KPOPアイドルになりたい。三つ巴のステラ
第一章 三つの星雲
『PROJECT: AURA』から誕生した5人組ガールズグループ『AURA-5(アウラファイブ)』。そのセンターとして彗星のごとくデビューを果たした紬を取り巻く環境は、デビュー後さらに過酷さを増していた。
その年のK-POP界は、近年稀に見る「新人豊作の年」と称されていた。
『AURA-5』の前に立ちはだかったのは、2つの強力なライバルグループだ。
一つ目は、韓国最大手芸能事務所が満を持して送り出した『SOLARIS』。幼少期から厳選され、10年近く完璧な英才教育を受けてきた精鋭たちで構成された王道・最高峰のパフォーマンス集団。彼女たちの武器は、隙のないビジュアルと、寸分の狂いもない絶対的な完成度だった。
二つ目は、欧米の有名プロデューサーが手掛けたグローバルグループ『LUNATIX』。ハイパーポップと重厚なヒップホップを融合させた中毒性の高い楽曲と、個性がぶつかり合うワイルドな魅力で、欧米圏のチャートを席巻し、SNSでの爆発的な拡散力を誇っていた。
精密な美を誇る『SOLARIS』。 世界を揺らす異端の『LUNATIX』。 そして、『S4』と『樹林』の超並列演算によって覚醒し、圧倒的な表現力とドラマ性を持つ紬率いる『AURA-5』。
3つのグループは、夏から秋にかけてチャートの首位を目まぐるしく奪い合い、メディアは連日のように「三つ巴の新人王決定戦」と書き立てた。
だが、多忙を極めるスケジュールの裏で、紬の心身は限界に達しつつあった。
テレビ出演、海外ツアー、連日の練習。現実の時間だけでは到底追いつかないパフォーマンスのクオリティを維持するため、紬は毎夜、宿舎のベッドで『フルダイブ・バルブ』を装着し続けた。
『樹林』の負荷率は限界値に近い。追加CPUが発する熱量と、メテオラシャワーの受信用ノイズが、夢の中で紬の脳を締め付ける。
(負けたくない……『SOLARIS』の完璧さにも、『LUNATIX』のグルーヴにも……!)
仮想空間の漆黒のステージで、紬は血の味がするほどの息切れを感じながら、一人ステップを刻み続けていた。
「ツムギ。脳波データに過度の負荷が検出されています。シミュレーションを中断しなさい」
ホログラムのチェ・ウニョン博士が警告を発する。しかし、紬は首を振った。
「ダメです、ウニョン博士。ライバルたちは現実の10年を背負って立っている。私が追いつくには、今夜あと1,000回、このサビを踊らなきゃダメなんです……!」
「愚かな子。ですが——その限界の先にある感情こそが、アルゴリズムには計算できない『人間性のバグ』……つまり、人を惹きつけるカリスマです」
ウニョンは冷徹に、しかしどこか期待を込めた眼差しで、演算速度をさらに1.2倍へと引き上げた。
第二章 授賞式の前夜
12月31日。大晦日の夜。
ソウル・高尺スカイドームで開催される、韓国最高峰の音楽授賞式『K-POP MUSIC AWARDS(KMA)』。
今年最も活躍した新人アーティストに贈られる『最優秀新人賞(Rookie of the Year)』の栄冠が誰の手に渡るのか、世界中が固唾をのんで見守っていた。各主要チャートの数値、アルバム売上、グローバル投票は3グループともほぼ互角。勝敗の行方は、今夜の「授賞式でのライブパフォーマンス審査」と「最終当日投票」にかかっていた。
控室の廊下で、紬は『SOLARIS』のリーダー・チェウォンと、『LUNATIX』のセンター・ミアとすれ違った。
すれ違いざま、チェウォンが立ち止まり、紬をまっすぐに見つめた。
「ツムギ。あなたのダンス、人間の動きじゃないみたいに正確で……でも、すごく泥臭い。今夜、絶対に負けないから」
「私たちのステージ、客席ごと吹き飛ばしてあげるわ。覚えておいて」
ミアもニヤリと笑い、拳を突き出す。
紬は胸を張り、二人を見つめ返した。
「うん。最高のステージにしよう」
火花が散るような視線の交錯。そこに不快な嫉妬はなく、お互いを極限まで高め合ってきた者同士の、誇り高き敬意だけが存在していた。
控室に戻った紬は、姿見の前で深呼吸をした。
頭の奥で、かすかに『樹林』の動作音が聞こえる気がした。ニセコの雪原から届く電波、流星群の周波数。彼女がこれまで『S4』の中で過ごしてきた数十万分という膨大な「虚構の時間」。
しかし、今この胸の動悸と、仲間たちの手触りは、間違いなく「現実」だった。
「みんな、行こう」
紬が振り返ると、4人のメンバーが強く頷いた。
第三章 受賞のステージ
ドームを埋め尽くした5万人の観客。色とりどりのペンライトが蠢く光の海。
『SOLARIS』の隙のない完璧な群舞が会場を圧倒し、続く『LUNATIX』の爆発的なパフォーマンスが観客のボルテージを最高潮へと押し上げる。
そして、最後に『AURA-5』のイントロが響き渡った。
楽曲は、彼女たちのデビュー曲であり、紬の運命を変えた『Meteora』のリミックスバージョン。
ステージ中央のポップアップから躍り出た紬の動きは、異彩を放っていた。
『S4』の演算によって体に刻み込まれた完璧な体幹と軌道。しかし、今夜の紬のダンスには、データを超えた「凄み」が宿っていた。ライバルたちへの敬意、支えてくれた仲間への感謝、そして何より、夢を叶えた自分自身の命の脈動。
サビの瞬間、紬はカメラに向かって一瞬、不敵で、あまりにも美しい微笑みを浮かべた。
その表情がドームの超大型ビジョンに映し出された瞬間、悲鳴のような大歓声が会場全体を揺らした。
一秒、また一秒。
紬のパフォーマンスは、現実と仮想の境界を溶かし、見る者すべての心を強烈に引き寄せていく。まるでニセコの空から降り注ぐ流星群が、5万人の観客の頭上に直接降り注いでいるかのような錯覚。
曲が終わり、静寂。
次の瞬間、雷鳴のような拍手と歓声が、スカイドームの天井を突き破らんばかりに響き渡った。
第四章 栄冠の行方
「それでは、発表します」
プレゼンターを務める大物俳優が、金色の封筒をゆっくりと開封した。
会場全体が息をのむ。『SOLARIS』も、『LUNATIX』も、手を握り締め、祈るようにステージを見つめている。
「今年、世界中を最も熱狂させ、未来のK-POPの扉を開いた『最優秀新人賞』——」
ドラムロールが激しく鳴り響く。
紬は目を閉じ、心の中でニセコのスーパーコンピュータ『樹林』、そしてチェ・ウニョン博士の言葉を思い出していた。
『あなたの限界を、上書きしなさい』
ドラムロールが止まり、プレゼンターがマイクに向かって叫んだ。
「——『AURA-5』! おめでとうございます!」
「!!」
その瞬間、金色の紙吹雪が空から舞い降りた。
大歓声の中で、メンバーたちが悲鳴を上げて紬に抱きついてくる。涙で視界が歪む中、紬は『SOLARIS』と『LUNATIX』のメンバーたちが、自分たちに向かって惜しみない拍手を送り、笑顔でサムズアップしている姿を見た。
ステージの中央へと進み、重厚なトロフィーを受け取る紬。
マイクの前に立った彼女は、震える息を整え、スポットライトの眩しさに目を細めた。
「ありがとうございます……! 私たちを支えてくれたスタッフの皆さん、大好きなメンバー、そして世界中で応援してくれたファンの皆さん……本当に、本当にありがとうございます!」
紬はトロフィーを強く胸に抱きしめ、カメラの向こう、遙か北の空を見つめた。
「そして……私に夢を見る力をくれた、北海道ニセコの『樹林』と、ウニョン博士に……この栄冠を捧げます!」
観客席からは一際大きな歓声が上がった。一般の人々には「風変わりな感謝の言葉」に聞こえたかもしれない。だが、関係者席のモニターの向こう、北海道の極寒の地で画面を見つめていたチェ・ウニョン博士は、静かにシャンパングラスを掲げ、可憐な唇をほころばせていた。
「お見事です、ツムギ。——これが、あなたの創り出した『現実』ですね」
降り注ぐ光の雨の中、紬はメンバーたちと手を取り合い、受賞記念のアンコールステージへと歩み出した。
頭上に広がるペンライトの海は、まるで永遠に終わらない、美しく輝くメテオラシャワーのようだった。




