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第二話 罪悪の双子



「……そうだった」


 巨獣・エレシュギレオンが、ゆっくりと動き出す。リューヤに向けて、蠢きだす。

 その目前には、呼びかけを待つ白と黒の召喚陣。彼が描き出した、理想が、今か今かと鳴動している。浅く口元を歪ませて、声無く呟く。


 来い、と。



《召喚式、発動開始。カウント開始します》



 白い召喚陣が、輝きを増す。突風が吹き荒れ、その中に純白の羽が踊り、銀の長髪が翻る。鳴り響いていた讃美歌が、一層高らかに響く。その中を優美に歩み出る、皮鎧を纏った戦士。

 美しい形をした、男だ。しかしその背には純白の両翼が優雅にはためき、銀の髪と両翼が振れるたびに金の輝きが生まれて消える。開いた眼は蒼穹の青で、白い肌は思わず触れたくなるほど滑らかだ。身にまとう皮鎧も純白で、煌びやかな装飾が施されている。腰に携えた細身の剣と背中の弓もまた、彼にぴたりと似あう白と金の装飾で覆われている。



《第二段階、発動開始。あと5秒でカウントは終了します》



 黒い召喚陣は、真っ二つに裂けた。内側に眠る異界の住人が、まどろっこしいと言わんばかりに、その長剣を突き立てたのだ。無骨で、切るというより叩き斬ると言った方が正しいだろう、幅広の剣。それを軽々と肩に担ぐのは、異形の戦士だった。漆黒の鎧は細身のシルエットを描いているが、上半身は胸当てと武装用の下着以外は身につけていない。筋骨隆々とした上半身には、数多の鱗が生えている。

 白き戦士と対の様に生えた翼は、鋭い爪のある蝙蝠のような両翼だ。傷と包帯に覆われた顔の形は窺えないが、その炯々と光る紫の目が、彼の狂気を物語る。尻から伸びたトカゲの様に長い尾が、地面をたたいて容易く割った。



《リスト終了、召喚式完了確認。召喚に成功しています。》



 消失する、白と黒の召喚陣。そこに組み込んでいた突風が、リューヤの茶色い外套をさらって空へと巻き上げる。リューヤの着る軍服の裾が、風にはためいた。


 完璧だった。


 無駄なラグ無く、彼らをこうして見事に召喚することが出来た。そのことに、リューヤはいたく感動していた。


 彼方、白亜の天使族、ゼノア。

 此方、漆黒の悪魔族、ヴァルグリム。

 《罪悪の双子》の名を冠する、希少価値最上位の召喚獣。


 二体の騎士はリューヤが保有する召喚獣の中でも、特別に希少(レア)な召喚獣。召喚士を職業として選んだ時、ビギナーズラックと言うにもラッキーすぎたのだけれど、リューヤはこの二体を召喚せしめたのである。

 ゲームを始めたばかりのころ、召喚士キャンペーンと称されたそれは、当時存在していた召喚獣の中ならどれでもレア度を無視して召喚できるという、実にギャンブル性の高いものだった。

 本来一体だけしか手に入れられない仕組みのものだが、なにしろ彼らは二体セットでしか手に入らない召喚獣だ。一応、召喚できる確率はゼロではなかったが、それにしたってまずあり得ない。


 だからこそ、時間がかかった。


 この二体を如何に格好良く召喚できるか、リューヤは悩みに悩んだ。

 おかげで現在に至るまで、彼ら二体をまともに召喚して戦わせた試しは無く、完全にリューヤの中では切り札的存在になっていたのだ。


「……いい、いいぞ!」


 リューヤは今、最高に興奮していた。

 目の前の巨獣・エレシュギレオンのパラメーターは、すでに視界にとらえている。レベルにしても、体力量にしても、彼ら《罪悪の双子》の相手では無い。経験値を上げるアイテムなどをふんだんに与えて、いつか使うその日に備えていて良かったと心底思う。


「さて、マスター。どう攻める?」


 思ったより高圧的な口調で話しかけてきたのは、ゼノアだ。流石は最上位の召喚獣だ、とリューヤは思う。


 最上位の召喚獣には、高性能な個別AIが設定されている。音声はもちろんのこと、プレイヤーの簡単な指示だけで戦闘も可能。さらに個性が強く、中にはプレイヤーに指図するような者までいる。ゼノアの声は人気声優を起用したとだけあって、その流麗な天使姿に全く違和感なく当てはまっている。

 感動するリューヤに視線を向けるゼノア。まるで値踏みしてくるようなその眼差しに、リューヤは思わず見蕩れた。それだけゼノアの顔形が、人間じみていながらも欠けることのない美しさを保ったものだったからだ。


「わきまえよ、ゼノア。主上の前ぞ」


 諌めるような声は、ヴァルグリムだった。映画の吹き替えを中心に活動する声優と聞いていただけあって、その外見に良く合う青年にしては渋みのある声だ。格好良い、最高。

 思わずだらしなく溶けかける表情を引き締めて、リューヤは言う。


「大丈夫だ、ヴァルグリム。気にしていないし……どう攻めるかは俺も考えていたところだから」


 普通に話しても大丈夫か、とリューヤが様子を窺いながら話すと、どちらも納得した様子だった。流石は高性能AIと思いながら、伝える。


「あの巨獣は、エレシュギレオン。奴を含めて、七体の巨獣を倒すことが、今回の依頼だ」

「承知した」

「了解」


 軽く頷いた二体が、駆け抜けた。

 ステータスだけを見比べれば、二体はリューヤを遥かに凌ぐ。本来なら、一体だけでもボス級の実力を持つ、最上位召喚獣。その力は、圧倒的の一言に尽きる。


「マスターがようやく呼びだしてくれたんだからね。さあ」


 抜かれた長剣に、白く風がまとわりつく。微かに笑ったゼノアが、跳躍した。

 巨獣・エレシュギレオンの胸元。人の顔じみたそこへ、何のためらいもなく剣を突き刺し、さらに飛んだ。その剣を、ただの足かけにしたのだ。見る限りに荘厳なその剣を、ただの足場に仕立てたのだ。


「沈め」


 囁きと共に、五本の弓矢が弾け飛ぶ。脳天を直撃したそれに、エレシュギレオンから壮絶な咆哮が生じた。膝を折り屈しかける巨獣の、後ろ脚。そこに滑り込んでいたヴァルグリムの両手剣が、大気ごとそれをへし折る。聞いたこともない音がして、関節と逆側に弾け飛ぶエレシュギレオンの後ろ脚。


「ゼノア、多少は周りに気を使え」

「兄上こそ、マスターの方に石つぶて飛ばしてるじゃありませんか」


 飛んでくるそれらを防ぐべく、リューヤが簡易的な防御魔法を展開するより早く。


「申し訳ございません」


 ヴァルグリムが目の前に現れ、飛んでくるつぶてを全て、黒い炎で焼き払った。そこまでしなくても、と思いつつも、リューヤは興奮を隠しきれなかった。

 憧れていた。こんな風に、二体の騎士が、縦横無尽に戦う様を、見たくてたまらなかったのだ。

 気にするな、と笑みを浮かべると、ヴァルグリムは律義に頭を垂れてから、再び上空へ舞い上がる。


 『罪悪の双子』。

 女神の使徒である天使と悪魔は、“女神と果ての理想郷”ではなじみ深い。どちらもプレイヤー、つまり流離人を導くという役割を担っている。決定的に違うのは、背中の翼とモチーフの色程度だろう。天使は白、悪魔は黒。その差はなんなのかは、流離人達は知らないこととされ、公式設定にも全くのっていない。

 しかし、役目は同じでも、天使と悪魔には相容れない確執が、確かに存在した。

 その確執の果て、生まれおちた双子。天使と悪魔が愛し合い、そして生まれたとされるのが、ゼノアとヴァルグリムの兄弟だ。


《エレシュギレオンの体力、70%を切りました。これより特殊行動、憤怒化が発動します》


 システムアナウンスを視界にとらえて、リューヤは二体へと声をかける。


「憤怒化が始まるぞ! 気をつけろ!」


 憤怒化、簡易的なステータスアップだ。行動パターンが変動し、攻撃力を増幅させるが、自身のことにすら眼もくれず敵を攻撃するため、防御力が格段に低くなる。

 しかしそんなことは、二体には関係なかったらしい。三度程度の攻撃で、ほとんど瀕死にまで追い込める相手である。歯牙にもかけない、とはこのことだろう。


「五月蠅いなぁ」


 口を矢で縫いとめられ、エレシュギレオンの絶叫が無理やり止まる。ゼノアはその白い皮鎧に塵もつけず、足場に仕立てた剣を引き抜いて、地面へと戻ってきた。それと同時、ヴァルグリムの振りあげた剣が、エレシュギレオンの腹を強かに打ち、宙へと浮かせる。

 あんな巨大なものを打ちあげる膂力、悪魔と言うに相応しかった。


「主上」


 この騒音の中でも響く声に、リューヤは応える。たぶん、この角度で、こう言うのがカッコいいはずだ、と。


「往け、我が徒よ」


 轟音。

 ヴァルグリムが振りかざした剣は、落下してくる巨体をいともたやすく引き裂いて、壊していく。絶命と共に消え去り、黒い煤の塊と成って、エレシュギレオンは降り注いだ。黒い煤は雪のように、おびただしい傷跡にまみれたその場へと、降り注いでくる。


《エレシュギレオンの討伐を確認。経験値、アイテム入手を開始します》

《一体目の巨獣討伐を確認。指定されている巨獣は、あと六体います》

《天使族ゼノア、悪魔族ヴァルグリムがレベルアップしました》


 次々と流れるログを流し読みしながら、リューヤはため息をつく。感動であり、感嘆のため息だ。想像していた通りの圧倒的な力を見せた二体に、リューヤは心底感動していたのだ。


「良くやった。流石だな」

「当然のことをしたまでです」


 ヴァルグリムはそう返し、ゼノアはどこか自慢げにふふんと笑う。改めてみても、格好いい召喚獣である。

 御苦労さま、の意味を込めて笑顔を返したリューヤは、


「初めて喚んだのに、本当にありがとう」


 そう言って、二人へと褒美を授けるように両手を伸ばす。手にしていたのは、召喚獣専用のアイテムだ。甘露の雫と呼ばれるアイテムで、疲労度を回復させる効果がある。召喚獣一体一体に存在する疲労度は、蓄積しすぎるとダメージを受けやすくなる。疲労度など会ってない程度の二体にだが、感謝の想いをこめて差し出したのだ。

 黄金のリンゴに似た甘露の雫を、二体が恭しく受け取る。


 その瞬間すら格好良く決まったので、もうリューヤは有頂天だった。録画もしていたので、バッチリである。もはやこれは彼の癖で、自身の召喚術をくまなく記録し、出来が良いものはネットの動画投稿サイトにアップロードしている。今回のものは、絶対にアップロードしたい。

 ユニーククエストへの遭遇もそうだが、これだけの戦闘を繰り広げる二体を自慢し倒したかった。


 召喚士全体に言えるのだが、召喚獣つまり、『うちの子大好き!』な奴らが、非常に多いのである。最上位召喚獣ほどでないにせよ、簡素なAIが搭載されている召喚獣達は、懐きもすれば忠義も誓う。そして主人であるプレイヤーの戦闘パターンを記憶して、それに合わせて戦うようになるのだ。

 中にはアニマルセラピーじみた真似をしている召喚士もいるから、彼らの召喚獣愛は相当なものである。

 リューヤも、いわゆる、うちの子大好き勢である。そして、ドラゴン、悪魔、天使、狼などなど、格好いいと素直に思える召喚獣が大好きであった。


 しばらく陶然としていたリューヤだったが、はたと我にかえる。

 そう言えば、ここはどこだろうか。


 ゆっくりと振り返ったリューヤの視界に映ったのは、こちらを窺う無数の視線。揃いの制服の、少年少女。呆然と立ち尽くしたリューヤは、静かに微笑んだ。本当に、ここがどこだかわからなかった。こういうフィールドがあるとは、彼も聞いたことがなかった。


《チュートリアルクリア、おめでとうございます》


 そんなシステムアナウンスを聞きながら、前途多難さにリューヤは笑うしかなかったのである。


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