13.落とし穴作戦
思いつきで行動するとやっぱり危ないとオッサンは実感したのだ。
オズマとシェリー、探索者親子と夕食を共にした翌朝、私たちは連れ立って「スマイルの森」に向かった。
宿のない村でのこと、彼ら親子も教会の一室で一夜を過ごしたため、とくに待ち合わせなどをする必要もなく出発できた。
「なるほど……こりゃ、安全だ」
一つ目の狩場でいつもの「土壁&落とし穴作戦」を披露すると、オズマは感心したように何度も頷いていた。シェリーの方は言葉を発することもなく、ポカーンと口を開けて微動だにしない。驚いているのだろう。
「……私、今まで真正面からぶつかってたんだけど」
「そうだな、俺もそうだった」
やっと再起動したシェリーの言葉に、同意するオズマ。
昨日の雑談でも感じたことだが、彼らはあまり魔法の使い方に工夫を凝らしたりはしないようだ。
その事を聞いてみると、習い覚えた魔法の形を変えるなどという発想そのものがなく、魔法はそのままぶつけるもの、という認識だったそうだ。女神から与えられた尊いものという意識も強いのだとか。
神父がアレンジについて言及したのは、来訪者との関わりを持つ経験が豊富だったからなのかもしれない。現代日本人なら色々考えそうだしね。
「しかし、土壁を一方向から形成することで穴を掘るだの、水弾を圧縮してから放つだの、よくこんなことを考え付いたものだな」
「そうよね。おばあちゃんが聞いたら大喜びしそうだわ」
「はは、まあ……私は剣術だの体術だのは全く使えないので、狩りをする上で使えそうなものが魔法しかありませんでしたから」
あとは故郷で得た知識が魔法の工夫の一助になったというのもありますね、と言うと、二人はいかにも納得したという表情を浮かべた。
来訪者は様々な知識をもたらすといわれているのを思い出したのだろう。
「じゃあ、他にもなにか考えた魔法あるの?」
「そうですね……」
シェリーの質問に、私はすこし考えてみる。
私がいま使える属性は「火」「水」「土」の三属性で「回帰」という例外はあるが、どの属性も初級レベル。それで工夫できることとなると……。
「すぐにできそうなのは水を爆発させる魔法くらいでしょうか」
「爆発? 水が?」
不思議そうに首をかしげるシェリーに頷くと「ちょっと実験してみましょうか」と告げ、早速、魔法の構築にかかる。
まずは「水弾」を発生させ、そのまま右掌の上に停滞させる。続いて左掌の上に「火弾」を発生させ魔力で覆って圧縮する。そして小さくなった火の玉を、水の中にそっと潜り込ませてから前方に射出する。火を水の中に入れたところで、二人の口から「えっ」という言葉が漏れていたが、スルーした。
私の手から離れた火弾を内包した水弾は、しばらく飛翔すると五メートルほど先の木の幹に着弾し、激しい爆発を起こした。
「うおっ」
「きゃあ!」
「うっ……。と、こんな感じですね」
これほどの爆発が起こるとは思っていなかったのだろう、オズマとシェリーが驚きに声を上げる。私もかなり驚いた。
これは水の中に高温の物質が入り込むことで起こるという「蒸気爆発」だ。実際の現象としてこれが正しいのかは不明だが、魔法としてはなんとか成立したようだ。
おそらく不確かな部分や足りない部分は魔力が補っているのだろう。
「驚いたな……こんなことが可能だとは……」
「しかし、魔力の消費がものすごく大きいです。しばらく休まないとまずいですね」
魔力の大量消費による倦怠感を覚えながらオズマと言葉をかわしていると、いきなり背後から衝撃が襲ってきた。
「ちょっと! こんなに大爆発するんなら事前に言いなさいよ!」
「す、すみません。自分でも、こんな威力になるとは思っていなかったもので」
「なによそれ! 責任持ちなさいよ!」
私は、しばらく怒りの収まらないシェリーの張り手連打を、背中に受け続けることになった。
私の魔力回復とシェリーの機嫌回復を兼ね、しばらくその場で休憩した私たちは再び狩猟を再開した。
彼女があれほど怒ったのには、風の精霊との親和性に理由があったようだ。
というのも、エルフは「地」「水」「風」のいずれかと特に相性が良い者が多いらしく、その血を引くシェリーも「風」属性の適性が高い。そのため特に意識せずとも遠くの音が聞こえるほど耳が良い。風が自然に音を運んでくるのだそうだ。
間近であの爆音を出されれば、普通の人よりはるかに衝撃が大きかったということだ。そりゃあ怒りもする。
「こっちね」
シェリーが耳を澄ませ、周囲の確認を行ってから行く先を指示する。今度は彼女の能力を披露してもらっているのだ。
「おお」
たどり着いたのは、私がいつも探索している場所よりも少し森の奥に入った辺り。そこには二匹のスマイルがいた。
「これは便利ですね」
「ふふっ、そうでしょう?」
得意げに鼻を鳴らすシェリー。
実際のところ、かなり羨ましい能力だ。なにせこれまで私は、一度スマイルを見かけた場所を除けば、何の指針もなく森の中をうろつくことしかできていないのだから。
獲物を見つけられるということは、戦いたくないときに接触を避けられるという事でもある。これは一人で動く上では、とてつもなく大きなアドバンテージになるだろう。
できることなら身につけたい能力だが、あいにく私には風属性が使えないのだ。悲しい。
「今回は俺たちがやろう」
「ソウシのアレを試すのね?」
そうだ。とオズマが頷き、適当な木と木の間に土壁&落とし穴を設置する。それを待ってシェリーが、スマイルに向かって小石を投擲した。
「よし、かかった」
小石に反応したスマイルが予定通り土壁に突進し、落とし穴に落ちる。左右に回り込んだ二人が、すばやく剣を繰り出し、二匹のスマイルを絶命させた。
「うまくいったわ!」
「お疲れ様です」
嬉しげに手を上げるシェリーに、私も手を上げハイタッチをかわす。穴を迂回してきたオズマとも同様に手を打ち合わせ、喜びを共有した。
「本当に楽だな」
「そうよね。私も色々考えて戦わないと、って実感したわ」
二人は口々に「土壁&落とし穴作戦」に対する感想をこぼした。
やはりこうして複数人で行動し、自分の考えたことが認められるのは嬉しいものだ。
日本での仕事は日がな一日デスクワークで「できて当たり前」と考えられていたから、評価されるという事が本当に久しぶりだった。
午前中の狩りを終え、私たちは昼食をとるため村に戻ってきていた。場所はもちろん酒場だ。きょうは珍しく先客がいる。
「おや、オズマさんにシェリーさん。それに昨日助けてくださった来訪者さん」
ご一緒にいかがですか?と誘われ、私たちは昼食を行商人の男性と共にとることにした。




