↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/7

第一話 日本海から東へ

もう!色々やらなきゃならないことを沢山抱えているのに!自転車旅モノを書きたくなったので新連載です。

あ、モデルにした人などはありますが、あくまでもフィクションです。


 夏休みの朝。


 直江津海岸には、まだ人の姿が少なかった。


 高田まゆは波打ち際にしゃがみ、小さな透明のボトルを手にしていた。


 百円ショップで買った、化粧水などを入れるための30mlほどの容器だ。


「これでいいかな」


 波が引いたところへボトルを差し出す。


 透明な容器に、日本海の海水が少しずつ入っていく。


 まゆは満タンになったところで蓋を閉めた。


 ボトルを目の高さまで持ち上げる。


「日本海の水を太平洋に入れたら、どうなるか?」


 少し考える。


「……なんてね」


 もちろん、何も起こらない。


 それでも、これから向かう先を考えると、ちょっと面白かった。


 そのとき、砂浜に小さな貝殻が落ちているのが目に入った。


「あ」


 淡い赤色をした、小さな貝殻。


 まゆは拾い上げた。


「さくら貝かな」


 掌の上で眺める。


 小さくて、きれいだった。


「これも持っていこう」


 海水の入ったボトルと一緒に、小さなポーチへしまった。


 そして立ち上がる。


 少し離れた場所には、ロードバイクがある。


「よし」


 まゆはヘルメットをかぶった。


 今日から、夏休みの自転車旅行が始まる。


     *


「本当に一人で行くの?」


 出発前、母が念を押した。


「うん」


「大洗まで?」


「うん」


 父も心配そうな顔をしている。


「距離もあるし、山もあるぞ」


「分かってる」


「無理だと思ったら、途中でやめるんだぞ」


「それも分かってるって」


 まゆは笑った。


「毎日ちゃんと連絡する。体調が悪かったら走らない。危ないと思ったら帰る。それでいいでしょ?」


 両親は顔を見合わせた。


「……分かった」


 父が頷いた。


「気をつけて行ってこい」


「うん!」


 目的地は茨城県大洗。


 父の妹、檀田小夜子(まゆみださよこ)が住んでいる。


 まゆはそこまで、自転車で行くつもりだった。


「行ってきます!」


「気をつけてね」


 まゆはロードバイクを走らせた。


     *


 まゆが出発したあと。


 少し離れた場所では、姉の高田まやも車に乗り込んでいた。


 直江津大学教育学部二年。


 まやは今回の旅に、最初から賛成だったわけではない。


 妹が頑固なことを知っている。


 一度「大丈夫」と思うと、多少疲れていても走り続けるところがある。


「だからって、ずっと一緒に走ったら意味ないしね」


 まやは両親に言った。


「私が後ろから見てる」


「まゆには?」


「言わない」


「いいのか?」


「知ったら、『お姉ちゃんがいるから大丈夫』って頼っちゃうでしょ」


 まやはエンジンをかけた。


「助けるためじゃなくて、何かあったときにすぐ動けるようにするだけ」


 それが家族との約束だった。


     *


 まゆは県道36号…地元民が『山麓線』と呼んでいる幹線道路を南へ進んだ。


 しばらくは順調だった。


 ロードバイクのペダルも軽い。


 夏の風を受けながら走るのは気持ちがよかった。


 やがて国道18号に合流し、道の駅あらいに到着する。


「ちょっと休憩」


 水分を補給し、地図を見る。


「今日中に上田まで行けるかな」


 まだ時間はある。


 まゆはそう考えて、再び走り出した。


     *


 しかし、道の駅あらいを出てからしばらくすると、道は上り始めた。


「……坂か」


 ペダルを踏む。


 上る。


 また上る。


「まだ続くの?」


 思っていたより長い。


 脚が重くなってくる。


 速度も落ちる。


 それでも、まゆは少しずつ前へ進んだ。


 信濃町に入ったころには、もうかなり疲れていた。


「……上田は無理だ」


 まゆは素直に認めた。


 予定変更。


 今日はここまでにする。


 道の駅しなのに着いたまゆは、自転車を止め、ベンチに腰を下ろした。


「疲れた……」


 その様子を見ていたのが、中林農園の夫婦だった。


「お嬢ちゃん、自転車で来たの?」


「はい……」


「どこから?」


「上越市です」


「そりゃ大変だ」


 夫婦は顔を見合わせた。


「今日はもう、うちに泊まっていったら?」


「え?」


「農園やってるんだけど、泊まる場所くらいあるから」


「でも……」


「遠慮しなくていいよ」


 まゆは少し迷った。


 けれど、身体は正直だった。


「……お願いします」


     *


 その夜。


 食卓に並んだのは、採れたばかりのトウモロコシだった。


「これ、食べていいんですか?」


「もちろん」


 まゆは一口食べる。


「……甘い!今まで食べたことがない甘さです!」


 思わず声が出た。


 夫婦が笑う。


「採れたてだからね」


 まゆは夢中になって食べた。


 旅に出て一日目。


 予定どおりにはいかなかった。


 でも、それも悪くない気がした。


     *


 翌朝。


 朝食を終えたまゆは、申し訳なさそうに切り出した。


「何もしないで泊めてもらうのは悪いので……何か手伝わせてください」


「じゃあ、販売所を手伝ってもらおうかな」


「はい!」


 まゆは農園の販売所を手伝った。


 客から声をかけられる。


「どこから来たの?」


「上越市です」


「自転車で?」


「はい」


「これからどこまで?」


 まゆは少し笑った。


「東のほうです」


 それ以上は答えなかった。


     *


 夕方。


 仕事を終えたまゆは、農家の家の中で中林夫妻と夕食を囲んでいた。


 そのとき、幼い女の子がまゆの隣に座った。


 中林夫妻の娘だった。


 女の子は、まゆの荷物を眺めていた。


「おねえちゃん、それなあに?」


「これ?」


 まゆが小さなポーチを開く。


 中から取り出したのは、直江津海岸で拾った小さなさくら貝だった。


「海で拾ったの」


「きれい……」


 女の子は目を輝かせた。


「さくら貝っていうの?」


「たぶんね」


 まゆは貝殻を掌に乗せた。


「ほしい?」


 女の子は小さく頷いた。


「……ほしい」


 まゆは少しだけ考えた。


 そして笑った。


「いいよ」


「ほんと?」


「うん。あげる」


 まゆは女の子の手のひらに、さくら貝をそっと乗せた。


「ありがとう!」


 女の子は嬉しそうに貝殻を握った。


 その様子を見ていた中林夫妻も、微笑んでいる。


「気に入ったみたいだね」


「うん」


 まゆも笑った。


 直江津海岸で拾った小さな貝殻。


 旅の途中で、誰かの大切なものになった。


     *


 二日目の夜。


 まゆは布団の中で、明日の道のりを考えていた。


 明日は、さらに東へ進む。


 上田まで行けるだろうか。


 その先には、まだ長い道のりが続いている。


 大洗までは、まだ遠い。


 それでも、不思議と不安はなかった。


     *


 三日目の朝。


 まゆは荷物をまとめ、ロードバイクの準備をしていた。


「本当にありがとうございました」


「こちらこそ、販売所を手伝ってもらって助かったよ」


「いえ、泊めてもらったお礼ですから」


 すると、中林夫人が何かを持ってきた。


「これ、持っていきな」


「え?」


 手渡されたのは、朝採れたばかりのトウモロコシだった。


 二本。


「今朝採ったばかりだから、途中で食べな」


「いいんですか?」


「もちろん」


 夫が笑った。


「昨日の貝殻のお礼ってことで」


「でも……」


「いいから、いいから」


 まゆは二本のトウモロコシを受け取った。


「ありがとうございます!」


 ロードバイクの荷物に、トウモロコシを大切に収める。


 玄関先では、女の子がさくら貝を握ったまま手を振っていた。


「おねえちゃん、ばいばーい!」


「ばいばい!」


 まゆも大きく手を振る。


「またね!」


 まゆはロードバイクにまたがった。


「行ってきます!」


 中林夫妻と女の子に見送られながら、まゆは東へ向かって走り出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。