幼なじみアンサー
ようやく話がまとまりそうです。
「私がやるのは……でも……」
そしてここで引き下がるということは、モテモテだという自身のレッテルに嘘をつくことになる。だからこの話を簡単に断ることもできない……。いやぁ頭良すぎだろ俺。前世は詐欺師かな?
とか思っていると、鳴海が俺に目配せしていた。ツラを貸せということらしい。
「いいの、柳津くん……? ことちゃんに任せて」
「良いも何も、俺じゃ不適格だと思ったからな。俺なんかができる芸当じゃない」
「……そう? 柳津くんなら、きっとできると思うんだけど」
果たしてそうだろうか。少し考えてしまったが、どう考えても俺には荷の重い作戦だ。
だいたい俺はマトモに女子と会話すらできない陰キャだ。デートなんて都市伝説とか思ってるレベルである。そうそう。おかげでこんなに捻くれちゃいましたっ☆
「「お願いします、加納さん!」」
さて、後は加納が彼らの要求を呑んで仕舞である。
「…………そうね」
加納の透き通った声。犬山や小牧には落ち着いた響きの声に聞こえただろうが、俺には諦めを滲ませた降参宣言に捉えられる。くくくっ、いやぁ、今日は良い日になりそうだなぁ。もう夕方だけど。
何はともあれ一件落着。あとは加納がひーひー言って彼らの相談を受けるのみだ。
「二人の相談、請けることにするねっ」
――そう思っていた。このときまでは。
「じゃあ彼氏役は、陽斗くん、よろしくねっ」
「…………へぁ?」
変な声が出た。……登場に失敗したウル○ラマンみたいな声が出た。
え、なに? いまなんて?
――俺が、彼氏役?
「……加納さん? いまなんておっしゃいました?」
静まり返る部室。俺含め、鳴海も犬山も小牧も、何が起きたか分からないと言わんばかりに戸惑う表情だけが揃っていた。そこでただ一人ニコニコと笑っている加納がやけに恐ろしく思える。
その瞬間、理解した。
こいつにはこの程度の仕返しでは、仕返しにもならないのだと。
「私の彼氏役は、やっぱり陽斗くんがいいかなって? だって陽斗くん、『恋愛マスター』じゃないっ」
つぶらな瞳のその奥から、まるでレーザービームのようにやって来た攻撃的な視線。
『お前は絶対に許さない』
「ひえっ?」
お、おいなんだよ今の……。加納の声が頭に響いてきたんだけど?
ついに肉体的トラウマだけでなく、俺に精神的恐怖を植え付けてくるとかヤバすぎでしょ。なにお前。十五番目の使徒なの?
思わず視線を逸らす。反駁する意欲が決定的に欠けていた。
「じゃあお願いねっ」
「……う、うす」
首を縦に振ることしかできず、額から止まらぬ汗を拭う。
そんな時、タイミングが良いのか悪いのか、下校を促すチャイムが鳴り響いた。
「……な、なんかよく分かんないけど。とにかく。これからよろしくお願いします!」
「よろしくお願いしまーす」
何かを本能的に察知し、すたすたと退場する犬山。それを追いかける小牧。
扉がぴしゃんと閉められ、三人だけの空間。
あっという間に部室はいつもの静寂を取り戻した。
え、なにこれ……。どういう結論?
俺が加納の彼氏役ってどういう……いや落ち着け。とりあえず状況整理だ。
「……どういうつもりだよ」
「別に? 彼氏役が思い当たらなかったから、アンタで良いかなって思っただけよ」
「いやおかしいだろ」
こいつはスクールカースト最上位に君臨する、いわば女王だ。一声かければ男子の候補なんていくらでもいるだろうに。
「だいたい俺に務まるわけがない」
「何言ってんのよ? アンタの出した案でしょ? いくら女性経験のない童貞だったとしても、自分の言葉に責任を持つのは当然じゃない?」
ねえなんでこいつ自分も恋愛経験無いのにこんなに上から目線なの? 処女のくせに何なの? 視線も言葉も鋭いし。もしかして鉄の処女か何かなの?
「ことちゃんは、柳津くんに彼氏役してもらうってことで良いんだよね?」
「不本意ながらね。でも、そうね」
「そっかー。じゃあ大丈夫だね。柳津くんと二人で頑張れば大丈夫だよ」
「うーん、大丈夫じゃないね。全然大丈夫じゃない。……なんで俺が加納とデートしなきゃいけねえんだよ?」
鳴海よ、お前は分かっていない……。俺の気持ちに気付いていない……。
端的に言って、こんな奴とデートするとか普通にイヤなのだ。しかも俺の初デートだ。俺的にはファーストキスより大事なイベントなんだよ? なんなら童貞卒業よりも重大なイベント。そこんとこ、分かってる?
こんな外面だけの女とデートなんかしてしまえば、俺はこの先の女性関係に一生不安を抱えて生きていくことになるだろう。トラウマを植え付けられて一生デートができない体になってしまうかもしれない。
だが……。
部活動を行う上で発生した事柄である以上、私的な感情よりも犬山と小牧の相談が優先されることは理解している。ああ言ってしまった以上俺は諦める他なかった。今さら反抗したとてそれは悪あがきの域を越えないだろう。
「……分かった。良いよ。引き受けてやるよ。――でも言っておく。俺は足を引っ張りまくるからな? 俺を選んだこと絶対に後悔させてやるからな? 覚悟しろよ加納!」
「なんでそんなに偉そうなのよ……」
そりゃそうだ。指名したのはお前なんだから。嫌ならチェンジしろよチェンジ。
俺には知識はあっても経験がない。リアルのデートなんてできるはずがないのは火を見るより明らかだ。まあでも。デート中に選択肢を提示してくれるのならまだ可能性はある。
だがパートナーはこれまた恋愛経験皆無の加納琴葉。選択肢を示してくれるどころか、ゲームのバグみたいにめちゃくちゃなイベントを発生させるに決まっている。こいつと俺との違いなんて、せいぜい顔が良いか悪いかなんだから。……俺の顔ってそんなダメなん?
「とにかく……! アンタを選んだんだから、ちゃんと彼氏役としてエスコートしなさいよねっ!」
「はぁ? エスコートだ? なんだよそれ。デパートとかにあるやつか? それとも死神の持ってるノートのことでも言ってんのか?」
「何言ってるの……。柳津くん……」
いやぁほんとにね。何を言ってるんでしょうか僕は。
デートに限らず、普段の人づきあいからエスコートどころか介護が必要な俺である。心配や不安を通り越して諦めの感情しかない。
そりゃあ女の子と一緒に出掛けるっていう状況だけ考えれば心の一つや二つぴょんぴょんするのかもしれないが……。
「ほら、ぼさっとしてないで。ちゃんとデートプラン考えておいてよ」
しかし加納とのデートごっこでは、むしろ胸が締め付けられる思いだった。心がぴょんぴょんするとはいっても、それはうさぎ跳びみたいな拷問に違いない。ちょうど鉄の処女も拷問器具だし、マジで行きたくない。行ってもないデートなのにもう帰りたい。
ところで、エスコートとデス○ートと鉄の処女で韻が踏めるなぁとか思った。ふふっ……くくくっ、くっ、くだらね。
***
――ん?
その日の活動も終わり、帰り支度を済ませる途中、俺は扉の向こうから誰かの視線を感じた。
「……なぁ、今そこに誰かいなかったか?」
「はぁ? 何よいきなり」
「扉の向こうに誰かいるぞ。こんな時間に来客か……? ――って、あれ。いないな……」
「怖いこと言うのはやめてよ……。柳津くん……」
おかしい。確かに人影を見たような気がしたんだが……。気のせいだったか。
「アンタ遂に目までおかしくなったのね……。おかしいのは頭だけで十分なのに」
「やかましいわ」
扉を開けて廊下を確認したが、周囲には誰もいない。
まあ何かの見間違いという可能性もあるし……、どうでもいいか。
今はそんなことより、犬山と小牧の恋愛相談だしな。




