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【戊の章】その結末、悪因悪果

 

 一方で、太郎さんと亀姫(キキ)様の煽りを食らったのが他ならぬ乙姫様でありました。



「……鮫っ! ジジィになって困った太郎さまが私を訪ねて来て下さる予定が、全然いらして下さらないじゃない! あの玉手箱、本当に太郎さまを老化させる煙が発生するものでしたの!?」



 白い手拭いを口に咥え、キィィという擬音すら聞こえそうな態で乙姫様が竜宮城で喚いておりました。

 その足元には殴られ、蹴られ、ヒレまで毟られかけたボロボロの状態のサメ娘が息も絶え絶えになりながら蹲っています。

 ……乙姫様の癇癪を一身に受けた、哀れな下僕の慣れの果てでございました。



「……そんなに疑うのならば……乙姫様、お手元に残ったもう片方のその玉手箱を開けてみれば良いではありませんか。

 我が一族の秘薬の効果は絶大。ただの人間であれば必ず困った状態になっている筈なのです……そしてその片方には、その様子を垣間見る事の出来る秘術がかかっている筈……。

 効果を確認すべく生み出されたそれも……我が一族の叡智の極みなのですから……!」



 傷つき、這う這うの体で呻くようにサメ娘が言いました。

 折角生み出した秘薬の効果を確かめたい、そして人の不幸を垣間見てほくそ笑みたいという欲望は、乙姫様にもとても良く理解が出来ました。

 ……ええ、乙姫様はとても性格の悪い方でしたので。

 それに、愛しの太郎さんの様子を早く知りたいと思っていた乙姫様は、その言葉にまんまと釣られてしまいました。



「……太郎さまの現在の様子を垣間見る事が出来る? それを早くお言いなさい、鮫っ!」



 もはや正常な判断の出来ていない乙姫様が、手にした玉手箱(弐)の蓋を開けた瞬間。



 ──ボワワンっ!!!!



 派手な音を立てて玉手箱から煙が立ち込めます。

 そして、白い煙が乙姫様を包み、やがてそれが晴れた時、その場に居たのは……。



「アッハッハッハ! 婆ァ、ババァですよ、アナタ! ざまァねぇですね!!」



 サメ娘が乙姫様を指さして大爆笑していました。



「この私に婆ァなどと……貴女、命が惜しくないと見えますわね!?」



 怒りの形相で哀れなサメ娘に鉄槌を下そうとする乙姫様でしたが……サメ娘がサッと翳した鏡に写った老婆の姿に、動揺を隠す事が出来ませんでした。


「誰ですの? この醜い老婆は?」

「てめェだよ、乙姫ェェーー!!」


 腹を抱えて爆笑するサメ娘。

 乙姫様はもはや、状況を理解する事が出来ずに呆けておりました。



「アッハッハ! もはやアンタは薄汚い老婆! この鏡を見なさいよ、頭髪は薄くなり、顔も手も皺だらけ! 腰は曲がって自慢の爆乳も垂れてると来たァ!

 今のアンタに魅了される部下などいるものですか! ハハ、ざまァないですね!!」



 サメ娘の言った通り、乙姫様が覗き込んでいる鏡には、一人の老婆が写り込んでおりました。

 造詣は整っておりましたので、若かりし頃の美貌を想像することは出来ましたけれど……ハゲ散らかった頭髪にシワシワの顔、そして落ち窪んだ瞳には一筋の光もなかったのです。


「……ど、どういう事ですの? 私には永遠の若さと美が与えられている筈……。その私が老化するだなんて……」


 あり得ませんわ、と、呆然と呟いた乙姫様の言葉に、サメ娘が嘲笑を乗せた表情で答えます。


「永遠の若さと美? そんなモンある訳がないじゃないっすか。そして、他人(ヒト)を一気に老化させる秘術なんてモノも……ある訳ないじゃん。私、ただのサメだもん。

 その箱にはね、アンタの時間が押し込められていたんですよ。アンタが望んだのは『若さと美しさ』でしたからね、ここに君臨している間はその願いを神様が叶えてくれていたんです。

 ……けど、どうやらアンタの支配も今日までのようですね」


 サメ娘はそう言って、嘲るようにニヤリと微笑みました。


「全く……亀ゼリーやらフカヒレやらさぁ……『美容に良い』ってだけで虐殺されて材料にされた一族の恨みを、私やあの亀が忘れる筈なんてないでしょうに……ねぇ、乙姫様?」


 サメ娘が、その凶悪な面相により一層の凄みを乗せて老化した乙姫様にズイ、と迫ります。

 その様はまるで、獲物を追い込む悪徳金融業者のそれでした。

 それでなくてもサメ娘は三白眼の凶悪な(ツラ)なのです、その迫力は常軌を逸していると言っても過言ではありませんでした。

 流石の乙姫様もその迫力の前では腰が引け、何も言えない様子です。


「別に、私は亀と共闘したってワケじゃありませんよ。アンタに対する気持ちも、(アレ)とは全く違いますしねェ。

 けれど、目的は一緒だった。だから……一芝居打ったんですよ、アンタを騙す為に」


 そしてサメ娘は語ります。

 一族の怨念を忘れた訳ではないけれど、『現在(いま)』自分が幸せであればそれで良いと思うようになっていった。

 一族筆頭とは言え、自分はただのサメだ、長い物に巻かれる事で、今の世を謳歌する事が出来るなんてことは当に承知していたから、乙姫様の側近となってその身の周りの世話をし、自分の遣うおべっかに良い気になって、次々と財宝を分け与えてくれる乙姫様に対しては、感謝の念すら抱いていたのだと。

 乙姫様を褒め称え、へり下ってさえいれば良い生活をする事が出来る。その生活にはとても満足していたし、他の海洋生物に対して残忍な行為を繰り返す乙姫様の姿は、自分の残虐な気持ちを満足させてくれるもので……自分が手を汚さなくても暴れたい、という衝動を押さえてくれるクスリのようなものですらあったと。



「……だけどねェ。もっと楽しいモノが見たいと願ってしまうのは、何も人間に限った欲望じゃありませんからね。アンタの下で畏まるだけの生活に……私は次第に飽きて来ていたんですよ」



 竜宮城の生活は本当に変化がなくて、常に変化を求めるサメ娘さんの好奇心を満足させてくれる生活ではなくなっていったのだと言いました。


「そんな時、あの浦島太郎を拉致する作戦に失敗してばかりでアンタに折檻され続ける生活にイヤ気が差していたあの亀と酒場でたまたま一緒になりましてね。

 あの亀はあれでとても真面目で、『竜宮城をどげんかせんといかん』という義憤に燃える心を持っていて、その姿は……私にとっては滑稽なものでしたけれど。

 この竜宮城に変化を齎す事が出来るのならば、私の好奇心と……その頃感じるようになっていた黒い欲望も満たす事が出来るんじゃないかと思いましてね。芝居を持ちかけたんですよ」


 泡を吐きながら滔々と語るサメ娘。

 歯も抜け落ち、弱弱しい老婆となってしまった乙姫様は、残忍な光を放つサメ娘さんの視線を受けて、もはや何も言う事が出来ずにおりました。


「ねェ、乙姫様。海では絶対強者である私が黙ってアンタに従っていたのは、確かにアンタが財宝をくれる存在、自分の欲望を叶えてくれる存在という一面もありました。

 ……でもね。私はいつしか、アンタが落ちぶれる様を見たい。そしてそれを演出するのは自分でありたいと思うようになっていったんです。

 だって面白いじゃないですか、今までの非道っぷりが全て自分(テメェ)に還って来る様を見られるなんて。そしてそれは自分ではなく……支配者を気取っていたアンタに齎される。

 支配者が落ちる様を一番間近で見学する事が出来る……震えましたよねェ、面白すぎて!」


 アハハ、と声も高らかに笑うサメ娘さん。

 その背後には、猛烈な怒りを瞳に宿した乙姫様の配下の人々が、手に手に何故だか羽箒を持って乙姫様を囲んでおりました。


「……私、わたくしは……! 祖先が創造したと言われるこの竜宮城を取り戻したかっただけですわ……! 竜の一族が貶められ、この城を追われたあの日の事を私は……!」

「格好良い事言ってんじゃないよ、乙姫ェ! 竜なんて想像上の種族だろう。アンタはただのタツノオトシゴじゃん!」


 サメ娘さんがそう叫んだ瞬間、ハッと息を飲んだ乙姫様の姿がボワン、と煙に包まれます。

 自分の種族を秘匿としている存在の生物は、その正体を言い当てられた時、一時的にですが強制的に元の姿に戻ってしまうという契約があるのでした。

 タツノオトシゴ……と呼ぶには少々大きすぎる存在でしたけれど、その姿はまさに私達人間の知るタツノオトシゴの形状をしており……目を見開き、おちょぼ口をパクパクさせるその姿は滑稽ですらありました。



(メス)に生まれたアンタには、卵を産む事は出来ても育てる事が出来ない。ましてやその一族は(ツガイ)を唯一として過ごす一族であるのに……アンタには『純愛』の何たるかが解っちゃいない。

 ……滅びるしかないですよねェ、乙姫様。アンタは浮気の許されない一族にありながら……姦淫を繰り返していたんですから」



 ギラリと危険な色を瞳に乗せてサメ娘が乙姫様を見やります。

 その表情は従僕という仮の姿をかなぐり捨てた、一匹の断罪者のソレでございました。



「滑稽な自分の本体を必死に隠し、偽りの美貌に満足しきって雄達を脅迫、陥落させているアンタの様子を見るのは本当に楽しかったですよ。

 アンタが他種族と交わる度に滅びへの道を歩いていたって言うのに……そんな事も知らず、己の快楽と欲望にだけ素直なアンタの姿は滑稽ですらあってね。下僕一同の酒の肴には持って来いでした」



 ねェ、ご一同? とサメ娘さんが背後の下人達を見やれば、彼らもまた「したり」とほくそ笑みました。

 今や彼らにとり、ただのタツノオトシゴとなった乙姫様の姿は、罪が発覚して没落した政治家のそれであり……指をさして笑う者すらあったのです。



「想い人をアンタに奪われた(メス)たち。心を想い人に残してアンタに陥落せざるを得なかった(オス)たち。そんな人々の怒りを一身に集めて……ねェ乙姫様、復讐者なんて、其処ら中に居たんですよ」



 ポン、と音を立てて、サメ娘が元の鮫の姿に戻ります。

 それに合わせるかのように、背後の下僕達も元の──魚や貝や軟体動物といった元の姿に戻っておりました……最も、その手には相変わらず羽箒が握られておりましたけれど。



「……アンタを食って消すのは簡単だけどねェ……。たいして美味くもないタツノオトシゴを食っても腹の足しにもならないし……ましてやアンタは今や老婆だ、食指は動きませんよねェ。

 アンタには死んだ方が良いかもしれない罰を受けて貰いますよ」



 やりな、と、サメが背後の人々に声を掛けた、その瞬間。



「ワシャシャ……イヤ、やめてェ……! グヘヘヘヘ、笑い過ぎて腹筋が……ケーキョキョキョキョ!!」



 この世の物とは思えない笑い声を……乙姫様がそのおちょぼ口から発したのです。

 サメ娘の号令で、背後に控えていた生物達が手に持った羽箒で乙姫様──もとい、タツノオトシゴの身体をまさぐりだしたのです。

 実は、サメ娘さん(敬語)すら知らない事実でしたけれど、乙姫様の横暴っぷりに嫌気がさしていた神々がサメ娘さんの訴えを受けて用意したその羽箒は、「くすぐったがらせる」というその一点に於いて、こと乙姫様に対しては絶大な効果を与える『神の奇跡』を与える事の出来る拷問具だったのです。



「……これから毎日、アンタには時間を決めてこの拷問を受けて頂きます。被害者の総意です。この程度で済ませたこと、感謝して下さいよ?

 人間の姿に戻ればその感覚は少し軽減されますけど……アンタは老婆のままだ。それを由とするならどうぞ? 醜い自分の姿にアンタが耐えられるならねェ!」



 オーホホホホ、と、サメ娘さん(敬語)の高笑いが響き渡りました。

 その姿はまるで、かつての乙姫様のようでありました。



「鮫ェェ!! 私にこんな事をして、ただで済むと思って……ワキャキャ! 脇は止めてェェーー!」

「まるっきり負け犬の遠吠えですねェ、乙姫ェェーー!!」



 そして、サメ娘さんはその凶悪な(ツラ)をズイ、とタツノオトシゴとなり、涎を垂らし笑いながら文句を言う乙姫様に向けました。



「大丈夫ですよ、乙姫様。この竜宮城は私が管理しますし、アンタが本体でも老婆の姿でも……ちゃんと生かしてあげますから。

 生かして罰を受けさせ続ける……それが我々の総意ですからねェ!」



 そして、サメ娘さんは息を切らせて笑い続ける乙姫様の周囲をスイスイと泳ぎながら楽しげに語り続けています。

 ……最も、積年の恨みを爆発させた人々が代わる代わる乙姫様をくすぐり続けておりましたので、彼女の耳にその言葉が届いていたかは定かではありませんでしたけれど。



「この竜宮城はね、一人でも人間がやって来たらその意義を失うようになっていたんです。そして、その時に君臨していた君主はその権威を失墜させて、次代の裁きに従うしかなくなる。

 だから、アンタがあの浦島太郎を竜宮城に招こうとしたその瞬間から、アンタは滅びへの道を自ら突き進んでいたんですよ。

 ……全く、滑稽過ぎて涙が出そうですよね、美丈夫(イケメン)好きがその身を滅ぼすとか、なんてお約束な選択をして下さるんでしょうねェ、アンタは」


 そして、サメ娘さんはポンッと音を立てて再び人間の姿に戻り、乙姫様が君臨していたあの派手な長椅子にその身を沈め、面白そうに乙姫様の様子を眺めています。

 そんなサメ娘さんの周囲には、何処か清々しい表情の元・乙姫様の従僕たちが侍っておりました。


「亀の一族は、この竜宮城の存在が人間の為にはならないと思っていたようですけど、私はやっぱり『手の届かない桃源郷』の存在は人に夢を与えるものだと思うんですよ。

 ……もっとも、アンタのせいで竜宮城はその意義を失い、神の集う場所としての役目は終わりました。もう二度とかつての栄光を手にする事は出来ないでしょう。

 だからこれからは、私達の居城として、全ての海洋生物が憩う場所として存在して行くしかありません。

 でも……まぁそれで良いじゃないですか。私達は元々海洋生物、巣なんてなくても生きていける存在が殆どです。たまにこうして人化して集い、酒を酌み交わす場所として、これからここは存在して行くでしょう」


 ああ、でも安心して、アンタの住処はちゃんと鉄格子の向こうに作ってあげますよ、と、サメ娘さんはニヤリと残忍な微笑みを乙姫様に向けました。


「私はずっとここにいてアンタを監視してあげますよ。今はくすぐりの刑のその罰も、アンタが慣れたら変えなきゃいけないでしょうしねェ。

 人間がここにやって来る事がないように、幻覚の強化もしなければいけないし……ああ、ここで居酒屋を経営するのも良いかもしれませんねェ。

 ……ねェ、乙姫様、アンタの犠牲の上に成り立った私の新しい生活はとても忙しくなりそうです。疲れたら……アンタが癒して下さいよ。その身体でね」


 ウフフ、と微笑むサメ娘さんの凶悪な微笑みに、くすぐられ続けている乙姫様が目を見開き、恐怖を感じながら大爆笑するという器用な芸当を見せておりました。

 そんな様子を満足そうに眺めたサメ娘さんが側にいたタコが持っていた羽箒を手にし……



「……差し当たって、今は笑い死にしそうなくらい笑って貰いましょうねェ、乙姫様?」

「ヒャハハハハ! もう許して、ソコ、だめェェーー!!」



 乙姫様の絶叫が海底に響き渡ったのでした。




 ──こうして、かつて栄華を誇った『竜宮城』は魚達が憩う居酒屋へと変貌し、日々の変わり映えのしない生活を愚痴ったり、時には逢い引き(デート)に使用されたりする場所となりました。

 その場所を運営・管理しているのは凶悪な三白眼を持つサメ娘さん。

 ……そして、その地下からは、時折怪しげな爆笑や悲鳴や声にならない声が聞こえて来るそうですが、永き時間(トキ)を経て、その声の正体を知る生物はサメ娘さん以外にはいなくなっておりました。


 今も世界の何処かの海の底では、魚達がそのヒレや触手にジョッキを抱えた魚達の楽園があるそうです。

 私達人間がその光景を目にする事は決して無いのかもしれませんが、海の底のその楽しげな光景は、海に住まう生物達のひと時の心の清涼剤となっているのでした。

 めでたし、めでたし。



「……って私はどうなってしまいますのォォーー!!??」

「乙姫様、今度は緊縛に挑戦してみましょうねェ! オーッホッホホホ!!」



 ──めでたし、めでたし。



これにて完結となります。

タツノオトシゴの生態については私なりの解釈となりますのでご了承下さい。

童話パロディ、作者もとても楽しく書く事が出来ました。

お付き合い頂き、誠に有り難うございました!!



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