第一章 弐(過去)
「俺――プロポーズしようかと、思ってさ」
何気ない感じを装って、口を開いた。直後、どんな表情をしたらいいか分からず、食べかけだった素麺を慌てて啜り込む。
「へぇ……」
思わず、咳き込んだ。
「ちょ……ちょっと! おじちゃんさ、もうちょっと反応のしようがあるんじゃないの!? このことをおじちゃんに言うの、けっこう勇気いったんだぜ!?」
顔を真っ赤にしながらそう言うも、相手は涼しい顔で、
「だったら、勇気の使いどころを間違ってるヨ。おれにそんなん言ったってしょうがねえだろヨ。肝心のひろみちゃんに言わにゃ。……それとも、おれにプロポーズする気なの?」
「そんな訳ないじゃん……もちろん、プロポーズする相手はひろみだけどさ……ほら、おじちゃん達にはいつもお世話になってるし……うまくいってもいかなくても、その前に報告だけはしておこうと思ってさ……」
「オメエよォ――」
伏し目がちに素麺を啜る傍らで、彼が飄々と呟く。
「言いたいこといっぱいあんだけど――取りあえず、もっと自信を持てヨー。本番前の、おれへの報告で勇気出しているようじゃ駄目だら。オメエ、いつもはもっと男らしいんだからヨ、その調子でガツン! ていけばいいじゃねェか。何をそんなに心配しとるだ」
「そう、言われてもさ……」
「自信持てって。『うまくいってもいかなくても』とか言ってるけど、ひろみちゃんがオメエの申し出を断る訳ねえじゃん。ひろみちゃんは、オメエからのプロポーズを待っとるんだからヨ。断られるかも、なんてビクビクすんの、逆にひろみちゃんに失礼ってもんじゃねえのかナー」
「…………」
そう言われると、返す言葉もない。
彼の言うことはいつも正しくて、飄々としているくせ、妙に力強くて――実際、自分は彼のこの言葉を聞きたくて、この店に来たのかもしれない。
「……ありがとう、おじちゃん。勇気が出たよ」
「おれの言うことなんかで勇気出すようじゃ世話ねえヨー」
違いない。
涼しい割に容赦ない彼の言葉を受けながら、昼食の会計を済ます。
「――貴文」
「ん?」
「頑張れヨ」
「……ああ」
別れぎわ、ダメ押しとばかりに勇気をもらう。来て、よかった。
――もうすぐ、時間だ。
用意しておいた指輪をポケットの中で握りしめながら、待ち合わせの場所へと急いだ。