第55話 親子
ゴールデンウィークと言えども、SHELの陽子加速器は稼働している。その陽子線で私達が使う中性子線が作られているから、中性子の実験もまたゴールデンウィーク中も行われている。私と修二くんはゴールデンウィーク前半で休みを取らせてもらったから、後半は共同利用にやってくるビジターの実験サポートを仰せつかっている。私は出勤すべく、朝食を用意していた。
「杏、あんた早いのね」
ゴールデンウィークということで、我が家には昨日から私の両親が泊まりに来ていた。私の立てる物音で母が目覚めてしまったらしい。
「うん、8時にサンプルの入れ替えがあるの。ビジターの手伝いしなきゃ」
「何言ってんの。あんたやりたいだけでしょう」
「ま、そうとも言う。で、コーヒー飲む?」
「うん、いただくわ」
インスタントコーヒーだからわけはない。
「修二さんは?」
「ルドルフとお散歩中」
「あんたらホント朝早いのね。なんか大学関係者って、朝弱い気がしてた」
「うん、上高地で朝早かったから、生活習慣がそうなっちゃったのかな」
「じゃ、しばらくしたらもとにもどるのね」
「うん、多分」
「おはよう」
「あ、お父さん、起こしちゃった?」
「ああ、まあな。僕もコーヒー飲みたい」
「了解。朝食は?」
「雪帆さん、どうする?」
「ルドルフと食べるから、まだいいわ」
「じゃ、僕もそうする」
「ただいま」
玄関で声がした。修二くんとルドルフが帰ってきたのだ。
「お義父さん、お義母さん、おはようございます」
「じいじ、ばあば、おはよう!」
ルドルフはトコトコと走って母の膝にしがみついた。母は甘い笑顔でルドルフの頭をなでている。私にあんな笑顔をみせてくれたことがあっただろうか。父はと言うと、そんな母を羨ましそうに見ている。そしてルドルフに言った。
「ルドルフ、上高地ではいっぱい写真撮ってもらったかい?」
「うん、パパのカメラ、じいじがくれたんだよね」
「そうだよ。いいカメラだろう」
「ぼくよくわかんない。でも写真きれい」
「そっか、じゃ、きょうもいい写真をとってあげるよ」
「うん、楽しみ」
今日のルドルフは、両親と一緒に鯉のぼりを見に行く予定である。ダム湖の上に沢山の鯉のぼりを泳がしてあるそうである。上高地でも河童橋の右岸のホテルが鯉のぼりを出していたし、東海村でも近所で鯉のぼりはいっぱい見る。農家の鯉のぼりは大きくて立派なのだが、借家住まいのうちではそんなの用意できない。ベランダにちっちゃいのが出してあるだけだ。ききわけのいいルドルフは別に欲しがらなかったけれど、私と修二くんはせめてそれくらいは用意したかった。その話を両親にしたら、ルドルフを竜神峡の鯉のぼりまつりに連れて行ってくれると言い出したのだ。
朝食を両親、修二くん、ルドルフといっしょに食べて、SHELに出勤する。玄関でルドルフに、
「いい子にしてるのよ」
と言うと、
「うん!」
と元気な返事が返ってきた。
「お義父さん、お義母さん、すみませんけど、よろしくおねがいします」
修二くんの言葉に対する母の返事は、
「ははは、私達がルドルフと遊びたいだけよ。それより修二さん、杏をよろしくね」
だった。私はちょっと母の口調が気になった。
「おかあさん、私は研究に行くのよ。修二くんとデートじゃないんだから」
「杏、今日宮崎先生休みでしょ。どうせあんたそれをいいことに、一日中実験施設の方にいて、実験を満喫したいだけなんでしょ」
完全にバレている。以前は「聖女効果」で実験できなかった。だから理論の宮崎先生のもとで研究しているのだが、異世界で修行した私はその効果を克服したのだ。いっそ実験へ転向しようかともおもったのだが、修二くんを含めみんな反対した。理論の専門家として実験グループの一員として活動してほしいと言われたのだ。感情では嫌なのだが、理性の塊である私はすくなくとも博士号をとるまでは理論で勝負することにしている。ただ、休日出勤である今日とかは好き勝手にしてもいいのではないかと思うのだ。
そんなわけで一日中、私は実験棟に居続けた。サンプルの交換、液体窒素の注入、とったばかりのデータの解析と完全に実験屋の一日をおくることができた。夕方大満足で帰宅すると、ちょっと日焼けした両親と、ごきげんのルドルフが待っていた。もちろん両親の機嫌もいい。
「修二さん、杏はちゃんと研究してましたか?」
母はいきなりそう聞いた。
「もちろんですよお義母さん。杏が物理をさぼるわけないじゃないですか」
「問題は中身でしょ。どうせ理論は今日、何もやってないんじゃない」
「あ、は、はは」
正直者の修二くんは、言葉を濁すだけだった。
母のつくってくれた夕食後、私と修二くんは父の撮った写真をみせてもらった。父はと言うと、私のパソコンで上高地で修二くんが撮った写真を見て、
「おお、空の色がきれいだな」
とか、
「やっぱり大自然の写真は、カメラの性能がものを言うな。あのカメラ持っていってもらってよかった」
とか言っている。景色がきれいだとか、花の写真がきれいに撮れているとかは言わない。
一方父の写真の大半は、どまんなかにルドルフがいる記念写真で、正直スマホで撮れる写真と変わらない。それを直接言うわけにもいかないので、だまって写真をみていると母が横に来て言った。
「克彦さんの写真ってさ、あの高いカメラでないと撮れない写真じゃないと思うのよね」
私の感想とほぼ同じである。すると父が言った。
「あのね、僕の趣味はカメラ。写真じゃない」
意味がわからず母のほうを向くと母は言った。
「克彦さんはね、カメラをいじるのが好きなだけなのよ。あんたが実験で機材をいじりたいのとおんなじかもね。ま、親子ってことかな」




