なんて言われたくない。それに買ってもらった石鹸も早く使いたいしね。
「うん、オレも汗を流したい」
「じゃあ早速せっけ・・・」
「あ、見て見て。お体洗いますだって」
ニルスが指さした先には、そう書かれた看板があった。
「あの人が洗ってくれるのかな?」
「だと思うけど・・・」
看板の横には、お姉さんが暇そうな顔で座っていた。
あんなのいつからあったんだろ・・・。
◆
「体を洗ってくれるんですか?」
ニルスがお姉さんに話しかけた。
「そうだよ。洗い屋ロゼが全身綺麗にしてあげる。どうかしら?」
「ロゼさん・・・。うーん、まずどういう感じなのかを聞きたいです」
色町以外でいやらしいことは禁止されている。単純に女に背中を流してもらいたい人が使うんだろうな。
「風と気と水の魔法で洗うのよ。とっても気持ちいいと思う」
「へー・・・いくらですか?」
「えっとね、二千エール。石鹸は持ってる?無いなら三百エール追加よ」
「持ってます。ミランダ、試してみる?」
ニルスはあたしに相談してきた。
うん、ちゃんとわかってきてるわね。
ただ・・・どうするか。
ちょっと興味はある。自分で洗うよりも楽そうだし、魔法ならすぐに済むもんね。
金額は・・・まあ普通な気がするけど、ロゼが暇そうにしてたのが引っかかるな。
「便利そうだけど、なんでお客さんいないの?気持ちいいなら噂になって行列できそうだけど」
「なんでかしら・・・もうみんな洗い終わってるとか?」
余裕のある話し方で逆に怪しい・・・。
でも、気に入らなかったら文句言ってお金を返してもらえばいいか。
「試してみよっか。・・・じゃあ、あたしから。ニルスは見てて」
「うん、わかった」
「二人一緒でもいいんだけど、用心深いのね」
「別にいいでしょ。しっかりやってよね」
あたしは石鹸をロゼに渡した。
隙を見てなにか盗む気かもしれないし、分けてやってもらった方が絶対いい。
「あら・・・みんなどうしたのかしらねー」
あたしたちの周りに人が集まってきた。
「・・・なんで?」
「さあ・・・やってみたいけど、まず様子を見てからってことかもしれないわ」
・・・まあいい、あたしが気に入るかどうかだ。
◆
「動かないで目をつぶって。足は肩幅、脇の下が洗えないからこっちも開けて・・・始めるね」
ロゼが手を振ると、温泉からお湯が上がった。
なるほど、あれと石鹸を混ぜて泡を作るのか・・・そろそろ目を閉じよう。
「気持ちいいでしょ?」
たしかに・・・。
髪の毛から始まって、柔らかい泡が全身を這っていく。
優しいけど丁寧な泡が心地いい・・・。
「おおー!」「すげー・・・」「俺ちょっとやばいかも・・・」
なんか男の声が多い・・・。
泡も多そうだし、見世物みたいになってんのかな?
◆
「これでおしまい」
洗い終わるとお湯で流されて、仕上げに風で髪の毛まで乾かしてくれた。
これいいじゃん・・・。
「気持ちよかったでしょ?」
「うん、やめてほしくなかった」
「よかった。ほら、みんなあなたを見てたわ」
あたしたちの周りに人が増えている。しかも男ばっか・・・。
まあいいか・・・早くニルスにも味わってもらいたい。
「次ニルスね。すっごい気持ちよかったよ」
「え・・・ああ・・・オレはそっちの陰でやってもらおうかな・・・」
ニルスは顔を赤らめて目を逸らした。
「なんでよ?・・・あれ?」
いつの間にか、集まっていた男たちが散ってる・・・。
「お姉ちゃんよくやったね」
酒瓶を持ったやらしい顔のおじさんが、あたしを舐め回すように見ながら言ってきた。
「え・・・どういうこと?」
「湯浴みがずっと透けてんだよ。だから誰もやりたがらない・・・へっへっへ・・・」
嘘・・・全部見られた?だから男が集まってた?泡ってそんなに少なかったの?
待て待て、ニルスは・・・目の前で見てた・・・。
「ニ、ニルス・・・どうだったの?」
湯浴みはとっくに乾いている。真実はもう確かめようがないけど・・・。
「えっと・・・ごめん」
反応を見るにいろんなところが透けてたみたいだ。
「先にやる」って言ったのは自分だけど、これじゃやりきれない。
「あんたも・・・早くやってもらいなよ」
あたしは力いっぱいニルスの背中を押した。
恥ずかしいのも分かち合い・・・だよね。
「いや、やだ!せめて陰で・・・」
「次は男がやるよー!!」
今度は周りに女が集まってきた。
◆
「きゃあーーー」「見せつけてるー」「筋肉すっご・・・」
黄色い声が上がる中で、ニルスも洗われていった。
うわあ・・・ほんとに全部透けてる。そりゃ知ってる人なら誰も使わないよ。
ふんふん・・・なんか、綺麗・・・。
◆
「やっぱり若い男女は人気があるわね」
ロゼが薄ら笑いを浮かべた。
この女、全部わかってて教えなかったんだ・・・。
「ミランダ・・・早く行こ」
ニルスは俯いてあたしの手を引いた。
「またきてねー」
「・・・」
目が潤んでる。
ちょっとだけかわいそうだったかな。
◆
「ああ・・・恥ずかしいな。ミランダにも他の人にも見られた」
「あたしも一緒だよ」
「・・・体を洗うところだからだと思うけど、光の魔法が強かった」
「まあまあ、もう顔も憶えてないって」
あたしたちは、人があんまりこなそうな温泉に浸かってさっきのことを話していた。
慰めになってるかどうかはわかんないけど・・・。
「ていうか、あんたもあたしの見たんでしょ?」
「・・・見た」
ならいじけてないで喜べ・・・。
「あたしの体綺麗だった?」
「え・・・そうなんじゃないかな・・・」
「あんたの体もなんか綺麗だよね。他の男と違うっていうか・・・」
「やめろ・・・」
あ・・・嫌がった。これは本当なんだけどな。
なんか・・・魅力あるんだよね・・・。
「それにあんたムダ毛無くてすべすべだよね?どうなってんの?あ・・・剃り師のとこ通ってる?」
「知るかよ・・・体質は人によって違う・・・。オレだって男らしい胸毛とか欲しい・・・」
「あたしは無いほうがいいかな・・・」
「もうやめろ・・・」
ニルスの口調が変わってきてる。
本当に落ち込んでるっぽいから、これ以上はやめよ。
「もう気にしないの。さっきのこと、あたしは忘れるからニルスも忘れなさい」
「ん・・・わかった」
「じゃあ、顔上げて。ほら見てみ」
「ん・・・なんかいいね。幻想的っていうのかな・・・」
ニルスが顔を緩めてくれた。
見せたのは、湯気でぼやけながら揺れている街明かりだ。
「こういうのいいでしょ?」
「うん・・・ずっと見てたいかも・・・」
あたしもだから付き合おう。
「あ・・・雪も降ってきた・・・」
「そうだね。でも温泉だから寒くない」
「とっても綺麗でしょ?今が冬でよかったね」
「うん・・・」
ニルスは湯気を手で揺らした。
街明かりも一緒に揺れる・・・。
◆
時間を気にしないで、夜のロレッタを見ていた。
でも、さすがに眠くなってきたな・・・。
「う・・・ミランダ、のぼせそう・・・そろそろ戻ろうよ」
ニルスがふらつきながら立ち上がった。
こっちも限界みたいだ。
「わかった。宿に帰ろっか」
あたしも疲れたし・・・。
でも今日は心地のいい疲労感、ニルスと一緒にいるとなんか楽しい。
◆
宿に戻ってきた。
ニルスはベッドに体を預けて、もぞもぞしている。
「ああ・・・気持ちいいな・・・。すぐに眠っちゃいそうだ」
顔も話し方もゆるゆるだ。
これならなんかされることはなさそうだし、なんも付けないで寝よ。
「ロレッタは気に入った?」
「うん、何日かいてもいい・・・」
いいかも、ニルスがそうしたいんならあたしは文句言えない。
それに・・・明日も温泉に入れるってこと。
「そしたら、明日はもっと高いとこ行かない?街全体が見えるんだ」
「いいね・・・そうしよ。楽しまないと・・・」
「そうそう、色んなお風呂入りに行こ」
「うん・・・でも・・・体は自分で洗うことにする・・・」
ニルスの声が暗くなった。
・・・まだ気にしてる。相当引きずってるわね。
「あたしは次もお願いしようと思ってたんだけどねー」
「じゃあ・・・ミランダだけやってもらって」
「あはは、ニルスってけっこう臆病ね」
ちょっとからかってやった。
こうやって笑い話にしてやれば、その内慣れて元気になるでしょ。
「え・・・あ・・・」
「え・・・どうしたの?」
「いや・・・なんでも・・・ないよ」
ニルスの様子が変わった。
顔が強張って、体も小さく震え出してる・・・。
「体冷えた?大丈夫?」
「大丈夫・・・おやすみ・・・。明かり・・・お願い」
ニルスは顔を隠してしまった。
どうしたってのよ・・・。
◆
あたし、なんか変なこと言ったのかな・・・。
横になって考えていた。
聞きたいけど・・・もう寝てんのよね・・・。
・・・話ができない今に悩んでも仕方ないか。
聞くのは・・・明日の朝にしよう。もし触れてほしくなさそうだったら、また様子が変わったら・・・かな。
あたしも目をつぶった。
そういうの、教えてほしいんだけど・・・。
◆
「違う・・・もっと強くなるから・・・」
暗闇の中、誰かの声で目が覚めた。
「そんな言い方・・・しないで・・・見捨てないで」
・・・ニルスだ。
寝言っぽいけど、苦しそう・・・。
「どうしたの・・・大丈夫?ねえ・・・」
二人で決めた境界線を越えてニルスを揺らした。
放っておける感じじゃなさそうだ。
「・・・誰?・・・ミランダ?」
起きた。
けど不安そうな声、よっぽど嫌な夢を見たとか?
「平気?うなされてたよ」
「・・・父さんにもたまになるって言われてた。・・・起こしてごめん」
暗くてなにも見えない。
今ニルスはどんな顔をしてるんだろ・・・。
「謝んないで。・・・心配だから声かけたんだよ。嫌な夢でも見た?」
「夢・・・夢・・・そうだったらよかったんだけど・・・」
えーと、どうしたらいいのかな?お父さんはどうしてあげてたんだろう?
ニルスはいい子だし、助けになってあげたいな・・・。
「ねえ、あたしはなんでニルスがそうなってるか知りたい。苦しいなら何とかしてあげたいんだ」
「・・・つまんない話だよ」
ニルスは急に大人びた声を出した。
まだあたしに警戒してた時の感じだ。
「でもわかんないと、ニルスがそうなるたびに困っちゃうよ」
「困る・・・」
「責めてるわけじゃない。・・・教えて」
「・・・」
ニルスは溜め息を零した。
『この話はもうしたくない・・・』
きのうの夜に言われたことが思い浮かんだ。
たしか、戦士になったきっかけの話・・・。
「待ってるからね・・・」
「・・・」
ニルスは答えなかった。
きっと、あたしに話すかどうかを考えているんだ。
大丈夫、時間はたくさんある・・・。
◆
「・・・ずっと振り払えない言葉があるんだ」
音の無い世界に、ニルスの細い声が生まれた。
よかった・・・教えてくれるんだね。
「ずっと?」
「そう、ずっと・・・アリシアはとても強い人だった」
それは知ってる。
「雷神の隠し子」なんて呼ばれてるくらいだ。まだ戦う姿は見てないけど、あの体を見る限りニルスもかなり強いんだと思う。
「・・・戦場に出ることが決まっている人がいた。突撃隊・・・最前線・・・でもその人は恐くなってやめたんだ・・・」
あたしはニルスの手を探した。
『あったかい手だね・・・』
『あんたのもじゃん』
見つけて繋いだ手は、きのうと全然違って氷みたいに冷えていた。
きっと、お話の中のニルスはずっとそうだったんだ・・・。
「あったかい・・・ありがとうミランダ」
「安心していいよ。だから・・・続きを話して」
「うん・・・その時、アリシアも一緒にいた・・・」
この話を聞けば、あたしはニルスの弱いところを知ってしまう。
「・・・それで?」
でも迷いは無い。
これから一緒にいるわけだしね。
◆
「・・・でもアリシアは臆病者は必要ないって言った」
ニルスは、静かに・・・ゆっくりと話してくれた。
きのう聞けなかった深い所の話・・・。
「オレも恐かったんだ・・・言えなかったんだ・・・臆病者だから・・・」
あたしは相槌のかわりに強く手を握った。
「戦場では家族と呼ぶなって言われた。・・・たしかあの時から母さんって呼ばなくなった・・・」
きのう言ってたけど、アリシア様はとても不器用みたいだ。
ニルスの真意がわかった時に、うまく和解ができなかったからまだこうなってる。
「オレは・・・戦場に出たいなんて一度も言ったことなかった。でも・・・そうしないといけないって思っちゃったんだ・・・」
「最初は違ったんでしょ?」
「旅人になるため・・・。仲間を・・・ミランダを守るために鍛えた・・・」
だから戦士になるのは望んでいなかった。
ニルスも言えばよかったのに・・・。
◆
「・・・それで、アリシアに勝って・・・旅に出たんだ。でも、逃げ出したのと一緒な気がしてる・・・」
ニルスは、テーゼを出た時の気持ちも教えてくれた。
けっこうわかってきたな・・・。
少年ニルスは、もっと素敵な旅立ちを夢見ていた。
アリシア様が笑顔で背中を叩いてくれて「行ってらっしゃい」って送り出してくれるような。
「父さんと作った剣もあるし、もう大丈夫だと思ったんだけど・・・」
「ごめんね・・・」
うなされた原因は、あたしが言った「臆病」って言葉だった。
きのう話してくれてれば、絶対に言わなかったんだけど・・・。
「話してなかったオレが悪いよ。・・・心配してくれてありがとう」
一番はアリシア様とちゃんと話すしかないんだろうな。
でもニルスはそれをする気はない、恥ずかしさとか意地みたいな感情だと思う。
お父さんでもそれを変えることはできなかったっぽいから旅立たせた。
じゃあ・・・あたしにできることは・・・。
「・・・ミランダ?」
「寄り添ってもらうと落ち着くんでしょ?」
ニルスを抱きしめてあげた。
お父さんと同じこと・・・。
「さっきは・・・刺すって言ってた」
「ニルスから来た時だけはね」
弱さを理解してくれる人が必要みたい。・・・なんとなくわかる。
「あたしはニルスを臆病者だって思わない。一緒に旅をすればそんなことすぐに忘れるよ。・・・全部うまくいくからさ」
「柔らかい・・・。ミランダと逢えてよかった。父さんが言ってたんだ。オレは寂しがりだからまずは仲間を見つけろって。・・・女の子だとは思わなかった」
「仲間に男と女は関係ないよ。あたしはその方がいいな」
「ふふ、そうだね・・・ああ、眠いや・・・」
あたしもニルスに逢えてよかったよ。
あんたと一緒なら退屈しないしね。
◆
「ミランダ・・・きのうはありがとう」
目が覚めたら、目の前にニルスの顔があった。
なんか照れてる感じだ。
「ん?不安な時は言いなさい。あたしもそうするから・・・さあ、朝風呂に行くよ。お腹も空いてる」
「うん、一緒に行こう」
ニルスはあたしの前に手を出した。
「そう、一緒に行くんだよ」
繋いだ手からは、安心とか信頼とかそういう類いのものを感じた。
うん・・・これで本当の仲間だ。




