時戻り
ページをめくるたびに、紙が擦れるかすかな音がする。なめらかな上質な紙は指先に感触よく、つい見開きの角の部分をいじってしまう。折ったり端を丸めてはいけないと思うのだがやめられない。
図鑑には見開きごとに余白を埋め尽くすほどの説明が書かれてあり、花や葉や茎の各部分の断面図や抽出できる薬効の注釈なども記載されている。繊細な線画には、美しい着色がされており、見ていて溜息ものだ。
「あら、花の香りがする?」
ぱらぱらとページをめくり香りの出所を探ると、ぱさりと何かが落ちてきた。
「これは……押し花だわ」
誰かがしおりにしようと本の間に挟んで置いたものかもしれない。小さな白い花がついた植物だ。挟んであった見開きのページの植物ではない。師匠に見せようとしてとフェルはその花を手に取った。
「師匠……本の間に可愛い押し花が…………え?」
振り返ると花畑の中。手には押し花として乾燥していた植物が、今は瑞々しく花を揺らしている。よく見ると周りに咲いている花も手にした植物と同じものだった。
「ここはどこなんでしょう……?」
ざわざわと風が吹きすさぶと、突風が起こりフェルは目をつぶった。次に目を開けるとまた場面は変わっている。
「森の中だわ……」
木々の隙間から差し込む木漏れ日が、足元に広がる草の絨毯に落ちていた。外界の喧騒から完全に切り離されたその森には、静けさそのものが満ちている。空気はどこかひんやりと澄んでおり、見上げれば、幾重にも重なった大樹の枝葉が揺れ、ときおり風がそよぐと、葉同士が擦れ合う微かな囁き声のような音が聞こえる。
「……どうしよう。本当に迷子になってしまったのかしら」
さきほどまでは沢山の本に囲まれた場所に居たはずなのに、なぜ自分がこんな場所にいるのかがわからない。せめて自分がいる場所がどこなのかだけでも、わかることができたらとフェルは森の中を歩いてみることにした。
少し歩くとどこからか話し声が聞こえてきた。
「…………なのだから、おかしなものだな」
(……誰? 聞いたことのある声)
「ああ。吾輩を怖がらない人間を初めて見つけたのに残念だ」
(師匠? なんだか少し声の様子が違う?)
二人にはフェルの姿が見えないらしい。フェル自身、自分の姿が透けて見えている。
(これは夢? 私は今寝ているのかしら?)
「ははは。だって俺にはただの変人にしか見えないもん」
(父様の声に似てる! そっくりだわ……?)
「くく。ことごとく吾輩の罠をかいくぐってこられると、これもまた快感になる」
「大変なんだぜ。謎解きもフル回転で頭使って、攻撃もして防御もかけて」
「一人で疲れるだろうに。パーティーとは全員で戦うのではないのか?」
「役割があるらしい。俺と違って皆魔力がそんなに高くないからな」
「……なんでそんな奴らと組んでいるんだい?」
「王族と大神官の息子なんだってさ。でもまあ気の良い奴らだよ」
「吾輩は君のそのタフで大まかなところが好きだが、良いように使われているのではないかい?」
「そうかもな。自覚はあるよ。でもそれが俺だ。かわるつもりはない」
「吾輩の元に来ないか……」
「くくく。魔王が勇者を勧誘するのか?」
(勇者と魔王と勇者? 言い伝えにあるお話みたい)
「ふっ。その手には乗らないよ。裏切者にして魔族にでも造り替える気だったか?」
「残念。君なら最上級の魔物になれたのに」
「……次に出会う場所がおそらく最後の戦いになるだろうな」
「ああ。そうだな」
(ビリっとした空気が二人の間に流れた?)
「勇者様!」
直後に光の矢のようなものが鋭く光った。誰かが攻撃をしかけてきた?
「勇者様! ご無事ですか!」
数人の男達が走り寄ってくる音が聞こえる。勇者のパーティーなのだろう。先ほどの光の矢は魔王を狙ったものだ。魔王は消えたのだろうか?
「あやつは敵でしょうか?」
「ああ。接触しようと近づいてきたようだ」
「ご無事で何よりでした」
「……そうだな。でも危害は加えようとはしていなかった。偵察にきたのだろう」
冷たい声で勇者は仲間たちに言うと立ち去って行った。
「……今のはなんなのだろう?」
過去の幻聴なのか? 声が聞こえていたが姿は見えなかった。
思案しているフェルの手を誰かが掴んだ。
「やっと捕まえたぞ!」




