対立
「転部手続き……」
加納が声を震わせてそう言う。——転部手続き。つまり恋愛相談部の消滅。
先生は特に声色を変える様子もなく、ただ淡々と俺たちにそう通告した。
——転部。それも今すぐに。
先生の言葉に、俺たち二人は狼狽する他ない。あまりに突然すぎる。さすがにこの展開は予想外だった。
いや、道理は理解できるのだ。恋愛相談部に顧問はいない。そしてそれを理由に正式な部活動として認められない。だから、俺たち二人は部活に所属していないも同然だと先生は言う。
分かる。理屈はもちろん理解できた。
ただ、あまりにもいきなりな話だというわけで。
「転部って……、いや、そんな……」
「所定の手続きを踏んで、少なくとも夏休み終了までには、新しい部活動に入部しておくように」
先生はそう言って、小さくため息を漏らしてから、パソコンに向き直ってカタカタと作業に戻ってしまう。……。えっ。終わり? 対応冷たくね? めっちゃ冷たいじゃんこの人。ドライアイスか何かなの?
いやまぁ先生の言い分は至極ごもっともで間違っていないのだが。それにしたって……。
あの恋愛相談部が。
恋愛相談部が、廃部、かぁ……。
「陽斗くんも何か言ってよ……」
「えぇ? へへっ、言うって何をですかっ?」
「……っ。なんでちょっと嬉しそうなのよ!」
——ごふっ。おい、先生が見てないからってボディブロー入れるのは止めろ。危うく可愛い声が出ちゃうところだったぞ。
まあ実際、恋愛相談部を辞められる絶好の機会が訪れた訳だ。思わずニヤけていたことは認めよう。ていうか普通に辞めたいしな。うん。そりゃ笑うよこんなん。
しかし、状況が状況だった。これで恋愛相談部が解散ってなっても、何か釈然としないのは事実。
もし俺がこの部活を辞めるときは、それは加納琴葉に一泡吹かせるときであって、世に蔓延るご都合主義的展開に任せるときではないのだ。
抗議だ。抗議の声を上げてやる!
——なんて思ったけど、どうやって反論すんのこれ。普通に無理じゃね?
顧問がいないことは紛れもない事実だ。恋愛相談部が崖っぷちの状況であることは、どう考えたって明らか。
だってそうだろ? 先生の言うことに、何ら欠陥や悵恨は無いのだから。
「——納得できません!」
対して加納。いつになく声を荒げている。いつもの透明感に満ちていた声が、そのときだけは芯のある力強い声のように思われた。
しかし、先生は冷静にそれを受け流す。
「納得できない、というのはあなたの勝手な意見です」
「……いいえっ。私たち恋愛相談部は日々の活動にこれまで真剣に取り組んできました。それがたった今、すべて無かったことにされるのはおかしな話だと思うんです」
「まあ実際、この一件の落ち度はそっちにあると思いますしね」
加納に続き、俺も呟くようにそう口に出す。おいおい、何やってんだ俺……。なんで加納のフォローなんかしちゃってんの? もしかして加納のことが好きなんじゃねえの?
いや。別に好きでもない女子だが、情けは人の為ならずという。ここで恩を売っておけば後でおっぱいの一つや二つ揉ませてもらえるかもしれないので頑張ることにした。
最低なことを考えていると、先生がこちらに視線を預けているのに気付く。なんか睨まれてるんだけど俺。えっ。怖い怖い。普通に怖い。あんまり驚かさないでくださいよ、漏らしますよ?
「確かに柳津君の言う通り、入部の申請を通してしまったことは学校側の過失です」
「……ですよね! なら——」
「しかし、だからと言ってあなたたちの部活動を認める理由にはなりません」
「……それはなぜですか」
先生と俺たちの視線がぶつかる。すげえ睨まれてるよ……。効果音を付けるならそれはもうバチバチ以外ないだろう。しっかり気を持っていなければ先生に圧されて泣いてしまいそうだ。
「……そもそも恋愛相談部という団体が廃部に至ったのは部員不足が原因です。部員が不足するということは、それだけその部活に価値を見出せなかったという証拠でしかないのでは?」
「はぁ……。いや、何が言いたいのかさっぱりなんですが」
俺も負けじと、それっぽく喧嘩腰に口を利いてみるが、これで合っているのかよく分からない。俺喧嘩したこと無いからなぁ。怒ったこともあんまりないし。久しぶりにキレちまったぜ……とか言ってみたいけど現実はそうはならないんだよね。おんぎゃぎゃぎゃあ! みたいなめちゃくちゃキレ慣れてない感じが出て終わるだけ。周りに笑われて終了である。満足にキレることもできないとか俺かわいそすぎるよ……。
いいやそんな話はどうでもいい。それより先生との話である。
先生は俺を見据えて口を開く。
「恋愛相談部……。そもそも何をする部活なのかしら? 具体的な実績はあるの? 部活動としてやる意味はどこにあるのかしら? そういった疑問が解消されないから、昨年度を以てこの部活動は廃部になったのでしょう?」
「それは…………」
加納が言い淀んでいる。表モードでこんなこと言われたらなかなか対抗するのも骨が折れるだろうな。……仕方ない。俺が引き受けるしかなさそうだ。
さて何を言ったものかな。——論点をすり替えるんじゃねえ! お前は燻製ニシンかよ! とか言ってみようかな……。『はぁ?』って言われて終わりそう。
「今はそういう話じゃないですよ」
とりあえずそう言うと、先生が小さく笑った。
「……そうね。でも部活動を存続させるには顧問が必須なの。これだけは変わりようのない事実。だからあなたたちの部活動は規則上認められない」
先生は不敵な笑みを浮かべて続ける。
「そして顧問の獲得。……先生方は忙しいわ。果たして顧問をやってくれる人は見つかるかしら……? よっぽどあなたたちの活動内容が素晴らしいものであれば話は別だけど、恋愛相談部なんていう部活に貴重な時間を割いてくれる人は私はいないと思うわ」
「そんな……勝手に決めつけないでください!」
「どうかしら? そもそも『ふざけるな』なんて言われて話すら聞いてもらえない可能性だってあると思うわよ?」
「そんなことは……、無いはず、です」
「では私が聞きましょう? 恋愛相談部の実績は? 部活動としてやる意味は?」
「っ……。それは……」
怖い。怖いなぁ。
何だよこの状況。めちゃくちゃ怖いんだけど。
なんかもう口出しすんの怖くなって俺は黙っちゃってるけど……。
加納がなんとか物を言おうとしているのが分かる。いつもはゴリラだとか爆乳だとか馬鹿にしているけれど、今この瞬間だけは加納のことをちょっと応援している。
てか、この先生マジでやべぇよ。どんだけ恋愛相談部のこと嫌いなんだよ。親でも殺されてんのかってレベルだぜ? マジで。