26話 暗闇の天使の悩みごと
その夜、七瀬はまたもや眠れずに過ごしていた。
一体何度寝返りを打った事だろう。目を瞑って開ける、を繰り返して、時計を見るたび何分かしか経っていない。もうすぐ日付が変わろうとしていた。
「まさかそんな……全員七瀬さんに持ってかれるなんて……」
「な……七瀬くんすごいね、君。はぁ……こんな歳で失恋するなんてな」
あの後女子二人が帰ってから若狭も斎条も肩を落として酷く落ち込んでいる様子だった。
七瀬はなんだか酷くいたたまれない気持ちになったが、七瀬にとっても初めての体験で戸惑っているのは本当だ。
しかし唯一の救いは、
「それでも僕は諦める気になりません」
「俺もだ」
二人とも、諦めないという結論を出した事だった。きっと自分が相手だから勝率はあると思ったのだろう。うん、ごもっともだ、と、七瀬はどこか安心すると共にそう思った。
パタパタパタ――。
巡回の看護師の足音が聞こえる。
今夜は二回目の巡回だ。
七瀬は目を瞑り、寝たフリをする。
すると、その足音はこの部屋の中へ入り込んできた。きっと自分の様子を見に来たのだろう。そう思った時、そっと、その人物が布団を触った感覚を覚えた。
驚いた七瀬はうっすらと目を開く。
(なんだ?)
気配は確実に側にある。
七瀬の鼓動が早くなるのを感じた。
(ゆ……幽霊とかじゃないよな……)
深夜の病院の人の気配とは薄気味悪いものである。
七瀬は顔を強張らせながら、ゆっくりと振り返った。
「……なっ!?」
「しっ!」
すると、暗闇の中布団に触れ立っている星宮夜風の姿があった。
七瀬の顔を覗き込みながら、唇の前で人差し指を立てている。
七瀬は息を呑んだ。
それから、
(……?……!!???)
なんと彼女は、布団の上に乗ってきたではないか……!
白いナースサンダルを脱いだ彼女は、その足をベットの上に乗せてきたのだ。
(な?? なにっっ???)
勿論、パニック状態の七瀬だが、言われた通り言葉は発しない。
夜風は何を考えているのだ――!
恐怖も混ざり、胸が強く鼓動を打つ。
「七瀬くん、これは…みんなには、内緒だよ」
そして夜風はそう言って、そのまま七瀬に覆いかぶさった。
七瀬の上半身を布団の上から抱きしめる形になったのだ。
真下に、夜風の頭が見える。
「あぁあったかい……このまま、眠れたらいいのにな……」
夜風は小さな声でそう言って、動かずにいる。
「夜風さん……?」
七瀬はようやく小さな声を出した。
彼女はいったいどうしたというのだろう。七瀬は身動きがとれない。
「七瀬くん、聞いてくれるか……」
「……なに?」
「私は、不感症なんだ」
「……へ? ふか……?」
突然の事に、七瀬は何の事か理解するのに時間がかかった。
「不感症。感じた事がないんだよ」
「え? それは……」
「セックスで……。正直に言うと、今まで十二人との経験がある。でも、一度も、感じた事がなかったんだ」
「そ……そうなんだ……」
七瀬はなんと言ったらいいのかわからなかった。
不感症、と言われても……それどころか、自分は一度も経験がないのだから。
戸惑っていると、夜風は話を続ける。
「別れる原因はいつもそれ……。私は思った。セックスとは一体なんなんだろう。そんなにまで大切なものなんだろうか」
七瀬の今までの『青葉』とは交わることは勿論なかったが、それは生身の女性ではなかったからだ。
きっと、男なら口を揃えて言うだろう。
セックスは、大事だ、と。
それを考えると、夜風の今までの孤独感が染みるように伝わってくるようだった。
「それは……感じる感じない、は別として、こういう温もりを……きっと、みんなこの温もりが好きなんだよ」
七瀬がそう言うと、夜風の体がぴくりと動いたのがわかった。
「本当に好きな子と抱きしめあったりその……そういう事をできるってだけできっと、幸福だよ。僕ならね。僕は経験がないけど、それだけは確かな事だと思う」
夜風は七瀬に覆いかぶさったまま、動かない。どんな顔をしているのかもわからなかった。でも、精一杯の本当の気持ちを言ったつもりだ。
「……そうか……。そんな男も、いるのか……」
夜風はそう言ってから、がばっと体を起こした。
七瀬は寝ている状態で、夜風を見上げる。
暗闇の中、ナース服のスカートから出た足に履いたストッキングが光沢を帯びて見えた。
「ごめん、七瀬くん。やっぱり君は誠実だという事がわかった。普通こんなことしたら、襲いたくなるだろ?」
「……え……」
にやり、と笑った夜風は、
「今おっきくなってるお前のアレ、立派だから自身持てよっ」
と言って、ベットから降り、「じゃ、早く寝ろ」と言って、去って行った。
……お……。
七瀬は股間を押さえると、
(なんなんだよ~~~っっ!!)
心の中で、叫んだ。




