第100話 解析対象がありません
その夜、フィナは、白紙のページを前にしていた。
新しい紙束だ。
表紙には、こう書いてあった。
『アルディス・仕様書 第一巻』
一時間、彼女は何も書かなかった。
「フィナさん」
「はい」
「書かないんですか」
「――書けません」
◇
彼女は、ペンを置いた。
「――解析対象が、ありません」
「才牌ゼロですもんね」
「ゼロです」
彼女は、言った。
「私の【看破】は、才能を見る才能です。……才能がなければ、何も見えません」
彼女は、両手を膝に置いた。
「――三か月前は、三十七枚ありました」
「あの時は、書けましたよね」
「――三十七ページ書きました」
彼女は、言った。
「一枚につき、一ページです」
「――それで」
「――干渉を計算して、同時使用は実質三枚だと出しました」
彼女は、あっさり言った。
「――あれは、簡単な仕事です。数えれば、出ますので」
彼女は、白紙を見た。
「今、書くことがありません」
◇
俺は、その白紙を見ていた。
「フィナさん」
「はい」
「――俺の時は、どうしたんですか」
フィナが、顔を上げた。
◇
「――三か月前、俺も、解析できなかったですよね。【■■■■■】。読めない。発動しない。……あなた、それでも三十二ページ書きました」
彼女は、その言葉で、動きを止めた。
「――……」
「何を書いたんですか、あれ」
◇
フィナは、しばらく黙っていた。
それから、古い紙束を出した。
いちばん最初の、一冊目。
――表紙が、擦り切れていた。
彼女は、それを開いた。
『ロイ・仕様書 第一巻』
『第一章 才牌について——記載なし』
『第二章 銘について——記載なし』
『第三章 効果について——記載なし』
「――三章まで、全部「記載なし」ですね」
「――そうです」
「四章は」
◇
彼女は、ページをめくった。
『第四章 本人の行動記録』
『朝六時、起床。井戸で水を汲む(桶二杯)』
『六時二十分、剣の素振り。三十七回目で剣が飛ぶ』
『六時二十一分、剣を拾いに行く』
『六時二十三分、素振り再開』
『六時五十分、素振り終了。回数、二百。剣が飛んだ回数、四』
『七時、孤児院に戻る。子供七人の水を汲む(桶六杯)』
俺は、それを読んだ。
――日付が、三か月前だった。
まだ、俺が誰でもなかった頃だ。
「――これ、俺の朝ですね」
「――そうです」
「なんで書いたんですか」
フィナは、その頁を撫でた。
◇
「――才能が見えないなら、人を見るしかないからです」
彼女は、言った。
「才牌が読めない。効果がわからない」
彼女は、そこで、少し黙った。
「――では、何を書くか」
彼女は、顔を上げた。
「その人が、何をしたかを書きます」
「――それ、才能の仕様書じゃないですよね」
「仕様書です」
彼女は、はっきり言った。
「――才能とは、その人が何をするか、ということです」
◇
俺は、その言葉を、しばらく考えていた。
「フィナさん」
「はい」
「――アルディスさんの部屋、壁一面に数字が書いてました」
「伺いました」
「あれ、仕様書ですよね」
フィナの手が、止まった。
「――……」
「――あの人、俺の仕様書を、三か月で書いたんですよね」
◇
フィナは、白紙のページを見た。
――そして、ペンを取った。
「ロイさん」
「はい」
「――明日から、港に通います」
「え」
「――あの人が、何をするかを、書きます」
彼女は、言った。
「朝六時から、夜まで」
「――決闘まで、何日ですか」
「二十日です」
「足りますか」
◇
彼女は、ペンを紙に下ろした。
最初の一行を、書いた。
『第一章 才牌について——なし』
「足りません」
彼女は、そう言った。
「ですので、書けるところから書きます」




