8ー2
「ちぃっ!」
アレットは苛立ちを声に変える。彼女の<アヴェンジャー>は、いまだにシルヴァ・ウィンチェスターの駆る<セイブ>に致命傷を与えられていなかった。
<アヴェンジャー>は薙刀を振りかぶり、跳躍した。闇色の夜空に軌跡を描き、宿敵に肉薄する。だが、相手は鈍重な器体を器用に操り、こちらの攻撃を潜り抜けた。
いくつか混ぜたフェイントも看破された。気に入らない。アレットは歯を噛みしめながら、再び攻撃の姿勢に入る。
瞬発力、機動性、即応性、どれを取ってもこちらが上だ。捉えきれないわけがない。三段突きを放ってから薙刀を振るう。破壊の暴風がヘルトロイトの街に吹き渡った。
それなのに。
<セイブ>は僅かに身じろぎしただけでアレットの一撃を回避した。すかさず飛んでくる反撃をいなし、今度こそ撃破してやろうと思うが──既に逃げられている。
あちらの動きは実に苛立たしいものだった。中身の無い行動をしているように見せかけて、実際はこちらのミスを誘っている。本当にまずい動きをしたら、性能差など無視して撃破されてしまうだろう。
それがアレットをさらに不快にさせていた。もし、同じ性能の器体で戦っていたとしたら、とっくの昔に敗北している。
<アヴェンジャー>は元々、勇者専用器の撃破を目的として建造された器体だ。<ブレイド>の誇る超硬度の魔導防御帯とアダマンタイト製の装甲をも(専用の装備をもってすれば)容易に貫通できる。
そして、それを操るアレット自身の技術も同様に高い。様々な武器に精通し、各属性の魔法も使用できる彼女だからこそ、反抗勢力の象徴とも言える<アヴェンジャー>が任された。
なのに、この体たらく。
この十分にも満たない戦闘でアレットのプライドはズタズタになっていた。
たった一器の<セイブ>すら撃破できないとは。しかも、シルヴァ・ウィンチェスターよりも強い騎士は、アルメイアにゴロゴロいるらしい。
改めて、アレットは自分が立ち向かっている相手の大きさを痛感した。
(いや……)
まだだ。まだ自分は強くなれる。まずは目の前の敵を撃破する事が先決だ。<アヴェンジャー>がアレットの魔力を吸い上げ、その動きをより鋭敏にする。
薙刀を逆手に持ち、鋭いモーションで投擲。まっすぐに<セイブ>へ飛んでいった。
相手は避けようとして──躊躇うような仕草を見せる。後ろに可燃物であるツァーリンの精製工場があったからだ。
回避を諦めた<セイブ>は右腕に持った剣を斬り上げ、薙刀を弾き飛ばす。驚異的な技術と反射神経だが、それに驚きもせず、アレットは敵に猛進した。
腰から副兵装である短刀を引き抜き、<セイブ>の懐に潜り込む。電光石火の早業だったにも関わらず、<セイブ>はそれにも対応してきた。あらかじめ"予測"していたのだろう。
短刀が煌めき、敵の周囲で躍り回る。凶暴な斬線が<セイブ>の装甲をえぐった。
「……しぶとい!」
この超至近距離戦でも、<セイブ>は致命傷を回避していた。腰を捻り、半身を逸らし、剣で受け流す。アレットは苛立ちと危機感に追われ、もう一歩踏み込んだ。
相手がシルヴァ・ウィンチェスターなら、どうしょうもない弱点がある。以前、路地裏で戦った時に確認した──あの男の弱点。
ゼロ距離での格闘戦。お互いの逆手で持った得物が交錯した。
<アヴェンジャー>の短刀が<セイブ>の剣を真っ二つに両断する。アレットは勝利を確信し、短刀を翻した。
<セイブ>の右腕が宙を舞った。
◇
まだ生きている。
来希は眉をひそめた。
腹に大穴を空けられた魔物は、地面に張り付けにされた状態でのた打っている。まったく、信じがたいほどの生命力だった。
「…………」
どうするべきか。来希は逡巡した。動けない相手にとどめを刺すという行為には抵抗がある。必殺の一撃で殺しきれなかったことも、気勢を削いでいる一因だった。
魔物の怒号が轟く。痛覚が無いのか、その声に込められているのは怒りだけだ。これほどの殺意を向けられるのは初めての経験だった。
「…………」
どうにも答えが出ない。確実に息の根を止めるべきなのは分かっていたが、決心はできなかった。今の来希に、そこまでの覚悟などあるはずもない。
この魔物に怒りを向けたのも、所詮は責任転嫁に過ぎないのだ。自分のせいで他人が死んだという事実から目を逸らし、殺めた相手だけを非難したかった。
戦場という空間は、何もかも明白にする。強弱だったり、優劣だったり──自分の傲慢さだったり。曖昧になるのは善悪の区別くらいだろう。
敵の命を好きに出来る場所。自分がいるのは、そういう所。その事実に気づいた時、来希は戦慄した。
周りを見る。
倒壊した建物。空に伸びる黒煙。遠くの方でも戦火の光が瞬いている。
破壊を撒き散らしたのは、果たして魔物だけなのだろうか?
間違いなく、自分もその一端を担っている。この街を破壊し、人から何かを奪ったのは、魔物であり──この自分でもあるのだ。
またも吐き気が襲ってくる。英雄気取りで動いた結果がこれだ。<ブレイド>の性能に魅入られ、悦に浸り、大切な事を見失っていた。
口の中が粘つき、水を飲みたくなる。ひどく気持ち悪い。
「───!」
後ろで物音。振り向けば、槍を引き抜いた魔物が立っていた。自らを拘束していたランスを力任せに叩きつけてくる。来希は咄嗟に膝を曲げ、体勢を低くした。
頭の上をランスが通り過ぎていく。そして、その余波で街の被害が拡大した。
(くそ……っ)
もう止めろ。もうたくさんだ。そんな思いが来希を突き動かした。先ほどまでの高揚感など欠片もない。
<ブレイド>が相手に接近し、一瞬で地面に組み伏せる。体格差は無視した。
まだも暴れ続ける魔物。その愚直なまでにこちらを殺そうとする意志は、来希に一つの決心をさせる。
やらなければならない。
そう思った瞬間、腕部の装甲が降りてきて<ブレイド>の右拳を包んだ。まばゆい光。そして、その拳を魔物の顔面に埋め込む。
破壊のエネルギーは下に向けない。これ以上、街を破壊したくなかった。前も横も駄目。
ならば──上しかない。
<ブレイド>が右腕に籠もった魔力を解放する。
光の柱が天を刺した。
◇
シルヴァは<セイブ>の操縦席で毒づいた。細かな損傷は無視できたが、利き腕を失ったのは痛い。劣勢の色が濃くなってきていた。
とはいえ、相手も右腕部を失っている。攻撃を受けた瞬間、空中から落下してきた薙刀が敵を襲ったのだ。意表を突かれた相手は体勢を崩し、シルヴァはそれを見逃さなかった。
全て計算尽くの行動だ。敵器が投げた薙刀を弾いたのも、接近を許したのも、勝利のための布石であったのである。
なのに、仕留めきれなかった。異常な反射神経で相手は危機を察知し、痛み分けの形にするので精一杯だったのだ。間抜けな話である。シルヴァは技能の錆びを痛感していた。
片腕になった敵器は薙刀を拾おうとはせず、短刀を逆手に構えている。
見慣れないゴーレムだ。文献には載っていない。おそらくは世界に一器しかないワンマン・ゴーレムなのだろう。
量産器の中でも底辺の<セイブ>では、迂闊に近づくことすら許されない。シルヴァが今まで戦えているのは、敵器が対ゴーレム戦に特化した器体だったからだ。
装甲と火力を削り、機動性と即応性を高めたゴーレム。だが逆に、シルヴァにとっては戦いやすい相手だった。
絶大な火力や太刀打ちできないレベルの防御力を持っていたら詰みだが、乗り手の技量がモロに出るタイプの器体だったため、小手先の技でいなす事が出来た。
もし、あの器体に熟練の操縦者が乗っていたら、本当に手がつけられなかったかもしれない。
「───!」
疾風怒涛。そんな言葉がよく似合うスピードで敵が迫る。目前で軽やかなステップを踏み、視界から消えた。超高速のフェイントだ。
シルヴァはボロボロの器体を前転させ、攻撃から逃れる。かわしきれず、背部が斜めに切り裂かれた。浅い。問題は無いと判断して、距離を稼ごうとする。
だが、反応が鈍い。器体の軋みが体に伝わり、限界が近いことを知らせてくる。<セイブ>のコンディションは最悪だった。損傷だけが原因ではない。
外側ではなく"内側から"ダメージが蓄積しているのだ。遠くないうちに、この器体はダメになる。
『どうしたぁ? 動きが鈍いよ!』
少女の声が響く。連撃を捌き、再び距離を置こうとするが──無理だった。胸部に浅い一撃、さらに右大腿部に深い一撃が入る。
器体の体勢が崩れ、転倒しそうになるが、シルヴァは両腕を巧みに使って姿勢を回復させた。追いすがろうとする相手に回し蹴りも見舞っておく。
空中で向き直り、地面に着地。ガリガリと石畳を削りながら滑走し、道に荒い二本の線を刻んだ。この動きのせいで、さらに脚部の状態が悪化する。機能が停止するまで、もう間もないだろう。
『自分のゴーレムを殺すから、騎士団を追われたんでしょう? シルヴァ・ウィンチェスター!』
少女の声と共に攻撃が再開される。シルヴァは必死に猛攻を凌いだ。そして舌打ちをする。そうだ。その通りだ。
眉間にシワが寄る。
魔力というのは人それぞれ違う特性を持っている。それは斬撃に変化させやすいものであったり、貫通力に秀でたものであったり、魔法に変えやすいものであったり、本当に色々だ。性別でも魔力に違いが出るとすら言われている。
そんな中で、シルヴァの魔力は特殊だった。いや、異常だった。
物に染み込み、内部から崩壊させてしまう。常に不安定なので、魔法にもし難い。
魔導拡張器──剣やゴーレムなど──の扱いなど最悪である。
魔力を込めなければ真価を発揮できないというのに、魔力を込めたら崩壊してしまう。
ゴーレムには再生機能が備わっているため、ある程度はなんとかなるが、今のように最大機動で動き続けると、再生速度を超えてしまい、内部からダメージが蓄積していってしまうのだ。
まさにハンデ。この魔力のせいで、シルヴァはいつも苦労してきた。騎士団を辞めることになった原因の一つでもある。
八方塞がり。
勝負の終わりが着実に近づいてきていた。




