第0話:愛は何も救わない
毒殺され、すべてを奪われた一周目の人生。
最期に見たのは、灰色の瞳に映る物語。
目覚めれば、そこは処刑される数年前。
二周目の人生での復讐を誓う私の前に現れたのは、原作知識で「推し(私)」を救おうとする、狂気的なまでの愛を抱えた「ヒロイン」でした。
※本作は百合をメインとしつつ、物語の裏側に男性間の強い執着・情緒(BL的要素)を含みます。
※ハッピーエンドの形については、個人の解釈によります。極力ハッピーになるよう努めましたが解釈により「メリーバッドエンド」、「バッドエンド」と感じる可能性もあります。自己責任でお読みください。
「……これを。姉君の時と同じだ、痛みはないはずだよ」
目の前の男――ヴァルデルマ第一王子、カシアン・ヴァルデルマは、まるでお茶のお代わりでも勧めるような気軽さで、私に毒の杯を差し出した。
アイノア王宮の地下、湿った石造りの処刑場。
彼は「完璧な王子様」としての完璧な微笑みを崩さない。
その瞳には私への憎しみも、ましてや憐れみなど一欠片もなかった。
ただ、決められた作業を淡々とこなしているだけ。
「……貴方は、本当に完璧な怪物ね。お姉様を壊し、今度は私を殺して……そうやってルフレ様を守った気でいるの?」
私の震える声に、カシアンは優しげな声音で、吐き捨てた。
「君は、もう少し賢いと思っていたんだけどな」
私の婚約者――アイノア第一王子、ルフレ・ド・アイノア。
あの方が犯した不貞の罪を、すべて婚約者である私に被せた目の前の男は、鼻で笑う。
「愛は何も救わないよ。ルフレを守ることもない」
ルフレ様は自国の聖女ルナリアを愛した。
昔から政治には向かない、おめでたい男だとは思っていたけれど。
「……っ! この、性悪男! それが献身だって言いたいの!?」
「君に言われたくないな、悲劇のヒロイン」
わかっていた。
彼にとって、私が理想の妻ではないことくらい。
天真爛漫な聖女ルナリアと、お人好しの王子様。二人は実にお似合いの「主役」に見えた。
だから、私はあえて婚約破棄に応じて――。
「ねぇ。君が身を引いたからって、ルフレやルナリアが幸せになれると思った?」
どこまでも優しげな声が、子供に語って聞かせるように、私の死後の「物語」を読み上げる。
「正妻には君の妹君を宛がおう。残念だけど、どんなに愛があっても、アイノアに金がないことに変わりはない。君のおかげで借金は免れるから、感謝してるよ」
――パチンッ!!
反射的に、男の頬を打った。
もとより拘束などされていない。牢の鍵だって、今すぐにでも奪ってやろうか。
「あーあ。君が、皆が言うみたいな『お人形』でいてくれたら良かったのに」
それでも。私の「最後の晩餐」は、もう終わっている。
「『人形のように美しくて、感情のないお姫様』なんて、笑っちゃうよね。君ほど聞き分けのない人形なんて、他にいないよ」
カシアンは打たれて赤くなりつつある頬を、庇いもせずにのたまう。
「気に入っていたんだけどな。――君のこと」
お人形、玩具、道具。
一体、どちらがその言葉に相応しいのか。
「……貴方、今に後悔するわ。いつか必ず自らの行いを悔いて、這いつくばって泣き喚くことになるのよ。『理想の王子様』なんて嘘っぱち……『毒殺』なんて卑しい真似をする貴方には『悪い魔法使い』がお似合いだわ」
私は毒を煽った。
薄れゆく意識の中で、自分を見下ろすカシアンの無機質な顔を、せめて最期までにらみつける。
(……貴方が一生をかけて積み上げたその『物語』が、どうか、跡形もなく台無しになりますように)
ご一読ありがとうございます。
救いようのない一周目から、物語は「二周目」へと動き出します。
緻密に組み上げられた悲劇が、異世界転生ヒロインの「愛」によって呆気なく破壊されていくハッピーエンドをお楽しみください。




