幼なじみプロブレム
彼らと話す前に状況を整理しよう。
まず、分かっていること。一つは、犬山創太と小牧陽菜は幼なじみで付き合っているということ。そして、彼らの相談内容が『幼なじみの恋の仕方を教えてほしい』ということだ。
漠然とした相談ではあるが、答えへのヒントはある。
偶然彼らが来る前に話していた、俺と加納、それから鳴海の三人の会話の中にだ。
――幼なじみは恋愛対象に入るか。
小さいころから一緒に居る時間が長い幼馴染という関係。一緒に居るからこそ恋愛対象として見れない、と加納や鳴海は言うが、もちろん恋愛感情が芽生えても不思議ではない。
実際、目の前にいる犬山と小牧は付き合っている。
では幼なじみという関係を壊した二人が次に直面する問題はなにか。考えてみればすぐに分かる。自分が同じ立場だったらどうなるだろうとイメージすればいいのだ……。まあ俺幼なじみいないんですけど。そこはまあ、得意の妄想力とゲームから得た知識でカバーしよう。
簡単にシミュレーションした結果が次の通りだ。
『陽菜……いいかな?』
『――来て。創太……』
『…………なんだよ?』
『へへっ……なんだか、私たち恋人みたいだねっ』
『もう恋人だろ……』
『えへへ……』
『陽菜、俺っ――』
『創太っ――』
終劇。みたいな。……いや違ぇよ。これエロゲ―じゃねえか。
違う。そうではない。
今のようなエロ妄想は極端な例だが、幼なじみが恋人になるということは、それまでの関係性の一部を否定することになるということだ。
たとえば普段の登下校や挨拶、お互いの家に遊びに行くなんていうイベントも全て、それまでの関係性とは意味が異なってくる。
いつも休日に遊ぶ関係だった幼なじみが、恋人になった途端、互いに恥じらいを覚えてそれ以来遊ばなくなってしまったというエロ――ギャルゲーをやったことがある。もう隠す必要なんてないよね。うん。
彼らは幼なじみだったころに比べて会う時間がむしろ減ってしまい、選択肢によっては破局という何とも世知辛いエピソードだったのを覚えている。
つまり、恋人というのは考え得るなかで最も距離の近い関係性と言われるが、それは些か違うということだ。
誰だって突然の環境の変化には慣れが必要だし、時間や気持ちの整理も必要だ。幼なじみであった関係なら尚更で、今まで過ごしてきた時間が長ければ長いほどその『慣れ』に必要な時間も増えてくる。
犬山と小牧は幼なじみの関係性を壊して交際を始めている。つまり後戻りができない今、彼らが俺たちに求めていることはそういうことなんじゃないかと思うワケだ。
では、具体的なサポートとしてできることは何か。
それを確かめる前に、聞いておきたいことが一つ。
「お前らは恋愛相談部のことを、誰かから聞いてここに来たのか?」
問うと、犬山が首を縦に振った。
「ああ、大里に言われて来たんだよ。あいつに相談するならいい場所があるって言われてさ」
「なるほどな……」
そういうことか……。つまり今朝の智也の発言はこのことを言っていたんだろう。犬山は以前に智也にも相談をしていて、この部活へ来るように智也から言われて来たわけだ。それで『苦労する』とかなんとか……。つーかそれなら俺に直接言えよな。
まあこの相談は犬山や小牧だけでなく、智也の期待まで背負っているということになるわけだ。あいつ……。余計なことしてくれたもんだ。今度会ったらあいつの筆箱の中身、全部窓から捨ててやろう。そうしよう。
そんなことを思っていると、小牧がじっと彼氏たる犬山を凝視していることに気付く。
「そう、なんだ……?」
「陽菜?」
「あっ――だから恋愛相談部に来ようってさっき私に言ったんだ?」
「え、そうだけど? ……どうかした?」
「……う、ううん。なんでもないっ。そうなんだ、大里くんが……ね」
何の話だろうか。小牧がちょっと意外そうな顔をしている。
犬山もなんだかポカーンとした顔だ。……二人の話が噛み合っていない。
――なんだ?
まるで智也の名前を聞いて小牧が驚いているかのようだ。
まあなんだ。智也はああいうタイプだから顔が結構広い。小牧も智也のことくらい知っているだろうし、話したことがあってもおかしくはない。だから『えなに、お前もアイツと知り合いなん?』的なことが今二人の間で起きただけだろう。知らんけど。
つーか智也の交友関係広すぎでしょ。小牧とも面識あんのかよ。なんなの? そんなに交友関係広くして何がしたいのあいつ? そのうち智也帝国でも作るつもりなの?
かたや、俺の顔の広さなんて鎖国時の出島レベルだよ? 必要最低限の人間関係だけ構築して、あとは排他的なところとかマジ出島。
「陽斗くん、顔が『アレ』になってるよ?」
下らないことを考えていたら加納から嘲笑交じりにそう言われた。アレってなんだよ。指示代名詞はそんな便利に使えねえよ。
さて、いい加減本題に入ろうか……。
俺は咳ばらいを挟んでみんなの注目を集めると、一呼吸おいてから言った。
「突然だが、質問だ」
まずは犬山と小牧に、何をすべきかを分からせる必要がある。
彼らの言う幼なじみの恋の仕方、というものを学ぶためにやるべきこと。今からする質問はそのためのものだ。
「――ここに『解けない問題』がある。さて、お前らならどうやって解く?」
「「はい……?」」