三
初めて出会ったのは、たしか一年前の木曜日。
私が所属してる弦楽部は、部活が週六回。その日は一週間で一度のオフの日だった。
学校の最寄り駅で友達とバイバイ、と手を振って、そこから少し離れた乗り換えの駅に一人で歩いていたとき、いきなり雨が降ってきた。私は傘を持っていなかった。
駅までは二百メートルほど。
普段ならダッシュをしてその場をしのぐのだけど、その時は運悪く自分のチェロを持っていて。もちろん突然の雨でレインカバーなんて持っていなかったから、楽器を濡らさないようにコンビニで傘を買うことにしたのだ。
青色のコンビニに、傘は少ししか残っていなかった。
私はそれを持ってレジへ行く。
「千五百円になります」
予想外の高さに驚きながら財布を漁る。
朝入れて来たはずの千円札はチャージしてしまっていて、財布には七百円しか入っていなかった。
眉毛のあたりにピアスをした派手髪の店員さんは眉間にしわを寄せている。
どうしよう。
ガラにもなく目頭が熱くなって来た時。
私の顔の右側から手が伸びて来て、長い指先が、カルトンに千五百円をおいた。
そうしてあっけなくお会計は終わって、店を出た。
「ご迷惑おかけしちゃって本当にすみませんでした。
あの、本当にありがとうございました」
スーツ姿のその人は、にこりと笑う。
「役に立ててよかったよ」
その笑顔に不覚にも胸が高鳴って。
たぶん、この瞬間、恋に落ちたんだと思う。
「お名前、教えてもらえませんか」
「白井ともや」
ともやさん、と一度心の中でつぶやく。
「君は?」
「三島鈴香です」
「鈴香ちゃんね、いい名前」
少しの間沈黙が流れて、私は思わず口を開く。
「……また、会えますか?」
驚いたような顔をしたともやさん。
私は慌てた。
「いや、あの……。お金、返したいので」
「うん、わかった」
ともやさんはスーツの内ポケットから黒いスマホくらいのサイズのものを出した。たぶん手帳だろう。
その一ページを破ると、何かを書いて、私に渡した。
そこにあったのはゼロから始まる十桁の数列みたいなもの。
「それ、俺の電話番号だからまた今度連絡して」
「はい」
二日後に私は彼に電話をかけて次の木曜日に会うことにした。
その時行ったのがいつもの待ち合わせのカフェで。
そこで、どちらが誘ったわけでもなく、また一週間後に会う約束ができた。
二回目で、私たちは体を重ねた。
ともやくんに奥さんがいると知ったのはそのあと。彼の腕枕の上で。
思ったよりも驚きはなくて、私はなんとなく、彼氏がいることを告げた。
彼は、奥さんを捨てるつもりはないし、私も彼氏と別れるつもりはなくて。
これはこれでバランスがいいんじゃないの、なんて呑気に考えていたんだ。




