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○ 5番目の勇者エメラルド 1

 トット草原を抜けた先。天然の崖がまるで城壁のように続いている。切り立った90度の壁は長年の風雨に晒され脆く崩れやすい。崖を登っていくという選択肢は、危険が高すぎて選ぶことができない。

 俺たちは、その崖の裂け目の前に立ち止まった。裂け目からトット草原に向かって、強い風が吹き込んでいる。生ぬるくじめじめした風で、心地よさが一切感じられない風だ。このドラゴン渓谷から吹き抜けてくる風には魔素が含まれていて、トット草原に生息している狼がダークウルフへと魔化しているという噂もある。

 それに、先ほどまで永延と草原が続いていたのに、この裂け目の近くは草木一本も生えていない、ゴツゴツとした土地となっている。邪悪な何かが草原へと流れ込んでいるということも頷ける。


「ここから先がドラゴン渓谷っすね」とトレンツが言う。


「そうだな。フラン、装備は万全か? この先で待ち構えている火竜(ドラゴン)は、お前の斧が最大の攻撃になる。竜の尻尾を切り落とせば、力を失い、逃げ去るという伝説がある」と、斧使いの重戦士、フランに呼びかける。


「準備万端だ。昨日の夜に、割地大斧アースブレイク・アックスを研いでおいたぜ。刃先を触っただけで切れちまうほど、研ぎ澄まされているぜ」と、フランは片手で斧を軽々と目の前で振り回して見せる。


「シェイラ、お前の矢のストックは十分か?」とエルフの弓使いのシェイラに俺は呼びかける。


「もちろんよ。それに、調整は完璧。火竜の目玉を100m先からでも打ち抜けるわ」と、シェイラは自慢の銀髪を靡かせながら言う。


「トレンツ。MPは回復したか?」と俺は問う。


「昨晩、ぐっすり眠ったし、完全回復っす。それに、ヤッファ村で、魔力回復薬をありったけ買ったから、5時間程度なら断火障壁ファイヤーブロックシールドを展開可能っす」と自信満々に言う。


「よし、みんな準備万全だな。では、作戦を確認するぞ! まず、火竜が現れたら、トレンツがシールドを展開して火竜の炎から逃れることのできる防御面を確保する。そして、そのシールドの後ろ、安全な位置からシェイラが遠距離攻撃! ドラゴンの注意を散漫にしてくれ。そして、俺がドラゴンの注意を引きながらドラゴンの足を攻撃し、ドラゴンの動きを止める。そして、フラン。お前が、俺たちが作った隙に、火竜の尻尾をぶっちぎってくれ! みんな、これでよいな?」


「おう!」


「では、行くぞ!」


 ・


 荒れ果てた土地。ドラゴン渓谷。細い凸凹した道で、これでは馬車などでも通行は不可能だ。細い道の両脇は切り立った崖がそびえ立っており、進むか、後退するかしか出来ない。


「アベル。これを見てくれ」とトレンツが目の前の岩を指差した。まるで大きな槍を大地に突き刺したような太く、20メートルの岩が渓谷の道に突き刺さっている。


「これはなんだ? 前方によく見ると、たくさん突き刺さっているぞ」と俺は答える。先がとがっている槍状の石が目の前に幾つも続いていた。


「まるで、巨人族が槍を地面に突き刺したようだ。巨人族がドラゴンと戦ったのか…….。巨人族の投槍?」とフランは自慢の顎鬚を摩りながら呟く。


「これは、鍾乳石ね。昔、洞窟の中でこれと同じようなものを見たことがあるわ」


「鍾乳石? 聞いたことないな。それにしてもさすがだな。年の功ってやつか?」とトレンツが言う。


「女性にそれは失礼よ」とシェイラが軽くトレンツをど付く。

 シェイラはエルフ族で、見かけは人間で言えば20代の麗しい姿であるが、実際年齢で言うと、100才を超えており、このメンバーの誰よりも年齢は高い。


「でも、私が洞窟の中で見たのは、天井から地面へと伸びた鍾乳石よ。鍾乳石と言うのは、長い時間をかけて洞窟の水が作り出すものだし……。ここにそんなものがたくさんあるのは、奇妙だわ」とシェイラは言って、手袋を脱ぎ、鍾乳石を触った。


「やっぱり鍾乳石ね。それに、明らかに周りの石と違うは。何処からか運び込まれたようね」とシェイラは言う。


「みんな来てくれ」とフランがみんなの呼び寄せた。

 フランが指差しているところは、鍾乳石が溶けていた。


「これって、火竜の炎で……」とトレンツが深刻そうな顔で言う。


「その可能性はあるな……。おそらく、この鍾乳石とやらを武器にして誰かが火竜と戦ったんじゃないか?」と俺は言った。


「この巨大な石で串刺しか。それならドラゴンの動きを封じることもできるし、有効な戦法ではあるな。まぁ、こんな大きな石を投げたり振り回したりするのは、人間には無理だがな」とフランは言った。この勇者エメラルドのパーティーで体も一番大きく盾役でもあるフラン。流石に彼でもこの20メートルはあるかという石は持ち上げることができない。


「既に火竜が倒されているなら、ラッキーだわね。カルコン山脈まで一気に行けちゃうじゃない。こんな荒れ果てた土地。空気が澱んでいるし、出来るならさっさと通過したいわ」とシェイラが言った。


「よし。引き続き警戒しながら進む。だが、火竜の死体が発見できた場合は、移動速度をあげよう。それでいいか?」


「それしかないっすね」とトレンツが言う。


 ・


 ・


 前衛をしていたフランが静かに手を挙げた。全員の歩みが止まる。パーティー全員に力が入る。そしてフランが指差した先には、火竜がいた。暢気に我もの顔で昼寝をしているようだった。

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