前編
「どういうことなの、あなた! その女はなに!?」
そんな、ドラマや小説のようなありきたりな台詞が四十歳の専業主婦、御園生久美子の口から飛び出していた。
事の発端は半月前。久美子は中学からの友人、大野真弓に誘われ、あるホテルのエントランスで彼女を待っていた。
「久しぶり。待った?」
「遅いわよ、真弓。もう、お腹が空きすぎて倒れそう。あ、そのバッグ、すてきね」
「久美子ったら、相変わらずね。昔から人の物ばかり欲しがるんだから。あ、ここのレストランよ。ほら」
まるで女子高生のようなノリで軽口をたたき合いながら、久美子達はレストランに入る。
料理は期待以上にすばらしく、久美子は舌鼓を打って、満足して店を出た。
「このまま帰るのも、もったいなくない? 下にバーがあるみたいだから、一杯どう?」
酒好きの真弓の提案に、話し足りなかった久美子も「一杯だけよ」と帰宅を延ばす。
エレベーターに乗り、地下にある雰囲気のいいバーへと移動したが。
「…………あなた?」
そのバーで、久美子の知らない若い女と二人きりで飲んでいた四十六歳の夫、御園生秀樹を発見したのである。
秀樹は女にルームキーをちらつかせており、この後なにを予定していたかは明らかだ。
久美子は友人の存在を忘れて、つかつかと夫へ歩み寄り、冒頭の台詞となったのだった。
「どういうことなの、あなた! その女はなに!? 今夜は出張じゃなかったの!?」
「く、久美子!?」
夫ははじかれたように席から立ちあがり、驚愕の表情で妻を凝視する。
久美子の詰問に、甘ったるい高い声がのほほんと割り込んだ。
「御園生専務ぅ。このオバサン、誰ですかぁ?」
久美子は、きっ、と女を鋭くにらみつける。
「私はこの人の妻よ! 御園生秀樹の妻、久美子よ!! アンタこそ、ここでこんな時間に、他人の夫となにをしているのよっ!!」
「専務にぃ、カクテルをごちそうになっていましたぁ」
女はへらへら答えた。
「専務は、おいしいお店をたくさん知っているんですよぉ。今日はここの高級イタリアンでぇ、この前は銀座のお寿司のお店、赤坂のフレンチも奢ってもらってぇ…………あ、自己紹介ですね、佐藤美咲です、すみませぇん」
酔っているのか、わざとなのか。にやにや笑いながらしゃべる女の説明に、久美子は一気に頭が沸騰する。
「銀座に、赤坂…………私は、もう何年もファミレス一つ連れて行かないくせに…………!」
子供を育てている間は、どうしても子供が好むタイプの店ばかりになり、二人だけで外出する機会がなくなっていた。服や靴など、身の回りの品も成長期の子供の分が優先。
おまけに子供二人はどちらも私立の高校に通っており、その学費の捻出のため、不要な外食自体、避けるようになっていた。ここ五年ほどは、結婚記念日のディナーやプレゼントもお預けになっている。
「私が、どんなに苦労して子供達のお金を用意しているか、あなただって知っているでしょう!? 専務のくせして、たいした金額を家に入れないと思っていたら、優雅に若い女と高級店でデート!? 妻を馬鹿にするにも、ほどがあるわ!!」
「落ち着け、久美子。これはそんなんじゃない、今夜はただの慰労会だ。抱えていた大きな案件が無事片付いたから、その祝いに…………」
「え~? 専務ってば『デートしよう』って、はっきり言ったじゃないですかぁ~」
大量に冷や汗をかきながら、どうにか妻をなだめようと奮闘する夫の脇から、いかにも『頭が弱いです』という風に女が口をはさんでくる。
「専務ってば『がんばったご褒美に、美咲が行きたがっていたレストランでデートしよう』って言ったじゃないですかぁ。部屋の予約までしていたのは、サプライズでしたけどぉ。『初めての夜のデートは怖いかい?』『大丈夫、優しくするよ』とも言ってましたしぃ」
「み、美咲、じゃない、佐藤君!!」
夫が悲鳴のような大声を出す。久美子は文字どおり『頭の血管がぶち切れそう』だった。
ちなみにこの時点で、同行していた真弓は「あ~、あたし用事があったんだ、帰るね~」と姿を消している。
「あーあ。せっかくのお酒だったのに、突然、現れたオバサンのせいで台無しぃ」
ふてぶてしくため息をついた女の横っ面を、気づけば久美子は力いっぱい叩いていた。
女が座っていた椅子が音を立てて倒れ、女自身も床に倒れ込む。
「美咲! 暴力はよせ、久美子!!」
「なにが暴力よ、今まさに浮気していた男が偉そうに!!」
「お客様! 店内で騒ぎはおやめください!」
あ然としていたバーテンダー達が我に返ったように集まってきて、久美子達をとめる。
「はあ…………いったん出ましょうか。お店に迷惑をかけたらいけないですし」
佐藤という女が秀樹をうながす。
久美子も怒りはおさまらなかったものの、さすがに場所を変える必要はあったので、おとなしく騒ぎを起こしたバーを出た。
いったん二人から離れてスマホで家に連絡を入れ、それから二人のもとに戻る。
「この先に、私の行きつけのレストランがあるの。個室を用意してもらえるから、そこで話し合いましょう」
「待ってくれ、そこは…………」
「いいですよぉ~」
抵抗を示す秀樹を気にせず、のほほんと女は久美子の提案に乗る。
二ブロック歩いた先の角を曲がった所に、そのレストランはあった。
「へぇ~、いい雰囲気のお店ですねぇ」
佐藤美咲が呑気にきょろきょろと店内を見渡す。
三人はアンティークな雰囲気の個室に案内され、一応、コーヒーを三人分注文して、ボーイが出ていくのを待って『話し合い』が再開された。
話し合いは実質的に、久美子と佐藤美咲の対決となった。夫の秀樹は『置物』状態だ。
佐藤美咲の語るところによれば、彼女は半年ほど前に仕事の都合で夫と出会い、仕事上の失敗で泣いていた美咲を慰めたのをきっかけに、どんどん親しくなったという。
「御園生専務は、アタシにすっごく優しくてぇ。アタシが失敗した時は必ずかばってくれるし、アタシががんばった時には『ご褒美だよ』って、すてきなお店でご飯を奢ってくれるんですぅ」
嬉しそうに語る佐藤美咲の説明に、久美子はもう、怒りを通り越して冷たく呆れていた。
もともと、秀樹は女に気楽に話しかけられる性格の男ではあった。
久美子との出会いだって、彼女が右も左もわからぬ新入社員だった時に、気さくに話しかけてきてくれたのがはじまりだ。
ばっちりスーツを着こなし、あれこれ教えてくれる二十九歳の秀樹は、二十三歳だった久美子の目には、とても男らしくて頼りがいのある『大人の男性』に映った。
有能な出世頭として他の女子社員の注目を集める彼と交際していることが、当時の久美子にとって、どれほど誇らしく幸せなことだったか。
久美子の妊娠を機に、有名ホテルで挙式して結婚退職した時は、この先の未来に幸福だけが待っていることを、久美子は信じて疑わなかった。十七年前のことだ。
当時、秀樹は事情があって会社を退職、転職を余儀なくされていたが、それでも久美子の愛は変わらなかったし、秀樹も新しい職場でまたたく間に頭角を現し、順調に出世を重ねて、二人の子供も授かり、この幸せはいつまでもつづく。そう信じていたのに。
妻の久美子が二人の子供達の世話に明け暮れ、外食もひかえて節約に励む間、夫の秀樹は『残業』『出張』と嘘をついて、若い女とのデートで散財していたのである。
夫の裏切りを知り、久美子の秀樹への愛は急速に冷めていた。
(こんな、いかにも頭の悪い、若さだけの女に、そこまで貢ぐなんて…………)
『卒業したての新入社員』と言うから、佐藤美咲は二十二か三だろう。たしかに美人だが、特出した魅力の持ち主ではない。これがモデル並みの美女とか名門の令嬢なら、久美子も負けを認めたかもしれないが、聞いた限り、佐藤美咲は家柄も学歴も平凡な、若さだけが取り柄の女だ。
こんな小娘に夫を寝取られたことも、こんな小娘に夫が引っかかったことも、なにもかも腹立たしく、それがますます久美子の中の秀樹への熱を冷まさせていた。
「あなたも男を下げたものね、秀樹。こんな平凡な小娘に、そこまで熱をあげるなんて」
「久美子、俺はただ…………」
「もういいわ。離婚しましょう」
久美子は宣言した。
「今回の件で、あなたという男の格がはっきりわかったわ。四十六にもなって、こんな低レベルな女にだまされて大金をつぎ込むような馬鹿な男、私や子供達には必要ない。どうせ、これまでも私の知らないところで、似たようなことをしていたんでしょ。怪しい時が何度もあったもの。別れましょう、秀樹。あなたはその女と、再婚でもなんでもすればいい。離婚したあとなら、デートでもなんでも好きにできるわよ。ただし今回の件については、きちんと慰謝料を払ってもらうし、子供達の養育費は別件よ。でも、子供達には会わせない。不倫したんだから、当然よね。明日にでも弁護士に依頼するから、今後はそちらを通して。じゃ」
「待て、久美子!! そんなこと、一人で勝手に決められると思うのか!?」
立ちあがった久美子を、置物状態だった秀樹がようやく口を開いて引き止める。
だが久美子の気持ちは決まっていた。
「思うわよ。だって、あなたは私を裏切ったんだもの。離婚するには充分な理由でしょ?」
「だから、最初から話を聞くんだ、久美子! 佐藤君のことは誤解だ! 俺が本当に愛しているのは、お前だけだ! お前も母親なら、一時の激情で離婚なんて口にするな! 子供達にどんな悪影響があると思っているんだ!!」
「不倫中の浮気症の父親のほうが、よっぽど子供に悪影響よ!!」
夫婦の言い争いに、佐藤美咲はコーヒーを飲みつつ「ふっ」という笑いと共に割り込む。
「御園生専務ってば。『妻とは、もう何年もうまくいっていない』『妻は俺のことを、自分と子供を養うATMとしか思っていない』『家庭に俺の居場所はない』って、何度もくりかえしてたじゃないですか。奥さんのこと、『すっかり所帯くさくなってオバサンになった』ってディスってたくせに」
明らかに煽ってくる女に、久美子も、もう一度叩いてやりたい衝動を堪えて宣言する。
「あなたにも慰謝料を請求するわよ!! 他人の夫を寝取って家庭を壊したからには、相応の責任はとってもらうわ!!」
「慰謝料、ですか」
佐藤美咲の声は冷ややかだった。
「自分は無責任だったくせに――――」
「え?」
女のぼそぼそした呟きが聞きとれず、久美子は訊きかえそうとする。
が、席を立って久美子の肩をつかんで訴えてきた秀樹に、それをはばまれた。
「頼む、落ち着いてくれ、久美子。俺が本当に愛しているのは、お前一人だ。お前が不愉快なら、二度とこんなことはしない。これからはお前以外の女と、絶対に二人きりにならない。誓う。お前が俺の最後の女だ、久美子。頼む! お前を失いたくないんだ!!」
「もう遅いわ」
肩をゆさぶられつつも、久美子は冷静に答えた。
「本当に最後の女なら、もっと早くにそれを証明して欲しかったわ。不倫が見つかったあとじゃ、全然、説得力がないのよ。もう、あなたの言葉に価値は無いわ。さようなら」
「冷静になれ、久美子! 離婚したら、子供達をどれだけ悲しませると思うんだ!! お義父さんも、君の父親の事業がうまくいっているのは、誰のおかげと思っているんだ!!」
「…………っ」
はじめて久美子が言葉に詰まる。
久美子の父はレストランを複数、経営していた。
もともとは久美子の祖父がはじめた小さな洋食屋を、料理には向いていなかった父の代で一気に拡大し、今では都内に何店舗も抱えている。どれも、しょっちゅうテレビや雑誌の取材を受ける人気店だ。
その事業拡大に、娘婿の秀樹もおおいに貢献していた。
父は娘の離婚によって秀樹を手放すことを嫌がるだろうか。
久美子の脳裏によぎった疑問はしかし、すぐに当の父親から答えをもたらされる。
「いや。私は反対しない」
「えっ!?」
「お父さん!!」
割り込んできた低い渋めの声は、個室の扉から。
扉にはカジュアルなジャケット姿の久美子の父が、厳しい顔つきで立っていた。
先ほど、このレストランに移動する前に、久美子が手短に事情を話して呼び出していたのだ。このレストラン自体、父の経営する店舗の一つで、だからこそ秀樹はここに来ることを嫌がったのだ。
「話は聞かせてもらった。事情は把握した。私の経営の心配は無用だ。お前が離婚したいというなら、そうしなさい、久美子。お前の言うとおりだ。妻を裏切る男に用はない。子供にとっても、母親を裏切った父親だ。いないほうがマシだろう」
「お父さん…………っ」
「お義父さん、そんな! 待ってください!!」
すがってくる秀樹を無視して、久美子の父は美咲にむきなおる。
「君もだ。まだ若いとはいえ、一人前の大人なら、自分のしたことにはきちんと責任をとりなさい。今さら『そんなつもりはなかった』は通用しない」
冷静ながらも重々しい口調と態度だった。生半可な若者など一目で気圧される、そんな貫録があったのだが。
「責任…………ですかぁ」
佐藤美咲はわざとらしく肩をすくめると、ゆったりした仕草で立ちあがった。
「責任はとってもいいですよ。騒ぎを起こしたのは事実ですからね。でも、私に責任を問うなら、その前にそちらの奥さんに責任を果たしてもらわないと」
「なに?」
「そもそも『不倫を訴える』とおっしゃいますが。法的にそれが認められるかは、ちょっと怪しいですよ? だって私、御園生専務とは清い関係ですからね」
「なに?」
「えっ?」
久美子の父と久美子が意表をつかれる。
「専務と何度か二人きりでお食事したのは、事実ですけれど。ホテルに誘われたのは、実は今回が初めてです。肉体的には、まったくの赤の他人なんですよ。不倫で慰謝料を請求するには、まず不倫の事実を立証して、『不倫していた』と法的に認められることが不可欠ですが、この認定は『肉体関係の有無』が大きく左右するんです。肉体関係がない状態では、法的には『不倫の事実があった』とは、まず認められないんですよ。ご存じない?」
「なん…………っ!」
久美子は頭を殴られた気がした。
「私と専務の関係は、あくまで食事だけです。それだけでは、法的には不倫と認めるには弱すぎます。食事だけで不倫が認められるなら、友達との食事も、二人きりではできなくなりますよ。『私と専務は仕事上の関係者で、仕事の件で相談に乗ってもらっていただけ』。私や専務がそう主張すれば、少なくとも法律を盾に慰謝料を請求することは難しいでしょうね」
「…………っ、この小娘…………っ!」
なんてずる賢い女だろう。久美子は唇を噛み、久美子の父の表情もこわばる。
「私と専務がさっきのホテルの部屋に入って、二人共ベッドにいる時に乗り込んで現場を押えていれば、話は別でしたけれどね。出てくるのが一時間、早かったですね」
思わず久美子は手をふりあげる。
すると今度は佐藤美咲は反撃してきた。
「殴る気ですか? いいですよ、それなら私も傷害で訴えますから。不倫があろうとなかろうと、それはそれで別件で訴える権利がありますからね?」
「くっ」と久美子は手をふるわせ、父も「やめなさい」と娘の手首を捕まえて拳をおろさせる。
悔しそうに歯ぎしりする娘にかわって、父親が不埒な女の前に出た。
「会うのは今日が初めてだが、君は自分のしたことが恥ずかしくないのかね? 話を聞く限り、君は秀樹君が既婚者だと知っていたのだろう? 君のような未婚の若い女性が、彼のようなオジサンと付き合って、なんのメリットがある。清い関係だったとしても、妻子のある男性と二人きりの食事をつづけるなど、まっとうな関係ではないと自分で思わなかったのかね? 君は親御さんに、堂々と秀樹君との関係を話せるのか?」
「どうせ、お金目当てでしょ! パパ活よ!!」
厳しい面持ちで諭す父親の語尾に、久美子の吐き捨てた言葉が重なる。
美咲の返答は淡々としていた。
「母は知りませんよ。私の母は二年近く前に亡くなっているので」
「えっ…………」
美咲の告白に三人がやや意表を突かれる。
「父は知っています。話すこともできますよ。『既婚男性と食事に行きました』って。でも、お金はどうでもいいです。食事はおいしかったけど、目当てはそれじゃないですから」
「金目当てではない?」
「じゃあ、なによ! 『愛のため』とでも言うつもり!?」
「愛なんて、まったくありませんよ。欠片も存在しません」
「はあ?」
「ええっ!?」
冷ややかな美咲の言葉に、久美子は怪訝そうに眉を寄せ、秀樹は愕然する。
「どういうことかね。金も愛情も目的でなかったのなら、何故、君は秀樹君の誘いにのった。なんの目的で私の娘を苦しめ傷つけ、娘や孫の家庭を壊すような真似をしたんだ」
「そうだ、美咲! 君は俺に気があったんじゃないのか!?」
「君は黙っていたまえ、秀樹君」
思わず割り込んだ秀樹は、義父ににらまれて引き下がる。
「君の目的がなんであれ、君が娘を傷つけた以上、相応の責任はとってもらう。法的に認められるか否かは関係ない。他人の家庭を壊しておいて逃げきれると思ったら、大間違いだ」
「本当ですよねぇ」
佐藤美咲は同意する。
「他人の家庭を崩壊させておいて、自分は幸せに逃げきる…………そんなこと、あってはならないですよねぇ。正論ですよ、完全に同意します。意外でした、久美子さんのお父様がこんなに常識的な方だったなんて。父親がこうなのに、どうして娘はああなってしまったんでしょうね?」
「なに?」
大仰にため息をついた美咲に、久美子の父は怪訝な視線を向け、耐えかねた久美子は声をはりあげる。
「いい加減にしなさいよ、アンタ! さっきから人を馬鹿にしたように、もったいぶって! 言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ、このクズ!!」
「言いたいこと、ですか…………」
「ふっ」と美咲が久美子を見て笑う。嘲りの笑みだ。
そして顔をあげ、まっすぐな声音と表情で断言した。
「私の目的は、ただ一つ。責任をとること。責任をとって、自らの行いに対して相応の罰や報いを受けること。それだけです。そのために、この半年間を過ごしてきました」
「――――どういう意味だね?」
「なにが責任よ! 今さら『責任をとる』なんて、それで他人の夫を寝取って、家庭を崩壊させた罪が帳消しになるとでも思ってるの!?」
「どうでしょうね? まあ、やらないよりかはマシかもしれませんが。少なくとも、私はすっきりしそうにないです」
「馬鹿にしているの、アンタ!? 責任なんて、とる気ないでしょ!?」
「誤解しないでくださいね」
美咲は冷ややかに久美子を見すえた。
正確には久美子と、その夫の秀樹を。
冷ややかに、そして、このうえなく真摯に。
「まず責任をとるのは、あなた方ですよ。御園生久美子さん、御園生秀樹さん」
「はあ? なんで私が、泥棒猫に謝らなきゃならないのよ?」
「だって、あなたも同じことをしたじゃないですか、御園生久美子さん。十七年前、妻子がいると知っていながら田渕秀樹と不倫関係を持って、堂々と再婚までしてのけたでしょう?」
数秒間、室内に沈黙が満ちた。




