第三十三話 弔いと旅立ち【ニルス】
オレはハリスのベルを鳴らした。
これから仕事は受けられなくなるし、父さんの友人であるなら教えないといけない。
それに・・・一人は嫌だ。
◆
「・・・なにかご入り用でしょうか?」
ハリスはすぐに来てくれた。
早いな・・・。
「父さんが・・・」
「そうでしたか・・・」
ハリスは父さんを見ても慌てた様子は無い。
日常の中でよくあることって顔だ。ていうか・・・。
「・・・知ってた?」
「・・・はい、あなたのためですね。・・・一応言っておきますが、あなたのせいではありません」
「うん・・・わかってるよ・・・」
「それで・・・私になにかご用ですか?」
動揺はしてないけど、悲しんではくれている・・・そんな顔だ。
「責めたりとかじゃないんだけど・・・止めなかったの?友達だって・・・」
「・・・止めましたよ。アリシア様をお連れしようか提案もしました」
それは・・・してほしくないな。
「なるほど・・・あなたがそういった顔をされるのでしなかったようですね」
「うん、そうだと思う。でも、ハリスは連れてくることもできた」
しなかったのはどうしてだろう?
「・・・はい、できました。ですが、ケルト様の決意は固そうでしたので・・・あなたと同じです」
「そうか・・・」
「それと、彼の意志を尊重したいと思いました。・・・友なので」
「・・・わかった。教えてくれてありがとう」
ここまで通じ合える人、オレにもできるのかな?
◆
「出られますか・・・」
「うん。やっと夢が叶うんだ」
旅立つことを伝えた。
ここに誰も住まなくなったら、ハリスが来ることも無くなる・・・。
「・・・仕事の依頼はもうできませんね」
「まあ、そうかな。でもその前に・・・一緒に父さんの弔いをしてほしい。家のそばがいいんだ」
オレができることはしてあげたかった。
この人を呼んだのは、寂しいのもあったけど必要な人でもあるからだ。
「・・・弔いなどなんの意味もありません。死者は流れ、自然へ還る・・・。亡骸になってしまった命に気を遣う必要はないでしょう」
ハリスはあんまり乗り気じゃないみたいだ。
でも、一緒がいい・・・。
「・・・ハリスの考えは否定しない。それなら父さんの為じゃなくて、自分のために弔いをしたい」
「ふふ・・・お若いのにわかっていますね。それならば、私も自分のために手伝いましょう」
「なんだ・・・断られると思ったよ」
「失礼な方ですね。私にも情はありますよ」
父さんはもう話せない。実は弔ってほしくなんかないのかもしれないけど、結局わからないからな。
だから、弔いは生きている自分のため・・・悲しみに区切りをつけるためにやるんだ。
たぶん、なにも無い戦士の墓地に通う人たちも同じ気持ちだと思う。
「私は・・・棺を運んできます」
「すぐに用意できるの?」
「頼まれていたのです。寝心地のよさそうなものを・・・取りに行くだけなので。・・・ニルス様はケルト様をお願いします」
ハリスが影に沈んだ。
悲しさとか、殺してるのかな・・・。
◆
オレは父さんを背負って家まで歩いた。
力は完全に抜けていて、まるで物を背負っているって感じだ。
「痩せすぎだよ・・・精霊鉱のせい?」
「・・・」
「答えてよ・・・」
この亡骸に、もう父さんはいない・・・。
「命・・・」
寂しさを感じて、できたばかりの胎動の剣を触った。
「そうだった・・・一緒に旅立つ・・・」
剣の方が父さんを感じる。
『精霊鉱は、僕の命でできている・・・』
だとしたら、たしかに弔いに意味はないのかもな。
◆
「頑丈そうだ・・・」
「一等の棺です」
「そういうのあるんだ・・・」
父さんの亡骸を棺に寝かせた。
あとは埋めてやろう・・・。
「どこに掘るのですか?」
「・・・家も見えるし、陽当たりもいいからここ」
「土の下に行く者が景色を気にしますか?」
「嫌味なこと言うなよ。自分のためだからここでいいんだよ」
陰とか森の中とかはなんか嫌だ。
ちゃんと光の当たる場所に・・・。
「頑張ってください。日暮れ前には終わるのが望ましいです」
ハリスが外にある椅子に座った。
おい・・・。
「・・・一緒に掘ろうよ」
「一人で充分でしょう。・・・あなたはあまり悲しんでいないように見えますね」
「そうだね・・・。ここにいるからさ」
剣は父さん・・・そう感じた後から悲しみが無くなった。
深く・・・深く掘ろう。
◆
「・・・ケルトが精霊鉱を使い切ったようだな」
父さんの亡骸を大地に埋め終わった時、オレたちの前に背の高い見知らぬ男が姿を現した。
わかる・・・こいつも人間じゃない・・・。
「父さんを知ってるの?」
「・・・知っている」
「ニルス様、おそらくケルト様と契約した火山の精霊でしょう」
ハリスが立ち上がった。
・・・工房と精霊鉱を父さんに授けたのはこの精霊か。
「・・・イナズマだ。精霊鉱を与えた者が、どうなったのかを見に来た」
イナズマは、感情の見えない目で埋められた場所を見ている。
「・・・悲しいのですか?」
ハリスが近付いてきた。
「なにか思うところが?」
「最後の一つを使うとは思わなかった・・・。今までに無かったことで驚いているのだ」
・・・表情が変わらないからわかり辛いな。
「使い切ったのはケルト様だけなのですか?」
「・・・授けたのは十一人。その中でケルトだけだ」
父さんを入れて十一人・・・なんか気になる。
「じゃあ、精霊鉱で作られたものっていっぱいあるの?」
「いや、ケルトのものだけだ。使い切ればとわに残るが、そうしなかった場合は、授けた者が流れれば共に消える」
「そうなんだ・・・。父さんは、オレのために使うって言ってくれた・・・」
「命と引き換え・・・それができるほどお前を愛していたのだろう」
イナズマの声に優しさを感じた。
慰めでも・・・ちょっと嬉しい。
・・・もう少し話を聞きたいな。
「父さんとの契約は無くなったの?工房も使えなくなる?」
「使いたいなら使えばいい。俺と契約せずとも鉄くらいは問題なく扱える」
なるほど、精霊鉱の加工のために契約が必要だったのか。
「そうだ・・・。オレは魂の魔法を教えてもらった。なにか罰がある?」
「ケルトの息子なら心配はないだろう・・・」
許してくれるのか・・・。
「誰かに伝えるのは?」
「ケルトはなにか言っていたか?」
「しっかり見極めろって」
「そういうことだ・・・」
イナズマは胎動の剣を見つめた。
つまり、愛のある人ならいいんだ。
父さんを裏切らないように、伝える時は思い出そう。
「私も質問をしてよろしいでしょうか?」
ハリスがイナズマの隣に並んだ。
何を聞くのか興味あるな。
「・・・言ってみろ」
「精霊銀のある場所をご存じでしょうか?」
ああそうか、精霊なら手がかりを知っているかも。
「いや・・・わからない」
「そうですか・・・」
ハリスは肩を落とした。
いつも飄々としてるのに、今回は本気で落ち込んだみたいだ。
「たしか・・・ハリスだったな」
「お会いしたことは無かったと思います」
「ケルトに近付く者は知っている。少ないが、全員見ていた」
イナズマは空を見上げた。
じゃあ、アリシアも・・・。
「まあ・・・お前の存在はここに来る前から知っていたがな」
「そうでしたか・・・当然と言えば当然ですね。ケルト様が仰っていましたが、契約後は一度も姿を見せていなかったと・・・」
「守っていただけだ。お前もリラを・・・」
「だから探しているのです」
ハリスがイナズマの言葉を遮った。
探しているってのは精霊銀?・・・リラ?
「熱くなるな、邪魔をするつもりは無い。・・・精霊銀は、とても小さな塊が一つだけ。見つけるのは骨が折れるな」
「もう何本も折っていますがまったく見つかりません・・・。こちら側には無いのでしょうか?」
「・・・俺が見たのは三百年ほど前だ。あれは愛を好む・・・必ずあるさ」
「・・・ありがとうございました」
二人だけがわかる話、オレが入る隙間はなさそうだ。
たぶん、聞いても教えてくれないだろうな。
◆
「・・・さらばだ」
イナズマが消えた。
本当に見に来ただけだったのかな?
「あいつ・・・いい精霊なんだね」
「・・・そうですね」
イナズマが去った跡にはたくさんの花が咲いていた。
オレたちと同じ・・・弔いに来てくれたんだろう。
初めて精霊ってのを見たけど、あんまりオレたちと姿は変わらない。
父さんにはどういう感情を持ってたのかな・・・。
「・・・ニルス様、その剣を見せていただけますか?」
ハリスが胎動の剣を指さした。
「うん、いいよ。・・・はい」
父さんの友達だし、それくらいはどうってことない。
「む・・・重いですね、支えきれません。申し訳ありませんがニルス様がお持ちになってください」
「ああそうか・・・家族以外は持てないって言ってた」
オレは剣を抜いて、ハリスが見やすいように前に出した。
「・・・恐ろしい剣です。これを私には向けないでいただきたいですね」
ハリスは刃を一目見た途端に顔色を変えた。
「不死・・・なんでしょ?」
「ええ、死はありませんが・・・消されるのは別です」
父さんは「なんでも斬れる」って言ってた。
不死者であってもそれは関係ないのか。
「ふふ・・・」
「なにがおかしいの?」
「いえ・・・ケルト様はこういうのが好きでしたね」
ハリスが微笑んでそこを指さした。
『愛する家族へ』
言葉が刻まれていた。
アリシア、ルージュ、そしてオレに向けたもの・・・。
「ありがとうございました。ニルス様・・・いつ出られるのですか?」
「・・・明日の朝にする。もう夕方だし・・・」
「精霊銀・・・記憶の片隅でかまいません」
ハリスにおでこをつつかれた。
どこかにあるっていうのがわかっただけでも救いだったんだ。
たしかにあるかないかわからないものを探すのは、想像もつかないほどの根気がいるだろうからな。
「大丈夫、憶えてるよ。人間が触れると緑」
「ええ、獣だと赤、魚だと青、触れる者によって変わります。イナズマ様のような精霊の場合はそのままらしいですが・・・頼みましたよ」
ハリスが影に沈んだ。
「一緒にいてくれないのか・・・」
父さんの話、色々聞きたかったんだけどな・・・。
・・・仕方ない、準備をしよう。
◆
オレは旅支度を始めた。
干し肉なんかは持ってった方がいいな。
あ・・・生ものはこのまま置いてくと腐ってしまう。森に捨てて獣に処理してもらおう。
そうだ、扉に張り紙とかしておかないと行商さんが困るよな・・・。
ああ・・・片付けの方が大変そうだ。
目を瞑っても一周できるくらい慣れた家・・・離れてしまうのか。
父さん・・・オレはいい息子だったのかな?
◆
朝の陽ざしで目が覚めた。
晴れ・・・いい日だ。雨でも出たけどね。
◆
「出発・・・」
きのうの内にまとめておいた荷物を背負った。
・・・心臓が大きく揺れている。
高鳴る鼓動を抑えずに外へ出て、大きく息を吸い込んだ。
父さん、もう話はできないけど一緒に行こう。オレに勇気が出たら・・・ルージュに会わせるよ。
「心で・・・」
顔を上げると強い風が吹いた。
『風は心でできてるんだって』
本当にそうなら、悲しいことや大切な人への気持ちは一度預けよう。
忘れるわけじゃないけど、オレの思いを全部・・・遠くまで運べ・・・。
『誰に運ぶのかな?』
父さんなら笑って聞いてきたかもしれない。
そうだな・・・いつかルージュに届くようにずっと強く吹いていてくれよ。
「じゃあ、行こうか父さん」
返事はない。
背中も押してもらえない。
だけど・・・幸せな旅立ちだ。
◆
「あの、旅の方ですか?」
さっそく変な人と出くわしてしまった・・・。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
次回から新しい章に入ります。
引き続き読んでいただけると嬉しいです。
どうでもいい話 4
第二十話は地の章の中で、一番書くのが面倒だった話です。




