09・最高権力? いらないって
沸き起こる歓声と、冷めやらぬ熱気。
奇襲に成功したテオたちは、王宮を奪還した。
「くっそう!! やられた!!」
王宮に入り、国王が居るであろう部屋に入れば、そこには物言わぬ屍の姿。
だだっ広い豪華な部屋には天蓋つきの豪奢なベッド。
ここは、国王の寝室に間違いは無いだろう。
その豪華さに似合わない、どす黒いシミ。
その中心には、首の無い屍が一体。
身に着けている衣装や体つきから、国王陛下に間違いないだろう。
首が付いていないことから、断定はできないが。
確認した瞬間テオから漏れた悪態は、私とまったく同じものだった。
「・・・・王太子の首も無いわね。一体、誰が?」
王太子の首は、国王に届けられたはずである。
なのに、ここに来るまでの中にも、この部屋にもそれらしき物は無かった。
まぁ、生首がそのまま鎮座されていてもどうかとは思うのだが・・・。
制圧した北兵たちの誰一人、首は持っていなかった。
「フリーリア、篭城中の人間は20人ぐらいだと言っていたな?」
「えぇ。篭城が始まってすぐはそれぐらいだったはずよ」
火薬が運びこまれたときは、城の中にそれぐらいの人数が居た。
しかし、ここまでくる中で、たった一人の生存者にも会っていない。
殺されたか、脱出したか、それか・・・。
―――ん? 火薬??
「テオ!! 火薬が無い!!!!!」
「!!!」
何気なく確認していた人の動き。
その中で、有るべき筈の物がそこに見当たらなかった。
奇襲のときには、表の馬車に積まれていた火薬が、1台、そこに無い。
ちゃんと、確認してこちらの管理下に置いたはずだ。
「どこだ?!」
考えられる最悪の事態。
それをテオも考えたのだろう。
「今、見てる!! ・・・・下? 地下道!!」
言うが早いか駆け出すテオに付いて、フリーリアも走る。
王宮の地下道の入り口なんて知らないから、付いて行くしかない。
―――嫌な予感。
「王宮に残っている者たちに伝令を!! すぐに王宮から出なさい!! 表門にて待機!!」
一緒に付いてきた兵に向かって怒鳴る。
すぐさま引き返した姿を視界の隅に捉え、安堵する。
まだ決まったわけではないが、王宮を爆破するのに十分な量だったのだ。
安全策は講じておいた方がいい。
しばらく全力疾走を強制され、体力の限界を迎えようとした手前で古びた小屋から出てくる者と出くわした。
顔色悪く、必死の形相で出てきた初老の男に、嫌な予感が的中したのだと知る。
「その者を捕らえよ!!」
「下がりなさい!!!」
フリーリアとテオの声が同時に響く。
一拍遅れて、爆音!!
下からくる振動にバランスを崩せば、ジニムに庇われ地面に伏せる。
恐る恐る王宮を見れば、その半分が下から崩れ落ちていた。
ガラガラと崩れ落ちる王宮。
瓦礫になっていくその様に、言葉も無い。
唯一の救いは、兵たちを王宮内から脱出させていたことだろう。
「マテオ様!!」
「カザム?!」
この場に似合わない頓狂な声に振り返れば、この場に似合わない頓狂な顔で互いを見詰め合うテオと初老の男の姿。
―――シュールな光景・・・。
「宰相のお前が、どうして・・・」
信じられないといった声で問うテオに、カザムと呼ばれた初老の男は何も答えなかった。
「陛下は、第二王子殿下を亡くされ、王太子殿下の敗戦を聞くと、すぐに篭城なさいました。北の侵略兵たちが王都に入り込み、王宮に残っていた兵たちだけでは到底切り抜けられなくなったためです。
篭城に従ったのはわたしを含む上位貴族20名と数人の侍女。あとはもともと残っていた下女たちです。他の者は戦況の悪化に伴い王宮を出ました。
篭城が長引くほど食料も底を付き、戦況はまったく好転しない。精神的に限界に達したとき、唯一の希望であった王太子殿下の首が届けられました。
それを見て、陛下は狂ってしまわれた。残っていた貴族たちも、今更城を出て捕虜にされるぐらいなら、と自ら命を絶ちました。どうせ、家族も財産も全て北の手によって強奪されているのです。惜しむ物はありません」
宰相の地位にいたカザムを連れ、無事だった王宮に戻った。
爆破されたのは、王族の私室のある後宮だったため、城の表、政務室や客室のある公式の部分は無傷で残っていた。
そこで、篭城者唯一の生き残りであるカザムに話を聞いていた。
「わたしは、むざむざ国王の首を、この城を北にくれてやるのは嫌だった。せめて、一矢報いたかった。陛下の首を落とし、王太子殿下の首とこの城を道ずれに死のうと、火薬を拝借し、地下道に潜りました。
まさか、マテオ様が奪還に来ていただいてるとは露ほども思わず、ついに北兵が入り込んできたのだと・・・」
短慮だったと嘆くカザムにかける言葉は無い。
―――私にとっては最高の結果であるのだから、余計にね。
「地下道から出てきたのは何故だ? やはり、命が惜しくなったか?」
容赦の無い言葉に、しかしカザムは首を横に振った。
「あの地下道は後宮の地下道。後宮を爆破したのち、こちら側も爆破し、落城を見届けながら死ぬつもりでした」
「・・・では、火薬はまだあるのか?」
テオがこちらにも視線を寄越して確認する。
持ち出された火薬はもう見えないので首を横に振れば、カザムも否定した。
「ございません。もう一度、拝借するつもりでした」
持ち出された火薬は、馬車1台分。
残りの2台は確認が取れているので心配はないだろう。
「二人の首はどこだ?」
「神殿に・・・」
控えていた兵に取りに走らせる。
ここに持ってこられても困るのだが。見たくないし。
などと思っている間に、兵が大きめの木箱をもって戻ってきた。
「これか?」
「はい。陛下と殿下の御首です」
蓋を開けるテオから、見えないように視線を逸らす。
「確かに。 ・・・今後のこともある。このことはまだ伏せておけ。
カザム、お前の処分も保留だ。勝手に死ぬことは許さん。客室の1つに連れて行け。各区域の見張りだけ残して兵たちには休むように伝えろ」
兵2人に連れられて部屋を出て行くカザムを見送り、木箱を足元に置くテオ。
「・・・ねぇ、せめて、そっちのテーブルに置かない?」
いくらなんでも、足元はイヤダ。
うっかり蹴飛ばしたらどうするんだ。
「あぁ」
「っっ!!」
拾うのも面倒なのか足蹴にするテオにもう悲鳴すら上がらない。
見かねた隊長補佐が拾って奥のテーブルに置いてくれた。
「さて、フリーリア。今後のことだ。どうするつもりだ?」
ココに残ったのは、フリーリアとテオ、隊長補佐のポトスとジニムの4人。
もっとも信頼できるメンバーだ。
「フリーリア領に帰るわよ」
「「「・・・・・は?」」」
至極全うな返事を返せば、ジニムにも聞き返された。
「ん? 何かおかしい? 王都も奪還したし、北も制圧したし、これで何の憂いも無いもの。わたしは帰るわよ」
当たり前でしょう? と言えば、全員に微妙な顔をされた。
はて、これ以上どんな答えがあるのか。
「本気か?」
「えぇ。平穏無事な日常を送るために戦を終結させたかっただけだし。それが叶ったんだもの。これ以上何があるの?」
テオの質問に答えれば、またまた微妙な顔。
「質問を変える。今後必要な処理は?」
「戦火に巻き込まれた民達の確認。戦場になった国土の回復。爆破された王宮の修繕。北との和平問題。国庫の回復。人員的処置も必要でしょうし、まずは国政に携わることの出来る人間の確保ね。あぁ、その前に、オーストリッチ国は国として存続させなければならないでしょう? それには、国王もしくはそれに同等位の人間が必要になるわね」
大変、問題は山積みだわ、と指折り数えてやる。
こんな事が聞きたかったのか?
「そう、山積みだ。何をするにもまず、司令塔が必要になる。国として存続させていくには、その司令塔は国王であるべきだ」
「まぁ、そうね」
「今、国王並びに王太子は首だけで、司令塔には成り得ない」
「首がしゃべったらホラーね」
それはゴメンだ。
「・・・・。ゴホン。新しい国王が必要だ」
「そうね」
「その国王はフリーリアだろう?」
「いいえ、テオよ? ニトジム陛下の後ろ盾も頂いているもの」
「「・・・・・」」
お互いが満面の笑顔で対峙する。
「誰がそんなクソめんどくさい者になるか!! フリーリアがなればいいだろう?!」
「馬っ鹿な事言わないで!! 第三王子のマテオ様が王位に就くのは当然でしょう?! 面倒事全部こっちに押し付けないで!!」
そして、同時に爆発した。
傍らで聞いていたジニムとポトスは引き攣った顔をしている。
「ニトジム陛下の後ろ盾って、ハナっから俺に押し付けるつもりだったな?!」
「当たり前でしょう?! こうなるのは目に見えてたもの!! せっかくのその身分、有効に活用しなさいよ!!」
「してたまるか!! 俺は平凡な平和な日常が欲しいんだ!!」
「わたしだってそうよ!! フリーリア領で気楽な毎日送るんだから邪魔しないで!!」
「北の兵たちはフリーリアに忠誠を誓ったんだぞ?! それを見捨てるのか?!」
「だからってわたしが国王になる必要は無いわよ!! ホージュ国のようにフリーリア領主として同盟を結べば問題ないでしょう?!」
ヒートアップしていく私たちに、ジニムもポトスも口を挟むことができないようだ。
――――が、ここで引いてたまるか!! 自由の無い生活も生き神様もこれ以上はゴメンだ!!
「いいじゃない、国王にぐらいなりなさいよ!! 最高権力者なんだから好きに生きればいいのよ!!」
「その台詞そのまま返してやる!! 領主も国王もかわんねぇだろ!!」
「変わるに決まってるでしょう?! わたしは自由に生きたいの!!」
「あのう、隊長・・・」
「フリーリア様・・・」
「「なに!!」」
遠慮がちにかけられた声に同時に反応すれば、1歩後ずさる2人。
「ひとまず、お休みになられたらいかがですか?」
「お疲れのときは、いい案も浮かびませんし」
「・・・・・。そうね。寝不足の頭じゃ疲れるだけだわ。寝る」
「だな。とりあえず、3時間後にまた」
「冗談言わないで。5時間後にまた」
「・・・目覚めたら教えろ」
テオの声に手を振るだけで答えて、隣の部屋にジニムと共に入った。




