暗がりの邂逅
不穏な感じです
奥の倉庫で眠っていたサビまくりの自転車を引っ張り出して、俺は公園の方へと漕ぎ出した。
こんな時間では車の往来はあっても、通りを歩く人の姿はめっきり減っている。ただでさえ過疎っている地方都市の現実を如実に表している気がしてならない。
まあ県としては歯止めが効かない人口流出に対していろいろ対策をしているようだが、どうもその効果は表れていないみたいだった。田園風景を抜けても次に待っているのはシャッター街の類で、かつて商店街だったその場所に活気はほとんど残っていない。小学生の頃はもう少し繁盛していたような記憶があるが、こうして見ると、その記憶も上手に掘り起こせるほどの面影は残っていなかった。この場所を通るたびに、少しだけ寂しい気持ちになる。
だが駅の方へ近づくにつれて、段々と人の往来も見られるようになってきた。
指定された緑地公園は、そんな繁栄の限りを尽くしている駅のすぐ手前にある。
十分ほど自転車を漕いで、目的地に到着。
自転車を降りて公園内を見渡した。
幸い駅前なので街灯などもしっかり整備されていて夜中でも明るい。もちろん、俺の家付近の公園じゃこうはいかないだろう。まあ公園なんて昼に遊具で遊ぶ子供たちか、夜に酔い潰れてまともに動けなくなっちゃった大学生くらいしか使わないんだから、別に夜は暗くても良いと思うんだけどな。めっちゃ偏見だけど。
そんなことを思いながら少し歩くと、隅の方に二つの人影を認めた。そちらの方に俺は駆け足で向かう。
「――来たわね、遅いわよ?」
加納の苦い顔が目の前に現れた。やっぱり不機嫌だった。せっかく自転車で出来るだけ早く来たというのに、この対応だ。まあ分かってたけど……。ただでさえ見たくもない加納の渋顔が、街灯のおかげでよく見えた。
「これでも飛ばしてきたっつーの……。急に呼んだお前らが悪い」
「ごめんね、柳津くん……」
見れば鳴海の方がショボーンとなっていた。――ううん? 鳴海は悪くないよ? 全然悪くないって。元気出して。悪いのは全部こいつだから。このどうしようもないゴリラの方だから。
動物園でゴリラの求人でもあれば速攻で話をつけて売り飛ばすところだが、今はそれより状況の確認である。――まず、なぜ俺が呼ばれたのか。
「で、何があったんだ?」
問われた二人が互いに顔を見合わせる。何から話すべきか迷っているようだった。
返答を待つと、加納が公園の南方を指さして俺に言う。
「とりあえず、あっちに行くわよ」
「……え、なんで? なんでわざわざ街灯の無い方に行くの?」
この緑地公園は大きく分けて二つのエリアがある。子供たちがキャッキャうふふ遊べる広場エリアと、カップルたちがキャッキャうふふ楽しめる禁則事項エリアの二つだ。
北にある広場エリアは街灯も人通りもあって夜でも見渡しが良いが、南の禁則事項エリアは暗視ゴーグルでもない限り何が行われているか分からないほど暗い。逆に言えば、何かが行われていることだけは分かる。ちなみに何が行われているかは――禁則事項です。
そして、加納が指さしたのは……禁則事項エリアの方。
無論、俺と加納がそんなことをするはずがない。絶対にありえない話だ。
あるとしたら――鉄拳制裁。
いや、俺が加納にどんな失礼を働いたのかまったく心当たりはないが、暗いところか体育館裏に呼び出されて起こるイベントと言えば、やはり喧嘩イベントだろう。つまるところ、加納は俺に暴力を振るう可能性が高かった。
え、でもなんで? なんかした俺?
怖くなったので俺は確認をすることにした。
「今から俺って、リンチにされるんですか?」
「はぁ……? するわけないでしょ、今は」
「――いま『は』?」
おい嘘でしょ。嘘ですよね……? じゃあ別の機会に俺がボコボコにされる予定はあるんですか……? なにそれめちゃくちゃ怖い。
ビビっていると加納が呆れたような声で俺に言った。
「何もしないわよ……。行けば分かるわ。そこで本人から話を聞くのが早いだろうし」
「……本人?」
本人……。いや、本人って誰だよ、と言うのも束の間、加納が俺の腕をがっしりと掴んでロックした。そしてそのまま暗がりの方へと強制連行される……。
最近、俺が部活から逃げようとすると、加納はこうして俺の腕をきっちり掴んで離さないのだ。あまりにもボディタッチしてくるもんだから一瞬俺のことが好きなのかと思ったが、しっかり関節がキマっているので見当違いだと気付いた。危ねえ危ねえ……、危うく勘違いするところだったぜ……。
ちなみにこの構図だと腕におっぱいが当たる。うーん、生きててよかった。
「……おい、ホントに行くのかよ」
禁則事項エリアはカップルたちの溜まり場だ。夜はあまり近寄っていい場所じゃない。昔、おばあちゃんに『いいかい、陽斗。くれぐれもあの公園の暗いところへは行っちゃダメだからね。あそこには怖いオオカミがいるんだから』と諭されたことを思い出した。あのときおばあちゃんが言っていたオオカミって本当にオオカミのことだったんだなぁとか死ぬほど下らないことを考えながら、言われるがまま公園の南方へ向かう。
広場から階段になっているところを下りていくと、小さな川が見えてくる。川に沿うようにしてちょっとした広場のようになっており、カップルたちはこのあたりに屯っていることが多い。しかし今日は誰もいないみたいで…………いや、一人だけいるな。
暗がりで顔こそ見えないが、誰かがいることだけは分かる。
俺たちはその人影の方に近付いていく。
向こうも俺たちに気付いたようで、ゆっくりとこちらに向かって歩き出す。
互いに歩み寄り、そして――
「……犬山?」
暗がりの中待っていたのは。
件の擬似デート以来である、犬山創太だった。