8ー3
勝てる。勝利は目前だ。逸る気持ちを抑えようと、アレットは表情を引き締めた。
シルヴァ・ウィンチェスターの器体は、ダメージが限界に達している。内と外から蓄えられた損傷が、着実に<セイブ>の命を削っていたのだ。
こちらは右腕を失ってこそいるものの、他の機能に問題は無い。せいぜい、蹴りを受けた左腕と胸部の装甲が歪んでいる程度である。
もう、あの男お得意の、鬱陶しい小技の数々も披露できまい。
<アヴェンジャー>の脚部が粉々になった石畳を踏みしめる。死に体の相手に引導を渡すのだ。それは、決して難しい作業ではない。
アレットの心に慢心や油断はなかった。今までの攻防で、少しの隙も見逃さない相手の抜け目の無さに散々、苦労させられてきたのだ。
一度目の邂逅から続いていた怒りも薄れ、不思議な感情が後に残る。本当なら、シルヴァ・ウィンチェスターには仲間に加わって欲しかった。
騎士団を追われた彼なら、アルメイアに対して憤りを抱いているはず……アレットの組織はそう踏んでいた。だから最初に対峙した時、それとなく勧誘もしてみた。
だが無理だった。
彼の蒼い瞳にはなにか、ひどく強固な意志が宿っているように思える。
真意は測れなかったが、彼はこちらの誘いには乗らないと確信したからこそ、アレットはシルヴァに拳を向けたのである。
そして、その結果が今の今まで糸をひいていた。やっと頭が冷えたと思ったら、決着は目の前まで迫っている。なんとも物悲しい気分だった。
「もう一度だけ訊くけど、本当に私達の仲間になる気はない?」
<アヴェンジャー>に搭載されている拡声器を使って、アレットは呼びかけた。
『…………』
「ここでアンタが私に勝ったって、結局なんにもならない。私の組織は何度でも同じ事を繰り返す。アルメイアが変わらない限りね」
近辺で戦っていた仲間は騎士団を撤退させ、一度退却しているらしい。こちらの勝敗次第で動きを決めるのだろう。
『…………』
シルヴァは無言を貫いている。敵と話す舌は持ち合わせていないという事らしい。以前は状況が状況だったために、やむを得なく会話を持ちかけてきたということだ。
つまり、アレットはシルヴァの思惑にまんまと嵌っていたのである。
やはり、シルヴァ・ウィンチェスターは自分の思った通りの男だった。残念に思う反面、アレットはどこか納得もしていた。
<アヴェンジャー>を再び戦闘態勢に移らせながら思う。もしかしたら、あの中にいる男は、高潔な人間なのかもしれない。
「やっぱり、"トライスター"を取ってる奴は違うのかもね……」
アレットは呟き、決着の鐘を鳴らした。
◇
「あれは……」
リエリアは天高く上る光の柱を見て、吐息を漏らした。あれは間違いなく、<ブレイド>の発した光。膨大な魔力の奔流だ。
(<ブレイド>が起動したのか? なら、ライキ殿は……)
<ブレイド>が戦闘を行うほど、危険な状態に追い込まれた、ということだ。まずその事に、リエリアは強い罪悪感を覚えた。
そもそも、<ブレイド>には現在、何重ものリミッターが掛けられているはず。
来希が<グローリー>に乗った際に得たデータを組み込んではいるが、それだけで足りるわけがない。
本来なら今日の任命式の後、正式に搭乗してもらい、徐々に<ブレイド>を調整していく予定だった。事故を防止するための処置である。
なのに、来希は<ブレイド>を動かしてしまった。これは大きな問題だろう。リエリアの責任問題でもあった。おそらく、厳罰が下される。
それはどうでも良かったが、やはり来希の事は心配だった。
今まで勇者は何人も現れたが、魔王側から直接的なアプローチをしてきたことなど、かつてない事態である。
「…………」
嫌な予感がした。
リエリアは各隊に損害の確認を急ぐよう指示を出してから、黙考する。
魔族の襲来、魔物の大量発生、そして今回の事件。敵の動きはどんどんと活性化していく。反対に、騎士団の動きが鈍いようにも思えた。
(まさかな……)
最悪の可能性を切り捨て、リエリアは来希のもとへと向かった。
◇
相手の操縦者が話し掛けてくるが、シルヴァはまったく応じなかった。
<セイブ>の拡声器が壊れているためである。
元から頭部が無い<セイブ>は、胸部に拡声器が設置されている。それが先ほどの攻防で破壊されてしまったのだ。これでは話したくとも話せない。
会話が出来ないところで特に困っているわけでもないため、シルヴァは相手が喋っている間、器体のチェックをしていた。
「…………」
やはり、<セイブ>は限界に来ている。シルヴァの魔力が器体全体に行き渡った事で、末端部分(手足の先)から機能不全が起こっていた。
間もなく、致命的な自壊が始まることだろう。
そうなれば、今度こそ終わりだ。相手の刃から逃れる術はない。シルヴァは厳しい表情で首の骨を鳴らした。
イチかバチかな賭けは嫌いだが、今回ばかりは仕方がない。ハンデを抱えながら、これだけの性能差を無視してきたのだ。既に超常の域に入ってきている。
思考を研ぎ澄ますと、雑念が消え、周囲の風景がクリアになっていく。
<セイブ>が前傾姿勢を取ったことで、敵もまた身構える。ほとんど同時に両者が飛び出し、その刃を交錯させた。
再び短刀がぶつかり合い、火花が散る。耳障りな音が響き、<セイブ>の武器が破壊された。折れたわけではなく、先端部から粉々になった。
敵の短刀が閃き、反転。無防備な<セイブ>の胸部に襲いかかった。
◇
相手の武器が崩れていく。破壊しようと思ったわけではなかった。ひとりでに壊れていったのだ。
アレットはその様子をどこか冷めた目で見ていた。極限まで高められた集中力が、一秒をどこまでも引き伸ばす。
こちらの短刀は障害物を通り抜き、一度軌道を変える。返しの太刀が入れば、勝利は決まる。相手に防ぐ手だてなど、存在しない。
だが、これは勝利なのか? 元から有利な状況で戦い、それなのに器体を中破させられている。さらに、あちらには時間制限があるのだ。
今の一撃だって、こちらの技量など関係なしに、勝敗が決まってしまった。ほとんど相手の自滅に近い。
シルヴァ・ウィンチェスター。馬鹿な奴。そう思った。不幸な奴でもあるのかもしれない。
そんな考えなどお構いなしに、刃はどんどんと進んでいく。面倒くさい。胸部を一撃で潰すつもりだった。
短刀が相手の右肩に滑り込み、そのまま入り込んでいく。操縦席まで一メートルもない。間もなく、この<セイブ>は墓標に変わる。シルヴァ・ウィンチェスターの墓標に。
「───!」
突然、目の前から敵器が消えた。時間が戻ってくる。一瞬にして混乱の極みに達したアレットは、目を見開き、狼狽した。
直後に衝撃。
後方に吹き飛ばされる。止まっていた周囲の風景が流れるのを、アレットは信じられない気持ちで眺めていた。
背中から家屋に突っ込み、倒壊させる。そのとき初めて、自分が敵の反撃を食らったのだと気づいた。
あいつはまだ生きている。なんてことだ。早く立ち上がらなくては──
「な……!」
アレットは絶句した。<アヴェンジャー>の左腕が無い。
肩口から引き千切られている。右腕も失っているので、両腕を破壊されたことになる。
ゴーレムにとって、致命的な損傷だった。
敗北が決定したのだ。
◇
両腕を失った敵器が逃げていく。ご丁寧に煙幕まで張っていた。それを見送り、シルヴァは息を吐く。なんとか助かった。
<セイブ>は満身創痍の状態だ。右腕は切断され、胸部には荒々しい傷跡が残っている。左脚部は半ばから折れ、膝から下が転がっていた。
最後の攻防の際、刃を食らう直前で左脚が破損。支えを失った<セイブ>は勢いのまま倒れることで、敵の凶刃を回避できたのである。
残った左腕のウェイブ・ナックルを相手の左腕に叩きつけ、なんとか勝利することができた。無理な姿勢で使ったため、左腕部も破損している。
四肢のうち、三つが使い物にならなくなっていた。これで勝てたのだから、運が良かったのだろう。
勝利の余韻に浸る間もなく、シルヴァは操縦席から這い出した。このままでは騎士団に捕まってしまう。下手をしたらテロリストの一員だと思われる可能性もあった。正義のヒーローにはなれそうもない。
頭を振り、ため息を吐く。重い疲労感が体にのしかかってくる。やはり、命のやり取りなどするものではない。
空を見上げれば、満月が街を照らしていた。シルヴァはしばらくそれを見つめ、やがて歩きだす。
次の戦場が待っているのだ。




