↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】十分楽しませてもらいましたので、どうぞ破滅してくださいね  作者: 逆立ちハムスター


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/8

8

彼は私と目が合うと、胸に手を当て、力なく……しかし完璧な作法で一礼した。

その動作の途中、彼は「コホン、コホン……」と、いかにも痛々しい、可憐な咳を小さく漏らした。


「……ようこそお越しくださいました、ヴァルハイト公爵閣下、そして……レティシア様。僕のような病弱な身のためにわざわざ足を運んでいただき、恐縮に思います……コホン」


儚い。あまりにも儚い。

守ってあげたくなるような、まるでガラスの小鳥のような可憐さだ。

周囲の文官たちが「ああ、シルヴァン殿下……お身体が辛いのに無理をされて……」と哀愁に満ちた目で見つめている。


だが。


(……騙されるかしら、この大根役者め)


私は見逃さなかった。

彼が咳き込んだ瞬間、伏せられた長睫毛の奥で、その蒼い瞳が私を品定めするように、実に冷酷で計算高い光を放ったのを。


(首の角度、咳のタイミング、そして哀愁を漂わせる視線の泳がせ方……!完璧だわ。マリアンヌ様のあざとい演技とは比べ物にならない、超プロ級の演技力!)


私はゾクゾクとするような快感を覚えた。

間違いない。この男、病弱などではない。

むしろ、身体の中にドロドロとした真っ黒な毒と知性をぎっしり詰めた、超絶腹黒の黒幕だ!


「シルヴァン殿下。お初にお目にかかります、レティシア・ヴァルハイトでございます」


私は完璧なカーテシーを披露しながら、彼に向かってとびきり甘く、そして毒を含んだ微笑みを向けた。


「お身体が優しくないと伺っておりましたが、こうしてお会いできて光栄ですわ。……お顔色が少々優れないようですが、よろしければ私特製の『超激辛ハバネロクッキー』をお召し上がりになりますか?血行が劇的に良くなり、一瞬で元気が湧いて出ますわよ?」


一瞬、シルヴァン殿下の眉がぴくりと跳ねた。

あの「デス・クッキー事件」を知っている者なら、誰もが恐怖で青ざめる提案だ。


しかし、シルヴァン殿下はフッと、あまりにも美しく儚い笑みを深めた。


「まあ……レティシア様の特製クッキーですか?それは是非いただいてみたいですね。僕のこの冷え切った身体も、その熱さで焼き尽くされるかもしれません……ふふ、もっとも、愚かな兄のように泡を吹いてのたうち回るような不細工な姿はお見せしないよう、善処いたしますが」


(あら!)


言ったわね、この王子!

暗に「兄のようなバカと一緒にしないでくれ」と、私だけに聞こえるような絶妙なニュアンスで煽ってきたわ!


「コホン……レティシアよ」


玉座の国王陛下が、気まずそうに咳払いをした。


「この度のエドアルドの暴挙、本当に申し訳なかった。どのような謝罪も足らんことは承知しておる。……だが、我がルークス王国は今、存亡の危機にあるのだ。どうか、ヴァルハイト公爵家の力を貸してはくれまいか?」


国王陛下は悲痛な面持ちで頭を下げた。一国の王が臣下に頭を下げるなど、通常ではあり得ない事態だ。


「シルヴァンは長年離宮におり、政治の表舞台には出ておらんかったが、頭脳は明晰だ。お前がシルヴァンの婚約者となり、共にこの国を導いてくれるなら、王家の全権をお前に委ねても構わん。頼む……!」


国王陛下の言葉に、周囲の貴族たちがざわめく。

「王家の全権を……!」「実質的にレティシア様がこの国の裏の支配者になるということか!?」


私はチラリと父上を見た。父上は腕を組み、「お前の好きなように決めろ」と無言の合図を送っている。


私は再び、シルヴァン殿下に向き直った。


「シルヴァン殿下。貴方はどうお考えですの?このような『悪役令嬢』と噂され、ギロチン台を笑顔で破壊するような恐ろしい女を、妻に迎えたいとお思い?」


シルヴァン殿下はゆっくりと歩み寄り、私の目の前で立ち止まった。

そして、私の細い手に自分の手を重ねると、優雅に屈んで手背にキスを落とした。


その距離、わずか数センチ。

彼が頭を下げた瞬間、私だけに聞こえるような小さな、低く囁く声が耳元に届いた。


「――何を仰いますか、レティシア様。僕は十五年前から、この退屈な王宮で貴女のことだけを観察しておりましたよ」


「……なんですって?」


「兄上が貴女の完璧な手腕に胡坐をかき、愚かな男爵令嬢に鼻の下を伸ばしている間……僕は離宮の窓から、貴女がどれほど見事な手腕で国政を裏から動かしていたか、うっとりと眺めていたのです。……あの卒業舞踏会の見事な自爆誘導劇も、実に素晴らしい出来栄えでした。特等席で見物したかったくらいです」


彼の蒼い瞳が、妖しく、そして深く揺らめいた。


「僕が欲しいのは、人形のような無知な姫君ではありません。僕と共にこの腐りきった貴族どもを叩き潰し、この国を面白おかしく支配してくれる……最高の『悪役のパートナー』です」


(まあ……!!)


私の心臓が、ドクンと大きく跳ね上がった。


恋のときめき?

いいえ、違うわ!これは「最高の共犯者おもちゃ」を見つけた時の狂喜よ!


この男、病弱な第二王子のフリをして、ずっと陰でエドアルドの愚行を観察し、私がエドアルドを潰す瞬間を今か今かと待ち構えていたのだ。

そして、兄が勝手に自滅した最高のタイミングで表舞台に躍り出て、王位と私を丸ごと手に入れようとしている!


なんと性格の悪い!

なんと腹黒い!

そして……なんて魅力的な男なのかしら!


「……ふふっ」


私は思わず、声を出して笑ってしまった。


「あはははは!素晴らしい!素晴らしいわ、シルヴァン殿下!」


謁見の間に、私の高らかな笑い声が響き渡る。

周囲の貴族たちが「またレティシア様が笑い出した……!今度は何が起こるんだ!?」と恐怖でガタガタと震え始める。


私はシルヴァン殿下の手をギュッと握り返し、彼の顔を至近距離で見つめ返した。


「いいでしょう!そのご提案、喜んでお受けいたしますわ!」


「おや、即答ですね?」


「当たり前ですわ。貴方のような最高に悪趣味で、最高に頭の回転が速いお方となら、これから先、どんな退屈も訪れそうにありませんもの!」


「ふふ、光栄です。僕も、貴女とならこの世界を最高の『劇場』に変えられそうだ」


シルヴァン殿下は、それまでの儚げな笑みを完全に捨て去り、私と同じ、最高に邪悪で魅力的な悪役の笑みを浮かべた。


二人の視線が交差し、見えない火花が散る。


こうして、かつて悪役令嬢と呼ばれた私と、病弱なフリをした腹黒第二王子の、最凶の婚約が成立した。


「よ、よし……!では、これよりレティシア嬢とシルヴァンの婚約を正式に認める!」


国王陛下がホッと胸を撫でおろし、宣言した。

だが、陛下はまだ気づいていない。

愚かな第一王子を排除した後に誕生したのは、王家を救う聖者などではなく、ルークス王国史上最も恐ろしい『最強の悪党夫婦』であるということに!



謁見を終え、王宮の長い廊下をシルヴァン殿下と並んで歩く。


「さて、レティシア様。我が婚約者となっていただいた最初の共同作業として……少し『お掃除』を始めましょうか」


シルヴァン殿下が懐から一冊のリストを取り出した。そこには、エドアルド元殿下に与して甘い汁を吸っていた、腐敗した貴族たちの名前がズラリと連なっていた。


「まあ、素敵なリストですわね。彼らの不正の証拠なら、我がヴァルハイト家の情報網で全て把握しておりますわ。明日には全員の口座を凍結し、家財を差し押さえましょうか?」


「素晴らしい手際です。では、浮いた資金で王都の貧民街に新たな病院と学校を建てましょう。民衆の支持率を100%にしておけば、僕たちが何をしても『正義』になりますからね」


「まあまあ!貴方って本当に悪魔のようなお考えをお持ちですのね!素敵だわ!」


「フフ、貴女に褒められると光栄ですよ」


私とシルヴァン殿下は、仲良く顔を見合わせながらクスクスと笑い合った。


廊下の向こうから、私たちの会話を盗み聞きしていた文官たちが「ひぃぃぃっ!」「悪魔が二人になったぁぁっ!」と悲鳴を上げて逃げ出していくのが見える。


ああ、なんて晴れやかな気分なのかしら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
貴族ものを普段見ないよー。という方に(私自身そういうタイプなのですが)是非おすすめしたい、流れるように内容が頭に入ってくる1作。話がギャグ調で進みつつも読み応えがあり、最後まで読めてしまう物語でした。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。