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幼なじみシークレット

続くシリアス展開。

「…………っ」


 息を詰まらせたかのような声。大きく目を見開いて突然の出来事に未だ唖然としている鳴海の姿を見て、思った。




 ――鳴海は、何か知っているのではないか、と。




「陽斗くん、なにいきなり?」


「いや……。俺も確証は無いんだけどな」


 ただの推測でしかないが、今の鳴海の反応を見過ごすことはできなかった。


「ヒントは一応あったってことだ」


「……はぁ」


 何言ってんだこいつ、とでも言いたげな様子で相槌を打つ加納。正直今は加納のことなんてどうでもいい。いや、普段からこいつはどうでもいい存在なんだが、今この瞬間だけは鳴海に意識を集中させたいのだ。


 この機会を逃すわけにはいかない。違和感の正体を暴かねばならない。


 俺は鳴海の方へと歩み寄ると、覚悟を決めて口を開いた。


「結論から言うぞ。お前は個人的に小牧陽菜から恋愛相談を受けていた。……違うか?」


 思ったよりも重々しく、まるで尋問するみたいに、言葉が出てしまった。


 それは確信に近い情動から生まれた、芯のある声のようで。


 けれど、心のどこかで、きっとそんなはずは無いと思う自分もいて。


 もしこの予想が合っているのだとしたら……。


「……違うのなら、そう言ってくれ」


 鳴海は――今まで一人で苦しんでいたことになる。


 それはとても辛いことで、そうであってほしくはないと願っていたから。


 こんな予想、違えばいいとさえ、思っていたから。


 けれど――




「……うん、受けてたよ」


「――えぇぇぇっ!?」




 鳴海は首を縦に振って――ちょ、うるせえよ加納。うるせえって。声でけえよ。口閉じろ口。今大事なとこなんだよ……?


 だが加納が驚くのも無理はないと思う。俺だってさっきまで全く気付いていなかったのだから。


 加納と犬山がそれぞれ鳴海の方を見る。


「莉緒ちゃんが、小牧さんと恋愛相談を?」


「……どういうことすか」


 犬山の方は、怪訝な面持ちでそう尋ねていた。


 寝耳に水。一番驚いているのは他でもない犬山であるに違いない。


 ――鳴海と小牧が、繋がっていた。


 今考えれば、その結論に至るヒントはあったのだと思う。


「まずは謝らせてください。……犬山君、本当にごめんなさい」


 深々と頭を下げる鳴海。なぜ彼女が頭を下げているのか、それさえ犬山には分からないはずだ。


 鳴海が頭を下げている間、誰もが押し黙って彼女のことを見ていた。


 やがて顔を上げた鳴海が、ゆっくりと口を開く。


「その、なんというか……。私は陽菜ちゃんから全部聞いてたんです。その……犬山君と別れたいっていう話を、私は……聞いてて」


「……はぁ?」


 ため息交じりの疑問符。犬山はさらに顔つきを険しくして、鳴海の方をじっと睨んでいる。


 当然だ。最初から鳴海は小牧の真意を知っていたというのだから。


 なぜ今まで黙っていたのか。なぜ教えてくれなかったのか。そう言って糾弾したい気持ちがあるのだろう。じっと鳴海の方を睨んだまま、その感情を視線に乗せて訴えている。けれど同時に、唇を噛んでぐっと感情を抑えつけていた。


「…………」


 ちなみに加納の方はというと、口をぽかーんと開けて放心状態だった。なんかアホみたいだった。


「どういうことか、説明してもらえますか」


 犬山が一歩前へ出てそう言った。それぞれ異なる反応を示す俺たち一人一人の様子を窺うように、鳴海は俺たちを見る。そして申し訳なさそうな顔を作ってから、話を続けた。


「最初に陽菜ちゃんから相談を受けたのは、二人が部室に来た次の日で。私は昼休みに誰もいない校庭の隅に呼ばれて、そこで――実は陽菜ちゃんが犬山君と別れたがっていることを聞いたの」


 淡々と経緯を話す鳴海に、俺たち三人は無言で耳を傾ける。


「相談と言うか……、莉緒には知っておいてほしいって、そう言われて……。あのときたぶん、助けを求められてたんだと思う」


「……助け?」


 加納の問いに、鳴海が頷く。


「うん。恋愛相談部では、二人が仲良くなるための計画を立ててたから……。あんな相談をしてる以上、本当の気持ちをさらけ出すことができなかったんじゃないかな」


「えっと……どういう……?」


 なるほど、そういうことか……。


 首をかしげている加納に対し、俺は補足説明の役を買って出た。


「小牧は犬山と別れたいと思っていた。でも、恋愛相談部で二人の仲を応援する相談も同時に進んでただろ? だから小牧は友達である鳴海に相談したんだ。本当は犬山と縁を切りたいっていう話を、密かにサポートしてくれる期待を込めて、な」


 これは推測だが、小牧は同様の相談を智也にもしていたのだろう。


 それはもちろん、犬山と恋人の関係を解消したい的な、そういう相談だ。


 そして智也は悩んだ。犬山の相談と小牧の相談が相反していて、どう対処すべきか困ったに違いない。結局智也は二人に恋愛相談部へ行くよう勧めたようだが。


 故に食い違いが起こる。二人が初めて部室に来たあの日のことだ。智也の名前が出た途端、唖然とした様子で互いに見つめ合っていた。あれは犬山が智也から助言を受けていたことに驚いた小牧が、犬山に事実の確認をしたことで起きた齟齬だったのだろう。


「陽菜ちゃんから相談を受けた私は、どうすることもできなかった……。擬似デートのときは何か行動に起こさなくちゃと思って付いていったんだけど、結局何もできなくて……」


「それでお前……あの日はわざわざ来たってことか」


 確か妙に浮かない顔をして、駅前のベンチに座っていたと思う。俺と加納はあの日の計画に鳴海を呼んでいない。だが彼女は自主的に参加をした。あれは何か小牧のためにできることをしようと思い立っての参加だったのか……。


「水族館で、俺と鳴海が犬山たちを探しに戻った時があったよな? 二人を見つけてお前がやけに安堵してたのは――」


「うん。陽菜ちゃんの話を聞いてたから……。もしかして、タイミングを見計らって犬山君に別れを告げてたのかと思っちゃって……」


 あの異常なまでの鳴海の安堵の表情に違和感を覚えたのは覚えている。


 犬山と小牧がはぐれてしまい、俺と鳴海とで二人を探しに行ったあのとき。小牧の本当の気持ちを知っている鳴海だけが、猛烈な不安と鬼胎に苛まれていたに違いない。


 あの水族館で、あの場所で。


 二人が別れてしまうのではないかという、ただならぬ予感。


 恋愛相談部として犬山の恋を応援したいという気持ちと、友達として小牧の密かな思いを否定できないせめぎ合った気持ちの果てに遭遇した予感は。


 きっと、計り知れないもので。


「――ちょっと、待ってください……。整理させてください」


 と、そこで。


 犬山が声を上げていた。


 こめかみを抑えて大きくため息を吐いている。


 何が何だか分からないといった苦悶の表情。そのはずだ。犬山にとってこれまでの話は全て思いもかけないことに違いないのだから。


 小牧に最も近い存在であったからこそ、俺たちなんかよりもずっと受け入れがたい、理解も納得も共感もできない話のはずだ。


「――聞きたいことが、一つだけあるんすけど」


 とはいえ。


 受け入れるかどうかを決める前に、確認するべきことがある。


 この場で鳴海だけが知っている、鳴海だけが知っていた――


 この問題の核心たる、小牧陽菜の気持ちについての問い。




「なんで……、陽菜は俺と別れたがっているんすか……?」




 知りたい。いや、知らなければならない。


 なぜ二人は破局しなければならなかったのか。


 なぜ二人は恋路を進めなかったのか。


 犬山は知らなければならない。


 それはもちろん俺も分かっていて……




 そして――




「――恋人になる前に、戻りたかったから」




 その言葉は。


 あまりにも残酷に、犬山創太を貫いたように思えた。


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