第一章 伍(過去)
――まただ……。
いつもの学校。
いつもの教室。
いつもの席。
いつもの――仕打ち。
『しんじまえ クズ 何で学校きてんの?
きたない くさい みにくい はずかしい なさけない』
机に書かれた呪詛の言葉。消しても消しても、次の日にはまた復活している。油性マジックで描かれた罵詈雑言を、鞄から取り出した除光液で、少しずつ消していく。
……もう、何とも思わない。
いつものことだ。
いつものことだ。
いつものことだ。
机に落書きされるのも。
露骨に無視されるのも。
服や靴を隠されるのも。
唐突に背中を蹴られるのも。
個室の上から水をかけられるのも。
私物を汚され、傷つけられ、捨てられるのも。
みんな――いつものこと。
決して慣れはしないけど。
辛くない、と言えば嘘になる。
罵倒と嘲笑、阻害と侮蔑――そういった『攻撃』に慣れ親しむほど、自分はマゾではない。
皆は自分にどうしてもらいたいのだろう?
泣いてほしいのか。
苦しんでほしいのか。
死んで、ほしいのか。
自分はこの世界に必要ないのではないか、自分は何の価値もない人間なのではないか――最近、そう思うことが多くなってきた。過剰にネガティブになっているのは分かっている。だけど、こんな仕打ちを受け続けてネガティブにならない人間がいたとしたら――それは多分、人間ではない。後ろ向きな考えは人の心を荒ませ、尖らせ――腐らせる。
逃げることもできない。
戦うこともできない。
耐え続けるのも――もう限界だ。
だけど……だったら……自分は、どうすればいい?
下唇を噛み、除光液を染みこませたティッシュを機械的に動かしていく。どこかから忍び笑いが聞こえる。自分を笑っているのだろう。クラスには敵しかいない。
だけど……味方が全くいないかと言えば、そうでもない。大概の教師は見て見ぬふりを決め込んでいるようだけど――たった一人だけ、自分を擁護してくれる教師がいる。まだ若くて頼りない人だけど……きっと、多分、あの人にはこの状況をどうにかすることなんてできやしないんだろうけど――それでも。
学校以外に味方を見つけるべきだろうか。でも、家族には心配をけたくない。それ以外の大人も、同じ理由で却下。心配してくれる人は多いけど、それで皆に迷惑をかけたくない。皆の負担に――なりたくない。
除光液の臭いが鼻をつき、不意に涙が出そうになる。馬鹿らしい。こんなことで泣いてたまるか。こんなの、こんなのいつものことじゃないか。今日はまだ始まったばかりなのに。こんなことで。
一〇分ほどかかって、ようやく机の落書きが消える。大量のティッシュを捨てようと、教室端のゴミ箱に行こうとしたところで……最後部に座る誰かが、足首を蹴ってくる。こちらの足をすくい上げるようなその攻撃にバランスを崩し、派手に転ぶ。ティッシュが舞う。教室が沸く。
堪えていた涙が――頬を、伝っていった。