8話 フリータイム①
恐ろしく長いデスゲームが終わった――。
七瀬は席を立つとすぐにトイレに駆け込んだ。
《:アオバ:なっちゃん、今日は何時にお帰りですか?早くなっちゃんの声、聞きたいなぁ》
青波からのメールを見て、七瀬はグロッキーな胸を撫で下ろすと返信する。
《:ナナセ:後2時間くらいで家に着くかな。僕も早く青波に会いたい。喋りたい。今夜はいっぱい聞いて欲しい事がある!》
すると、すぐに返信が来る。
《:えへへ、うれしいな。聞かせて、なっちゃんの事、いーっぱい》
七瀬はそれに少しホッとして微笑むと、ポケットからさっき貰った二枚の名刺を出して見た。1人は星宮夜風もう1人は東雲詩穂埜。どちらも、一生に一度会話できるかどうかという様な美人だった。特に東雲詩穂埜、彼女の美貌は凄い。
「ありえないよな……」
七瀬はボソリと呟くと、今にも浮上してきそうな邪な思いを振り払うように頭を振り、トイレを出た。
***
「おい七瀬、お前一体何言ったんだよ。水ぶっ掛けられるなんて…他にも結構怒ってる女いたろ、もう俺気が気じゃなかったよ」
南沢がまたカクテルを七瀬に渡しながら顔を歪ませて言った。
「お前が無理矢理連れてきたせいだ。みんなお前が悪い」
「……まぁ、それも一理ある。だがな、大体はお前のその捻くれた歪んだ性格のせいなんだぞ! ……それにしても、14番……、見たか?」
「ああ、東雲詩穂埜だろ」
「やばいな、あれはやばいレベルだ。俺本気になっちゃうかもしんない」
「お前みたいなのに引っかかったら東雲詩穂埜も可哀想だ」
「そう言うなよ。他にもいたけどな、ハイレベルな子」
「………」
その時、またもやマイクを持った司会の男性が陽気に喋り始める。
「さあこれからフリータイム、フリータイムに入ります。50分間のハッピータイム、どうぞご自由に飲んで喋って充分にご堪能下さいねーっ!」
だからデスタイムだっての。
そういえばあの桜庭まどか、あの子来るって言ってたけど……まあ、社交辞令だよなと思いながら、カウンターの横でジンフィズを飲んでいると、南沢が興奮したように小声で話しかけてきた。
「おい。まじかよ。あの子、こっちに近づいてくるぜ。まさか、俺の所に来るのか!?おい七瀬、俺の顔になんかついてないよな?!」
「ついてねーよ」
例え鼻くそがついててもそう言っただろう。
「きたきたきた……」
南沢はそう言って、服を正した。
「先ほどは、どうも……」
「あぁどうも、来てくれてうれし…」
「愛葉さん」
「……はっ? 愛葉???」
「え……僕?」
「さっき、名詞渡したじゃないですか」
「おい七瀬、お前名詞なんて貰ってたのか!?」
「みんなに配ってたんじゃないの?」
「まさか、そんなことしませんよ、私」
南沢はあんぐりと口を開けたまま硬直し、詩穂埜と七瀬を交互に見た。
いや、まさか、何かの間違いだ、と南沢は思い直す。ポジティブに考えよう。七瀬をダシにして俺に会いに来たに違いない、と。
するとすぐに、
「愛葉さん!」
「愛葉、よぉ」
「愛葉ちゃん!約束どおり、おじゃまするね!」
何故か雪平伊吹も、星宮夜風、桜庭まどかまでもがやってきた。
南沢はあまりの衝撃に強い眩暈を感じ後ろに倒れそうになったが、こめかみを押さえカウンターに掴まりなんとか堪える。
嘘だろーー!? なんで七瀬に本日のメインディっシュが4人も!! 俺は夢でもみているのかもしれない、と思ってから、また、いやいややっぱ俺狙いだ、きっと、と心を奮い立たせた。
驚いていたのは南沢だけではない。
もちろん七瀬も驚いていた。
「本当に来ると思わなかったよ。雪平さんまで、どうしたの?」
「どうしたのって……お話ししに来たんですけど」
「おー愛葉ちゃん、モテモテだねー」
話? 僕とかぁ?
七瀬は何かの罠に違いない、と強く思った。