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夜は揺り籠の上に立つ  作者: you
夜を歩く術
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20/26

大丈夫20話 吸血鬼は泣いた

 翌日――


 G.O.D日本支部・第三区分室。

 朝の空気は、いつにも増して重かった。


「……え?」


 四ノ宮は、上官からの報告を受けた瞬間、思わず言葉を失った。


「昨日、一緒に飯を食ったあの2人が……殉職?」


 手渡された書類を見ても、信じられなかった。

 訓練校からの同期で、昨日もあれだけ元気に笑っていた仲間たちが――


“死亡”と記された欄が、無慈悲に彼の名前を突き刺してくる。


「そんな……なんで……」


 目を疑いながら、現場の記録映像と写真に目を通す。


 しかし、その中にあった“痕跡”は――


 ただの吸血ではなかった。


 壁に激突したように破壊された背骨。

 明らかに圧力で千切れた腕。

 咽喉を裂くのではなく、“引きちぎる”ように断たれた首。

 返り血すらも芸術的なまでに散っていた。


「……これは……」


 吸血衝動による殺害ではない。

 これは明らかに、“見せしめ”だ。

 意図的に“殺す”ことを前提とした、殺意の痕跡。


 ――しかも、速すぎる。


「応戦の形跡がない。……まともに武器も抜けていないままやられてる」


 上官の言葉が重く響いた。


「んー……復讐に来たのかもね」


 不意に根津さんがつぶやいた。


「あの母娘、戦う力はほとんどなかった。となれば……懇意にしていた別の吸血鬼が、仇討ちに動いた可能性が高いね。次に狙われるのは、僕たちかも」


 そう言って、根津さんはニヤリと笑った。その笑みはどこか楽しんでいるようにも見えた。


 ***


 その頃、夜の街角。


 真白は日が差さないビルの裏路地に静かに潜んでいた。身を潜めるのは得意だった。そして“気配”を読むのも。


 目の前に広がるのは、血と死の気配をまとった路地裏。


「あの二人じゃなかったか……」


 小さくつぶやくと、仮面越しの声が夜に溶ける。


「……次」


 感情のないその一言だけを残し、真白は再び暗闇へと身を沈めた。


 ***


 一方、G.O.D支部。


「我々は、しばらく二人を襲った吸血鬼の捜査に移る」


 上官がファイルを置きながら言う。


「現場の痕跡、行動パターン……すべて異常な点が多い。“杭”を狙った動きだ。特定は困難だが、そのうち……向こうから姿を現すだろう」


 根津が肩をすくめる。


「どうせ、どこかを歩いてればそのうち出くわすさ。ああいうタイプは、待つのが嫌いだろうしね」


 ***


「真白君が……やはり一人で動いているようだ」


 中村の静かな声に、喫茶店の空気が僅かに揺れる。


 カウンター越しでそれを聞いた祐は、カップを置き、立ち上がった。


「店長。……僕も行きます」






「四ノ宮君、ここからは二手に分かれよう」


「……二手に、ですか? 一体の吸血鬼に、二人で対応するのが基本では?」


 四ノ宮が首をかしげる。

 吸血鬼は少数でも危険な存在であり、単独行動はリスクが高すぎる――訓練でも、そう叩き込まれてきた。


 だが、根津は構わず歩を進めながら答えた。


「常識的には、ね。しかし、今回の対象は『ただの吸血鬼』ではない。目撃情報と行動パターンを照らし合わせると、こちらの動きを察知して逃げている可能性が高い。……ならば、釣り餌が必要だ」


「……囮、ですか?」


「炙り出し、と言った方がいいかな。君のような“新人バディ”が、うろついていれば、きっと接触してくる。今のうちに、手札を見せさせるんだ」


 その言い回しに、四ノ宮の眉がわずかに動く。


「……ですが、それでも単独行動は――」


「心配はいらない。確かに今は一人だが……“仕掛け”はすでに終えてある。あとは、そこに獣がかかるのを待つだけさ」


 根津は不吉な笑みを浮かべ、煙草の火を細い指で弾いた。


「四ノ宮君。吸血鬼は一体とは限らない。そして……彼らがこちらの思う通りに動くとも限らない。ならば、“揺さぶって、動かす”んだよ」


 四ノ宮はしばらく沈黙し――やがて、静かに頷いた。


「……了解しました。俺にできる範囲で、炙り出してみます」


「頼もしいね。君のような“正しさ”を掲げる存在が、餌として歩いてくれれば、きっと出てくる」


 背を向けたままそう告げる根津の言葉は、どこか――予言めいていた。


 **


 薄暗い路地を、四ノ宮は一人歩いていた。

 吐く息は白く、頬を撫でる風がやけに冷たい。

 冬の空気は、ただ静かに街を凍らせていた。


 左手の中指には、黒銀の指輪――レヴナントが嵌められている。

 まだ展開はしていない。だが、いつでも“応じられる”ように、意識は研ぎ澄まされていた。



“新人バディがうろつけば、向こうが手札を見せる”


(……つまり、俺が囮ってことか)


 不満はあった。だが、“杭”である以上、任務を放り出すわけにはいかない。


 その言葉を反芻しながら、周囲に気を張って歩いていたそのときだった。


 角を曲がった先、街灯の下に、フードを被った一人の青年の姿があった。


(……誰だ?)


 立ち止まり、四ノ宮は警戒を強める。


 ――それは、僕だった。


 吸血鬼の影響で、人々の足が遠のいた夜の街。

 まるで世界が息をひそめたような空気の中、僕は一人、響華の気配を追って走っていた。


(……真白ちゃん。無茶してなければいいけど……)


 そんな矢先だった。

 曲がった先、街灯の下に“それ”は立っていた。


 大柄な男。鋭い目。まだ展開されてないが黒銀の指輪。


(……杭。……でもまだ、展開はしてない)


 相手の指輪を見て、僕はひとまず距離をとった。

 けれど、血が足りない。瞳が――赤く染まりかけている。


(……まずい)


「止まれ」


 四ノ宮の低い声が、夜を裂いた。


「お前、何者だ。吸血鬼か?」


 僕は一歩も動かず、マスク越しに返す。


「……どいてもらえますか?」


「……!」


 その一言で、四ノ宮の目が鋭くなる。


(こいつ……目が、赤い……!)


「お前……吸血鬼か?」


 沈黙。


 その沈黙が、すべてを肯定していた。


(反応なし、肯定もしない……でも――この目……この“飢え”)


 四ノ宮の脳裏に、嫌でも蘇る。


 数日前、仲間だった二人の“杭”が、赤い霧のように散った現場。

 応戦の隙すら与えず、“見せしめ”のように惨殺されたその現実。


 ――そして、目の前の“赤い目”。


「お前……俺の同期二人を殺した奴の仲間か?」


「……なんのことか分かりません」


 冷静に返したつもりだった。だが、瞳が物語っていた。


(……バレた……!)


「その目が証拠だ。……血に飢えた、あの目が!」


 四ノ宮は、左手をゆっくりと持ち上げた。

 中指の指輪が淡く輝く――


 レヴナントが、応じようとしていた。


「お前たちはなぜ、無垢な人々を襲う!」


 叫びと同時に、四ノ宮はその場から飛び退き、展開の構えを取る。


 黒銀の指輪から噴き出す黒い靄。

 それが形を持ち始め、巨大な重量武器――大剣の輪郭が現れ始める。


「なぜ――二人を殺した!!」


 僕は咄嗟に身を翻す。


 ――もう、交渉の余地はなかった。




「何故だッ!!」


 止まらない。問答無用の攻撃。

 僕はただ、かわし続けることしかできなかった。


「彼らはなぜ殺された!? G.O.Dだからか!? 人間だからか!? ――人が殺される理由なんて、どこにある!!」


 轟音と共に、振り下ろされた大剣が地面を砕き、壁をえぐる。

 破片が弾け飛び、僕の身体が吹き飛ばされた。


「この世界を歪めてるのは――貴様ら《吸血鬼》だ!!」


 背中を打ちつけたコンクリートの冷たさが、冬の夜の気温をまざまざと教えてくる。


 立ち上がりながら、僕は静かに呟いた。


「……僕たちだって……好きで人を襲ってるわけじゃない」


 足を引きずりながら立ち上がる。


「柚葉さんたちは、誰も襲わなかった。あの人たちは……ただ、静かに暮らしたかっただけなんです」


 赤い瞳。獣のように剥き出しの犬歯。

 そして、かつての“屍鬼”の名残り――鋭く伸びた爪が、無意識のうちに光を帯びていた。


(止まれ……僕は、誰かを……)


 その願いとは裏腹に、衝動が肉体を突き動かす。


 **


 四ノ宮も再び踏み込み、怒りを力に変えて大剣を振るう。


 僕はその斬撃をかわしながら、腕を振り抜いた。


 爪が空を裂き、四ノ宮の頬をかすめる。


(……影が……動いた?)


 その瞬間、彼の背に違和感が走る。


「ッ……誰かいる……後ろに?」


 僕は、音もなく“影”を滑るように移動していた。


 そして気づけば、四ノ宮の背後――彼の影の中に立っていた。


“夜に気配を感じたら、決して振り返るな――振り返れば、そこに《シャドウグリム》がいるから”


 中村さんから渡された古書に、そう記されていた。


 屍鬼の進化先。


 影を纏い、影を喰らい、影そのものを武器とする異形。


 それが《シャドウグリム》。



「くっ……!」


 警戒と本能が同時に働き、四ノ宮は反射的に身を翻した。

 だが――遅い。

 鋭利な爪が、彼の頬を浅く裂いた。


 影が蠢く。

 地面に落ちたふたりの影が、ねっとりと絡み合い、やがて一つに重なっていく。


「これは……!」


 四ノ宮の足元から、黒い糸のような影が伸びる。

 まるで意志を持つかのように、彼の動きをじわじわと侵食していく。



 僕の《影》と四ノ宮の《影》が、一本の“縄”のように結びついている――


 その瞬間、四ノ宮は本能に逆らえず振り返ろうとした。


「く……ッ!」


 鋭利な爪が、彼の頬をかすり、浅い切り傷を刻む。



“エンド”として目覚めた、自分の中の何かがうねり始めていた。


 四ノ宮は、死を覚悟した。


 そのときだった。


「逃げてくれ――!!」


「!?」


 叫びだった。


「逃げてくれ!人殺しに……僕をしないでくれッ!!」


 仮面の奥の瞳が、赤く光る中で――


 確かに、涙を流していた。


「僕は……人なんて殺したくない……!!」


 四ノ宮は絶句した。


(……吸血鬼が……泣いてる?)


 衝動に呑まれながらも、必死にそれに抗うように。


 ――その姿が、どこまでも“人間らしかった”。


 そして、四ノ宮の中で、何かが揺らぎ始めていた。




 遠ざかっていく足音が聞こえた。


 助かった。


 そう思うべきだった。


 だが安堵より先に、身体の奥底から別の何かが溢れ出してくる。


 飢え。


 渇き。


 理性を削り取るほどの衝動。


「ぁ……




「血が……血が欲しい……ッ」


 喉の奥が焼けつくようだった。

 頭の中はもう真っ白で、理性という理性が吹き飛んでいた。


「血をくれよォ……!」


 それは叫びというより、獣の唸りに近かった。

 吸血鬼の吸血衝動――それは、気が狂うほどの苦しみだ。

 痛みではない、飢えでもない。

 ただひたすら、“欲求”だけが肉体を支配していく。


 エンドは地面を這い、爪を突き立て、狂ったように暴れ回った。

 全身が軋み、胸の奥が焼ける。

 何かを壊さなければ、耐えられない。


 その時だった――


 背後に、微かな気配。


 本能が反応し、鋭利に伸びた爪を後ろへ振るう。



 ブシュッ――!


 血のにおいが鼻を突いた瞬間、夜の冷気にその香りが溶けてゆく。

 冬の空気はどこまでも澄んでいて、だからこそ――彼女の血の匂いも、すぐに届いた。



「……エンド」


 優しい声が耳に届いた瞬間、動きが止まる。


 そこにいたのは――セレナだった。


 セレナの腕を傷つけてしまった――

 その罪悪感すら、僕の理性では押さえきれない衝動に、涙がにじんだ。


「だいじょうぶ……」


 その言葉とともに、セレナは何も言わず、静かにエンドを抱き寄せる。


「……!」


 傷つけたはずなのに、彼女は微動だにせず、ただ包み込むように僕を抱きしめていた。


 その胸元から、流れる血が口元に触れる。

 舌先が――勝手に動いた。

 意識では止めたかった。けれど、渇きに抗えなかった。

(やめろ……やめたかったのに……)

 その葛藤を置き去りにして、血が舌に触れた瞬間――

 視界が、溶けた。


(……ああ……)


 甘く、温かく、優しい。

 それはまるで、世界中の赦しを凝縮したような、幸福そのものだった。


 暴れていた身体から、徐々に力が抜けていく。


 その中で、セレナの声だけが、遠くで何度も繰り返されていた。


(――これが、僕の生き方なのか?)

(誰かを傷つけて、赦されて……それで、生きていくのか……?)


「……だいじょうぶ……」

「もう、大丈夫だから」


 その声は、まるで雪のように静かで、やさしかった。


 終わりない闇《吸血衝動》を、銀色の冬が照らした。



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