恋愛相談部とプロローグ2
「彼氏と最近マンネリで……どうしたらいいと思いますか?」
実に面倒臭い相談が来た。俺には手に余る案件だ。
首の後ろをポリポリと掻きながら、俺は悲鳴の代わりに唸り声を上げている。
正面で神妙な面持ちをした相談者が、俺に上目遣いで答えを迫る。
――彼氏とマンネリ、ねぇ。
「最近、彼氏が私に冷たいし……。私もなんかうまく喋れなくて……」
背もたれに体重を預け、小さくため息を漏らす。
カップルに起こる倦怠期の話は珍しくない。実際こういう相談はかなり多いのだ。多くの高校生が恋愛の悩みとして抱えていることが伺える。
まあ付き合う前と付き合った後とで、パートナーの見方が変わってしまうというのはよくある話なわけで。
倦怠期というより、むしろ互いの見えなかったところが見えるようになってしまい、こんなはずじゃなかったと距離が開いてしまうのはどこにでもある話だ。
「倦怠期、か――」
「そう、倦怠期。なにかいい解決策ないですか?」
相談者の女の子が食い気味に尋ねる。うーん……。ないですか? とか言われてもね。俺は倦怠期以前に恋人がいた期間がいないのでお応えできかねた。……知らねえよそんなの。
そりゃあカップルに倦怠期なんてつきもので、むしろそういうハードルを乗り越えて絆っていうのは深まっていくんじゃねえの? とか思った。いいこと言うな俺。
「どう……ですか?」
しかしまあ、ここで答えるべきは正論や綺麗事ではない。
相談者に対し、相談者が納得するアドバイスをしてこその恋愛相談部なのだ。
目の前でじっと俺を見つめる彼女はもちろん本気で悩みを抱えてここに来たのだろう。決して生半可な気持ちではない。顔を見ればすぐに分かる。
彼女の気持ちに――俺は答えてやらねばなるまい。
「倦怠期? そんなの簡単に克服できるさ」
言ってやる。こうもさらりと解決策が思いついてしまう自分が恐ろしい。
自分の才能が底知れぬことに思わず笑いがこぼれてしまう。いやあもうほんとにね。恐ろしい。ほんとに恐ろしいよ。何が恐ろしいって俺には彼女いたことがないってこと。ほんとに……。ねえ……あれ? 涙が……。
「どうしたんですか……」
「ああ、すみません。大丈夫です。ちょっと恋愛の悩みがあって……」
「そっちの方が深刻そうですけど!?」
相談者の女の子が俺を心配そうに見つめる。それは陰り一つない澄み切った瞳だった。こんなに澄み切った優しい目で接してくれる人に、俺は初めて会った気がする。すーっと涙が枯れて心にあたたかなモノを感じて……なるほど。俺に足りなかったのは『彼女』ではなく『優しさ』だったと……。うーん、どうなんですかねそれ。ラブコメなのに俺に優しくしてくれる女の子少なすぎだろ。
まあいい……。気を取り直して相談の件に戻ろう。
「んで、具体的な解決策なんだが……」
俺は再度ため息をこぼすと、彼女と視線を合ったのを確認してから言った。
「倦怠期っていうのはどうしようもなく起こるもんだ。長い時間を同じ人と過ごすんだから、誰だってその人の側面に慣れや退屈を感じてしまう。要は防ぎようのないことなんだ」
「そっか……。じゃあどうすれば?」
「マンネリの原因が慣れや退屈だとしたら話は簡単だ」
「え?」
「つまり、新しい刺激があればいいんだ」
それっぽいことを理路整然と話していく。が、結局はネットに『マンネリ 解決法』とか検索したら真っ先に出てきそうなことを言っている気がした。
だがまあ先述の通り、ここで求められているのは正論ではない。相談者が納得してくれて、ある程度肯定的で前向きなアドバイスこそがこの場における最適解なのだ。
そしてその答えを、俺はとっくの昔に用意している。
――相談者が今か今かと俺の答えを待っていた。
視線が合う。期待を滲ませた眼差しだった。
よろしい。ならば応えてやろう。
満を持して口を開く。
「マンネリ解消のために、お前の処女を――」
――そのとき。
突き上げる衝撃が、横腹に響いた。
視界が揺らぎ、身体が震えるような感覚を得る。
左のわき腹に――
「んっ!?」
――拳がめりこんでいた。
稲妻のように走る鋭い痛み。声にならぬ悲鳴が口から漏れる。
机の上に上体を預けて俺は倒れた。
「ど、どど、どうしたんですかっ!?」
慌てた様子の相談者が頓狂な声を上げる。
「大丈夫ですか!?」
「お、おう……。意識が飛び……そうだが、なんとか」
「重症だ!」
いやもうほんとに。全くもってその通り。身体も心も傷だらけよ俺? 少年マンガで『傷を負った分だけ強くなる』みたいな台詞とかあるけど、俺の場合傷を負うごとに心も身体も弱っている気がする。最近じゃ部活が嫌すぎて夢にまで出てくる始末。
――それもこれも全部あいつのせいだ。
俺をこんな意味不明な部活に誘い込み脅迫し、部活動という名目で放課後の強制労働を課し、気に入らないことがあれば容赦のない鉄拳制裁をかます――あいつだ。
左隣の席。そこに煌びやかなオーラをまとった一人の少女。
俺を困らせる元凶にして、最凶のクソ女。
「ごめんね、つい昇龍拳が出ちゃった♡」
――加納琴葉。
昇龍拳を破らぬ限り、俺に勝ち目は無いみたいです。