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屑鉄機械劇場  作者: 椿
14/67

5―3

切り裂き、薙ぎ払い、踏み潰す。そんな作業が延々と続いていた。


鎧のような甲殻に包まれた体。鎌のような爪。醜い顔には複眼と牙がある。


人型の昆虫。そんな外見の魔物が周囲を埋め尽くしていた。


数は──およそ二○○といったところだろうか。


シルヴァは剣を振るい、魔物を斬り飛ばす。大型の魔物はゴーレムが相手をしているが、小型の魔物は人間が相手をしてやらなくてはならない。


「…………」


気付けば、周囲には誰もいない。魔物に食われたらしい。よく見れば体の断片が転がっている。


特に気にも留めず、シルヴァは一体の魔物を真っ二つにした。断末魔が響き、血飛沫が舞う。

おびただしい数の敵が周囲を取り囲んでいても、シルヴァは動じない。その表情は何も映していなかった。三時間以上こんな戦いを続けているのに疲労もなく、絶望的な状況なのに恐怖もない。


一本の剣だけでは手が足りないので、拳や蹴り、魔法なども織り交ぜていく。微量ながらも魔力の通った剣は易々と魔物の甲殻を切り裂くが、他はそうもいかない。


拳や蹴りは弾かれるし、魔法に至っては悲惨の一言だ。焦げ跡を残しただけで、まったく効いていない。シルヴァは"有色"魔法の扱いが致命的に下手だった。


にわかに機嫌が悪くなり、シルヴァは剣を一体の魔物に突き刺して跳躍する。胸に剣を突き刺された魔物は平然と動きまわっていたが、やがてその動きは鈍くなり、倒れこんだ。


一連の動作は毒でも流し込まれたかのようだった。


空中のシルヴァに魔物達の視線が集中する。飛び道具を持っていない事は分かっているので、地面に降りない限りは手が出せない。


だが、今のシルヴァには武器がなかった。武器やマナの助けがなければ、魔力の扱いはひどく難しくなってしまう。


反撃の手段がない。それでもシルヴァは慌てなかった。先ほど倒れた魔物を中心にして、爆発が起こる。


シルヴァが、唯一の獲物がいた場所だ。


当然、そこは魔物の密集地となっていた。爆発の規模は大きく、数十体の魔物が吹き飛ばされる。直接的な被害を受けなかった魔物も爆発の余波によって体勢を崩した。


着地。他の人間が使っていたのだろう剣を拾う。先ほどまで使っていた物は寿命をまっとうしたので、ああいう使い方をした。派手な最後。シルヴァなりの感謝の気持ちだった。


「……もうそろそろだな」


二体をまとめて斬り伏せたところで呟く。思っていたことが口から出たというより、自分への確認の意味合いが強い。


背後から大量の気配。


空中だ。空を被うような矢の大群が迫ってくる。ヘルトロイトの騎士団が魔物の一斉掃討に乗り切ったということだ。


特に報せは受けていない。捨て駒にされたのか、自分も死んだと思われているのか。少し考えたが、どうでもよくなってシルヴァは走り出す。あんなのを食らってはひとたまりもない。


こんな時でも自分に向かってくる魔物に感心しながら、シルヴァ剣に魔力を込めた。みるみる形が歪んでいき、キシキシと異音を放ち始める。


後ろを埋め尽くす魔物の大群に投擲。足元に突き刺さり、爆発を起こした。追撃の手が揺るまる。地面のくぼみに実を隠し、シルヴァは目を閉じた。


すぐ近くで起こる絨毯爆撃。連鎖的な轟音と衝撃が体を揺さぶる。舌打ちをしたかったが、舌を噛むだろうと思い、やめた。


死の大合唱が止み、シルヴァは体に被さった砂を落としながら立ち上がる。最悪の気分だったが、魔石を回収するという仕事が残っている。


「もうやだ……」


暗澹たる気持ちで呟く。灰の混じった風は悲しみまで吹き飛ばしてはくれなかった。



暇だ。


来希は王宮の廊下を歩きながら思った。周囲はなんとなく慌ただしい。リエリアが昨夜から姿を見せないため、情報がまったくといって良いほど入ってこない。


外出は当たり前の如く禁止されており、今の来希にはやる事がなにも無かった。


(なにか起きてるんだよな)


このピリピリとした空気。なにも感じないほど鈍感ではない。周囲から平穏が消えていくのがわかる。


近くを歩く人は皆、来希が状況の説明を求めると逃げてしまう。こういう時こそ勇者の出番だと思うのだが、なにをすればいいか分からない。


「やっぱり、訓練しかないよな……」


修練場に向かってはいるものの、その足取りはどこかやる気に欠けていた。いまいち思考が切り替わらない。訓練モードにならないのだ。


(そういえば……)


ヴァンプスと戦って気絶した晩、王宮の廊下──ちょうどこの辺りで何か怪しい影のような物を見た気がする。その後、リエリアに叱られて不貞腐れたりしたため、すっかり忘れていた。


「あっちだよな……」


とても無関係とは思えない。来希は針路を変えた。


あの辺りは確か、ゴーレムの第一格納庫だったはずだ。近づいたことはないが、地図は記憶している。


一○分ほど歩き、目的地に到着した。両脇に立ち並ぶ倉庫は閑散としている。ほとんどのゴーレムが出払っているためだ。


鼓動が大きくなる。何かに目を引き寄せられた。一○○メートルほど前方に、一際巨大な倉庫がある。


あれだ。


無意識にそう思った。


近寄っていく。目が外せない。何か、とても強大な存在があの中で眠っていて、それが自分を呼んでいる。抗えない。


初めての感覚に戸惑っているうちに、倉庫は目の前まで迫っていた。


鼓動が速まる。非常にうるさい。全身の血液が沸騰しそうだった。


倉庫の扉には取っ手が無い。開けられないということだ。それなのに、来希は扉に手を置いた。開け方を知っているような気がする。


カタカタという音が鳴った。扉が震えているらしい。初めは小さなものだったが、やがて大きくなり、重苦しい音を轟かせる。


重い物体が擦れ、動く音。それが来希の耳には獣の唸り声のように聞こえた。


高さ一○メートル近くある扉が少しだけ開く。人間一人が入れる程度だ。中は当たり前に暗く、扉の間から射し込んでくる光だけが明かりだった。


奥に何か"いる"。


熱に浮かされたような足取りで、来希は近づいていった。いつの間にか早鐘を打っていた鼓動は平静を取り戻している。


「これは……」


光の領域が狭いせいで脚しか見えない。来希は左手に魔力を集中させ、火球を作る。本来ならとても危険な行為なのだが、まったく気にならなかった。


この倉庫の主。その全貌があらわになる。


「ゴーレム……なのか」


白い装甲。生物的な曲線を持つ四肢は細く、しなやかで力強い印象を受ける。何より目立つのは頭部だ。兜のような造形で、一本の鋭角が天を向いている。


その外見には<グローリー>と似通っている部分が多い。いや、<グローリー>がこの器体に似せて作られているのだ。自然とそう思う。


このゴーレムには特別な存在ならではの存在感というか、一種の古めかしさがあった。


初めて<グローリー>を見た時も圧倒されたが、今回は違う意味で圧倒されている。先に<グローリー>を見ておかなかったら、この器体の凄さを把握できなかったかもしれない。


「………」


白銀の巨人。


目の前の物体には人の心を奪う魔性があった。いや、これは神性だろう。見た者の心に光を与える。そんな存在だ。


誰の物なのだろうか?


乗ってみたい。そんな衝動が来希を襲う。この巨人から目が離せなかった。頭の片隅で危機感を抱いている自分がいるが、視線を逸らすのは不可能だ。どうしようもない。


一歩ずつ近づいていく。本当なら走りたかったが、このゴーレムの前で騒々しい真似はしたくなかった。


おもむろに右手を上げる。残り三歩といったところだろうか。とても焦れったい。この距離がとてつもなく遠く思えた。


やっとたどり着き、右手を伸ばす。汚れ一つない白き装甲に手が近づいていく。今まさに触れようとした瞬間──


来希の意識は途切れた。



危ないところだった。クレアは息を吐き、倒れている来希を見下ろす。


このゴーレム。名前は<ブレイド>という。世界に一体しかないワンマン・ゴーレムだ。とてつもなく強い器体である。


その存在感は凄まじく、見た者には強い印象を与える。普通ならば気分が高揚したりする程度なのだが、異世界から召喚された人間にはいかんせん刺激が強すぎた。


"あちら"の世界には魔術的な効力を持つ物体が少ないらしく、この手の力には耐性が無い。魔力の扱いに体が順応すればなんとでもなるが、この世界に来て一ヶ月やそこらでは無理な話だ。


クレアは<ブレイド>を見上げる。その瞳には憎悪に似たものが宿っていた。


<ブレイド>の正式名称は<ブレイブ・ソード>。すなわち勇者の剣だ。歴代の勇者達は皆、この器体と関わっている。


だが、どれほど大層な名前が付いていようが所詮は道具でしかなく、使い手の心によってその姿を変えてしまう。勇者が皆、善人ならば良かったのだが──


<ブレイブ・ソード>。


勇者の剣。


願わくは、闇を払う剣であって欲しい。クレアは切実にそう思った。



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