第一話 ユニーク・クエスト
はじめまして。
いわゆるゲームプレイしてたら異世界きちゃったー系のお話。
魅せプレイって、いいよね。
轟ッ!!!
爆音が、大地を裂く。地面を隆起させ、建物は崩壊し、人が紙きれ同然にちぎれ飛ぶ。白亜の宮殿もかくや、しかし良く見ればエンブレムが掲げられ、数の揃った机と椅子が並んだ部屋が見える。揃いの制服を着た少年少女は満身創痍で、中には死んでいると考えている方がよさそうな、血まみれの者もいた。
そんな光景と共に、この場全てを蹂躙したであろう存在が、いる。
「……なんだ、これ」
巨獣。漆黒の、巨獣。
獣の頭を持ち、人間の顔を胸に掲げ、四足で大地を踏みしめるそれ。訳が分からない、とばかりにそれを見上げていると、後方から悲鳴が届いた。
「逃げて、逃げてよぉ!」
少女の声だった。あたりで蹲る少年少女は、悲鳴を上げる。巨獣は蠢き、何かを探す様にあたりを睥睨する。
《ユニーク・クエスト、『巨獣殲滅と果ての星』の開始を確認しました。チュートリアルを開始します》
視界の端に流れたシステムアナウンスに、彼はどきりとした。
発生確率不明、一度クリアされれば再挑戦は不可能、プレイヤーの行動こそが攻略のカギ、そしてレアアイテムと莫大な報酬を得ることができる。これまで5件しか発生が確認されていない、幻であり噂だった、『ユニーク・クエスト』。
そんな、眉唾ものの知識が脳裏をかすめる中で、彼は思わず『はい』を選ぶ。
《一体目の巨獣、エレシュギレオンの討伐が今回のクエストのチュートリアルとなります。このユニーク・クエストでは、指定した七体の巨獣討伐、死亡しないこと、がクエストクリア条件です》
死亡しないこと。
条件としては、確かに重要だろう。死んでしまえばそこで終わり、何時も以上に気を引き締める必要があると、彼は何時もは流し読みにしているシステムアナウンスをしっかりと読みこんで行く。
《なお、指定した七体の巨獣以外にも、巨獣は存在します。巨獣の討伐数による報酬の増減はありませんが、討伐数に応じて巨獣の素材が手に入ります。また周囲のNPCとの会話によって得られる報酬が存在します。なおユニーク・クエスト受注中はそのほかのクエストを受けることができません。それではエレシュギレオンの討伐を開始してください》
エレシュギレオン。
それが、どうやら、あの黒い巨獣の名前らしい。うすら寒い姿形を、一目見たら忘れるはずもないから、確実に彼もあったことがない魔物だ。巨獣というのは、突発的に発生する特殊ボスの一つで、その名の通り巨体であることが特徴。さらに言えば、何かと何かを無理やり混ぜたような、奇妙な姿をしていることがほとんどだ。
エレシュギレオンのだいだい色に鈍く輝く目が、彼を見据えた。彼はゆっくりと冷静になる自分を、理解していた。冷静さを欠いて初めてのモンスターと戦うと、一瞬で体力をごっそり削られる。
「これが、ユニーク・クエストか」
ぽつり、と呟く彼の視界で、再びシステムアナウンスが流れる。
《詠唱完了。召喚セットナンバー28が発動しました。》
そうだ。思い出した。
彼は、江島良哉は。いや、プレイヤーであるリューヤは思い出す。自分が何をするつもりだったのか、そして何をしている途中だったのか。
事の起こりは、30分ほど前に遡る。
組み上がった数字と文字の羅列を、上から下へとスクロールさせながら、彼は興奮していた。これまで組み上げてきた数多の魔法発動リストの中でも、中々の出来栄えだと自負していたのだ。
電脳の世界へと人間が精神を解き放ってから、50年。
フルダイブ型と呼ばれるオンラインゲームは、世界中で人気となり、ヘッドギア一つで異世界での冒険を体験できることが、普通のこととなりつつあった。
その一つであるオンラインRPG“女神と果ての理想郷”は、ありとあらゆるエフェクトをまき散らし、望むままの魔法効果を与え、新たな魔法を生みだす。とかく魔法をぶっぱなしたい奴らは集まれとばかりの宣伝通りに、このオンラインゲームでは魔法をどう組み合わせるかを、非常に細かく設定できる。
その組み合わせた魔法を記録し、さらにどのタイミングでどんな風に発動するかもすべて、事こまかに決めたい者のためのシステム。それが『魔法発動リスト』であり、彼……江島良哉が熱中するものだ。
「かっこいい、これ絶対に格好いい……!」
ほう、とため息を吐いて、良哉はリストをまた上から下へとスクロールさせる。良哉は、このゲームの中で召喚士という職業でプレイしている。召喚士の設定は、『様々な異世界や伝承より、彼方の世界の住人達を召喚し従える者達』というものだ。良哉がこの職業に決めたのは、ゲーム紹介の動画で見た召喚士の戦い方が理由だった。
朗々とした詠唱、踊る炎。空中に描かれた五つの召喚陣からさらに赤く光が伸び、星を描いて行く。腕が、頭が、脚が、胴体が、そして巨大な翼が空へと広げられる。
紅蓮に燃える二つの目が、あたりを睥睨する。ぱちり、と召喚士が指をはじくと、その黒竜は顕現した。
格好良かった。その動画を何度も見かえすほどに、格好良かった。ドラゴンを召喚するということも、召喚陣や炎といった設定も、ド派手な音楽や演出も、全部自分で作れる。そう思うともう、ためらいは無かった。
良哉はすぐさま“女神と果ての理想郷”をダウンロードし、召喚士として如何に格好良く召喚獣を召喚するかに情熱を注ぐようになったのだ。同じような考えのプレイヤーも多く、大方彼らは魅せプレイを追求し、召喚した後もどうすれば格好良く召喚獣を戦わせられるかにも熱意を捧げている。もちろん、良哉もそうだ。
召喚魔法を組み込んだリストを披露しあい、お互いの浪漫をぶつけ合う至福の『お披露目会』。それが三日後に迫る今日、ようやく納得がいくだけのリストを作ることが出来たのだ。
それに納得がいくだけでは無い。これまで良い登場の仕方を妄想すること数百回、色々と追求しすぎて中々使うことが出来なかった、お気に入りで特別な召喚獣のためのリストなのである。
「こいつらにピッタリのを、って思って、ずっと使えなかったもんな」
すぐさまこのリストを試したい―――、その欲求を抑えきれず、良哉はヘッドギア状の装置をはめると、ベッドに横になる。エフェクトや魔法をリスト化するには、やはり使いなれた環境が一番で、彼はそれを電子ノートに書きこんでいたのだ。すぐさまコピーして、ログインを確認したと同時に、リストに読みこませていく。ログインと通信が確立されたと同時、暗闇の中だった周囲は、良哉がいつも拠点にしている工房の中へと変化し始めていた。
「よっし!」
着なれたローブが翻る。おっと、と立ち止まって、良哉は自分の姿を見直した。
せっかく出来あがったリストを試すのだ、この格好はどうだろう。もっと、いい感じの、相応しい装備に着替えた方がいいんじゃないだろうか。
装備をしまい込んだたんすを開けて、20分。良哉の頭の中では、今回組み上げたリストに似あいそうな、裏設定が組み上げられていた。一見して、格下でボロボロな身なり。しかしそれは仮初の姿で、彼には忠義を誓う召喚獣達が揃っている。その中でも、特別な二体。滅多なことでは召喚出来ないが、今回は特別な目的があるのだ。
などなど、妄想に口角をにんまりと吊り上げながら、良哉は装備を見直した。
襤褸切れにも似た茶色のローブの下には、金属製のボタンやラインが格好いい軍服と黒い細身のブーツ。平素は乞食のような姿で街を観察している軍師、というつっこまれると後戻りできない妄想の果ての産物だった。
「だがそれがいい」
ぽつりと呟いて、すぐさま召喚に必要なアミュレットを胸にかけ、腰にサーベルを装備する。召喚士は基本的に、武器や魔法具を必要としない。『召喚獣との絆があれば、彼らは戦う場所を選ばない』という設定があり、決まった魔法を使えば召喚には問題がない。それでも武器を取り、魔法具を装備するのは、接近戦に備える為とかどうとかプレイ上の攻略的な要素は完全無視だ。ただ一つの理由だけだ。
格好いいから。以上。
「よっし、部屋借りてどどんと練習するか。それとも……そうだ」
どうせなら、外のフィールドでやるのはどうだろう。
どうせなら、ここから一番近いフィールド『かがり火の丘』でやるのは、どうだろう。
「丘の上で、草原の中で、いい、良いぞ」
そうと決まれば善は急げ。彼が拠点とする街『アークウェルド』の東西にある門の片方、東門から出た良哉は小さく唱える。
「我が名はリューヤ、有象無象の召喚士、そのただ一人にすぎない」
完全な、趣味だった。妄想だった。この一言を呟くと、良哉は『アークウェルド』に工房を構える中級召喚士“リューヤ”へと変わる。……ような、気がするのだ。
「どこにしようかな……人目が無い場所にしないと、プレイヤーキラーとかトレイン目的とかって思われたら面倒だしなぁ」
召喚魔法は、とかく派手だと思われている。その派手さを生かしてプレイヤーを攻撃したり、モンスターを引きよせるトレイン行為を行ったりと、そう言った馬鹿をする召喚士が居ない訳ではない。そんな勘違いをしてもらっては困ると、リューヤはあたりを散策する。
そもそも、この『かがり火の丘』は、初心者向けの場所だ。馬鹿な真似をすれば、アカウント停止は必至。
ここは誰もがここに帰りつけるようにと、大きなかがり火を焚く施設がある。初心者のうちは、フィールドがモンスターの出現が激しい夜に切り替わった場合、このかがり火の下に来ることで安全に一夜を過ごすことが出来る。フィールドでも休憩を取ることはできるが、安全に休憩するにはそれなりの技能とアイテムが必要になるのだ。
オンラインRPG“女神と果ての理想郷”は、魔法を自在に組み合わせることができる、エフェクトやグラフィックが実に美しいといった特色の他に、自由度の高さも人気の一つだ。
この世界を生みだした女神、彼女が住むとされる理想郷を目指す“流離人”。プレイヤーはこの“流離人”となり、世界各地を巡ると共に謎を解き明かし、理想郷へと向かっていく。ただその理想郷に実際に辿りついた者は、未だに居ない。メインストーリーに関わるクエストを進めるだけでは、理想郷へ辿りつくというラストを迎えられないということは、分かっている。それ以外の要素は、未だに未発見だ。
だからプレイヤーには、あらゆることを試せとばかりに、殆どの制限がかけられていない。普通のゲームではありえないNPCとの会話も可能であるし、木の伐採や土を掘り返すことだって難しくは無い。こうしたい、と言うことが、殆ど実現できてしまう。
このかがり火の丘も、その一つだった。
初心者が安全にゲームを楽しめるようにと、有志が集まって作りあげたかがり火施設に運営が敬意を表して、正式にここのフィールド名にしたのだ。
「あっちの方なら、誰もいないかな」
なるべく人のいなさそうな場所を見つけ、リューヤはそこに入り込んだ。背の高い木がぐるりと円状に生え、真ん中に広場のように空き地ができている。よく見ると伐採の跡があるので、誰かしらここで木を切り倒して持ち帰ったのだろう。丁度いい、とばかりに、リューヤはリストを広げた。
何度見ても、良い。
高鳴る鼓動を抑えることもなく、リューヤは最高に楽しそうに声を上げた。
「召喚!」
召喚術の、はじまりの一声。それと共にリストが発動し、順番にシステムアナウンスに発動した魔法のログが残されていく。
描かれる召喚陣は、二つ。左手に白の召喚陣、右手に黒の召喚陣。設定しておいた讃美歌が、朗々と流れていく。高揚した気分のままそれを見つめていたリューヤの視界の端で、システムアナウンスが何かを表示した。何時もなら、大抵無視するそれ。
それが消えないものだから、何か重要なものだ、と思って眼をやる。
――――《ユニーク・クエストの発生を確認しました。参加しますか?》
「ゆにーく、くえすと……っ!?」
リューヤは、愕然とした。
この“女神と果ての理想郷”では、非常に低確率で、その場だけのクエストが発生することがある。それらは様々な希少度が設定されていて、その中でも特別に高い希少度を持つクエスト。それが、ユニーク・クエストだった。ユニーク・クエストの特徴は、クエストが一つしかなく、発見したプレイヤーのみが参加できること。参加したプレイヤーの攻略方法こそが至高であり、それ以外の選択肢は無くなり、再び誰もプレイすることは出来ない。その分だけ、得られる報酬や経験値などがケタ違いで、難易度もそれ相応だと言われている。
ただし発生頻度が馬鹿みたいに低く、配信開始になってから3年経った今でも、5件しか発生が確認されていない。
一度しかプレイできず、一人しか知らないクエスト。
すなわち、そのプレイヤーだけの物語になる。
勢いのまま、リューヤは言っていた。
「参加します!」
クエスト開始時特有の、一瞬のブラックアウト。変化する周囲の景色、一抹の不安、未知への期待。
そうだ、確かにリューヤは、ユニーク・クエストの発生を確認した。確認した上で、参加を決定したのだ。




