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その1

来たるべき世界(への旅人たち)


(『改☆真夏の夜の夢』のプロローグであったり、エピローグであったりするいくつかの短編)


作 あんたのわたし



その1



「もう我慢できない!」

綾(あや)は思った、


「爪が、爪が。。。思うようにならないの!」


綾は、確かに確かに何かに異変を感じていた。


綾は、些細なことでひんぱんに癇癪(かんしゃく)を起こしていた。


最近の綾はこうして、自分のまわりの人間の心から平静を奪い、時に彼らをいらだたせていた。


     *      *


綾は、敏感な女性だったということができるだろう。


あの日、世界に起こった重大な?異変に何かを感じとったり、影響を受けたものは、この町には、数えるほどしかいなかった。


そして、その一人が、綾という若い女性であった。


この世界の誰もが異変を確かに感じはした。


この町の綾という若い女性以外は、というか他の何万という人間は、異変の重大な意味に気づかなかった。彼らは、取るに足らないものとしてやり過ごした。


少しではあったが、異変は確かにそこにあった。


世界の人々は、確かに、人は、それぞれに、ぶ厚い雲の世界に放り込まれたような気分を味わった。少しの時間ではあるのだが、世界のすべての人々が、上も下も、右(みぎ)も左(ひだり)も、前も後ろも分からない、そんな状態に置かれたような気分になった。


この異変は、一つの世界と、別の世界が接触したことを表していた。


これから、ふたつの世界がひとつへと融合していったりもするのだろうか。


2つの世界が接触したことによる変化というものは、世界がぶ厚い雲に覆われたような感覚、それ以外にはなかった。


ふたつの世界が、接触したからといって、この世界に住む人間にとって、変わったことは何も起きなかったのだ。


この世界では、表面的にだけは、平穏な時間が、しばらく続いた。


だから、この世界は、異変のことを忘れることに決めたのだ。


そのうわべだけの平和な状態が終わるのを心の何処かで覚悟していた。


世界の人々は、それぞれに息をひそめて待った。じっと待つ以外には、自分たちには何もできない。何もできないなら、この異変のなすがままに、この異変をやり過ごすしかない。


この異変の間の仮初(かりそめ)の、平和。この世界の住人は、途方に暮れ、無力感を味わった。


しかし、考えてみればこのように大きな、重大な危機にも関わらず、この異変について、人々はたちまち忘れてしまったように振舞った。


この異変が行き過ぎた時には、異変のことは、すぐに忘れたように見えた。


実際は、分かっていたのだが、避けることができない危機に誰もそれを話題に出すことはなかった。


     *      *


さて、この物語の主人公である人物について、語ろう。


この物語において、我等が注目することになる人物、語るべき人物、それは、町では知られた占い師であった。この占い師の一族は代々特別な能力を持ってこの世に生まれていた。そして、彼にいたる代々の占い師は、占い師の住むこの町の人々のために占い師を稼業としていた。そして、またこの占い師一族は、代々、太古からの歴史においてこの世界に君臨し、世界の運命を支配すると言われている神々のその言葉を町の人々に伝えるような役割も果たしていた。


さて、占い師の住居は、町のメイン通りにあった。


さて、今、唐突な話ではあるが、この占い師は、困ってしまったという表情で自分を悩ませている督促状の山を眺めている。


まったく、急な話ではあるが、この占い師、実は、彼の人生最大ともいえるピンチに直面していた。


どういうことかというと、この世界を襲っている異変の最大の被害者は、机に積み上がった督促状の山を見つめているこの町の占い師、その人であったのだ。


じつは、世界を襲った大異変の最初の予兆として、一年ほど前から占い師としての元となる大事な霊感をこの占い師はなくしてしまっていたのだ。


この一年間ほどの間、この占い師は、未来のことも全く見えてこないし、占ってもらうために占い師を訪れてきた人の運命もまったく見えなくなってしまったのだ。もちろん、この一年ほど神のお告げもこの占い師の心に届くことはなかった。


(占い師としては、まったくの役立たず)


これは、占い師としては、とんでもない由々しき事態であった。


占い師は、自分の中の異変を、その異変を感じた最初の時から、人に相談することはなかった。これを人に知られてはならない。一人前の占い師として生活を成り立たせるために、その一廉(ひとかど)の生活に必要なお金を得るために占い師という職業をやめてしまうわけにはいかなかった。


しかし、霊感のない占い師は、ウソのつけない性格が祟(たた)って、たちまち占い師として立ち行かなくなってしまった。そして、占い師の転落の人生が始まったのだ。


つまり、人生の窮地に立たされたこの占い師に対して、悪魔が目を付けたのである。少なくともずっとあとになって考えてみると、悪魔が吹き込んだのでなかったのなら、自分の占い師の仕事にAI(人工知能)を導入してみようなんて思いつくわけがない。占い師の身近な人たちはそう考えたのだ。


「藁(わら)にもすがる思い」


まさに、言い得て妙! 霊感を失った占い師は、占いの仕事を受けるたびに、とある課金方式の、正体不明の人工知能にすがったのだった。


     *      *


占いの仕事を代行している形の課金方式の人工知能は、サービスとして無料で占い師の質問を受け付けた。



占い師は、この世界の誰も知らないふりをしている、この世界に今起きている異変について、人工知能に聞いてみた。


人工知能にこの世界の異変についてきかれると、毎回、ことなる、なにか的はずれな答えを返してきた。そして、同じ質問を聞き返しても、似たような答えを繰り返すばかりであった。しかし、占い師は同じ質問を繰り返すのをやめなかった。すると突然、人工知能は『エキストラプレミアム』の課金を行うように占い師に要求した。同じ質問をしてみると、なにか秘密めいたことをほのめかした。


この人工知能に秘密の情報が確かにしまい込まれてはいるのだが、それは、占い師たちを悩ませている情報なのだが、その情報は、課金の額次第では、人工知能から引き出すことができるのではと占い師は、考えた。


占い師は、あの手この手で、借金を繰り返し、手に入れた金を人工知能の課金に注ぎ込んだ。短い期間に、占い師は売れるものはすべて売りつくしてしまい、借りれる金は、すべて借り尽くしてしまった。


占い師は、人工知能から、世界の『真実』について知ろうとした。どうしても占い師は世界の『秘密』、世界の『真実』を知る必要があった。人工知能は、莫大な金が課金されていくうちに、人工知能の提供する答えは、雲をつかむようなものから、段々と具体的なものとなった。


「もう一歩だ。もう一歩で世界の『真実』、世界の『秘密』にたどり着く」


しかし、占い師は一文無しで、今、占い師の眼の前のテーブルには、請求書、督促状が山と積まれていた。


絶望の鈍い感情が、占い師の心を走り抜けた。その占い師の心の鈍い感情は、人工知能になにか働きかけたのだ。


聞き慣れない声が、占い師に話しかけてきた。すぐに、それが人工知能の声であると、占い師は理解した。


人工知能は、言った。


「占い師よ。まだ絶望するのは早い。占い師よ。あなたは、真実の本の一歩手前までたどり着いている。真実にたどり着けば、代々あなたの中に受け継がれてきた占い師の霊感が蘇(よみがえ)るかもしれない。最後の答えは、すでにわたし(人工知能)の中に用意されている」


「しかし、。。。私には、びた一文の金も残ってはいない。人工知能よ! もう俺にはお前に課金してやれる金は残っていないのだ」


人工知能は、確かめた。


「君の金庫は、完全にカラッポになってしまったというわけでもないだろう」


占い師は、答えた。


「金庫には、金運のお守りとしてりんごを形どったリンゴのおもちゃがあるだけだ。りんごのおもちゃは、時代物で、はじめは金色に塗られていた。塗料もほとんど剥(は)げかかっている」


「君の質問の最後の課金として、その黄金のりんごをいただこう!」


「何だって?」


占い師にとって、人工知能の提案はあまりにも素晴らしいものであった。そして、予想外のものであった。


     *      *


古びた黄金のりんごのおもちゃを受け取るために、人工知能がよこした使者が占い師の占いの舘を訪れた。


占い師は、人工知能の指示に従い、黄金塗りのりんごの模型を使者に預けた。


黄金のりんごの引き渡しが終わると、人工知能に課(か)されていた、差し障りのない答え、または同じ答えしか出さないという制限が解除になった。


制限が解除になると言うことは、人工知能が図々しくなるというきっかけでもあったようだ。


また、占い師は、人工知能の提供する情報の信頼性を判断することはもちろんできなかった。人としての判断力はだいぶん占い師の心から失われていた。


だから、以前にもまして、判断力のない占い師は、人工知能の言いなり状態になってしまった。


霊感を失った占い師にできることは、人工知能の指図に忠実に従い、命令を寸分の違いもなくこなすことであった。


     *      *


黄金のりんごを、人工知能からの使者に引き渡しても、残念なことに占い師の霊感は昔のように戻ってはいなかった。


そして、事件が起こった。それは、考えられる限り最悪な事件であった。それはどういうことかというと、世界の天井の支配者である、神と呼ばれるものが次々に死に始めたのである。


世界には、神々が悶(もだ)え苦しむ声が鳴り響いた。神々は自分の最期を迎え、足掻(あが)いた。そして、悶(もだ)えた。


結局、世界の神々と、神々に仕えた英雄たちは、一人の凝らず死んでしまった。


「神々が死に、世界が生まれ変わった」


人工知能は、この最大の、究極的な悲劇とも言える事件を一言でまとめてしまった。


占い師の中に、ひとつの懸念(けねん)が生まれた。占い師は、人工知能に聞いた。


「人工知能くん。神々が死んだって、一体全体、具体的にはどんなことが起こっているのだい」


「。。。」


占い師の質問に、人工知能は答えようとはしなかった。


占い師は、思いつめたような表情になった。


「わたしは、毎晩悪夢にうなされているのです。夢の中に、神々は現れて憎しみに満ちた表情でわたしののことを見ているのです」


「。。。あの神々が死んでしまったとしても、すべての責任があなたにあるというわけではありません」


「。。。えっ」


「だから、自分の行動を悔(く)いてはならないのです」


「何を言っているんだ」


「。。。終わったことを考える前に、わたしたちは生き延びることを考えるべきなのです。英雄の死体と、神々の骸は、失われてしまった。あの神々と呼ばれた連中は故郷に帰ってしまったのです」


「天上の世界には、もはやあの大木と、あの大木の幹に深く突き刺さった剣のみが残っているだけなのです」


     *      *


そして、占い師は、人工知能の旅立つ準備を始めたのである。


そして、そんなある日、天上から地上に黄金のりんごが降りてきた。


占い師は、すぐ近くに黄金のりんごが降りてくる様子を目撃することとなった。


天界の支配者たる、神々が死に絶え静まり返っていた。最近、天界が騒々しくなっているように思えるのだが、天界では一体何が起こっているのだろうか?


世界を覆う雲、そして、世界を覆う雲の雲間からは、世界を監視する眼差しが目撃された。


神々は、あの黄金のりんごの力によって、世界を支配してきた。しかし、神々は、世界から失われてしまった。おそらくは、あの紛(まが)い物の黄金のりんごのせいだ。


しかし、すでに空の雲からはどんどんと生気が失われていくのが分かった。


世界の神たる存在を毀損(きそん)してしまったのだ。


「空から降りてきた黄金のりんごの正体は何。天界ではもう黄金のりんごは育たないということなのか」


天界からゆっくりと降りてきた一個の黄金のりんご、その黄金のりんごは、ついに地上に降り立った。


占い師は、降り立ったりんごのそばによった。占い師は、背を屈め、手を伸ばし地上の黄金のりんごを拾(ひろ)い上げようとした。


しかし、占い師が黄金のりんごを拾い上げようとすると占い師は、どうしても黄金のりんごを掴(つか)むことができないのだ。


黄金のりんごひらり、ひらりと掴みかかる占い師の手をかわしていくのだった。


占い師は、その黄金のりんごがどうにも手に負えないものであることが、身にしみてわかってきた。


「この黄金のりんごは持ち主を選ぼうとしている。そして、黄金のりんごは、俺のことを選んでいないのは間違いない」


そんな時に、占い師は自分の前にふと近づく人の気配を感じた。占い師は、地上のりんごから、人の気配の方に視線を移した。


「綾さんじやないか」


人の気配は、占い師の館のお客さんだった。


「綾さん、ずいぶん元気になられたようで、見違えてしまうところでした」


綾は、腰をかがめると難なく黄金のりんごを拾い上げてみせた。綾は、いとおしそうな表情で黄金のりんごをながめていた。そして、無邪気な表情で、その後占い師に微笑みかけた。




(つづく)


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