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違和感の行方

 金曜日の朝。



 いつものように始業ギリギリに登校する俺は、眠気でずっと半開きの目をこすりながら玄関で靴を履き替えていた。


 先日の相談から三日が過ぎ、その後のやり取りでデート企画は今週土曜に執り行われることとなったのだ。


 ――つまり、明日だ。


 彼氏役の俺は、この三日間で彼女役である加納に散々「デートプラン考えておきなさいよっ!」と言われ続けているワケだが、どうにも考えがまとまらず煮詰まっている。


 それもそうだ。何せ俺にはデート経験などない。


「どうしたもんかね……」


 ゲームであれば勝手に行先とか時間の割り振りとか決めてくれるのに、現実では一つ一つ決めていかなければならない。はっきり言って面倒くさい以外の何物でもない。というか加納とデートなんてしたくない。


 上履きに履き替えながら、俺はいよいよ明日に迫ったデートの計画を練っている。


「あいつとデートねぇ……。とりあえず映画だな。映画は外せないよな。……喋んなくていいし。あとは適当にゲーセンで時間潰して夕方には帰るって感じだな。うんそうしよう」



 そんなことをブツブツと唱えていると。


 視界の端で、黒い髪が揺れ動くのを見た。



「……鳴海?」



 昇降口に隣接する少し開けた場所。そこに彼女の姿はあった。


 鳴海莉緒。部室以外で顔を合わせることは珍しい。


「…………」


 いや、正確に言えば俺が一方的に彼女の存在に気付いただけで、向こうは俺の存在に気付いていない。


 アレだ。もしかしたら鳴海は俺のことに気付いていても「うわっ、柳津だ」とか思って気付いていないフリをしているだけかもしれん。なにそれ。悲しすぎる。


 かといって、こちらから声を掛けるのも性に合わない。つーかこういうときって声掛けていいか分かんないよね。特に、知り合いと友達の間みたいな関係性の奴とか。まさしく鳴海がそう。ちなみに加納だったら声なんて掛けないし掛けられても無視する。


「まあどうせ部室で会うしな……」


 いまここで彼女に声を掛ける合理的な理由は無かった。どうせ放課後には嫌でも会うんだし、話したいことがあればその時に話せばいい。そうだ。だから俺は声を掛けない。そうそう。……決して鳴海に声を掛けるのが躊躇われるとか恥ずかしいとかそんなことではない。ホントだよ?


 自分の中でそう結論付けて、教室に入ろうとした時だった。



 聞き覚えのある声がした。



「――ごめんね、莉緒」



 昇降口の喧騒のなかで、その声ははっきりと聞こえた。


 見れば踊り場には鳴海以外にもう一人の人影が認められる。


 その少女は鳴海に一言謝ると、小さくため息を零しながら立ち去っていく。


 そして鳴海は、彼女の背中をしばらく眺めた後に、自分の教室がある方へと戻っていった。



 ――何を話していたのだろうか。



 二人とも物憂げな様子だった。話の内容までは聞き取れなかったが、何やら真面目な話でもしていたようだ。


 今追いかければ鳴海に内容を聞き出せるかもしれない。


 彼女はまだすぐそこに居る。一声かければ俺の存在にすぐ気付くだろう。



 けれど、俺が追いかけることはない。



 アレだ。ガールズトークに茶々を入れるだなんていう野暮なことはしたくなかった。俺は紳士なのでそういう気遣いができる男なのだ。


 ……まあもちろん嘘で、ただ声を掛ける勇気がないだけなんですが。


 俺は肩に提げた鞄を持ち直して、教室へと向かう。


「それにしても、あいつは……」


 ただ、どうしても気になる点はあった。


 鳴海と話していた彼女――それは俺の知っている顔だったということだ。




 俺の記憶違いでなければ。




 彼女の名前は確か、小牧陽菜である。





***





 教室に入ると、いつものように騒がしい連中がキャーキャーしていた。


 試験明けから相変わらずである。夏休みが目前に迫り、完全に浮かれた調子で日々を送っている。こういう奴らは勉強とかできないんだろうなぁ、とマウントを取りたいところだが、大して俺の成績も良くないことに気付いた。うっ……涙が。


「よう、陽斗。今日もぼっちだなー」


 そう言って俺の感情を逆なでするような奴は大里智也、一択である。顔を見ずともすぐに分かる。せっかくの涙もこいつの前ではゴミ同然だ。いや泣いてないけど。


「よう」


 こちらも適当に挨拶を済ませると、智也が何やら神妙な面持ちであることに気付く。


「そういえば、そろそろ部活に来たんじゃないのか? あの二人」


「ああ、犬山と小牧のことか? ずいぶん前に来たよ」


 そうか。そういや智也は犬山からあらかじめ相談を受けていたんだっけな。


「うまく対応できそうか?」


「おかげさまでな。ホント、お前のおかげで面倒な仕事が増えたぜ……」


「ははっ、そりゃどうも」


 全く反省する素振りも見せないこの男。そもそもこいつが恋愛相談部に行ったらいい、みたいなアドバイスさえしなければ、こんな面倒なことにはならなかったんだが。


 まあ人の恋愛相談を悠長に聞いていられるほど、こいつも暇ではないのだろう。恋愛相談部というちょうど都合のいい受け入れ口があるのだ。そこに任せるという選択肢が妥当であることに俺も同意する。


「…………あ、そうだ」


 そんなことを思っている中、ふと、気付く。



 ――大里智也には、春日井美咲という彼女がいるではないか。



 春日井美咲。ギャルでデリカシーが無くて当たりが強くて目も怖くて、とても俺は彼女にしたいと思わないのだが、それでも、彼女は依然として智也と恋人関係を築いている。


 そして例の計画である。犬山と小牧のための擬似デート作戦。


 現在、俺と加納でその恋人役を引き受けているわけだが。



 こいつらに、あの計画のカップル役として頼んでも良いのでは……?



「智也、お前に一つ――」


 そこまで言って気付く。……それはダメだ。


「どうした陽斗?」


 え、いや、だってね……? 


 正直な話、こいつらのデートなんてたかが知れていた。あの一件以来、智也は彼女である春日井に飯を奢らされ、買い物に付き合わされ、挙句の果てにATMにされているのだった。そうだった……。そんな大事なことを、どうして俺は忘れていたのか。


 まあアレだ。智也が春日井に絶対服従というグロ映像を付き合いたてのカップルに見せるもんじゃない。あれは荒み切ったカップルの末路である。


「すまん。忘れてくれ……。いや、これからも頑張ってくれよな……」


「な、なんだよ急に……」


 智也が訝し気な目で俺を見る。


「いいや、違うんだ。頼みごとをしようかと思ったんだが……。文字通り目の毒になり得るお前には絶対関わってほしくない内容だった。だから忘れてくれ。いいな?」


「何のことか分からない上にバカにされてるのはなぜだ……」


 智也は納得できないと言った様子でため息をつく。


 まあ真剣な話、智也が犬山の相談を自身で解決しようとせず、恋愛相談部に一任した理由の一つがそれだろう。智也は相談の内容を聞いているだろうし、自分の彼女を引き合いに出したかっただろうが、それはそれで問題があると思ったはずだ。


 そりゃね? 智也が『彼女とは奴隷と飼い主みたいな関係を送ってます』なんて話したら犬山は確実にトラウマものだろう。むしろなんで智也が平気なのかが分からない。ていうかなんでまだ付き合ってんのお前? ドMなの? それともATMなの?


「つーかお前ら最近どうなの? 春日井とは上手くやってんの?」


 あまりにも気になったので、思わず聞いてしまった。


 すると智也は、少し困ったような顔で返す。


「んん……。まぁ、美咲にはまだ許してもらえてないみたいだな……」


「許すも何もお前悪いことしてねえじゃん……。よくあいつと付き合ってられるよな」


 俺だったら絶対無理である。光の速さで別れを告げる。



「でも俺は、美咲のことが好きだからな」



 そう言って結局カッコいい言葉で締めくくってしまう智也さん。表情こそ戸惑ったままだが、その言葉は心の底からの本音のような気がした。


 そうですかそうですか。まあお前らが良いんなら良いんだけど。でも大丈夫かなぁ。こう見えて智也ってプライドとか高い方だし。そのうち爆発とかしそうだよなぁ……。知らんけど。


「もうすぐ『あの日』だし、ちゃんとしなきゃいけねぇな……」


 ため息を一つ。智也はがっくりと肩を落としながらも、何かを決心するように一人頷く。


「あの日って?」


 気になって聞いてみたが智也から返事は無かった。お、おう……。今のは智也の独り言だったみたいだ。どうやら俺の返事なんて求めていないらしい。なるほど、だから俺のも大きい独り言ってことになりました。


 まあ智也と春日井のことは今はいい。とにかく目先の事案だ。


「とりあえず、犬山と小牧の相談は上手くやるさ」


「そうか。……なら頼んだ。大変だろうけどな」


 そう言って智也は、少し申し訳なさそうな顔で俺を見る。


「特に陽菜ちゃんの方が、ちょっとな……」


「小牧が、どうかしたのか?」


「あ、いや。大丈夫か……。なんでもねえよ」


 なんかよく分からんが、すごい心配されてるみたいだ。


 智也は俺のことを不安げにじっと見たかと思えば、「そろそろ戻るわ」と途端に席を立ってしまう。


 だがまあ。こいつに心配されるほど、俺も軟弱ではない。




 恋愛相談部に入ってもう二カ月が経とうとしている。




 もちろん智也にとって俺には色々と心配要素があるだろうが、今回の相談だって、今まで通り切り抜けられるはずだ。


 そう思って、俺は小さく乾いた笑い声を上げる。


 始業のチャイムが鳴って、智也が「じゃあな」と自席へ戻っていく。




 彼の姿を見ながら、俺は一つ大きなあくびを漏らした。


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