お出掛け
香織と再会した翌日の朝、布団で寝ていると母さんが俺を起こす声が聞こえてきた。
「和希ー、香ちゃんが来てるわよー。起きなさーい!」
「……は?」
突然の母さんからの報告で驚きながらも、もぞもぞと布団から出て眠い目を擦りながら布団をたたみ、階段を降りた。リビングの扉を開けると、テーブルでトーストを食べながら母さんと一緒にテレビを見ている香織がいた。
「あ、おはよう和くん」
「おはよう、和希」
「あぁ、おはよう。何で香織が家で朝飯を食っているのかはあえて聞かないけど、こんな朝早くから何の用だ?」
香織が家に今日また来ること事態はある程度予想というよりも確信していたが、まさか昨日の今日、それも朝から来るとは思っていなかった。
「もう九時過ぎてるからそんなに朝早くはないと思うよ。和くんちゃんと寝てる?」
香織に少し耳の痛い話をされ時計を見ると、短針は九を越えていた。昨日の夜に少しゲームをやり過ぎたのかもしれない。
「悪かったって。明日からはちゃんと起きる」
「よろしい」
香織は満足したのかフフン、とそれなりにある胸を反らせる。
「それで、結局俺に何の用なんだ?」
「んー、それはねー」
香織はトーストの横においてあった牛乳で口を潤し、ニヤリと笑った。
……なぜだろう嫌な予感しかしない。
「和くん、一緒にお出掛けしよ」
香織は語尾に音符がついているのではないかと疑うほどニコニコしながら提案してきた。
◇ ◇ ◇
最初は春休みの宿題があるからと嘘を付き断っていたが、あっさりと香織にバレてしまった。
そんなこんなで俺は今、香織と一緒に家から数十分の距離にあるショッピングモールに来ていた。
今日は平日だが春休み期間中ということもあるのだろうか、モール内にはそれなりに人がいた。
「まさか休みに外出するとは」
「ちゃんと家から出なきゃ駄目だよ」
思わず愚痴をこぼすと、香織はほほを膨らませて俺を見上げながら睨んできた。
ちなみに、俺の身長は大体170センチ、香織は155センチぐらいなのでそれなりには身長差がある。よって香織は俺よりも身長が小さいためか、睨まれても全く怖くない。むしろかわいい。
「ほらほら、早く行こうよ和くん!」
香織は急かすように俺の腕を引っ張って歩き始めた。
「はやくはやく」
「お、おい。ちょっと待て、いきなり歩くと危な……」
「和くんはどこ行きたい?」
「話を聞けって」
俺は諦め半分に香織に腕を引かれて人混みにもまれていった。
「ねぇねぇ次はどこ行く?」
ショッピングモールに入ってからの香織は怒濤だった。ちゃんと行く店を決めていると思ったが、まさか片っ端から回るとは思ってもいなかった俺は、普段買い物慣れしていない事もあってからクタクタになってしまった。
「わるい、さすがに少し休憩したい」
「ごめんね一人で突っ走っちゃって。休憩のついでに少し遅いけどお昼ご飯にしよう? 和くんはなにか食べたいものある?」
「そうだな……、さっきあったドリアの専門店がいいな」
本当はラーメンが食べたかったが、香織の服にもしもスープが付いてしまったらと考えるととてもそんなことは言えなかった。
「あ、あったね。私も食べたいから行こっか」
今ふと思い出したが、香織はチーズが好きだった気がする。そう考えると何気にドリアというチョイスは良かった気がする。
「うわー、なんかアンティーク調で良い雰囲気だね」
少し遅めの昼ご飯に俺たちが選んだドリアの専門店の中は、どこか懐かしい雰囲気と静けさをあわせ持った店だった。
「そうだな。人もあんまりいなくて落ち着いていてて良い」
「確かにお店の中に入ったら、さっきまでのザワザワした雰囲気が一気になくなったね」
ガラス扉一枚を挟んだ向こう側は今も多くの人が行き交っているが、店の中は静かだ。
「えへへ、なんかデートみたいだね」
香織がテーブルの向かいから、からかう様な顔を見せる。
「今まで平気だったからいいけど、そう言われると一気に恥ずかしくなるからやめてくれ」
「えー、和くんの顔が赤くなるとこ見てみたい」
「おい」
「うそうそ、冗談だって」
そんな冗談を交わしながらメニューに目を通す。いろいろな種類のドリアがあったが、俺がもっとも目を引いたのがハンバーグドリアだった。
「よし、決めた」
「和くんはハンバーグドリアかー。そう言えば和くんハンバーグ好きだったもんね。うーん……私はこのチーズドリアにしよ」
ビシッと香織が指をさしたドリア――三種のチーズドリアの説明を見て驚いた。
「パルメザンチーズの上にゴーダチーズ、さらにその上にチェダーチーズがのってるのか。すごいな」
「私、チーズ大好きだからね」
香織と雑談をしていると頼んだ料理を持った店員がきた。
「「おぉー」」
頼んだ料理が届き、思わず二人で声を上げてしまった。それほどまでに見た目が美味しそうだったのだ。
「美味しそうだね」
「メニューの写真も美味しそうだったけど、本物はもっと美味しそうだ」
スプーンでドリアをすくうとチーズがいい感じに伸びてきた。
「熱っ!」
あまりにもお腹が空いていたので、冷まさずにドリアを口に入れてしまった。そんな俺を心配したように声をかけてきた。
「かふくん、はいひょうふ?」
「だ、大丈夫……」
何を言ってるのか、しっかりとは分からなかったけど大体ニュアンスは伝わった。
それにしてもこのドリアも美味しいが、ハンバーグも十分美味しい。素人だから断言できないがこれだけでもお店が出せる美味しさだと思う。
ちらりと香織に視線を向けると、なにか物欲しそうな目でこちらを見ていた。
「ねぇねぇ、和くん」
「ん?」
「一口ちょうだい」
「……だと思った、ほれ」
ドリアの皿を差し出そうとすると、なぜか香織は両目を閉じ、口を開けて「あーん」と言った。
「和くん、はやくはやく」
香織は片目を開き、ウィンクの状態で催促されたので、どうにでもなれ精神で香織の口にドリアを入れた。
「う~ん、こっちも美味しいね。はい、私のもあげる。あーん」
香織は自分のドリアをスプーンによそり、俺の口の方に差し出してきた。
香織は特に気にした様子でもなかったため、俺もできるだけ平常を装って香織が差し出したスプーンを口に含んだ。
「んお? これもけっこう美味しいな」
「でしょでしょ」
「「ごちそうさまでした」」
「美味しかったね」
「ここを選んで正解だったな」
俺は帰る準備をするために椅子から立ち上がろうとしたところで香織に止められる。香織はメニューのデザートのページを開いて俺に差し出した。
「和くんはデザートはなに食べる? 私はチーズケーキ食べるけど」
チーズが大量に乗ったドリアを食べたあとにチーズケーキを頼むほどチーズが好きなのか、と半ば驚いたが少し物足りなかったのでチョコレートケーキを注文した。
「うーん、美味しかった。和くん、そろそろ帰ろっか」
「そうだな、お腹が重くなったしそろそろ帰るか」
俺は香織が持っていた伝票を持って会計をした。
「え、いいよ自分の分は自分で払うから」
「俺がここがいいって言ったんだから、俺に払わせてくれ」
何分か話し合った結果「……分かった」としぶしぶながら香織は同意してくれた。
◇ ◇ ◇
「今日はありがとね、和くん」
香織と二人で半分ほど沈んだ太陽を背に歩いているとき、香織は突然足を止めてお礼を言ってきた。
「俺の方こそありがとう。香織のおかげで今日は楽しかったよ」
素直にそう思った。最初はあまり乗る気では無かったが、だんだん一緒にいるのが楽しくなってきていた。
「うん、また一緒にお出掛けに行こうね!」